『Sunny Sideup!』
早朝。 良く晴れた日曜日だった。 テレビもつけずに電源を入れたオーディオから、気分をニュートラルにさせる音楽が聞こえてくる。 香藤が、岩城のために作ってくれた特製のMDだ。 流行の曲なんて知らなくても、岩城には何の支障もないが、香藤はよく、こうして岩城にいろいろ作ってくれる。 流れているのは、クリアーな声の、外国語の歌。 そうした音楽のチョイスや、岩城のために服を買ってくる事、あるいは、料理したり、時にはガーデニングが趣味の岩城のために、鉢植えを買ってきたり。 人が見れば、『香藤らしくない』というかもしれない。 でも、これが心から愛しい人を前にした本来の香藤の姿であり、そういった香藤の素顔を知っているのが自分だという事を、時折岩城は誇らしく思う。 まだ気温が上がりきらず、髪を掠る風が、冷たかったりする。 日陰になっていたせいか、朝露で濡れた庭の白いアイスバーグが、なんだか切なそうに見える。 このアイスバーグは、いつだったか、香藤が仕事の帰り道に買ってきた、バラの鉢植えだ。 濡れた葉陰をそっと指でなぞると、背後から、眠そうな足取りで階段を降りてくる香藤の音が聞こえてきた。 「おはよー岩城さん。今日起きるの早いねー。起きるの・・・辛くなかった・・・?」 リビングのドアを開け、岩城と目があってすぐに、香藤はもう、昨夜の事を思い出しているようだった。 またこいつは・・・と呆れながらも、そうした“香藤らしい”行為や思考が、自分にとってはかけがえのない何かなのだろうと岩城は知っている。 「ちょっと、いや、だいぶ、辛かったぞ?でもな・・・」 「ん?でも、なに?」 言葉を途切らせた岩城の顔を覗き込みながら、香藤は中腰になって岩城の髪を撫でた。 「お前がしてくれた事だから、別に苦じゃないさ・・・」 言ってみて、ずいぶん照れくさい事を言ったように思ってしまった。 思ってしまえば、あとは、意識せずとも勝手に頬が紅潮していく。 どれだけ一緒に過ごしても、香藤のように、素直に愛情が表現できない。 照れくさくて思わず俯き、アイスバーグの鉢を日の当たるほうへと押し出して、キッチンのほうへ行こうとした。 その時だった。 「・・・え?・・・うわ!」 強い力で押し戻されて、勢い余って後ろへ倒れこみそうになった。 だが、そんな岩城の背を支え、さっき腕を引っ張った香藤の手は、次の瞬間、もう岩城の頬へと回されていた。 「ん・・・ん、ふ・・・」 強引に、されど、優しく。 奪われた唇は朝の冷たさを押し流すように熱く、本当に悔しい事だが、キスだけで、達してしまいそうになる。 昨夜の、情事の余韻が、身体の奥底にくすぶっているのだろうか。 良く晴れた日曜の朝には、似合わない愛の熱が、今、二人を包んでいる。 「岩城さん、あんまり可愛いと、俺にいっぱいイタズラされちゃうよ?」 普段なら、何言ってるんだと反論するような、香藤のセリフ。 だが、香藤の情熱にほだされて、今、岩城は力が抜けて動けない。 やがて香藤はゆっくりと岩城の姿勢を正し、きちんとソファに座らせて、それから一人、キッチンへ向かった。 「さ、岩城さん、俺、朝ごはん作るから!何食べたい?」 何食べたいって・・・。 なんだろう。 よく分からないが、お腹いっぱいのような気がするんだ。 キスのせいかな。 「おーーーーい、岩城さーーーーーん?」 香藤が呼んでる。 答えなきゃ。 でも。 そんな事より、香藤。 朝ごはんなんて作らなくてもいいから、とりあえず、俺の隣に座ってくれ。 「いーわーきーさーんーーーーーーってばーーーー!?」 