岩城が目を覚ましたのは、もう随分と太陽が高くなったころだった。 今日は少し曇っているのだろうか、レースのカーテンが引かれた窓からは弱い光が差し込んでいた。 「…今、何時だ…」 覚醒しきっていない頭のまま、時計を確認しようと身体を起こす…が、 「っぅ!!」 痛みが走る、そのままベッドに伏せてしまった。 今日は久々に二人そろってのオフだからと、昨日家に帰るなり、香藤の手に落ちた。 この一ヶ月というもの、二人のスケジュールが合わず、泊りがけの仕事が入ったりと、すれ違いの日々が続いていた。 昨日、香藤は玄関まで岩城を迎えに出た。そう満面の笑みを浮かべて、この上なく優しく… 岩城はその手を拒まなかった…何度でも、香藤に求められるがままに抱かれた… いや、岩城自身が餓えていた、激しく求めていた、香藤の温もりを… そう何度でも、何度でも…身体の悲鳴より心の欲求がまさったのだった。 おかげで心は満たされたが、代わりに身体はダルくてたまらない…しかし、このダルささへ幸せに感じてしまうのだら、不思議なものだ… 腕を伸ばしてベッドサイトのチェストから時計を取る、もう10時半をまわっていた。 ベッドの上にいるのは自分だけ、念のためゆっくりと少し身体を起こして部屋の中を見渡すが、やはりそこに香藤の姿はなかった。 「下にでもいるんだろう…」 そう思い、時計をチェストに戻そうとして、そこに手紙があることにやっと気がついた。 『岩城さんへ おはよう!!よく眠っていいるので、起こさずにおくね! 冷蔵庫空っぽなのでお昼の材料買いに行ってきます。 すぐに帰ってくるから、出かけずに待っててね♪ 昨日は無理させちゃったから…ゆっくり休んでね。 10時 香藤 』 30分ほど前に書かれた手紙、それまで自分が起きるのを待っていてくれたのうだろうか… 後30分もすれば香藤は戻ってくるだろう、それまでにシャワーを浴びてしまおうと、岩城はダルい身体を起こした。 シャワーを浴びて、リビングのソファーで本を読みながら香藤の帰りを待っていた。 ふと、急に暗くなったように感じ外に目をやると、雨雲がはりだしてきていた。 「雨くるかな…」 岩城がそう思ったとたん、雨が降り出した。 「どうせ通り雨だ、すぐにやむだろう…」 そう思い、本に目を戻した。 しかし、岩城の予想に反して雨はやまなかった。 あれから30分たった今も、雨はシトシトと降り続いていた。 雨足は強くなっているように感じられる… 香藤はまだ帰っていない、どこかで雨宿りでもしているのだろうか… 香藤はどこまで買い物に行ったのだろう… カサは持っていったのだろうか… きっと車で行っているのだから、カサがなくともびしょ濡れになることはないだろうが… それでも車に乗るまでは濡れてしまう… 最初、雨が降り出した時はなんとも思わなかったのに、一時にすると気になって仕方がない… 岩城は立ち上がり、香藤の携帯を鳴らした。 ―― プルルルル プルルルル ―― 香藤が出るまでの数回のコールが、なぜかとても長く感じられた… 『もしもし』 「香藤か?」 電話の向こうの香藤の声、その声を聞いただけで妙な安心感が岩城を包んだ… 『うん、岩城さんもう起きてたんだ』 「あぁ、少し前にな。お前は、今どこにいるんだ?」 『今ね、駅前のスーパーだよ!!』 「そうか…まだかかるのか?」 『うんうん、もうレジは済んで、今2階のエレベーター前だよ!これから駐車場行くところだけど、なんで?』 何か頼みたい物でもあったのだろうか香藤が聞き返してくる… 「いや……雨が降ってるから……」 『え、そうなの!?』 香藤は雨が降り出したことに気づいていなかった。 ガタガタとカートを押しながら移動する音が聞こえる。 『あ、ホントだー!!!いつから降ってたんだろう?』 「あぁ、30分ほど前からな…お前、カサは持ってるのか?」 