O氏とM氏の恐怖体験




ここは都内のある一流ホテルの広間。

たくさんの人が集まり賑やかなパーティが開かれていた。

その中に小野塚と宮坂の姿があった。

このパーティは二人のW主演ドラマのパート2の打ち上げパーティだった。

前回に続き高視聴率をマークしたためこのような盛大なパーティになったのだ。

共演者や関係者に囲まれ楽しそうな二人は間も無く背筋も凍る恐ろしい体験をする事になるのだった。





そもそもの発端は小野塚のほんの軽い気持ちのイタズラで思いもかけず香藤が大泣きした事だった。

そしてもうひとつの原因は宮坂の言葉だった。

パーティの数日前、あるテレビ局の関係者用のラウンジで宮坂は岩城の姿を見つけて駆け寄った。

「岩城さん、こんにちは。」

「やあ、宮坂君。こんにちは。」

にっこり微笑んで挨拶を返され宮坂の心臓はドキンと跳ね上がる。

「あの岩城さん、今度のパーティ来てくださるんですよね?」

「その予定だけど。でも本当にいいのかな?俺なんかがお邪魔しても。ほんのちょっと出演させてもらっただけなのに。」

岩城はパート1に続き2にも友情出演していたのだ。

「勿論です!岩城さんに出て頂いた回は凄く視聴率良かったんですよ。だから遠慮なんかしないで絶対来てくださいね。」

「ありがとう。」

また微笑まれて嬉しくなった宮坂はもう少し点数を稼いでおこうと思った。

「あ、そうだ岩城さん。小野塚には気をつけてくださいね。」

「何をだい?」

「あいつ香藤を狙ってるみたいですから。」

この一言が岩城の中に芽生えていた小野塚への復讐心を確かなものにし、その実行を決心させたなどこの時の宮坂が知る由もなかった。





小野塚は相手役だった女優と話していてふと視線を感じた。

そちらを見たが楽しそうに談笑している人たちがいるだけだった。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと誰かに見られてる気がしたから。」

「小野塚君ファンの女性スタッフじゃないの?」

「そうかな?」

「きっとそうよ。ウフフフ、モテモテでいいわね。」

「おかげさまで。」

相手に話を合わせた小野塚だが心中は複雑だった。

(俺のファン?いや違う。ほんの一瞬だったけどあの視線にはむしろ敵意があった。)

その後も小野塚は度々視線を感じた。

そしてその視線の温度はどんどん下がっていき一瞬で背筋が凍りそうなほどなってきていた。





もう一人の主役の宮坂は岩城の姿を探して会場内をうろうろしていた。

始まってすぐに挨拶に来てくれた後なかなか姿が見つからないのだ。

きっと脇役だったことを弁えて極力目立たないようにしているのだろう。

そんな気遣いを岩城らしいと尊敬すると同時におかげで見つけられなくて恨めしくなる。

(香藤ならどんな人ごみでもあっという間に岩城さんを見つけるんだろうな。)

