二、


新幹線でおよそ1時間。駅弁を食べたら寝る間もないほどでS市には着いた。

へぇ、結構都会じゃん。てっきり茶畑ばっかりだと思っていたよ。
自分の不勉強を棚に上げ、ホッとしてホームに降り改札を抜ける。
確か迎えに来てくれているはずなんだけど・・・。
キョロキョロしながら構内の階段を下りてくると自分に近づいてくる青年がいた。
「香藤・・・洋二さんですよね?浅野です、浅野人形の。」
年頃は・・・自分より若干年下だろうか?
「あ、どうも、こんにちは。香藤洋二です。あの・・・社長は?」
「父は車に。」
話に聞いていた同じ年頃の息子だ、名前は伸之というのだそうだ。
歩きながら自己紹介された。
線も細くルックスも悪くない、結構もてそうなタイプである。少し無愛想だが。

駅のロータリーに車を止めていたようで駅の出口から出るとすぐ駆け寄ってくる男がいた。
社長だ。
「こんにちは。君が洋二君か、お父さんにそっくりだね。男前だ。」
迎えに出ていた息子とはあまり似ていない、いかにも商人といったタイプの男だった。
「お父さんは元気かい?」と明るい口調で話しかけてくる。
あまり堅苦しいのは苦手なのだそうだ。
車中では社長・・・まあ、浅野人形の主人が色々と話してくれる。
さすがは商人。人に飽きさせるということを知らない。
昔、若い頃に香藤の父親と同じ店で見習いとして修行していた時分の話からS市の
観光スポットに至るまで。
「ただ・・・ね、ウチは街中からは離れているんだ。若い人には退屈なところだよ、
悪いね。」
その言葉通り車は市街からどんどん離れていく。
車で40〜50分、これでは新幹線に乗っていた時間と大差ないんじゃないか?
それくらい街から離れたところにいきなり大きな3階建てのビルがあった。

看板には『浅野人形』。
「さあ、着いたよ。ここだ。」
横には川、道路を挟んで前には海。まわりは・・・・・・・・・田舎だ。
「はは、びっくりしただろう?田舎で。でも、こんな立地条件でも創業90年ずっと
ここでやっている。街中の数ある店をすっ飛ばしてここにお客さんが来てくれるんだ。」
誇らしげに言う彼の言葉は既に右から左へ抜けている。
これなら茶畑の方がマシなのかも・・・。しかも後ろは山だ。もしかしてみかん畑???
「まあ、細かい話は後だ。とにかく中に入ろう。疲れただろう?部屋に案内するよ。」
驚いたことに一見3階建てに見えた建物は4階建てだった。
今、自分たちがいる店舗は実は2階なのだ。
角地に建つこの店の横道を入ると分かるのだそうだが裏の土地はぐっと下がっている
らしい。
つまり表の道に沿った店は2階、裏の道に沿った勝手口は1階ということになる。
先ずは店の奥にある階段を上って自宅玄関を入り(ああ、ややこしい)、そこで靴を
脱いでリビングに通された。
割と美人な奥さんがお茶を出してくれる。なるほど息子は母親似か、ぼんやりと考えた。
「よく来たわね。疲れたでしょう?」
息子は車を降りるなりさっさと自宅に入ってしまったようだった。
「伸之は部屋か?」
「ええ・・・。香藤くん、うちの子ちょっと内向的なのよ、根は悪くないんだけれど・・・
仲良くしてやってね。」
少し困ったように微笑んだ。良かった、社長夫妻がいいひとで。少しホッとした。
「いいえ、こちらこそ何も分からないので一からよろしくお願いします。」
お互い和やかに挨拶していると下から社長の両親たちが上がってくる。
彼らの部屋は1階にある。
作業所もそこにあるし、裏庭兼、畑に出るのに都合がいいかららしい。
「明るい髪の色だねぇ、染めているのかい?」とか「自分の家だと思っていいよ。
でないと長い修行の間に参ってしまう。」など気さくに話しかけてくれた。
感じのいい家族だった。息子を除いては。
その息子や社長夫妻の部屋は今いるリビングの上、4階。
これから自分が過ごすことになる客間はここ3階にある。

