驟雨−にわかあめ− 「やーん。濡れちゃったー。」 「もー、ビショビショ〜。」 そんな声が店内に響き渡る。ここはかなり広い書店だが店内は静かにクラシック の流れる音しかなかったため奥にいた香藤にもその声が聞こえてきた。 久しぶりに岩城と香藤は自宅に揃った。しかも丸一日オフで。 厳密に言えば香藤は昨日と今日がオフで、今日と明日が岩城のオフなのだ。 丸一日暇を持て余した昨日一日、香藤は煮込み料理を作り、部屋の片付けをした り、ビデオを見たりしていたが、どうにも普段忙しい生活をしているせいか手持 ち無沙汰なのだ。物足りない・・・こんな時に岩城さえいてくれたら・・・。 悶々とした時間をどうにかやり過ごし、岩城が帰ってきてからすぐに ―――― 玄関からそのままベッドに引きずり込んだ。 現在、岩城は自宅で留守番をしている。と言うよりはベッドの番をしていると言 った方が良い状態になっている。 今日は二人で買い物、と考えていたのだがどうにも岩城の体がきついらしい。 まあ、それは香藤の所為なのだから仕方がない。昨晩は言うに及ばず、今日は今 日で・・・。 お気に入りのフードセンターまで車で行き買い物を済ませた後、そのまま書店に 向かった。 徒歩で2、3分もあれば行ける所だ、然程重くない荷物のためにわざわざ駐車場に 戻って車を動かすより効率的だと思ったのだが雨が降ってきたとなれば話は別だ った。仕方がない。と、暫くこのままここで様子をみることにした。 岩城に頼まれた小説を探し出し、雨が止むまでの時間つぶしにと目ぼしい雑誌を パラパラと捲る。 “目ぼしい雑誌”それは岩城の記事が掲載されている雑誌ことである。 大概は事務所を通じて手渡されることが多いが、何分にもお互い忙しい。目を通 す暇がないのでその辺に置き去りにされ、いわゆる積読状態になってしまうこと が多々ある。 それに岩城の場合は照れがあるのかあまり自分が載っている雑誌を持って来なか ったりするのだ。それも掲載されるページが多いものに限って。 金子や清水にも協力してもらって、ともすれば見過ごしてしまいそうな記事まで 載っている雑誌を香藤は片っ端からチェックしている。 その訳は・・・ 岩城のことは何でも知っていたいから。 それに自分以外の人間の前でどんな顔をしているのか、気になって気になって仕 方がないのだ。自分が見たことがない表情を他人の前でしているんじゃぁないの か。 例えそれが仕事の顔でも演じている顔でも、自分の知らない顔がないと言い切れ る程になるまで。 きっとそれは果てしなく続きそうな気がする。 だが、それはちっとも苦にならない。 雑誌の中でインタビューに答える岩城・・・その何枚かのショットの中に一枚・ ・・そう、たった一枚なのだがとてつもなく艶めいた表情をしたものがある。他 の何枚かのショットとは違い目線がカメラに向いていないものだった。 (も〜、これだから岩城さんは!!!!!) 普段は凛とした雰囲気を漂わせている岩城だが、どうも最近そこに艶やかさが滲 み出てくるようになってしまった感がある。 勿論、香藤はいち早く岩城の色気に気づいた人間だが、今まではごくひと握りの 人間を除いては周りの人間は意外にもそれに気づかなかったのだ。 それは香藤にとっては至極幸運だったのだ。岩城は相も変わらず自分に秘められ た艶に気づくことはない。香藤がどんなに口を酸っぱくして言っても「そんなも のはない。」の一点張りだ。 始めの頃はそれでもよかった。岩城の人と一線を置いて接する態度にそれは隠さ れていたのだから。 が、もうそんなことでは覆い隠せないほどになっている。 それはふとした瞬間 ―――― こんな風に気を抜いた一瞬に脳髄を直撃するよ うな色気を辺りにぶちまける。そして見るものに甘い痺れをもたらしてしまう・ ・・。 それは自然の中でも同じこと、植物が芽を出し蕾をつけても人には香りは届かず 、風景の中に埋没している。 しかし時がたち大輪の花を咲かせれば人は芳香を放っているその花に気づかされ てしまうのだ。そう、こんな突然の雨でも香りがかき消されることはない。たと えその花の姿が見えなくても香りを辿って香りの主を追い探し当てる。そして探 し当てたら、あわよくば自分の庭で愛でたいと考えるだろう。 岩城の身に同じ様なことが起きないとどうして言えるだろうか・・・。 この雑誌のインタビュアーやカメラマンは岩城の色香に気づいたのだろうか・・ ・いや、気づいたに違いない。 だからこそこうしたショットを撮り、掲載したのだ。 身構えている時には微塵も感じさせない甘い香り。 こんなところにこんな顔を載せたらそれこそ不特定多数の人間が岩城に魅了され てしまうだろう。 岩城本人が無自覚なだけに手に負えない。 例えそれが自分に対しての問いに答えている顔であったとしても。 もっと“いい顔”を自分が知っているとしても。 (こんな顔は俺の前でだけしてよね!) 勿論、香藤しか知り得ない顔はいくらでもある。 寛いでいる時の顔、疲れている顔、無防備に寝ている顔、徐々に覚醒していく顔 、そして・・・・・・あのときの顔。 香藤はにわかに湧き上がる情欲に体が熱くなるのを自覚した。 火照った体を冷ますには冷たい秋雨がいいのかもしれない・・・。 そして体が冷えすぎたら岩城さんに温めてもらえばいい。岩城さんは明日もオフ なのだから。 そう考え香藤は雨の中を駆け出していった。 End ‘03.10.14. ちづる |
★ほわああ・・・・なんか読み終わってそんな空気に包まれます
素敵です!
岩城さんの色香が香籐の語りとちづるさんの綴る文字で
伝わってきて・・・・
無自覚な岩城さん・・・きっとこんな想いを
香籐がするのは日常茶飯事かもしれません
ファイト、香籐!(笑)
でも岩城さん・・・本当に罪な男だからvvv
これからもきっともっと艶っぽくなっていくのでしょう・・・
ちづるさん、ありがとうございましたv