障 子 畳の上に手足を伸ばして寝転がるのって気持ちいい。 この気持ちよさはフローリングや絨毯では味わえない。 滅多に使わない和室だけどたまにはこうして日本の良さを感じるのもいいもんだよね。 なんて、本当のところは溜まった家事に追われ、少し疲れて並んでごろ寝してるだけだけど。 隣の岩城さんを見ると軽く目を閉じてる。 そんな無防備な顔を見ると襲いたくなっちゃうけど今は我慢。 今夜のお楽しみにとっとかなくっちゃ。 だって明日も二人揃ってオフなんだよ。 今夜から思う存分岩城さんと愛し合うんだ。 別に話し合ったわけじゃないけど岩城さんだってそのつもりでいてくれるはず。 そのために家事も今日全部片付けたんだし。 俺が妄想を膨らませてにやけていると不意に岩城さんが声を発した。 「香藤これから買い物に出かけないか?」 「へ?」 俺は間抜けな声を出す。 なぜって、食料品は昨日俺が買ってきたし何を買いに行くのか分からなかったから。 岩城さんは立ち上がって廊下に出ると障子に手を掛けた。 「障子が焼けて黄色くなってるだろう。」 「そうかな。」 小さいころから障子とは殆ど無縁の暮らしをしてきた俺には全然分からなかった。 「せっかく明日も休みなんだし張り替えてみようかと思うんだ。」 「え、俺達で?」 「そうだ。」 自分達で張り替えるなんて思いもしなかった。 そう言えば岩城さんの実家は障子だらけだもんね。 岩城さんには自分で張り替えるのが当然なのかもしれない。 ちょっと待てよ、明日障子の張り替えをするってことは今夜はどうなるの? せっかく一晩中いや明日も…って思ってたのに。 黙ってしまった俺に岩城さんは訝しげな顔を向ける。 「どうした香藤?まだ疲れてるのか?だったら俺一人で行って来るぞ?」 「ううん大丈夫、俺も行くよ。」 一人で家にいても何もいいことなんてない。 今夜のことはベッドに入ってからお願いすれば聞いてくれるはず…多分。 とりあえず今は岩城さんと一緒にショッピングだ。 俺は勢いをつけて立ち上がった。 翌日、朝食をすますと少し休んですぐ岩城さんは作業を始めた。 え、昨夜はどうなったのかって? 俺がお伺いを立てたら「明日は頑張ってもらわないとな。」って言って岩城さんからキスしてくれたんだ。 さすがに一晩中って訳にはいかなかったけど、まぁそれなりに…ね。 俺はどうすればいいのか全然分からないから素直に岩城さんに尋ねる。 「岩城さん、俺は何したらいいの?」 岩城さんはぬれ雑巾で障子の桟を叩いていた。 「そっちの濡らし終わった分の紙を剥がしてくれ。破ってもいいけど上からゆっくりな。」 岩城さんに言われたとおり上からゆっくり剥がし始める。 俺の最大限の慎重さでやってもどうしても桟に紙が残ってしまう。 「ねぇ岩城さん。紙残っちゃうけどいいのかな?」 「ああ、また後で取るから構わないぞ。」 俺に返事をしながらも岩城さんは手を休めることなく作業を続ける。 慣れない作業のせいか8本全部の紙を剥がし終わっただけで少し疲れていた。 「うぅ〜なんか疲れちゃったよ。」 障子がなくなって明るくなった部屋にごろりと寝転ぶ。 「普段は体力を自慢するくせに情けないぞ。」 「だって〜こんなことやったことないんだもん。」 「そうだろうな。少し桟を乾かした方がいいから紙を張るのは飯を食ってからにしよう。」 岩城さんは微笑んで俺の横に腰を下ろした。 「岩城さんの実家って障子いっぱいあるよね。張り替えるの大変だったんじゃない?」 俺の問いに岩城さんは遠くを見るような目になった。 「ああ、家族総出でやってたよ。それでも一度には無理だから何回かに分けてやってたな。」 そう言った岩城さんの顔は少し寂しそうだった。 「岩城さん、俺辛いこと思い出させちゃった?」 「いや、そうじゃない。確かに大仕事だったし親父も久子さんも年を取ったから今兄貴は大変だろうなと思ったんだ。手伝ってやれないのを残念に思っただけだよ。」 「そっか、よかった。」 岩城さんの顔は穏やかで俺は本当にほっとしたんだ。 午後になり障子張りを再開する。 新聞を広げた上に外した障子を置き桟に糊を塗っていく。 糊が出過ぎないよう力を加減するのが思った以上に難しい。 「ああ〜、もうっイライラする。」 「煩いぞ香藤。」 「だって岩城さん。」 そんなやり取りを繰り返しながら何とか半分の4本を張り終えたところで休憩する。 リビングのソファに身体を投げ出していると岩城さんがコーヒーを入れてくれた。 「ありがと岩城さん。」 「ったくお前は文句が多すぎだ。今は紙にしても道具にしてもかなり便利になって楽になってるって言うのに。」 「そうなの?」 「ああ。」 岩城さんも俺の隣に腰を下ろすとカップに口をつける。 