とにもかくにも今日1日の予定はこれで終わりだった。
近くにコンビニがあるでもない、適当に客間のテレビを見て食事をして、夜も社長の話を
聞いたあとはまた適当に過ごしてから風呂に入り入り早めに床に着いた。
「退屈・・・・・・・・・。」
今まで遊んできただけにこのような生活に耐えられるのだろうか?
これから約1年。途方もなく長いものに感じられそうだった。


* * * * * * * * * *


さあ、修行!と気合を入れていたが翌日は特にすることがなく、午後はドライブだった。
奥さんがマイカーで近所のそこかしこを案内してくれる。
「久しぶりにこうして助手席に人を乗せて買い物に出るわ。いつもひとりなんだもの、
伸之もついて来る年齢じゃないしね。」
昨日通ったのと違うルート、海沿いのバイパスを走っている。
「しかも香藤くんイイオトコだしね〜。一緒に歩いていて楽しいわ。」と頬を緩ませて言う
奥さんに「ははは・・・;」と愛想笑いを返した。まあ、悪い気はしないのだが。

奥さんと話をしながら考えていた。田舎に限らず今は、生活するのに車が欠かせない
だろう。
実家にいた時は割と交通の便がいいところだったし、近回りはチャリで用が足りていた。
が、ここは別だ。足がないとマジでやばい。
内心どうしようかと昨晩布団の中で思案していたのだが奥さんが提案してくれた。
「もちろん主人もこの意見に賛成してくれているから心配しないでね?この車、いる間
好きに使って良いわ、免許持っているでしょ?」
じゃあ奥さんは?と思ったら旦那の車もあるし、他に配達用の軽トラだってバンだって
あるから、と軽く言われた。
いいのか、こんな良い待遇?とか思うがこの提案は至極魅力的だ。
カーナビ付きで土地に不慣れな自分でもノープログレムだ。運転は親父の車を免許を
取ってから散々乗り回したし、配達にも回ったから自信もある。ガソリン代は自前だと
しても美味しい話である。

買い物が済んだ後は運転を交代させてもらい少しでも車と道に慣れようと思った。
そうだ、物事は前向きに。
同じ時間だったら楽しまなくては損だ。そうでなければ身につくものも身につかない。
我ながら気持ちの切り替えが早すぎると思うが、そんな自分の性格は充分気に入っている。

家に戻ると荷物を台所に下ろし、お茶にしようということになった。
「香藤くん、悪いんだけど私はお茶を入れているから1階にいるおじいちゃんたちを
呼んできてもらえる?伸之は・・・部屋かしら?」
「じゃあ、伸之君の部屋も覗いてきます。」
先に上の部屋を覗くが彼は部屋にいなかった。
仕方がないので、階段で下まで直行する。じいさんは作業場にいて、ばあさんは縁側
から畑にいるのが見えたのでそこからサンダルを履いて呼びかけた。
「おばあちゃん、お茶にしようって奥さんが言っています。」
「ああ、そうかね。じゃあ上に行こうかね。そうだ、伸之もいるけど呼ぼうかね?」
そう言って裏の家との境になる垣根の方に視線を向けた。
(なんだ、こっちにいたんだ。)
ばあさんが向けた視線の先に伸之の姿を見つける。
と、昨日から今日の昼前まで一度たりとも見たことのなかった笑顔を浮かべている彼が
そこにいた。
(あんな顔するんだ、俺にも家族にも笑わないのに。)
一体誰と話しているんだ?彼の視線の先にいる人はここからは植えられた木の陰に
なっていて見えない。
好奇心に駆られて彼に近寄りながら声を掛けた。
「伸之君、お茶にするからって奥さんが呼んでいるよ。」
その声と人の気配に気付いた彼の顔は一瞬のうちにいつもの顔に戻る。
そして木陰にいた人物が姿を見せる。
「君は?」
甘い声と共に。





*すみません、こんなところでつづきます;
‘04.03.17.



★おや・・・・浅野くん登場ですね?
で、とうとう・・・・ですか??・・・・と思ったら「つづく」!
まあ、ちづるさんたら、焦らしプレイですか(きゃv)
展開が楽しみです(*^_^*)