#0:Boogie woogie routine morning  
〜the present〜
「ねぇ。岩城さん。」
朝の仕度も忙しい限られた時間の中、
香藤は晩御飯の仕込みをしながら包丁片手に尋ねた。
「何だ?」
(この声色を使うということは…。何かあるな。)
そう睨んで岩城は朝刊を読みながら少々ぶっきらぼうに答えた。
一緒に暮らすようになってからもう何万という時間が過ぎただろうか。
その時間の中で学習した香藤の癖。
それをズバリ見抜くのは岩城にとって香藤を誘うくらい簡単なことなのだ。
「2・3日前から思ってたんだけどさ、髪伸びたよね。」
「誰の?」
「『誰の?』って、そんなの岩城さんに決まってんじゃん。」
「そうか?俺はそう思わないけどな。」
(またあの話か…。ここはもう出るとするかな。)
心の中で辟易しつつ、新聞を専用のボックスに放り込み、
いつもより十数分程早いが家を出る準備を始めた。
準備、といってもジャケットを着て、バッグを持ち玄関へ向かうだけなのだが。
「いやいや、伸びたって。」
出かけるのを察してか、香藤は料理の手を止め、
急いで岩城のもとへと駆け寄った。
「わかったよ。次の休みに切りに行くから。それで良いだろう。」
さっさと出ようとリビングのドアノブに手を掛けたその時、
「ちょっと待ったぁ!!もうっ!何でそういう事言うかなぁ。あのねぇ岩城さん。」
香藤に手首をつかまれ玄関へ続く道をふさがれる。
「こらっ。そこどけ。出られないだろ。」
「何で?まだ時間あるでしょ?」
「今日は打ち合わせがあるんだ。」
「ウソだね。打ち合わせある時はきっかり15分早めに出るでしょ。」
香藤とて、岩城の行動パターンはお見通しなのである。
うっ、と言葉を詰まらせる岩城に香藤は続けた。
「あのさぁ。何で髪切らせてくんないの?」
「お前こそ、何でそんなに切りたがる?」
「前から言ってんでしょ〜。俺じゃない奴が岩城さんの髪に触るんだよ?
それを俺が耐えられると思ってんの!?もうそろそろマジで限界近いよっ。」
「馬鹿馬鹿しい。」
「バカじゃない!!」
「嘘つけ。大体お前が行けって言う所で切ってるんだ。
それなのにまだ文句があるのか?」
「大ありだよ。」
「もういい加減にしてくれ。」
岩城は派手に溜息をつき、出るのを諦めたのかコーナーソファーに腰を落とし、
香藤も岩城の真横に腰掛け言葉を続けた。
「最初はさ、それで満足だったんだよ。」
「担当の人だってお前と同じ人だしな。」
「そこっ!!そこが問題なんだよ。」
「じゃあ別の美容師にすればいい話だろう。」
「そういう問題でもないのっ!!」
「なら、どうすればいいんだ?」
「だから俺が切るって言ってんじゃん!!」
「…………。ちょっと待て。話を戻そう。お前と同じ美容師だと何が問題なんだ?」
片手でやや興奮している香藤を制し、ゆっくりとした口調で尋ねる。すると、
「まぁ、実はどうでもいいんだけどさ…。」
と、なんとも気の抜けた返事が返ってきた。
「…何だそれは…?」
思わず岩城も脱力してしまう。
「違うよ、俺以外の奴が髪を触るってとこではさ、
担当だろうとなかろうと関係ないでしょ?」
何とか分かってもらおうとすると思わず甘い声が出てしまう。
そういう香藤を知っているからこそ、その必死さが岩城に伝わる。
溜息と言うよりも一呼吸置いてから岩城は潤んだ瞳の香藤に語りかけた。
「なぁ、香藤。お前がここに転がり込んできてもうすぐで3年だ。」
「うん。」
「俺がずっと通ってたヘアサロンを無理やり変えさせられたのが2年前。」
「そうそう。」
「1年前に髪を切るって言い出したな。」
「そうだよっ!1年も断り続けるなんてひどいよっ。」
「うるさいっ。」
「でもさぁ、さすが俺だよ。年を増すごとに岩城さんへの愛が深まってるってのが、
よっくわかるね。」
「まぁ、否定はしないけどな…。」
香藤から視線を外し、少し顔を赤らめ呟く。
「じゃあ俺の愛をちゃんと受け止めてよっ!!」
ここぞとばかりに、勢いよくタックルするように抱きつく。
「おいっ!!何でそうなるんだっ!!おかしいだろっ!!こらっ!!」
悲しいかな岩城の叫びが香藤に伝わったためしはない。
「俺だってがんばってんだよ?カクテル作るのと一緒で髪切るのにも技術はいるでしょ?
だから岩城さんのためにってさ、店の常連の美容師さんに習ってさぁ。」 
「もう何回も聞いたよ。まったく、仕事のことを忘れに飲みに来る人だっているんだから、
お客様相手にそういうことはするもんじゃないだろう。」
叫びが届かなければ声も届かないものなのか。
コアラの様に抱きついたまま香藤はしゃべり続けた。
「それにさぁ、確かに髪切るって言ったのは1年前だけどさ、思ったのはそれよりも半年
前なんだよね。んで、その半年の間に習ったから、髪切るって言い出した頃には俺の技術
はばっちりだったんだよ。言い出してから習ったんじゃなくて、習ってから言い出したん
だからねっ!!そこの半年のがんばりを認めてほしいよ。あっ、言ってる意味わかる?」
