魔法使いの日常







とある王国に住んでいる魔法使いナギサの朝は遅く9時も過ぎてからやっと起きだします。

月の出ている夜の方が魔力が高まるので魔法使いはどうしても夜更かしになってしまいます。

魔法の道具や薬を作ったり新しい魔法を練習するためです。

優秀な魔法使いになるには持って生まれた資質の他に努力も必要なのです。

もっともナギサの場合夜更かしの理由はそれだけではないのですが、それについてはまた後ほどお話いたしましょう。

ナギサは他の魔法使いと違って魔力の他にもうひとつ大切にしているものがありました。

ナギサは男ですがドレスやお化粧が大好きです。

魔法使いの衣装決まっているのですが時々ドレスを着ておしゃれを楽しんでいました。

そしてナギサはドレスが似合うだけの美しさを持っていました。

その自分の美しさをナギサはとても大切にしていました。

睡眠不足はお肌の大敵です。

美しい肌を守るために最低でも6時間の睡眠をとると決めているため朝起きるのが遅くなってしまうのです。





そんなナギサが起きて最初にするのはメイクです。

丁寧に洗顔した後、鏡に向かいたっぷり時間をかけてメイクをします。

あっ、言っておきますが時間をかけるからといって決して厚化粧な訳ではありません。

メイクをするが楽しいのでついつい時間をかけてしまうのです。

ちゃんと言っておかないとナギサに怒られてしまいます。

バッチリメイクが終わると栄養バランスの取れた食事をします。

美容のためには食事にも気を配らないといけません。

朝食は遅くなってしまいますがその後適度に時間を開けて1日3食きちんととります。

食事を済ませたナギサはいそいそとある部屋に向かいます。

その部屋には座り心地のよさそうなソファがあり、その傍には紙とペンの乗った小さなテーブルがあります。

この部屋で一番目立つのは壁に掛けられた大きく美しい鏡です。

ナギサはソファに座ると鏡に向かって魔法のスティックを振りました。

すると鏡にはどこかの庭が映し出されました。

「あら、今日はまだお庭に出てないのね。」

ナギサがもう一度スティックを振ると鏡の映像は小さく16に区切れそれぞれ別の場所を映し出しました。

「キョースケ様とヨージ君はどこにいるのかしらね。」

そう、この鏡は魔法の鏡で映し出されているのはキョースケ様のお城の中でした。

お城に遊びに行った時に密かに仕掛けた小さな鏡や忍び込ませた使い魔の小動物たちの目に映っているものがこの大きな鏡に映し出されているのです。

この大きな鏡は魔法使いなら誰でも作れるという訳ではありません。

ナギサが時間をかけ努力を積み重ねて作り出したのです。

以前は水晶玉や水鏡で覗いていたのですが、小さな映像でしか見えない上、お城は広いので二人を探すのに時間がかかっていました。

二人のイチャイチャ振りを覗くのが何よりの楽しみになっていたナギサはそれに業を煮やしてこの鏡を作ったのでした。

[必要は発明の母]とはよく言ったものです。

16分割の鏡面の中、二人は別々の場所にいました。

キョースケ様はまだ執務中のようです。

ヨージは厩で馬の世話をしていました。

なんだかとてもご機嫌そうに馬に話しかけています。

「ヨージ君ったら馬相手に何話してるのかしら?」

ナギサはスティックを振ってヨージのいる厩を鏡全体に映し出しました。

するとヨージの声が聞こえてきます。

ナギサは使い魔の聴いている音を聴くことができるのです。





「…それでな、キョースケさんから誘ってくれたんだ凄いだろう。」

どうやらヨージは馬相手にキョースケ様とのことを惚気ているようです。

なぜそんなことをしているかと言うと誰も聞いてくれる人がいないからです。

もともとこのお城には若い人は少ないのですがヨージは持ち前の人懐っこさですぐに皆と仲良くなりました。

最初はヨージの惚気話を聞いてくれていた人たちも毎日のように聞かされてうんざりしてしまい今では誰も聞いてくれないのです。

どうしても誰かに惚気たくてたまらないヨージは仕方なく馬に話し始めたのですが、これがなかなかいいことに気づきました。

[馬の耳に念仏]で何を言っても反応がないのは寂しいのですが人相手では言えなかったベッドの中のキョースケ様の色っぽさまで話すことができるのです。

しかしヨージはもうひとつことわざを思い出すべきでした。

[壁に耳あり、障子に目あり]

