『星に願いを』



岩城の兄、雅彦から出張で東京に来るので時間がとれるようならば会いたいと
連絡があったのは先週のことだった。
日帰りの慌しい日程とのことだったが、岩城も香藤もなんとかスケジュールの
調整がつきそうなので夕食を一緒にということになった。


そして当日。
せっかくだからと香藤が腕をふるい夕食の支度を整えて待つ。
「そろそろじゃない?」
「そうだな。迷ったりしてないだろうな。その辺まで迎えに行くか。」
そう言って岩城が玄関に向かおうとした時、チャイムが鳴った。
「いらっしゃい、お義兄さん。お待ちしてました!」
「いらっしゃい、兄さん。」
「ああ、お邪魔します。忙しいのに悪かったな。」
「そんなこと気にしないでください。さ、どうぞどうぞ。」
香藤がダイニングに招き入れようとすると雅彦は菓子折りのようなものを
差し出した。
「来る途中、和菓子屋が目についてな。鶴屋と言ったか。柏餅がうまそう
だったから買ってきたんだ。みやげと言うほどのものでもないんだが。」
「あ、ありがとうございます。柏餅、岩城さん好きだよね。」
「…今でも好きなんだな。」
雅彦は少し照れくさそうに呟いた。
「覚えていてくれたんだ、ありがとう兄さん。」
岩城もはにかみながらうれしそうに微笑んだ。


お互いの近況などを報告しながらなごやかに時間は過ぎ、新幹線の時間が
あるからと雅彦は腰をあげた。
岩城と香藤は駅まで送ると言ったのだが、大通りでタクシーを拾うからいいと
言われ玄関までの見送りにとどめた。


「あれ?これってもしかしてお義兄さんのじゃ!?」
居間に戻りソファーの上に封筒のようなものが置かれているのを見つけ、
香藤は慌てて叫ぶ。
「どうした?あ、兄貴忘れていったのか?」
「今なら間に合うと思うから、俺追いかけて渡してくるよ!」
「あ、おい香藤…。」
岩城が言葉を続ける間もなく香藤は玄関を飛び出して行った。


大通りでタクシーを待ち佇んでいる雅彦を見つけ、すぐに駆け寄る。
「お義兄さん!」
「香藤くん?どうしたんだ、そんなに慌てて。」
「これ忘れませんでしたか?」
「ああ、すまない。置き忘れていたのか。わざわざありがとう。」
「いいえ、間に合ってよかったです。」
息を切らしながらも香藤は微笑んだ。
(…やっぱり、いい男なんだな。)
ほどなく捕まえたタクシーに乗り込んでから雅彦はまっすぐに香藤を見つめる。
「香藤くん…その、京介のことよろしく頼む。
あれでも俺にとっては大事な弟なんだ。」
香藤はしばし驚きのあまり立ち尽くしていたが、その後幸せそうな笑みを
浮かべて応えた。
「はい。大切にします、一生。」


香藤が家に戻るとなぜか岩城は玄関の前でうろうろしていた。
「岩城さん?中で待っててくれてよかったのに。」
「や、気になってな。間に合ったのか?」
「うん、ちゃんと渡せたよ。」
「そうか、すまなかったな。」
「いいよ、気にしないで。いいことあったしね。」
「なんだ?」
ニコニコとやけに上機嫌な香藤を岩城は訝しげに見つめた。
「まぁ、いい。それより汗かいたんじゃないか?風呂、先に入ったらどうだ。」
「ん、そうだね。そうするよ。」


「岩城さーん、お風呂空いたよー!」
浴室から出た香藤が居間を覗くとそこに岩城の姿はなかった。
(あれ?岩城さん、二階かな。)
タオルで髪を乾かしながら寝室に向かったが、そこにも岩城の姿はなく…
(岩城さん、どこ行っちゃったんだろ?)
仕方なく一階に引き返そうとした時、テラスに続く窓が開いていることに気づいた。
そこから微かに岩城の声が聞こえる。

♪〜When you ・・・・・・
  

そっと窓辺に近づくと岩城はテラスの手すりにもたれて夜空を見上げながら
歌を口ずさんでいた。
ふとじっと見つめている香藤に気づき、少しバツが悪そうに目をそらす。
「なんだ、いるんだったら声くらいかけろ。」
「邪魔しちゃ悪いかなぁって思って。ね、岩城さんもっと歌聞かせてよ。」
「だめだ、人に聞かせるようなものじゃない。」
「なんで〜?岩城さん歌うまいのに。さっきのって何て曲だっけ?」
「『星に願いを』だ。昔、兄貴がよく歌ってくれたのを思い出してな。」
「へぇ、そうなんだ。やっぱりお義兄さん可愛がってたんだね、岩城さんのこと。」
「…そうだな。」
岩城は再び視線を夜空に向けた。
「そう言えば子どもの頃プラネタリウムで星を見た後に本物の夜空を見て、
どうしてこんなに少ししか星がないんだって兄貴に聞いたことがあったな。」
「それでお義兄さんはなんて?」
「ああ、『本当はたくさんの星があるんだけど見えてないんだ』って教えてくれた。
…なぁ、香藤。本当に大切なものも目には見えないのかもしれないな。」
岩城は夜空から目を離さずに呟いた。
「そうだね。そうかもしれないね。」
香藤は月明かりに浮かび上がるその横顔に見惚れながら応える。
「でも俺の一番大切なものは目に見えるけどね。」
「…?」
不思議そうな顔をする岩城に香藤はさらに続けた。
「だって、岩城さんだもん!」
「おまえはまたそう言うことを…。」
「照れることないじゃん!ね、岩城さんは?」
「言えるか、そんなこと。」
「えー、言ってよ。岩城さん!」
香藤はおねだり光線を発しながら岩城を見つめる。
その視線に根負けしたように岩城はため息をついた。
「俺もだ…。」
「え?」
「今、俺の目の前にいる。」
望んだとおりの答えを得て香藤は満面の笑みを浮かべる。
「へへ…ね、岩城さん。一緒にお風呂入ろうか。」
「は?おまえはもう入ったんだろう?」
「いいじゃん、背中流してあげるから!」
「お、おいっ、ここで服を脱がすなっ!!」


You are still my No.1,always and forever...



2004.4 ゆうか



★うわあ・・・・岩城さんの口ずさむ歌って聞いてみたいですv
岩城兄弟の触れあいにほんのり心が温かくなりました。
で、結局らぶらぶ・・・・v
目に見える幸せ、目に見得ない幸せ・・・きっとその両方に包まれて
お二人は暮らしているのでしょう・・・・v
ゆうかさん素敵なお話ありがとうございます。