四、


「どうぞ。」
岩城がお茶を出す。
菊地が人形を作業場に取りに言っている間、まじまじと顔を見ていた。
社長が話しかけているのをいいことに。

綺麗な黒髪。
同じ色の瞳。
女性が羨みそうな透明感のある肌。
すっと通った鼻筋。
少しつった切れ長の眼と眉が冷たい印象を与えないのは、きっと柔らかな物腰のせい
なのだろう。

(あ、こっち向いた。)
不意に香藤のほうに向いたため目が合った。
少し驚いた顔をして、白っぽかった頬が少し染まる。
(なんか可愛いかも、この人。きっと俺よりずっと年上なのに。)
年齢を訊こうとした時、襖が開き菊地が入ってきた。
(ちぇっ、もう少しだったのに。)

「これですね、浅野さん。」
高さ50〜60センチほどのガラスケースに入った人形を持ってくる。
「へえぇ〜・・・、これが。」
珍しそうに覗き込む香藤に「君は?」と菊地が訊いた。
「彼は、今月からうちに見習いに来た香藤くんです。実家は千葉で人形屋をやっていて
1年ほどうちで預かるんですよ。」
「香藤洋二です、はじめまして。あ、岩城さんは2度目ですよね。」
香藤の言葉に反応したのは菊地だった。
「そうなのか?」
年齢は30代後半から40代前半くらいか?頭師で独立していて・・・などということ
からてっきりもっと年齢的にも上だと思っていたので若干の驚きを覚えていた。
菊地が怪訝そうに岩城を見ていた。
「ええ、先日庭にいた時に偶然、ごく簡単な挨拶しか出来なかったんですが。」

「そうか、岩城君も昨年からこうして私のところに来ているが、彼のように真面目に
取り組んでいてもなかなか思うように進まないものだ。君も精進することだな。」
香藤に向き直って話す。
無精ひげを少し蓄えているが、正面から見るとなかなかどうして男前だったりする。
しかも若くしてひとり立ちしているという自信からくる声音は有無を言わさないような
響きを持っている。
そんな男に正面切って言われると気の引き締まる思いがした。
「はい、頑張ります。」
何故か横にいた社長まで固くなっている。
妙に威圧感のある人だ。



「はあぁ〜〜〜、なんか緊張するね。」
裏庭を横切りながらケースに入った人形を持ち、社長が言う。
「ずっと年上の社長でもそう思いますか?」
「そうだね、対等に話せるのは組合の中でもうちの父と元の工房の旦那と、あと数える
ほどしかいないよ。ちょっと雰囲気のある人だろ?それにね、2年前だったかな。
東京で展示会があって菊地さんの頭がすごく評判が良かったんだよ。それ以来引く手
数多さ。そういう自信もあるんだろうね。本当はうちでももっと菊地さんのを使いたい
んだけどなぁ。」

確かに、この人形1体の顔を見ているだけでも菊地の作る頭の良さは香藤にも解かる
ような気がした。
綺麗なだけではない、何かもっと内側からにじみ出てくる気品、と同時に力強さも併せ
持っている。
岩城さん ─── あの人が一目でこの顔に惹かれて弟子入りするのも頷ける。
が、何だかそのことに対しては心の奥でもやっとしたものを感じる。
この思いはなんだろう?
付き合っている女の子が他の男友達と話している時に感じる不快感に少し似ている。
いや、それよりももう少し重苦しいような。

「ま、岩城くんだっけ。彼が手伝うようになって少しずつ数が増えれば・・・って
期待してしまうね。」
「そうですね。」
そう答えるのが精一杯だった。

『羽衣』も手元に来て、また暫く作業に入る。
じいさんに至ってはやる気の出てきたと思われる社長と香藤のふたりを両脇に従え、
張り切っていた。


* * * * * * * * * *


平日はきちんとフルタイムで修行に励む毎日が続くが、土日ともなると今の時期は
しっかり休むので暇になる。
車も貸してもらえるのだから、まあどこでも行きたい放題なのだが一人であまり
プラプラするのは傍から見ていていい印象を与えないだろうということはいくら香藤
でも容易に想像できた。
かといって、あの伸之とは・・・ちょっと敬遠させてもらっている。
というのは、あまり好かれていないというのが分かるからだ。
まあ、香藤自身も彼が同級生だったら友達になっていないだろうというタイプなのだか
らお互いさまなのかもしれない。
表面上はうまくやっているが。

実は、先日のお茶の呼び出しをした日、風呂に入ろうと廊下に出た時に言われたのだ。
そこにいた伸之にすれ違いざま。
「あんたって、お喋りだな。」と。
一瞬何のことを言われたのか分からなかったが、あのこと以外に理由が思いつかな
かった。
(岩城さんと話をしていたことが家族に知られるとまずい?)
そんなわけがない。どちらかというとこの家の人間は彼に対して好意的に見ている。
もし岩城さんと伸之が親しく話をすると知ったら喜ぶんじゃないか、と思えるのに。
・・・・・・・・・訳が分からない。
が、こういう時は下手に出るより距離を置き、静観するのが一番だ。
関係をこじらせて居づらくなるのは避けたい。
が、心の中では伸之のことをこう呼んでいた「浅野!(怒りモード)」と。


そんなこんなで土日はじいさん、ばあさんと裏山での畑仕事を手伝ったり、じいさん
所有の裏山までついて行ったりして専ら1階の部屋にいることになっていた。
毎週、毎週。
いや、平日も作業場(つまり1階)にいるのだから毎日、毎日か。
おかげですっかり孫同然になっている。
これには若干の・・・いや多分に下心があってのことだったのだが。

もしかしたら岩城さんの姿が見られるかもしれない。

夢見る少女のように何故か姿、いや声だけでも聞けたら・・・なんて思いが香藤の頭の
中を占領している。
今までどんな女の子と付き合ってもこんな思いはしたことがないというのに。

いくらなんでも菊地(何故か呼び捨て)と岩城さん(こっちはさん付け)─── 。
ふたりっきりで365日、作業だけしているわけでもないだろうと思うのだが意外に
外に出ることが少ない。
ごくたまに「おっ、外出!」と、視線を釘付けにすると、やはりふたりで車に乗って
行ってしまう。
それを見てガックシきている自分に突っ込みを入れる。
(俺、なにやってんだろ・・・?)
たまに見かける横顔と、あの時見た僅かに染めた頬と、交わした二言三言。
たったそれだけのことを思い出すだけで上がる心拍数。

これって、やっぱり『恋』 ─── ???

一時の気の迷いかと思って、久々に一番仲の良かった女友達に電話をかけたが声を
聞いても全く心が弾まない。
会話だって弾むわけがない。
片っ端しから他の女の子にかけても同様だった。
女の子とは多々付き合ったけれど、今その何倍もドキドキしている。

やっぱり『恋』─── !

香藤本人が充分気に入っている自分の性格。
気持ちを認めようと思った。前向きに。



なんかお笑い? つづきます;
‘04.04.05.



★そしてこちらも登場なさいましたね・・・菊池さん
香藤の前向きな性格が微妙に明るさを運んできているようです〜v