どちらも日本のことわざだろうなどと言うツッコミをしてはいけません。

お話の中では作者の都合次第で何でもありなのです。

ヨージが馬相手にきわどい惚気話をしているのを知った者たちがこっそり立ち聞きに来ていたのです。

もっともヨージの話すキョースケ様のあまりの色っぽさに最後まで聞いていられた者はいないのですが。

「昨夜のキョースケさんは凄く積極的でさ、俺の上に乗って乱れる姿がメチャクチャ綺麗だったんだよ。」

馬にブラシを掛けていた手は止まり、もともとタレ気味な目はこれ以上ないくらい目じりが垂れています。

「キョースケさんただでさえ綺麗なのに汗で額に髪が張り付いて壮絶に色っぽくて綺麗でさ、目を潤ませながら「もっと…」なんて言うんだもん、俺止まらなくなっちゃったよ。」

昨夜のキョースケ様の痴態を思い出し煩悩を膨らませていたヨージはそれまでリラックスしていた馬が全身を緊張させるのを感じました。

それと同時に背後に冷気を感じ全身に冷や汗が流れました。

「ほ〜〜お、それじゃあ今日俺の身体がだるいのは俺のせいだって言うんだなヨージ?」

いつの間に来たのかキョースケ様が壁に凭れて腕組みをしながら冷ややかな目でこちらを見ていました。

どうやら少々ご機嫌斜めのようです。

「あ…ははははは、キョースケさん仕事終わったの?」

ヨージは何とか笑って誤魔化し話題を逸らそうとしましたがキョースケ様は無反応でした。

「確かに誘ったのは俺のほうだが途中でもう無理だから勘弁してくれと言ったはずだが。」

「あ、れ、そうだっけ。俺覚えてないなぁ〜。あははははは……ごめんなさい。」

キョースケ様はひとつ大きなため息をつくと項垂れてしまったヨージにゆっくり歩み寄りコツンと頭に軽く拳を落としました。

「バカだな、本気で怒ってるんじゃないよ。ただな、こんなところでそんな話してたら誰に聞かれるか分からないだろう。」

ヨージは初めてそのことに気づいたかのように顔を上げそしてまたすぐに項垂れてしまいました。

「ごめんなさい。そんなことにも気づかないなんて俺ってなんてバカなんだろう。」

キョースケ様は優しくヨージを抱き寄せ頭をポンポンと優しく叩きました。

「今までのことは仕方ない、これから気をつければいいだろう。」

「うん。本当にごめんなさい。」

「もういい。それより馬の世話はもう終わったのか?薔薇が綺麗に咲いてるから花園に行かないか?」

「うん、行く。」

やっと顔を上げたヨージの頬にキョースケ様はそっと唇を寄せました。

笑顔に戻ったヨージはキョースケ様の腰を優しく抱いて花園に向かいました。





そのころ鏡のこちら側ではナギサがペンを手になにやら書き留めておりました。

「何だかんだ言って結局キョースケ様はヨージ君に甘いわよね。お披露目パーティ以来益々ラブラブになっちゃって。私としてはネタをたくさん提供してもらえて助かるけど。」

実はナギサはキョースケ様とヨージのことをネタにお話を書いて本を出版していたのです。

勿論名前を変えてフィクションも加え創作の物語として出版しています。

もうすでに3冊も出していて売れ行きは上々でした。

他にも小さな水晶玉に魔法で二人の姿を写しこんだ夫婦円満のお守りも売っていました。

ラブラブな二人の姿は見る者をも幸せな気分にさせるのです。

と言っても国内で売るとキョースケ様たちにすぐにばれてしまうので近隣の国で売っているのでした。

「ドレスもお化粧品も高いから大助かりだわ。」

ナギサは自分が書き留めた物を読み直して確認するとペンを置きました。

「さてと、あの二人花園に行くって言ったわよね。直接見に行っちゃいましょう。」

ナギサは小鳥に変身するとお城に向かって飛び立ちました。





キョースケ様とヨージは花園の中の東屋のベンチに座って美しい花々を鑑賞していました。

植物を育てるのが大好きなキョースケ様は時折自らこの花園の手入れをしていました。

今は色とりどりの薔薇が盛りを迎えていました。

キョースケ様は鋏を手に薔薇の中に降り立つと花を摘み始めました。

(キョースケさん、花の精みたいだ。)