「よしよし。よくがんばったな。えらいえらい。」
わしゃわしゃと香藤の髪をシェイクする様に撫で回す。
「ちょっ、岩城さ〜ん。」
クスクスと笑う岩城の両手を取り、撫でるのを止めさせる。
「せっかく寝癖とったに…。」
「気にするな。ちょっと位乱れても大丈夫だろ。」
香藤はちょっと乱れた髪型を片手でただした。
「も〜。またはぐらかされた感じだよ。まぁ実験台が増えるだけだけどさ。」
香藤は岩城の手を自分の口元へやり、
「実験台?」
と言う問いかけにチュッという音をたてて、
形のいい唇を繊細な手から渋々離した。
「そうだよ?技術は習得しても使わなかったらすぐ腕が落ちちゃうでしょ。
定期的に切るもん切らなきゃさ。でも宮坂はもうダメだろうなぁ、こないだ失敗したし。
小野塚は小野塚で絶対切らしてくんないしなぁ。」
「あぁ、彼は無理だろうな。」
手を握り締められたまま、岩城は小野塚の性格を考え納得した。
「そうなんだよ。切らしてくんないの。ひっどいよね〜。
もう店の人は全員切ったしなぁ。」
「はぁっ?!初耳だぞっ!」
明らかにしまったという顔を、何より雄弁な口角が表した。が、
「だって言ってないもん。皆には黙っててもらうようにしてるし。」
と持ち前の開き直りで態勢を立て直す。
「全員って、全員か?」
「うん。本田君でしょ。鈴希さんに松田さんに日さんに、
こないだマスターのも切った。」
「マスターもか?」
「あとね、吉澄さんのも切った。」
「この馬鹿っ!!店の人間以外に手を出すんじゃないっ。」
お決まりの鉄拳を喰らわそうとするも香藤の馬鹿な力で手を握られているため、
腕を上げこともできない。
「そんなに怒んなくてもいいじゃん。それにもう清水さんと金子さんも切っちゃったし。
俺シザーハンズばりだよねっ。」
鉄拳を防げたのがそんなに嬉しかったのか、
語尾に『エヘヘっ☆』が見え隠れする。
しかし、岩城の武器は手を出すだけではないと言うのは周知の事実。
「で?カットの上手いバーテンダーは
カクテルのレパートリーを1つでも増やせたのか?」
深みのある声と氷の微笑で香藤の心の臓を凍らせるのは、
岩城にとって、香藤を鳴かせるくらい簡単なことなのだ。
「………………あっ。岩城さん。そろそろでなきゃ。ね?」
少し間があってから何事もなかったように立ち上がり、玄関へ向かうようにうながす。
「まだ1分あるぞ。まったく…。」
口ではそう言いながらも、二人で玄関へ向かう。
「ハハハ…。そんな心配しなくても大丈夫だって。今夜だって、店閉めてから特訓するし。
だから、晩御飯一緒に食べれないけどさ。作っとくから食べてね。」
「あぁ。分かった。まっ、努力しているのは知ってたけどな。」
「俺なりにね。」
「そろそろ本当に出るとするかな。ほらっ、手を放せ。靴履けないだろう。」
いつの間にやら腰に絡ませていた腕を何も言わず、名残惜しげに放す。
「じゃ、行ってくるよ。」
「うん。行ってらっしゃい。」
そう言うと、どちらともなく、極自然に唇を合わせた。
初めは照れていた岩城も今では慣れたものだ。
「また後でな。」
「また後でね。」
同時に口にして、互いの笑顔を見やる。空間が二人を分かつまで。
パタン、とドアが閉まると岩城は職場へ向かい、香藤はというと…、
「も〜、岩城さんたら可愛いんだから〜。『否定はしないけどな…。』だってさ〜。
ホント降参って感じだよっ。」
声も大きく今朝一番つぼにはまった岩城を振り返り、
「あっ!!しまった。また切らせてくれない理由聞くの忘れた…。
何で切らせてくんないのかな〜。まいっか。ベッドの中で聞けばっ♪。」
なんて少しの反省と妄想を繰り広げながら晩御飯作りを再開し、
「よしっ。今日もいい男だな。」
と、軽く身支度を済ませ、
岩城が出た1時間後に香藤も職場へ向かう。岩城が先に出るのは開店準備をするためで、
以上がこの一室の日常風景である。

二人の向かう先は『k’s cafe』。昼は洗練されたカフェなのだが、
夜にはアルコールを出し日によって生演奏があったりする喧騒の多い店と化す。
なので実際にはカフェ&バーといった所だ。
香藤はそんな店の夜の常連客であった。それが物の成り行きというやつでいつの間にやら岩城と同じバーテンダーとして働くようになっていたのである。
訳は簡単、好きな人のそばには常に居たいから。
もちろん他にも理由はあるし、
立場が客から店員へ、二人の関係が他人から恋人へ、
そうかわるまでには長い長い時間を要したのだが、
この話はまた次回ということで。


2006/02 /27 tenugui




tenuguiさんのパラレルの連載、始まりですv
舞台はcafeです おしゃれです! 素敵です!
どんな物語が展開していくのでしょうか(ワクワクv)
ああ、でもこんな素敵な店員さんがいるなら
毎日でも通いますよ!私(^O^)
tenuguiさん、無理なく進めてくださいませ
よろしくお願いしますvvv