父からの手紙




彼の一人息子は、幼い頃から非常に目立つ存在だった。


人目をひく愛らしい容姿。感情そのままを映し出す豊かな表情。
誰からも好かれる素直で明るい言動と行動。

それは成長するにつれ輝きを増し、愛らしさは華やかさへ、
まっすぐな性格は他人に左右されない価値観の規範となった。

加えて、生来の社交性のなせる業か、呆れるほど交際範囲も広い。

そんな息子のおかげで、彼は、ご近所はもとより、学校のPTAでは
息子とは違うクラスの子供の親からも「洋二くんのお父さん」と
呼ばれたものだ。

容姿端麗。天真爛漫。自由闊達。

やりたい事とすべき事を自分で見つけて、そこにまっすぐ進んでいく
意志の強さと行動力。

成績優秀とは言えないが要領が良くて機転も利く。

友人が多くて教師ウケも良い。

一言で表すなら、息子は「人気者」。

彼と彼の妻にとって、そんな息子は自慢だった。


夭折した一人目の子を思えば、とにかく無事に生まれてほしい、元気に
育ってくれさえすればいい、と控えめな願いしかもっていなかったが、
息子・娘ともに、両親が望む以上の成長の仕方をしてくれた。

もちろん、息子の素行に心配がなかったわけではない。


好きなものは好き、と。
楽しいことを楽しんで何が悪い、と。


そう言い切れる強さは、時として傲慢と受けとられるだろう。

実際、熱しやすく冷めやすい息子の恋愛事情などは、息子本人ではなく
その周囲から、あまりよくない響きを持って伝わってきた。
・・・それも頻繁に。

だが結局、彼は息子の「恋愛」を静観する立場を貫いた。

息子が何人の女性とどんな付き合いをしようと、それは本人と彼女達の
問題であって、親が口を挟む余地はない。

恋愛に限らず、息子がどんな友人を選び、どんな遊びを好み、
学校でどういうカリキュラムを選択し、どの職種に通じる進路を選ぶのか、
本人から相談でもされないかぎり口出しはしなかった。

放任主義、というつもりはなかったが、息子はごく小さい頃から、自分に
関することは自分で選び取ることを望む子だった。

だから彼は、息子の意思を尊重し、間違った方向に行かないようにだけ
サポートする役に徹していた。それで十分だった。


独立心が強いというのか早熟というのか。

親としては少し寂しい気もしたが、そういう意味では、息子はまったく
手のかからない子供だった。


――――しかし現在、彼はその教育方針を少し後悔していた・・・・




   * * * * *



「ご返却は来週金曜日までです。またお越しくださいませ〜」


仕事の帰り、香藤洋一は何年かぶりにレンタルビデオ店に立ち寄った。

今夜、妻は同窓会に出席していて家にいない。
観るなら、今がチャンスだ。

借りたものは、アダルトタイトルばかり5本。

5本・・・、あの店に置いてあった「あの男」の出演ビデオ本数から
考えれば少なすぎる。しかしAVなど内容に大差あるまい。要は、
あの男がどういう「仕事」をしていたのか知るためだ。

(それにしても・・・・)

洋一は盛大にため息を吐いた。

あの男のビデオもだが、息子の出演ビデオの多さにも辟易させられた。
怪しげなパッケージに息子と思しき顔を見つける度、キャストの欄に
名前を見つける度、洋一は頭を掻き毟りたい衝動と戦った。

とにかく、時間がない。

頭皮に悪影響を及ぼす暇があるなら、一刻でも早く帰宅すべきだ。

やるせない思いを、洋一は駆け足で紛らわせた。




『――――ほら、もっと脚を開くんだ』

『そんなっ、いやよ、いや、いやァ・・・』

・・・ッ、ノォォオオオオオーーーーッツ!!!

洋一の喉から、咆哮が溢れた。

頭を抱えたまま蹲り、息苦しさから胸元を掻き毟る。

―――――観なければよかった・・・っ!!