いつまでたっても返事をしない岩城にしびれを切らしたのか、香藤がスリッパを履いたまま、ソファの方へと近寄ってきて、そこにちまっと座っている岩城の目の前まできた。 あ、香藤だ。 「ねぇ岩城さんってば!ボーっとしちゃって、どうしたの!?あ、まさか、どっか具合でも、わる・・・・」 それは、ほんの一瞬だったが、まるでスローモーションのようだった。 岩城が腕を伸ばし、グッと香藤の肩を抱き寄せて、今度は岩城から、香藤の唇を奪った。 弾力のある、柔らかな唇が、心地いい。 ほんの5秒程度の出来事だったが、唇を離してから、岩城はようやく我に返った。 「あ・・・、え、と・・・・や、その・・・・」 「え?え?・・・ちょっと、岩城さん、どうしちゃったの!?嬉しいけど、なんか恥ずかしいじゃん、こういうのって!」 照れながら、香藤は大はしゃぎだ。 求めるばかりの愛じゃなく、与えてもらえる愛がある。 二人の愛は、常にギブ・アンド・テイク。 それを実感するたび、香藤はまるで、少年のような笑顔で喜びをあらわにするのだ。 「あーーーー、もう!今日はこのまま岩城さんを食べちゃいたいけど・・・。昨日たくさんしちゃったもんね。楽しみは夜まで取っておく・・・!」 「・・・何言ってんだ、ばか・・・」 ようやく、香藤に反論するだけの余裕が戻ってきたみたいだ。 それから、香藤がキッチンへ戻り、再び何が食べたいかを聞いてきた。 岩城にとっては、香藤が作ってくれるものなら何でもよかったが、『何でもいい』というような答えは、二人の間ではなるべく使いたくないと思っていた。 「トーストとコーヒー。それから、目玉焼きに、サラダ。俺も手伝うから、一緒に作るぞ」 そう言って、岩城もキッチンへと足を運んだ。 手際よくサラダを仕上げていく香藤の横で、岩城は一人、目玉焼きに苦戦していた。 フライ返しすら、うまく使えない。 「ベーコンエッグになんか、するんじゃなかったな・・・。フライパンにくっついちゃって、うまく焼けない」 肩を落としながら目玉焼きを皿に盛り付けようとしたその時、後ろからふいに手が伸びてきて、岩城の手の上に重なった。 片方の手にはフライパンを、もう片方の手にはフライ返しを、岩城の手の上から持ち、一緒に目玉焼きを皿に移していく。 そんな事をするのは香藤しかいないと分かっているから、驚きはしても、慌てはしない。 ただ、ほんの少しだけ、胸が高鳴る。頬が熱くなる。 そうしてやっとありついた本日の朝食。 トーストとブラックのコーヒー。 レタスとパプリカ、ブロッコリーのサラダ。 それから、少しベーコンの焦げた、でもこの世で一番美味しいサニーサイドアップ。 庭には、陽だまりの中で光り輝く、アイスバーグ。 お前が買ってきた、アイスバーグ。 知ってるか、香藤。 この花言葉は、『相思相愛』なんだぞ。 オーディオからは、相変わらず、香藤セレクトの心地よい音楽が鳴り響いている。 岩城も香藤も、なんて事はない、いつもと同じ休日とは分かっていても、それでも、こういった日々を、慈しまずにはいられないのだ。 これこそが、嗚呼、ただ、光り輝く瞬間と永遠。 The End. (...and written by ルカ) |
はあ〜なんて素敵な朝なんでしょう・・・v
でもその中で欲情に駆られる岩城さんがすごく素敵です・・・
さぞかし前夜は情熱的だったのでしょうね
ふたりで築く生活がそこにある・・・それをすごく感じさせてくれますね!
一緒に料理・・・・らぶだわ・・・・v
「相思相愛」という花言葉を持つ花がふたりを見つめているようでvvvv
ルカさん、素敵なお話ありがとうございます!