ふとそんなことを思い落ち込んでしまう。

やっとのことで岩城を見つけ傍に行こうとした宮坂の足がぴたりと止まった。

岩城の穏やかな表情が一変して見る者を凍りつかせるような冷たい顔になったのだ。

冷気さえ漂ってきそうなその顔に宮坂は足が竦む。

しかしそれはほんの一瞬のことだった。

おそらく宮坂以外誰も気づかなかっただろう、その視線を向けられた人物以外は。

すぐに元の穏やかな顔に戻り話しかけてきたスタッフと談笑を始めた。

それでも宮坂は動く事ができず先程の岩城の視線の先を追った。

そこにいたのは小野塚だった。

小野塚も視線の冷たさを感じたらしく青褪めた顔をしていた。

しかしその視線の主が分からなかったのか不安そうにキョロキョロしていた。





パーティもあと少しでお開きになろうかというころ。

小野塚は視線の恐怖に耐えられなくなり壁際に並べられた椅子に座ってなるべく目立たないようにしていた。

その顔色は青くやつれて見える。

そこにこちらも少し青褪めた顔で宮坂がやって来た。

「おい、小野塚大丈夫か?顔色悪いぞ。」

「宮坂……」

小野塚は少しの逡巡の後、自分が晒されている視線の恐怖を語った。

「………俺、その視線の主知ってる。」

「えっ?誰なんだ!?」

相手さえ分かれば対処のしようがあると小野塚は宮坂を縋るように見つめる。

「……………岩城さんだ。」

宮坂は散々躊躇ってやっとその名を口にした。

「………」

告げられたあまりにも意外すぎる名前に小野塚は言葉を失う。

「お前、何か岩城さん怒らせるような事したのか?」

「してねぇよ。大体このドラマの後はどこかの局ですれ違ったくらいだぞ。そん時は普通に挨拶してくれたし。」

「う〜ん、そうだよな。香藤となら飲みに行ったりもしたけど…」

悪友香藤の名前が出たところで二人は顔を見合わせる。

「…まさか。」

「だよな。香藤をいじめたからって岩城さんが仕返しするなんて……」

岩城と香藤の熱々振りを知る二人はその思い付きを否定しきることはできなかった。

二人の間に沈黙が流れる。

そこへ当の岩城がやって来た。

「小野塚君、宮坂君今日は呼んでくれて本当にありがとう。俺はここで失礼させてもらうよ。」

二人は慌てて立ち上がる。

「え、2次会には行かないんですか?」

「せっかくだけど…下に香藤が迎えに来てるんだ。」

「わざわざ迎えに来るなんて、あいつ俺達の傍に岩城さん置いとくのよっぽど心配だったみたいですね。」

小野塚も何とか軽口を言う。

「ははは、今日は朝から煩くて仕方なかったよ。それじゃあね。」

「はい、お疲れ様でした。」

「おやすみなさい。」

「ああ、そうだ。小野塚君、君にお願いがあったんだ。」

帰ろうとした岩城が振り向いて戻ってきた。

「なんですか?」

小野塚の心臓がドクンと大きく脈打つ。

「あまり香藤をいじめないでくれるかな。あいつを宥めるのは大変なんだ。」

そう言うと岩城はにっこり微笑んだ。

しかし二人はその目の奥にブリザードが吹き荒れる氷原を見て心臓が凍りそうな気がした。

まさに氷の微笑だった。

それまで散々視線の恐怖に怯えてきた小野塚はまさに止めを刺された形になった。

その時扉が開いて香藤がやって来た。

一瞬にして岩城の表情が暖かさに溢れたものに変わる。

「岩城さん、遅いから上がって来ちゃった。」

岩城に向けた嬉しそうな顔から一転不機嫌そうになって小野塚と宮坂に目を向ける。

「宮坂、小野塚、岩城さんが帰るつってんのに引き止めてんじゃねぇよ。」

いつもならこんなことを言われて黙ってはいない二人だが今はその余裕はなかった。

「香藤、俺の方から話してたんだよ。」

「何話してたの。」

「たいしたことじゃない。さあ帰ろう。小野塚君、宮坂君じゃあね。」

「…うん。宮坂、小野塚じゃあな。」

「あ…ああ。」

宮坂が何とか声をだす。

岩城と香藤は振り向きもせずに帰っていく。

その姿が扉の向こうに消えても小野塚たちは凍りついたように動けずにいた。

「…宮坂、俺…岩城さんの目の中にブリザードが見えた気がしたんだけど…」

「…俺も。」

「…岩城さん、怖すぎ…」

「…だよな。」

岩城の静かな怒りのあまりの怖さに暫く香藤をいじめるのは止めようと思う二人だった。





(宮坂君まで巻き込んで悪かったな。でもこれで俺への気持ちが変わるかもしれない。)

香藤の車で帰途に着いた岩城は二人がそこまで怖がっているとは思ってもいなかった。

なぜかと言うと…

岩城が意識して小野塚を怖がらせようとしたのは最後の氷の微笑だけだったから。

つまりそれまでに小野塚が度々感じて怯えていた氷のような視線を岩城は全く無意識のうちに向けていたのだ。

宮坂の点数稼ぎのつもりの言葉は岩城に復讐の実行を決意させただけではなく、香藤に対する独占欲をも喚起させてしまっていた。

岩城が自覚している以上の独占欲が知らずのうちに敵意の篭った冷たい視線を小野塚に向けていたのだ。

この夜、小野塚と宮坂が恐怖を紛らわすために2次会で飲みまくったのを香藤と岩城が知るはずもなかった。





終わり



04.7,31  グレペン



★グレペンさんが岩城さんの復習編を書いてくれましたv
内容は「be upset」を受けての続編となります
岩城さんの怒った冷たい視線・・・・
う〜む、それは怖いでしょうねえ;;
氷の視線です・・・それを途中までは無意識で・・・というところが何とも;;

グレペンさん、続編ありがとうございましたv
これに懲りてこの2人も少しは大人しくしている・・・・・かな?(笑)