ヨージは緩みきった顔でキョースケ様の美しさに見惚れていました。

赤をベースに黄色やピンクや白を混ぜて花束を作ったキョースケ様はそれをヨージに差し出しました。

「すごい綺麗だね。後で寝室に飾ろうね。」

ヨージは渡された花束をそっと抱えました。

「ヨージは華やかな顔立ちしてるから薔薇がよく似合うな。」

キョースケ様は僅かに頬を染めてヨージを見つめました。

「そうかな?キョースケさんだって似合うと思うよ。そうだな特に白薔薇なんか。」

ヨージは花束の中から白薔薇を1本抜き出すとキョースケ様に渡しました。

「う〜ん、確かによく似合うけど…」

「俺はこんな華やかな花は似合わないよ。無理しなくていいんだぞ。」

「違うよ、そうじゃなくて。やっぱり薔薇よりキョースケさんの方が綺麗だなって。」

「バッ…何言ってるんだ。大体綺麗って言うのは女性に言う言葉だろう。」

照れ隠しのようにそう言うキョースケ様は目じりをうっすらと朱に染めていました。

「綺麗なことに男も女も関係ないよ。それに俺、キョースケさん以上に綺麗な人は見たことないよ。」

キョースケ様は一瞬で耳まで赤くなりました。

「キョースケさん可愛い。」

ヨージはチュッと頬にキスをしました。

「相変わらず見てる方が恥ずかしくなるほどラブラブね。」

ナギサは二人の前に舞い降りると元の姿に戻りました。

「ナギサさん、こんにちは。」

「ナギサさん、また来たの。」

突然現れたナギサに二人は驚きもしませんでした。

なぜならいつものことだからです。

最初のころは覗くのはほどほどにしてくれとヨージが言っていたのですが効果がないことが分かりもう諦めていました。

さすがに16面マルチ画面の魔法の鏡で覗かれているとは思いもしていませんでしたが。

「また来たのとは随分なご挨拶ねヨージ君。ま、確かにしょっちゅうお邪魔してるけど。」

「邪魔だって分かってんなら来なきゃいいじゃん。」

ヨージは二人きりの甘い時間を邪魔されて不機嫌なのを隠そうともしませんでした。

「こら、ヨージ。」

「いいんですよキョースケ様、確かにそのとおりなんですから。それよりヨージ君その薔薇綺麗ね。よく似合ってるわ。」

相変わらずナギサはあっけらかんとしたものです。

「でも、せっかく綺麗な薔薇を持ってるんだからそのままじゃ勿体無いわよね。」

ナギサは魔法のスティックを取り出して一振りしました。

あっと思うまもなく目映い光がヨージを包み込みまたまたドレス姿に変身してしまいました。

「やっぱり綺麗なお花には綺麗なドレス姿の方がよりに合うわよね。」

ナギサは一人でうっとりしていましたがヨージとキョースケ様は呆然としていました。

「…ナ、ナギサさん、何すんの!?」

我に返ったヨージが叫ぶとナギサは楽しそうにクスクス笑いました。

「人を邪魔者扱いするからよ。」

「自分だってそのとおりだって認めたじゃん。元に戻してよ!」

「イヤよ。自覚はあっても面と向かって言われると腹が立つのよ。」

ナギサがまた魔法のスティックを振ると先ほどまでヨージが着ていた服が現れました。

「服返してあげるから自分で着替えなさい。」

「キョースケさんこれ持ってて。着替えてくる。」

ヨージは花束をキョースケ様に渡すと服を掴んで駆け出しました、が…

何歩も行かないうちにドレスの裾を踏んで思いっきり前のめりに倒れました。

「ヨージ、大丈夫か!?」

キョースケ様が駆け寄って覗き込むと顔面を強かにぶつけたらしく鼻とおでこが赤くなっていました。

ヨージは半泣きでキョースケ様を見つめた後キッとナギサを睨みました。

「ナギサさんのイジワルッ!」

そう叫ぶと今度はドレスの裾を捲り上げて走り去りました。

「ちょっとやり過ぎちゃったかしら。ごめんなさいキョースケ様。」

「いえ、あいつ俺にかっこ悪いとこ見られたのが恥ずかしかったんだと思います。でもあまりあいつで遊ばないでやって下さい。結構デリケートなところもあるから。」

キョースケ様がヨージの走り去って行った方を愛しげなまなざしで見つめているの見てナギサはそっと微笑みました。





キョースケ様とナギサが花園を見渡せるテラスでお茶をしていると着替え終わったヨージがやって来ました。

「ヨージ、傷大丈夫か?ちょっと見せてみろ。」

「キョースケさん、痛いよ。」

どうやら甘えモードになってしまったらしく目を潤ませています。

ヨージの額と鼻の頭には小さな擦り傷ができていました。

「これくらいで大げさなヤツだな。おまじないしてやるから泣くな。」

キョースケ様はチュッチュッと額と鼻の頭にキスを落とし優しく撫でてやりました。