深夜のリビング。
艶やかな喘ぎ声を垂れ流すテレビのまん前。

洋一は、膝を折って前のめりに倒れていた。

とめどなく溢れる涙で絨毯が濡れていく。それでも立ち上がることができな
かった。いや、両膝が立ち上がることを拒否している。腰も背中も。

「うっ、ううぅっ、よっ、よ〜じぃぃ・・・ッ・・・」

「・・・お父さんたら、岩城さんのAV観ながらお兄ちゃんの名前呼ぶって、
どういう心境なわけ?」

「うおぅッ、洋子!!」

ビクッと肩を揺らして、洋一が振り返る。いつからそこにいたのか、娘の
洋子がソファに座っていた。

「お父さん・・・、AV観賞もいいけどさぁ、一応ロマンスグレーで通ってる
んだから、もうちょっと落ち着いてよ・・・」

柳眉をハの字にしかめて、洋子が呟く。情けなさそうな娘の声に、洋一は
自分の体勢を思い出して慌てて起き上がった。

「よ・・・洋子。こんな時間まで起きていたのか?」

「いいえ、寝てました。誰かさんの絶叫で起こされちゃったんでーす。
っていうか、お父さんが『うおぅっ』って言うの、初めて聞いた」

言いながら、洋子はやや頬を染めて肉色あふれるビデオを止めた。
覚えず、洋一から安堵のため息が漏れる。

「お兄ちゃんの恋人がどんな人か、気になったんでしょ。『あんなバカ息子の
ことはもう知らん』だの『勘当だ』だの言ってたくせに、やっぱり心配して
るんだ」

「お前はどうしてそう、冷静でいられるんだ! 観たか、観ただろう、今の!!
あんな下品な事をする男が、洋二の、よっ、洋二ィーーーッ!!」

たまらず叫び出した父を、娘が呆然と見つめる。

万事を楽天的に乗り越える家風にあって、手で顔を覆い、髪を振り乱して
懊悩する父の姿など、洋子は初めて見た。

理由は・・・考えるまでもない。



『岩城京介&香藤洋二 同棲!!』
『番宣と思いきや! 春抱きカップル、衝撃仮想結婚!?』
『小説を超えた純愛? 岩城京介と香藤洋二の恋に、女性ファン急増』

―――二ヶ月ほど前になるだろうか。

そんなセンセーショナルな話題を世間に振りまいた当事者。

俳優・香藤洋二は、洋一の息子であり、洋子の兄であった―――



「・・・大学中退も芸能界入りも、AV男優の件だって、こんなに拒否反応は
なかったのに」

ぽつりと漏れた娘の言葉に、洋一はキッと目を上げた。

「あたりまえだ! あの男とのスキャンダルは、ドラマの宣伝だと思っていた
のに同棲だと!! 男と男で同棲!? 男同士で恋人同士!? これ以上非常識な
まねは許さん!!」

「許さんったって、もう住民票も移したみたいだし」

「さんっざん、女泣かせの、女ったらしの言われてきた洋二だぞ!? なんで
男とそうなるんだ!」

「いいじゃない。お兄ちゃん、幸せそうだし」

「お前は男というものをわかってない! 男というのは、男というのはなぁっ、
・・・よぉーじぃぃぃぃいいいッ!!!」

「・・・・・・・・・・」

父にとって、ついさっきまで観ていたAVの内容がよほど衝撃的だったのだろう。
男として、というより、父親としてショッキングな何かを連想させたせいか。

「ははぁ、お兄ちゃんがベッドであーんなことされてんじゃないかって
思っちゃうのね」

白けた気分で洋子が父を見下ろす。
洋一には、娘の声が聞こえていないようだ。



妻のいない、夜。

「俺は! 俺はお前を嫁に出すために育てたんじゃないーーーッ!!」

息子の住む、東京に向かって。

「プレイボーイでもいいから、隠し子を何人作ってもかまわないから、
元の女好きに戻ってくれーーーっ!!」

切なさともどかしさを込めて、洋一は叫んだ・・・




    * * * * *




(・・・なんてことも、あったなぁ・・・)

洋一は、複雑な思いで過去の感情を反芻していた。

『聞いてくれよ、親父。違うんだ。今回のことは、マスコミのでっち
あげなんだよ! ホントにちょっと、ダチとメシくっただけなのに
さぁ・・・』

受話器から伝わる、息子の焦燥感。

『岩城さん、話きいてくんねーんだ。全部否定して・・・、もう俺、
どうすりゃいいんだよ・・・』

ぐずっと鼻をすする音に、洋一はドキリとした。

息子がこんな風に弱音を吐露することなど、今までなかった。まして、
恋人に自分の心を疑われたと、親に傷心を打ち明けるとは。

「洋二・・・」

かける言葉もなく、洋一は吐息のように息子を呼んだ。



つい数日前に発行された週刊誌で、息子の「不貞」をすっぱぬいた記事が
掲載された。

岩城京介と同棲を始めてから、浮いた話ひとつなかった「元・夜の王子様」
で現在「抱かれたい男No.1」の香藤洋二である。

マスコミは大喜びでこのネタに飛びつき、取材合戦は過熱する一方。

一般人である香藤家の面々にまで取材要請がくるくらいだから、当事者で
ある息子と、その恋人である岩城にはどれほどの報道陣が張り付いている
ことか。

一年前の自分なら、息子の今の状況を「それみたことか」と内心で喜び、
岩城と別れるよう説得を試みたに違いない。

だが洋一は、息子が岩城と別れることなどありえないと確信している。
いや、知っている。



『だいたいさぁ、俺が浮気なんてするワケねーじゃん!』

憤りをたたえた、息子の声。
―――あぁ、また始まった・・・・

『もう、岩城さんの可愛さといったら、もうもう、そんじょそこらの
女どもと比べられるレベルじゃねぇっつうんだよ! 少し考えれば
わかるだろっつーの! なぁ、親父!?』

