この散文は、『フライト・コントロール』に想を得ました。 +++++ Turbulence (乱気流) 考えるだけで こんなに辛い 考えただけで 心が凍る―――・・・ +++++ 香藤。 香藤。 香藤。 おまえのいない世界なんて、俺には想像できない。 あり得ないし、あってはならない。 おまえがいなければ、俺は息もできないから。 いやだ。 いやだ。 いやだ。 それは、思いもかけない衝撃で俺を襲った。 あるはずのない仮定。 目の前が暗くなり、いやな汗が額を伝った。 香藤と別れる―――。 その言葉が脳裡に浮かんだ瞬間、俺は慟哭していた。 心が軋んで、悲鳴を上げる。 痛くて、寒くて、怖ろしくて。 おまえの温もりを失って生きていけるほど、俺は強くないから。 恐い。 恐い。 恐い。 涙が零れて、止まらなかった。 手先が凍え、身体が震えた。 どうしてこんなに、恐いのだろう。 どうしてこんなに、心が揺れる―――。 不安があるわけではないのに。 おまえを誰よりも信じているのに。 香藤。 香藤。 香藤。 滂沱の涙にくれながら、俺は香藤に縋りついた。 この、確かなもの。 この、大きな愛。 失ったら、生きていけるはずがない。 香藤がいなければ、俺は俺でいられないから。 香藤と別れる―――。 ありえない仮定。 絶対に導き出されることのない答え。 わかっているのに、と何度も自分に言い聞かせた。 おまえの愛にくるまれて、支えられて。 これ以上ないほどの幸せを、おまえは俺に与えてくれているのに。 それでも俺は、戦慄した。 禁忌のシナリオに、胸が引き裂かれるようだった。 おまえの声。 おまえの指。 おまえの心音。 どれひとつ、絶対になくせない。 どれひとつ欠けても、俺は崩壊する。 俺たちは絡み合い、混ざり合い、どこまでも融け合って。 繋ぎ目のないひとつの人生になっているから。 許してくれ。 許してくれ。 許してくれ。 恐慌の中で、俺は香藤に詫びた。 知っているくせに。 わかっているくせに、そんなことを考えた自分を―――。 おまえの愛は雄々しくて、暖かくて、どこまでも深くて。 俺を抱くおまえの腕は、何よりも確かな愛の証で。 疑う余地など、どこにもないのに。 どうして。 どうして。 どうして。 脆い自分が、不甲斐なかった。 俺はおまえに、いつも頼ってばかりだが。 おまえはいつだって、俺を葛藤から救ってくれるが。 それでもせめて、このくらいは。 俺ひとりで、迷いを振り切りたかった。 香藤。 香藤。 香藤。 おまえは、こんな俺を―――・・・。 ふと。 俺を抱く香藤の腕に力が入った。 しっかりと抱き寄せて、ぬくもりを分け合うように。 ・・・え・・・。 香藤の声が、遠くに聞こえた。 やさしく宥める、低い声。 何度も、何度も俺を呼ぶ。 大きな手のひらが、俺の背中をさする。 ・・・大丈夫。大丈夫だよ・・・。 ふうわりと、暖かい風が吹いた。 海底から浮上してくるような高揚感。 香藤がそこにいた。 そこにある揺るがない確かなもの。 いつもいつも、俺だけのために。 いつの間にか、身体の震えは止まっていた。 香藤と俺の鼓動がぴったり重なる。 俺は、ゆっくりと息を吐いた。 香藤の肌のあたたかな匂いに包まれる。 ほら、岩城さん・・・。 大きな手が、差し出される。 なだめる声に導かれて、俺はそっと目を開けた。 +++++ ましゅまろんどん 2006年8月17日 大阪にて このあと、弓さんの『Midnight Landing』が続きます。 |