「キョースケさん、ありがと。」

恥ずかしそうに微笑むとヨージも席についてカップを手に取りました。

ヨージの機嫌も直り和やかにお茶を楽しんでいると補佐官がやって来ました。

「キョースケ様、国王陛下から書簡とお荷物が届いております。」

届いた荷物はさほど大きなものではなかったのでキョースケ様はそれをテーブルの上に置かせると書簡を開きました。



<キョースケ元気にしているか?先日隣国に使いに出した者がこのような物を見つけてきた。お前は知っているのか?…後略>



書簡は極簡潔なものでした。

「何を見つけたって言うんだ?」

キョースケ様は訝しそうに箱を開きました。

中から出てきたのは…ナギサが売り出した本とお守りでした。

「そっそれじゃあ私そろそろ失礼しようかしら。」

それを見た瞬間まずいと思ったナギサは腰を浮かせました。

しかし感で何かを察したヨージにしっかり腕を掴まれてしまいました。

「ナギサさん、もしかしなくても心当たりがあるんじゃないの?」

ヨージは反対の手でお守りの水晶玉を掴みナギサの顔の前に突き出しました。

キョースケ様はパラパラと本を捲って内容を確かめていましたがだんだんその顔が赤くなっていきました。

「ナギサさん、これを書いたのはあなたですね?」

本の中には二人の言動がそのまま書かれている部分がたくさんありました。

本人達以外は覗いていないと知りえないことばかりなのでどうにも言い逃れはできませんでした。

「あら〜ばれちゃったわね。ちょっとしたお小遣い稼ぎに…ね。本もお守りのとっても人気があるのよ。さすがキョースケ様とヨージ君よね〜。オホホホ…ホ…ホ…。ごめんなさい。」

ナギサは笑って誤魔化そうとしましたが二人の刺すような視線に俯いてしまいました。

「お城への出入り禁止、と言いたいところですが無駄だろうし、来なくても覗くでしょう?」

キョースケ様はひとつ大きなため息をつきました。

「ナギサさんは俺とヨージを引き合わせてくれた恩人でもあるし。特別措置をとりましょう。」

「特別措置ってどうするの?」

ヨージに訊ねられキョースケ様はにっこり笑いました。

「お守りに関しては肖像権料として本はネタの提供料として売り上げの10パーセントをお城に納めてください。」

あまり似ていないように思うのに国王陛下に似てなかなかシビアなところのあるキョースケ様でした。

「これまでの分は自己申告を信用するとして、これからは国家公認の商人を通してください。いいですね。」

「10パーセントなんて酷いわ。5パーセントじゃダメかしら?」

「ダメです。」

ナギサの抗議はあっさり却下されてしまいました。

「それからもしちゃんと納めなかったり商人を通さずに勝手に売ったりしたら魔法を封じさせてもらいますから肝に銘じておいてくださいね。」

この王国では魔法使いが魔法を悪用した時、優秀な魔法使いが集まって魔封じの術をかけることになっているのです。

「かしこまりました。」

いかにも領主然としたキョースケ様にナギサは思わず言葉遣いが改まってしまいました。

「納めてもらったお金は国民のために有効に使いますから。」

「分かりました。それでは今日はこれで失礼しますわ。」

ナギサはすっかり元気をなくし小鳥に姿を変えてお城を後にしました。





家に戻ってきたナギサはさっきまでの元気のなさはどこへやら、いそいそと鏡の部屋に向かいました。

そして早速お城の様子を覗きます。

「10パーセントはちょっと痛いけど書いていいってお墨付きを貰ったってことよね。これからも張り切って書くわよ〜。」

ナギサは目を輝かせながら魔法の鏡を見つめ二人の様子を書き留めていきました。

二人が眠ってしまうとそれを物語へと仕上げていきます。

かくてナギサは今日も夜更かしです。

そして明日の目覚めはまた遅いのでしょう。

一風変わった魔法使いの日常はこんな風に過ぎてゆくのでした。





早朝は滅多に覗かれていないと悟ったキョースケ様とヨージがイチャつきながら夜明けの散歩を楽しんでいることはそのころ夢の中にいるナギサにはナイショです。





おしまい



04.8.21  グレペン




きゃああ、らぶらぶvvv
素敵!! 番外編ありがとうございます!!グレペンさん!!!
あのナギサさんの日常を書いてくれましたv
で、それを本に!(笑)流石ナギサさん!
欲しいです!!売ってください!何処に行けば買えますか?
ああん見たいよ〜v

しっかり香藤のドレス姿もあって嬉しい限りですv
ツボです・・・ぐふふふv、たまりません・・・・v
でも・・・・彼らが幸せそうで嬉しいです!!!