「そう・・・そうだな・・・」

―――あの凛々しく男性的な岩城京介をつかまえて、カワイイ、と
言うか、息子よ・・・

喉の引き攣りを押し殺して、洋一は答えた。父の精神的消耗など、息子は
気づかない。

『何が浮気、どこが浮気!? 一緒にメシくっただけで浮気になるなら、
岩城さんなんかとっくの昔に、ダース単位で俺の子供産んでなきゃなん
ねーよ!』

「・・・お前の子供を、岩城さんが・・・産ん・・・」

『あぁっ、でもダメだ! 産まれた子供が岩城さん似の美人だったら、
俺、絶対ウチから出さねぇ。ってか、ホントは岩城さんもウチから出し
たくねーんだぁ、俺』

寝起きのように、うっとりと息子が言う。

『岩城さん、最近すっごく色気でてきただろ? 前々から綺麗じゃあった
んだけどさ、今はもう、艶っぽいっていうか、フェロモンむんむんってな
カンジ? もうさぁ、首筋とか腰つきとかたまんないんだぁ・・・』

「そうか・・・」

『こう、キュッてカンジ? 腰とか足首とか、なだらか〜にイイ感じな
ラインでさぁ・・・もう、ぎゅってしたくなるんだよっ!』

「・・・そうか・・・」

知らず、洋一の目に涙が浮かんでいた。

洋子の結婚を機に、岩城京介と対面をはたしていた洋一である。

息子がどれだけ岩城を愛しているか、岩城がどれだけ息子に誠実であるか、
今ではもう、疑うべくもない。

『岩城さん、今頃どうしてるかなぁ・・・泣いてなきゃいいけど・・・。
愛してるってあれだけ言ってんのに、岩城さんてばもう・・・。傷つき
やすくて繊細で・・・、あぁもう、抱きしめてぇなぁ・・・』

―――二人の仲を裂くつもりは、もう、ない。

「そう・・・だな・・・」

憔悴しきって、洋一が呟く。

『そうだなって、なに親父!? 親父まで岩城さんのこと狙ってるとか
言わねーよな! 岩城さんは、俺専門なの! 身も心も俺のモンなの!!
って、あー、・・・心は、まだまだ俺のものとは言い切れねぇか・・・』

―――二人の仲を、邪魔するつもりもない。

『心だって、必ず確実に落としてみせるけど、まぁとにかくカラダは、
岩城さんの身体だけは確実に俺仕様なんだからな! なのにアイツら、
岩城さんのことヤラシイ目で見やがって!』

「・・・あいつらって・・・?」

『あいつらはあいつらだよ! ふんっ、岩城さんがあいつらなんか相手に
するわけねぇっつんだよ、愛が違うぜ、愛が!! なっ、親父?』

「・・・そうだな・・・・・」

―――それなのに、ここまで赤裸々に二人の恋愛事情を叫ばれる必要が、
あるのだろうか・・・

はらはらと、洋一の頬を涙が伝い落ちていく。

この涙の意味は、洋一にも、よくわからない。



息子と岩城が「そういう関係」であると知った時、洋一は、岩城より5歳も
年下で、しかもAV界の後輩である息子の方が「女役」なのだろうと思った。

・・・思い込んでいた。

だからこそ、嫌悪感はそうとうなものだったが。

妹の結婚式で「恋人を両親に紹介v」した息子は、洋一達家族から岩城との
交際を公認されたものとみなし、実家に電話をかけるたびに「コイバナ」を
ぶちかますようになった。

・・・そして、知りたくもない様々な情報を得て・・・

息子が「女」ではないということは、よく、わかったが・・・



熱くなった目頭を押さえつつ、洋一は受話器を置いた。

「あらあなた、また洋二にノロケられたの?」

振り向くと、妻が苦笑していた。そのいたわるような柔らかな表情に、
洋一はわけもなくまた涙が出る。

「・・・歳をとると、涙もろくなっていかんな・・・」

ブーッと鼻をかんで、洋一は天井を仰いだ。



―――洋二が「嫁」ではないだけ、よかったと思おう・・・


それが、息子を思う父・香藤洋一の結論だった。



妻が淹れたコーヒーを飲んでから、洋一は息子にあてた手紙を破り
捨てた。

洋二が出演する予定のトーク番組で、読み上げられる手紙。

「書き直す前に、岩城さんに連絡をとらないとな・・・」

独りごちて、洋一は使い古した皮の手帳を取り出す。目当てのページ
には、「岩城京介/自宅:03−XXXX-XXXX ←兼、俺の自宅v」と
息子の手による書き足し。

「・・・・・」

部屋に、父の長い長いため息が響く。

(子供のとき手がかからなかった分、今になって取り返してるのか?)

答える声は、ない。

もう一度ため息を吐いて、洋一は岩城と連絡をとるべく受話器を
とった。

息子の、幸せそうな笑顔を思い浮かべて。






               ―終―

                    2006/05/05  牛馬







牛馬さんの初投稿作品ですv
第2巻あたりの頃だそうです
香藤くんのお父さま・・・とっても可愛いvvv
お父様もあの電話をかけるまで色々想い、考えたのでしょうね
難儀なことです(笑)
あの頃のことを懐かしく思い出しましたv

牛馬さん、素敵なお話ありがとうございますv