雨の日はパラノイア
〜お目覚め〜




降り続く雨の音はまだ止まない……
愛を交わした後の午睡から目覚めてみると、
香藤の姿はすでに隣には無かった

先に階下に下りているのか…
岩城は起き上がって手早くシーツを引っ張って剥がし部屋の隅に丸めた

愛し合う際に、香藤の情熱は全て、岩城の身体で受け止めるとしても、
岩城のほうは、そうもいかないわけで
そそくさと新しいシーツを出して広げると
岩城は自分も寝室を後にした

階下から、微かにシャワーの水音が聞こえる
きっと香藤も目覚めたばかりで、体を流しているのだろう…
岩城はそのまま二階のバスルームへと入って行った


汗に濡れた髪を洗っていると
いきなり、バンッとバスルームの扉が開き
香藤が駆け込んで来た

「岩城さん〜?どうして二階のお風呂使ってんのかなー
下に来てくれればいいのに…
お湯の出が一瞬、悪くなったからピンときちゃったもんね〜」
得意そうに告げながら岩城の後ろに立つ
濡れた裸体から、水滴を滴らせているのを見て岩城は笑いながら眉を寄せた
「香藤……、あとで廊下を拭いておくんだぞ?滑って転んで頭打っても知らないからな?」
「はーい…」
香藤は叱られたにもかかわらず嬉しそうに返事をし、
「背中流してあげるね!」
と、相変わらず笑顔で
石鹸を泡立てると、掌で直接、岩城の背中を撫で回す

「こらっ、タオルを使え!タオルをっ!」
シャンプーを流し終えた岩城が急いでタオルを投げると
香藤はクスクス笑いながら受け取り、
背中をゴシゴシ擦り始めた

「ねえ、ごめんね?シャワー独りで浴びたかった?」
「いや…、まさか…」
身体をピッタリつけて顔を覗きこんで来る香藤に
岩城も振り向いて答える
「その…、入って行きづらかっただけだ、気にするな」
「…岩城さん… …可愛い〜っ」
後ろから抱き付いて、ゴシゴシと、
プライベートゾーンまで洗われそうな手の動きに
岩城は香藤を押しのけて立ち上がる

「ばかっ、やめろ香藤…、今度はお前を洗ってやる!座れ!」
「ええ〜っ?これからいいとこなのに…」
不満げに鼻にかかった声を出しながらも
ニコニコと場所を代わる香藤の背中からは、
ほんのりと石鹸の香りがする

もう、すでに全身洗ってある事は容易に想像できたのだが、
香藤が何も言わず待っているので
岩城も、何も言わずに石鹸を手に取った

前にある鏡の中から香藤の視線を感じて
視線を合わせようと顔を上げた瞬間、
何か、ひっかかるものを覚え、岩城は視線をさまよわせた
岩城の気を引いたもの--------
それは、先程愛し合った余韻とも言える、身体に残された痕だった…


「岩城さん、どうかした?」
タオルを持って中腰のまま固まっているのに気付いて、香藤が身体ごと振り向くと
目の前の岩城の鎖骨の上に点々と
自分の付けた、赤い痣が目に入った

「あっ……俺、ごめんなさい…こんなとこに…」
謝りながら人差し指で痣に触れる

「えっ?」
岩城はピクリと首をすくめて
香藤の顔と鏡の中の自分を交互に見ながら
自分でも確かめるように、その痕に触れた

「ああ……いや、いい…大丈夫だろ、このくらい…」
「えっ?」
香藤が意外そうな顔をする
「大丈夫って…でも、ちょっと開いてる服着ると見えちゃうよ?
つけた俺が言うのもなんだけど…」
「ああ、うん…わかってる。隠しておくから…」
岩城はタオルを香藤の肩に押し当てて、後ろを向くように促したが
香藤は見上げたまま動かない

「岩城さん…ホントは結構、怒ってる?」
「いや、本当に怒ってない」
「ホントに?」
いつまでもこちらを向いたままの香藤をしばし見つめたあと
岩城は諦めたようにタオルを洗い、シャワーで自分の体を流しながら言う
「お前、もう下で体洗って来たんだろう?上がろうか…」

心配そうな、真剣な顔で香藤は更に訊ねてくる

「嘘。岩城さん怒ってるんでしょ?
そんなふうに適当に許してくれるくらいなら、怒ってくれた方が俺は嬉しいのに……」
「お前……」
岩城はふうっと大きく溜め息をつくと、香藤の頬を軽くつまんで引っ張った
「……めっ!……これでいいか?」

今度は香藤の方が、大きく溜め息をつく
「…岩城さん、俺があんまりバカやってるから呆れちゃったの…?もういいよ…」
「香藤…?」
うなだれて立ち上がり、バスルームから出て行こうとする香藤の背中に
岩城は慌てたように呼び掛けた
「香藤…おい、ちょっと待て!」
振り向いた香藤の顔はプッとむくれている

「岩城さんが本気で相手にしてくれないなら、もういい!」
「もういいって……わかった!わかったからちょっと待て…」

「わかったって、何が?何がわかったの?
俺が気に入る怒り方がわかったの?
俺が反省してんのがわかったのっ?」

……わけがわからない…
わからないが、なんとかしなくては……
「だから!いいって言っているだろ!俺はっ!肌を見せるような仕事は無いし、
何のために俺が普段からスーツなんぞ愛用してると思ってるんだっ!
……いや、そうじゃなくて…」

