『Overseas Call』


午後10時、仕事を終えた岩城はまっすぐ帰宅した。
玄関を開けるといつも聞こえてくる足音を今日は聞くことができない。
寂しい…ふとそんな気持ちが胸をよぎる。
(ひとりなんて慣れているはずなのにな。)
香藤と一緒に暮らす前は何年もひとり暮らしをしていたというのに、と
少し自嘲気味に心の中で呟いた。


シャワーを浴びた後、居間でビールを飲みながらテレビをつけてみたが、
結局何を見る気にもなれず、スイッチを切る。
見るともなく電話を見つめている自分に気づき、ため息がもれた。
(なにしてるんだ、俺は。あいつだって忙しいんだし、電話できないことだって…)
そう自分に言い聞かせ、もう寝てしまおうと寝室に向かった。


ベッドに入り本を開いたと同時に部屋に電話の呼び出し音が響く。
一呼吸置いて岩城は受話器を取った。
「もしもし、岩城さん?ごめん、もう寝てた?」
「いや、そろそろ寝ようかと思ってベットに入ったところだ。」
「じゃぁ、少し話しても平気?」
香藤はCM撮影のために3日前から香港にいる。
そしてどんなに遅くなっても毎日必ず岩城に電話をかけていた。
話す内容は今日あった出来事など他愛のないものだったが、忙しい二人にとって
大切な時間だった。


「俺はかまわないが、おまえ疲れてるんじゃないか?」
「ううん、平気だよ。1日1回は岩城さんと話さないと岩城さん欠乏症になっちゃうもん。」
「なんだそりゃ、俺はビタミンかなにかか?」
「へへへ、必須アミノ酸とか?」
「まったく。それより撮影はどうだ?順調なのか?」
「うん、今日で撮りは終わったよ。
それでね、打ち上げを兼ねて広東料理の有名なお店に行ったんだけど
そこの料理がめちゃくちゃおいしくってさ。岩城さんにも食べさせたかったな。」
「そうか。撮影、無事に済んでよかったな。」
「うん。あ、あと夜景もね、すっごく綺麗だったよ!
今度まとまったオフがとれたらさ、岩城さんとふたりで来たいなって思った。」
「…そうだな。」
「ほんとに?楽しみだなー。」
「…ああ。」
その後も撮影時の様子などを楽しげに語る香藤の話を岩城は時折相槌を打ちながら聞いていた。
そして、一瞬の沈黙の後香藤がぽつりと呟く。
「岩城さん、やっぱり俺さびしいよ。」
仕事なんだから仕方ない、そういい捨てることは簡単だったが
いつでも自分に正直でまっすぐに気持ちを向けてくれる香藤を少しは見習おう
そう思い、岩城も素直な気持ちを口にした。
「俺もさびしいよ。」
「岩城さん!ほんとに?」
「おまえに会えないのは俺だってさびしい。決まってるじゃないか。」
「えへへ、ありがとう。」
「なんでありがとうなんだ。変なやつだな。」
香藤のうれしそうな声に自分がいつももらっているものを少しでも
返せたのだろうかと岩城も幸せな気持ちになった。
そして暖かな気持ちに包まれ緩やかにまどろみの中に引き込まれていく。
「岩城さん、眠い?もう切ろうか。明日早いの?」
香藤の声がだんだんと遠くなる。もう少し声を聞いていたい気もしたが
眠気には抗えない。
「…ああ…あと…1日、の…が…。」
「岩城さん?寝ちゃったの?」
その問いに岩城の返事はなかった。


翌朝目覚めた岩城は枕もとに電話の子機が転がっているのに気づいた。
(しまった。昨夜電話の途中で…)
通話中のランプが点灯したままだったので切ろうと手を伸ばしたその時、
受話器ごしにコトッとなにか落ちるような音が聞こえた。
(…まさか。)
「もしもし?」
岩城は恐る恐る受話器をとり声をかける。
「ん〜、あ、岩城さん?おはよー!」
「か、香藤!?おまえ電話切らなかったのか?」
「なんか岩城さんがそばで眠ってるみたいだなって思ったら切るのがもったいなくなっちゃってさ。」
「もったいないっておまえ、電話代いくらかかると思ってるんだ!」
「いいよ、別に。岩城さんの声で目を覚ませたし。俺は全然気にしないよ。」
「香藤…。」
「あ、岩城さん!今日俺帰るから!おみやげ何がいい?」
「香藤……。」
「飲茶とか中華菓子もいいよね〜、中国茶も捨てがたいし。あ、あとマンゴープリンも!」
脳天気に続ける香藤に岩城もなんだか毒気を抜かれため息をつく。
「香藤、とにかく気をつけて帰って来いよ。」
「うん、おみやげ楽しみにしててね、岩城さん!」
「ああ、待ってるよ。」
(とりあえず、説教は帰って来てからだな。)
そんな岩城の心の呟きなど知る由もない香藤だった。



2004.5 ゆうか





★まああ、愛ゆえですねv一晩中電話を繋げているなんて・・・
でも、電話代かかりすぎです、香籐くん(笑)
彼ならやりそうですが(o^^o)
電話だと岩城さんが妙に素直になれて可愛いですねv
あのイラスト集の電話のシーンを思い出しましたv

ゆうかさん素敵なお話ありがとうございます
(壁紙はゆうかさん指定ですv 綺麗ですね