七、 自分の思いを伝えたいという熱い気持ちと、この思いが受け入れられる訳が無いと 考える冷静な気持ち。 それに追い討ちをかけるような短い期間。 まさか恋愛でこんなに悩むとは思わなかった。 悩んでいるだけで時間は過ぎていく。シャンシャンと合唱していたクマゼミがいつの間 にか鳴かなくなり、代わりにヒグラシが寂しく鳴き始める。 学生の軽いノリと言ってしまえばそれまでだが、これまでは「ちょっといいな。」と 思う女の子とはちょっと話して付き合っただけで彼女と呼べる存在になっていた。 彼女たちとはそのノリで泊まりに行ったり来たりしてその中の何人かとは“そういう” 関係を持ったりした。 短いサイクルで繰り返される恋愛。 ほんの数ヶ月前に自分がしていた行動がひどく子供じみたものに思えた。 泊まり ─── ? そういえば何日か前に社長が言っていた。 確か奥さんも同伴で組合の親睦会に泊りがけで行くって・・・。 「ああ、菊地さんも出なければいけないみたいだな。この忙しい時期に面倒な行事だと ぼやいていたけれど、これも仕事のうちだとか言っていた。」 「じゃあさ、俺そっちに泊まりに行っちゃおうかな?それともこっちに来る?」 少々恥ずかしいが、いかにも学生のノリっぽく言ってみた。 (俺、俳優にもなれそう?) 「それ・・・浅野君にも似たようなことを言われたよ。『うちに来ませんか?』 ってな。」 まさか先手を打たれていたとは。 「そっか、そーだよね。岩城さんがこっちに来た方がいいよ。食事はおばあちゃんが 作ってくれるからさ。俺のいる客間だって広いし、そこに布団を敷いちゃおうか。」 少々(いや、かなりか)心の中でムッとするが、岩城が来てくれるのならそれでいい。 とにかく楽しいことだけ考えた。 が、嫌な予感は的中する。 浅野が岩城を独占している。 「香藤さんは高校を卒業後に仕事に就かれましたけれど自分としては大学を卒業して からでも遅くないと思うんです。どう思われます?」 とか 「大学の頃のお話や、お仕事をされていた時のお話を伺いたいんですがお話を聞かせて 下さい。」 など、それとなく香藤を蚊帳の外に置く。 最終的には色々進学の事も含めて相談したいから・・・とか言って岩城だけを連れて 自室に入ってしまった。 ふふん。と浅野が鼻で笑う声が聞こえてきそうだった。 (ちくしょー!!何だあいつ!!) 憤慨するが、かといってふたりの間に割ってはいるのもいささか気がひけた。 というかプライドが邪魔をする。 これでも結構プライドは高いのだ、唯一低いのは岩城の前でだけ・・・。 まあ、お風呂だとか言ってせっせと世話をやいている様子、タオルだの布団だの・・・ 親が見たらさぞかし驚くだろう。 それ自体は可愛いヤツと思うのだが。 仕方なく悶々とひとりで過ごし風呂に入って寝ることにした。 (まあ、しゃあねーな。いつもと変わらない、そう思えばいいんだし。) それでも秒針の音がいつまでも耳についていた。 何度布団の中で溜息をつき、寝返りをうっただろうか。 襖の向こうから声がかかった。 「香藤、起きてるか?」 (え、岩城さん?) 「ど・・・したの?」 嬉しくて声が上擦っているのが自分でも分かった。 「いや、ちょっと香藤にはすまないことをしたと思って。」 浅野が入浴中だからと気になって言いに来てくれたのだ。ほんとになんて優しくて繊細 な人なんだろう。 それとも、俺だから?・・・なんて思っていいのか? 初めて見たパジャマ姿。少し濡れた前髪。 寝転がった自分と話すために、屈められた襟元から覗き見える鎖骨。 枕元の灯りで浮かびあがって見える白い肌。 「この部屋、山側・・・裏庭の方角なんだな。」 「え・・・あ、そうだね。