六、


一緒にドライブに出かけたことがきっかけになって、岩城が少しずつ外に顔を出すよう
になってきた。
と、いうか見かけたときに香藤のほうから声を掛けるのだが。
一度プライベートで行動しているので、距離が少し縮まったように感じる・・・
それは香藤の希望的な印象かもしれないが。
それに、香藤の目には日に日に岩城が綺麗に映るのだ。これは愛するが故なのか?

真夏でも立地条件の良い事が幸いしているのか香藤のいる作業所では窓を全開にして
いれば結構いい風が入ってくる。これが声を掛けるのに都合が良かった。
一方、岩城の方はというと作業所はぴっちり閉め、エアコンをかけっぱなしだ。

「頭に汗が落ちたら台無しだからな。」
作業の合間に裏庭に出てきて、世間話程度だが話せる機会が多くなった。
平日は、おばちゃん連中も話しに加わってしまうのが難点だった。
おばちゃんたちも言っている。
「岩城君って前からキレイな顔してるって思っていたけど最近余計にって思わない?」
・・・自分の目にだけでなく万人の目にもそう映るらしい。
気が気でないが、その分岩城のことを知ることもできるのだ。自分ひとりで聞くより
はるかに情報は得られる。
例えば実家が新潟であるとか、就職までしていたのに菊地の作る頭に惹かれてここまで
来たのだとか。
香藤ひとりで根掘り葉掘り聞くのは変だろうが、こうした状況なら不審がられない
だろう。
まあ、意外にも岩城も彼女たちの攻撃を上手くかわしているが。


「実家にも昔から店を手伝ってくれていた人がいたし、多忙期にはパートの人もいた
からな。慣れているよ。」
こっそりとふたりになった時に教えてくれた。
同性で実家が同じ家業だからなのか、仕事に関してのことは色々答えてくれる。
菊地の頭は実家で取引があったわけではない。以前社長も言っていた展示会で偶然目に
したものだったとか。
それまでは別段人形制作に強い思いがあったわけではないということも。
興味がないわけではなかったようだが。
「新潟は染物でも有名なんだよ、知っているかな?鯉のぼりの染めをやっている業者も
多い。実家の店は別に製造のほうをやっているわけじゃないんだ。取り売りだけだ。」
「そういうところも多いもんね。でも、岩城さんは作りたいって思ったんだよね。
何で?」
「何で?・・・って難しいな。好きとか、そういう感情は理屈じゃないと思うから。」

ドキッとした。
岩城の口から『好き』─── その単語が出ただけで。
   川から吹かれる僅かな風に揺れる髪。
「そうだね、理屈じゃないよね。」
   薄手のシャツに透けて見える腕。
(人を好きになるのも理屈じゃないよね。俺が岩城さんを好きになるのだって。)
   少し汗ばんできた色白の肌。
「でも、それで家を出ちゃったわけでしょ?新潟からここって遠いじゃん。」
一見穏やかに見える岩城に、そんな強固な一面があるのだ。

「家族には何度か相談はしたけれど反対されて・・・だから近いところにはいられない
なって。それに別の土地に行くのなら遠いとか近いとか関係ないかな、と・・・それに
・・・」
「それに?」
「憧れを持つ人に指導してもらうってことは特別かな、って。」

   “憧れ” “特別”

岩城にとって菊地とはそういう存在なのだ。
例えそれが恋愛感情に直結するものではないと思ってはみても、充分に香藤の嫉妬の
対象になった。
いや、岩城の感情が自分の持つそれと同じになる可能性はゼロではないだろう?
自分の前だからこんな風に言っているけれど、すでに・・・だったら?

暑いはずなのに背筋がスッと寒くなった。
煩いほどに鳴いている蝉の声が一瞬聞こえなくなる。

「香藤?」
岩城の声で感覚が戻った。
眩しいほどの日差しも目に入ってくる。
「すまない、何だか上手く説明できなくて香藤を困らせたみたいだな。」
あの日以来、岩城は自分のことを『香藤』と呼んでくれている。
しかしそれは充分に親しくなったからからではなく、香藤から言い出したことに岩城が
応えているだけだ。

「そろそろ戻るよ。」
腰を上げかけた岩城を少しでも引き止めたくて話題を急いで探した。
「岩城さん、お盆ってどうするの?お休みあるんでしょ?」
漆黒の瞳が揺れた。
「いや・・・この時期は塗りや面相描きで忙しいから・・・。」
それだけが理由じゃないだろう。
「香藤は家に帰るんだろ?」
旧盆の時期、一週間ほど作業は休みになる。
一度実家に戻る。親も、ここの人もそう思っている。香藤自身もはじめはそう思って
いた。
しかし、その間一瞬たりとも岩城の姿が見られないと思うと気が進まない。
時期が近づくにつれてその考えが強くなってきた。
そんな風に香藤が考えているなんて岩城は露ほども思っていないのだろう。

優しいけれど、これは皆に向ける優しさだ。自分だけのものじゃない。
それって、冷たくされているのと大差ない。
そう思うと何だか悲しくなってくる。


* * * * * * * * * *


香藤の実家から店に電話がかかってきた。
「洋二、最近ちっとも連絡がないが、どうだ?そっちは。それと盆休みは戻ってくる
のか?」
「俺・・・こっちにいるとまずいかな?」

電話の向こうで父親が驚いているのが分かった。
きっと学生時代の女の子たちに会いたくてうずうずしているのだろうと予想していた
からだろう。
もうそんなのどうだっていいことなのに。
いつの間にか使われなくなった携帯電話は鞄の奥底に埋もれているに違いない。多分。
どこにあるかなんて考えてもいない。

「まさかそっちで彼女が出来たとかいうんじゃないだろうな。」
あながち見当違いでもない。しかし彼女ではなく、彼だ。思いっきり片想いなのだが。
「そんなんじゃないよ。」
想いを告白してもいない。
父親が言うように彼女だったらどんなに気が楽だっただろう。
「分かった、社長のほうには私からも言っておこう。ご迷惑でなければいさせてもらい
なさい。期間もあと4ヶ月程だし、みっちり指導してもらうといい。」
「え、何?その4ヶ月って!?」

「実はお前には黙っていたんだが、年内までということになっていたんだ。お互い年明
けから忙しくなるからな。お前の取組み方如何だと思っていたんだが、よくやっている
みたいじゃないか。私も安心したよ。」
時折父は、様子を社長から電話で聞いていたという。
確かに真面目には取り組んでいた。だがそれは岩城に不真面目な奴だと思われたくない
からで、少しでも手早く仕事を片付けて一緒に話したいと思うからで、なにも早くここ
から立ち去ろうと思ってやっていることじゃない。


『最近、菊地さんにも褒められることが多くなってきたよ。少しずつ練習で顔を書かせ
てもらったりもしているんだが、いい顔を書けるようになってきたって言われる。』

そんな風に話している顔や声を見聞きできる時間は限られているんだってことに今更
ながら気がついた。
それも考えていた以上に短いなんて。

こめかみを伝う汗は、暑さのせいなんかじゃない。



軌道修正したつもり。つづきます;
‘04.04.09.



★やっぱり岩城さんってどんどん綺麗になるんだ
(ぽわわわわ〜んv)
さてさて期限付きの香藤くん・・・どうなるんでしょうか?