『持ってないよ…でも車、出入り口の近くに停めてるし、このぐらいの雨なら走れば大丈夫だよ!』 天気とは裏腹に、香藤の明るい声が返ってきた。 「そうか…じゃあ気をつけてな」 『うん、すぐ帰るから待っててね』 「あぁ…」 やはり香藤はカサを持ってはいなかった。 電話の向こうからも微かに雨音が聞こえていた。 しかし、出入り口の傍に車を停めたと言っていたから、カサが無くともびしょ濡れになるようなことはないだろう… 香藤の声を聞いて安心した岩城は、再びソファーに座り本を読みだした。 しかし、何故か香藤のことが気になってしまう。 本の内容がまったく頭に入らない… さっきから雨音が妙に耳につき、気になって仕方がないのだ。 ふと、雨の中を走って車に乗り込む香藤の姿が頭をよぎる… いくら近い距離だとはいえ、雨は今も強く降り続いている。 もう11月の終わり、外は例年よりかなり暖かいとは言え、十分冷えこんでいるだろう。 そんな中で雨にあたれば、香藤の身体は冷え切ってしまう… 岩城は本をテーブルの上に置くと、立ち上がりリビングをあとにした。 駐車場に車の停める音が聞こえた。 リビングに戻っていた岩城は立ち上がり、玄関へ向かった。 ドアが開くと濡れネズミの香藤が大量の荷物を抱えて帰ってきた。 「ただいま〜!」 玄関まで自分を出迎えに出てくれた岩城に満面の笑顔を向ける。 「おかえり、ずぶ濡れだな」 ―― パサッ ―― 岩城は苦笑いしながら、香藤の頭に持っていたタオルをかけてやる そして顔をつたう水滴をやさしく拭いてやる。 「身体、冷えただろう…風呂の用意してあるから、このまま入って温まって来い」 「え、でも、まだ車に荷物あるんだけど…」 「そっちもやっておくから…こんな濡れたままじゃ、風邪引くぞ。着替えも置いてあるから…」 優しく、さとすような岩城の言葉… 濡れて帰ってくるであろう自分の為に、用意しておいてくれたことが嬉しくてたまらなかった。 「ありがとう岩城さん!じゃあ入ってくるね」 荷物と車の鍵を預け、香藤は幸せ気持ちいっぱいでバスルームへ向かった。 「あー気持ちよかった♪」 髪の毛を乾かしながら香藤はリビングに入ってきた。 「ちゃんと温まったか?」先ほどの荷物を片付けながら、岩城が声をかけてきた。 「うん!!どうもありがとう岩城さん」 幸せいっぱいの満面の笑顔…その香藤の表情からは幸せがこぼれてきそうなぐらい、嬉しいそうな笑顔である。 香藤の笑顔につられ、岩城の顔にも笑みが浮かぶ… 二人の間に幸せな時が流れる… 「それにしても、また随分と買い込んできたな」 「あ、うん、スーパー安売りしてたんだ!それに、なかなかゆっくり買い物に行ける時間ってないから、この際いりそうな物みんな買ってきちゃった!」 香藤が買ってきたのは、お米や肉・野菜と言った食料品から、洗剤やトイレットペーパーに至る物まで…本当に日用品のあらゆる物を買ってきていた。 「夕食の買い物も済ませてきたから、今日はもう出かけなくても大丈夫だよ!」 「そうか」 少しでも長くゆっくりと過ごせるように…そんな香藤の優しさが岩城には伝わってきた。 「さ、岩城さんおなかすいたでしょ!俺、お昼作るね」 「あぁ、頼む」 恋人と二人、ゆっくり過ごす休日の一時…そんなありふれた日常さえ、この二人には大切なもの… そんな二人の一時を天も祝福したのだろうか、さっきまで降り続いていた雨はやみ、空には美しい虹が掛かっていた… End 2003 11 25 水樹 |
★通り雨・・・・それによって湧き起こった想い
そして、その後の優しい心の交流・・・
香藤が幸せそうなのが個人的に嬉しいです!!
とっても素敵なお話ですv
読み終わると、私達の心の中でも
晴れ渡った空のような爽やかな感情が残ります(*^_^*)
水樹さん、素敵なお話をありがとうございます