「スーツ…?へぇ…、岩城さんて、俺のキスマーク隠すために、
びっしり着込んでネクタイ締めてるんだ?知らなかった〜。そう言えばよく着てるよね…」
香藤の顔から一瞬苛立ちが消えて
岩城がホッとしたのもつかの間、またもや香藤の眉間にシワが寄る
「そう言えば、ハイネックとかも…よく着てるよね…
そうか……岩城さんて、俺と付き合うようになってから、いっぱい犠牲払って来たんだよね…
きっと、俺の知らない苦労がもっといっぱいあるんだ…」

ああ…だんだん話がそれて行く……
岩城は軽い眩暈を覚えながら
香藤の肩に手を置いた

「いいから、人の話を聞けっ、俺はっ」
「ごめんなさい、なんでも聞くよ…それで?俺に怒ってる事、ほかにもあるの…?」

「いや、何も無い」
きっぱり言う岩城に香藤はまた不服そうな表情を向けた
「岩城さ…」
「香藤!頼むから、最後まで俺に喋らせてくれるとありがたいんだが…」
香藤はグッと言葉を飲み込んで、岩城の次の言葉を待っている
岩城は、その顔を見ながらゆっくりと言葉を綴った

「その……キスマークをつけられるのはいいんだ…
お前がいない時に…思い出すものがあるのは、俺も嫌いじゃないし……それで…」

「…岩城さん……」
嬉しそうに抱きつきそうになる香藤を、岩城は両手のひらを向けて制し、続けた
「待て。待ってくれ…、それで、俺のはいいとして、その…
お前の背中に、俺がつけた…引っかき傷は、どうしよう…?」


「…えっ?……」
思っても見なかった言葉に絶句しながらも、香藤はパッと手を背中にあてた
「そんなの付いてんの!?……岩城さん〜…」
「すまん。悪かった。つい……、と言うか、いつやったんだかよく覚えてないんだが…」
「……俺、今日延期になったロケ、水着撮影だったんだよね〜」
「えっ?そうなのか?」
「急に困った表情を浮かべる岩城を見て
香藤のほうは不敵な笑みを浮かべる…

「まあいいか……背中に爪たてられた痕は、男の勲章だもんね…
これ見た人みんなが、岩城さんがベッドでどんなに乱れるのか想像するんだ…」
真っ赤に頬を染める岩城に一歩近付き
手を取って、指先にキスをして更に言う
「それでさ……岩城さんにそんなコトさせちゃうのは、俺なんだよね、嬉しいな…
さっきの、そんなによかった?」

「ばか……お前、怒ってないのか…?」
「怒ってないよ…?」
上目遣いに見つめる岩城の唇にチュッと口づけると
不安げな表情が、少し和らぐ…
「まさか明日、見せびらかすつもりじゃないだろうな…」
「んー…、そっちは、どうしよっかなァ…」

強く出られずに、また俯き加減になるのを見計らって
香藤がひょいっと岩城を抱き上げた
岩城がおざなりに抵抗を示して、またすぐ大人しくなったのを見て
ニッコリ笑いながら歩き出す

「そう言えばさ…俺さっき、岩城さんが猫になってる夢見たんだよねー
そっか…爪立てられて、そんな夢見たのかなぁ?」

香藤は岩城を抱いたままバスルームを出て
スタスタと運んで行く
着いた先は、何故か岩城の部屋のソファーの上だった

「おっ、おい……?」
何が始まるのか分からずに、座らされたままになっている岩城の身体を
香藤がタオルでゴシゴシ擦るように拭いていく
「雨に濡れた仔猫をさ、拾って来るんだよ……真っ黒で、それが岩城さんなんだ…
ちっちゃくって、可愛かったなあ……」
勝手に夢の内容を語りながら、岩城を拭き終えたタオルを肩にかけ
次に香藤は、岩城のクローゼットで下着の物色を始める

「お前っ、一体何やってるんだ!?」
「んー?いっつも脱がせるばっかしだから、たまには着せてみようと思ってさ…
どれにする?雨だから、水色にしよっか、はい!」
一枚抜き取った下着を岩城の足元に広げて見上げる香藤…
足を入れようとするが、何だか子供になったようで、
どうしてもためらってしまい脚が動かせない…

「できるかっ、そんな恥ずかしい事っ!」
もじもじと足の指先を動かして声を荒らげる岩城だったが
なんなくソファーに押し倒され、足を上げさせられて下着を穿かされてしまった
「岩城さんて、脱がされんのは平気なのに着させられると恥らうんだ…
変わってるよねー、覚えておかなきゃ…」

「そんなこと、さっさと忘れろっ!ばか…」
転がされた状態から岩城が上体を起こすと香藤が顔を近づけて来る
「岩城さん、真っ赤……体まで赤くなっちゃって…
あっ、ねえねえ、赤くなるとさっきのキスマーク目立たなくなるね
俺のは、どうしよっかなあ……岩城さんが舐めてくれると早く治るんだけどな!」

「お前、楽しそうだな……そんなふうにからかわれるくらいなら、
ビシッと怒ってくれるほうが俺も嬉しいのに…」
先程の香藤のセリフを真似しつつ
ソファーの背に顔を埋める…
香藤は
「めっ…」と小声で囁きながら岩城の耳を甘く噛んだ

夢の中の仔猫の、頼りない鳴き声を思い出しながら……





2004.7.22 miho


★えー岩城さんに服を着せたいんですが、私(笑)
こうやって脚を持って(やめれ)
こんな風に腰を持って(やめれって::)
・・・・やりたいですよね!!! 私だけじゃないですよね??
ふたりの「めっ・・・」に異常に萌えるんですが・・・・(*^_^*)

mihoさん素敵なお話ありがとうございますv
岩城さんが非常に可愛かったですv