「またお前に馬鹿にされそうだが、俺が子供の頃はあんな一枚物の大きな紙じゃなくて時代劇に出てくるような巻紙くらいの紙だったんだぞ。それを横向きに張るんだ。」 「へぇ〜。」 「糊もこんなじゃなくて、布海苔を煮て溶かしたものを刷毛で塗ってたんだぞ。」 「ふのりって?」 「海草の一種を乾燥させた物だ。それを煮溶かしたもので張ると張り替えの時に剥がしやすいんだ。」 「ふ〜ん、剥がす時のことも考えて張るなんて昔の人の知恵って凄いね。」 岩城さんから返事がなくて顔を見たらまた遠くを見るような目をしていた。 「岩城さん?」 「ああ、すまん。ちょっとおふくろのこと思い出してた。」 「お義母さん?」 「ああ、布海苔って煮ると独特に匂いがするんだ。障子張りをする日は朝起きるともうその匂いがしてて、台所に行くとおふくろがコンロに向かってた。」 岩城さんは目を細めて思い出を懐かしむような微笑を浮かべた。 今岩城さんはそのお義母さんの姿を見ているんだろうか。 俺はこっちを見て欲しくて思わず岩城さんを抱き寄せていた。 「香藤?」 岩城さんが驚いたように呼びかけてきたけど、俺は何も言わなかった。 思い出の中のお義母さんに嫉妬したなんて恥ずかしくて言える訳がない。 岩城さんは暫くそのままでいさせてくれたけどやがて俺をぐいっと引き剥がした。 「さあ、休憩終わり。障子張り再開だ。」 「ええ〜っ、もうちょっと休もうよ。」 「何言ってる。昨夜ご褒美を前払いしてやったろ。ちゃんと働け。」 「え、昨夜のあれってそういう意味だったの?」 岩城さんは俺の問いに答えることなくさっさとカップを片付け和室に行ってしまう。 「岩城さん、ズルイ。」 聞かれてないからこそ言える愚痴を言って俺も和室に向かった。 それでも少しずつ慣れてきたのか作業もだんだんスピードアップしてさっきよりも短い時間で残りを張ることができた。 少し乾かしてから元通りに敷居に嵌める。 全部嵌め終わって俺は少し驚いた。 障子が焼けてるって言われても分からなかったけど、こうして見ると前より明るくなったのがはっきり分かったからだ。 「なんか光が白いね。眩しいくらいだ。」 「そうだろう。」 満足そうな岩城さんを後ろ抱きにして壁に凭れて座り明るくなった部屋を眺める。 「ね、岩城さん。お義母さんのこと思い出してももう辛くない?」 岩城さんがまた少し遠い目をしているような気がして思い切って尋ねる。 「うん?ああもう平気だ。ただ申し訳ないとは思う。最期まで心配させたままだったから。」 少し俯いてしまった岩城さんをきゅっと抱きしめる。 「大丈夫だよ。お義母さん今の岩城さんを見てくれてるよ。お義母さんを安心させるためにも俺もっと岩城さんを幸せにしなきゃね。」 岩城さんは身体を捩って振り向くと俺に抱きついてきた。 「お前は十分俺を幸せにしてくれてるよ。お前のおかげでおふくろのことを穏やかに思い出せるようになったんだ。ありがとう、香藤。」 「うん。でも、俺がもっともっとそしてずっと岩城さんを幸せにしたいんだ。」 「今よりも幸せにか?そりゃ凄いな。でも、俺もお前をそうできたらと思うよ。」 「大丈夫、岩城さんもちゃんと俺を幸せにしてくれてるよ。二人でもっともっとそしてずっと幸せでいようね。」 「そうだな。」 岩城さんは嬉しそうに微笑んでキスをくれた。 そして俺に抱きついまま畳の上に横になる。 「岩城さん?」 岩城さんの上に覆いかぶさる格好になった俺は少し期待を込めて名前を呼ぶ。 「障子張り上手にできたからな。追加のご褒美だ。」 眩しいほどの白い光の中、岩城さんは妖艶に微笑んだ。 荒い呼吸を整えてふと見れば障子に差し込む光が青白くなっていた。 身体を起こして少し障子を開けると空にはぽっかりと欠け始めたばかりの月が浮かんでいた。 「岩城さん、月が綺麗だよ。」 岩城さんも身体を起こし俺の背中に寄り添うようにして月を見上げる。 「本当だな。そう言えば次の満月は中秋の名月だ。早く帰れたらここで月見でもするか?」 「いいねそれ。お団子食べて月見酒飲んで。」 その後に月に見られながら岩城さんを食べたいなんて言葉は胸のうちにしまっておこう。 もう暫く背中に岩城さんの温もりを感じていたいから。 終わり 04.9.3 グレペン |
障子貼り・・・・年末にたぶんうちも少しだけしますが
今年はやる時にこのお話を思い出すことでしょうv
優しくて・・・素敵なお話ですね
さりげなく2人の性格の違いが出ていて楽しいところもあるし
(障子貼りは性格が出ると思います・・・・岩城さんは確かにマメですからv)
しっとりとした美しい情景も・・・・v
岩城さんがお母さんを思い出すところもじんわり胸に来ます
・・・・で、月に照らされた岩城さん・・・食べられたのでしょうか(笑)
グレペンさん、心がほんわかするようなお話
ありがとうございます(*^_^*)