上の部屋は道路側なんだよね、この上は物干しだ。」 まさか朝一番に障子も窓も開けてそっちの家を見ているなんて言えやしない。 雨戸を開けている姿も、洗濯掃除をしている姿も見ているなんて事が知れたら変態扱い だ。 俺・・・俺・・・、そんな岩城さんの姿でさえ見るとドキドキするよ。 「そろそろ戻るよ。」 引き止めたいのは山々だが、岩城がここにいたのが分かると浅野は面白くないだろう。 自分と浅野の微妙な距離は岩城のことが原因だからだ。これはもう確信だ。 だが、岩城がこうして自分のところに来てくれた。それで溜飲は下がる。 少しは穏やかな気分で「おやすみ。」と言えた。 少しは・・・だ。 岩城が戻った後も眠れないのには変わりがない。 先ほどの姿がちらついて、自分の心臓の音がいつまでも鳴り響いていた。 * * * * * * * * * * 裏庭への出口で岩城がじいさんとばあさんに挨拶をしていた。 浅野は・・・部屋で挨拶を済ませたようだ。 香藤もサンダル履きでそこにいた。 「菊地さんがいる時でも遊びがてらちょくちょく来ればいいじゃん。」 自分の家でもないのに岩城を誘う。 そんな香藤に岩城が言った。 「そうだ、香藤くんこのまま出られるかな?」 道路を渡って向かいの店の脇にある坂を下りるとそこはもう砂浜だった。 普段より強く潮風を感じる。 そういえばこんな目と鼻の先なのに海岸にさえ出ていなかった。 山側にばかり気を取られているからだ。 遊泳禁止区域の海岸はお盆を過ぎた今となっては日曜日だというのに閑散としている。 「夕べ思いついたんだけど・・・。」 岩城がそうやって言い出したのは薪能の話だった。 10月の初めに毎年松原で開催される薪能。しかも題材は毎年『羽衣』。 「昨年、菊地さんに連れて行ってもらったんだ。前、人形を借りに来ただろ?」 「うん。」 もう少し色気のある話だと思っていたので内心「何だ。」という気持ちの方が強かった。 だが・・・。 「確かチケットの発売がそろそろだと思ったんだ。よかったら見に行かないか?」 「岩城さんとふたりで!?」 「まさかひとりで行けなんて言えるわけ無いだろ?俺ももう一度観たいと思っていた からな。車は香藤が出せるし、場所の案内くらいなら俺だって出来る。それに薪能は 年に1度、1日だけの公演なんだ。香藤には見る機会が1度しかないだろ?」 (うそっ・・・!) 途端に色気のある話に思えるから現金なものだ。 「岩城さん、それってデートのお誘い?」 「ばか・・・なにをっ!」 「なんかさ、岩城さんって可愛いよね。そういうことでも顔赤くしちゃってさ。」 さりげなく着替えを持っているのとは反対側の腕をとった。 「岩城さんってさ、彼女とかいないわけ?そりゃ今はいないかもしれないけど今まで ・・・向こうで、とかさ。」 「年上をからかうな。」とか「なんだいきなり。」 とか言いながらも真面目に答えてくるところが堪んなく可愛い。 「付き合ったことぐらいあるさ。・・・だけど今はそういうことは考えていないな。 自分のことで精一杯だから。」 照れたように話していたのは初めだけで、少しずついつものように穏やかな話し方に なる。 その後で「お前は、仕事も恋も、って器用にこなすように見えるな。」なんて言われた。 「何それ、ひどいな。」 ひどいよ・・・岩城さん。俺、ちっとも器用じゃないよ。 腕をぐっと両腕で捲きつけた。 今回はここで・・・次回は話を進めます; ‘04.04.28. |
★浅野と香藤の水面下の戦いが見物です・・・
(ちっとも水面下じゃない気も・・・)
岩城さんだけが何も気づかずに平和にすごしているようで(笑)
次回はお話進むようです・・・さてさてどうなるのでしょうか!?