be upset


その日香藤は踊るような足取りでスタジオの廊下を玄関に向かって歩いていた。
今の時刻は午後5時。
香藤の今日のスケジュールは全て終了し、後は自宅に帰るのみとなっていた。
しかもその自宅には今日オフの岩城が待ってくれている。
香藤が上機嫌になるのも当然と言えた。
が、その香藤の上機嫌はロビーである人物に会った事によって打ち砕かれる。
その人物とは香藤を苛めるのが楽しくて仕方ないと言う困った悪友、小野塚だった。
「よう、香藤久しぶり。」
「おう、小野塚久しぶりだな。お前これから撮りなのか?」
「そうなんだよ。さっきまで新宿でロケしててこれからスタジオ撮りなんだ。しかも終わるのは日付が変わる頃だぜ。」
ここ数年ですっかり人気俳優の仲間入りをした小野塚はそのハードスケジュールを嘆く。
「ははっ、そりゃなかなか悲惨だな。でもそんだけ忙しいのは俺たちにとって喜ぶべきことなんだし。ま、せいぜい頑張るんだな。」
小野塚が売れっ子になった事は香藤としても嬉しい事なので素直にエールを送る。
「おう、サンキュ。そう言うお前はもう上がりなのか?」
香藤の私服姿を目に留め小野塚が訊ねる。
「ああ。たまにはこんな日もないとな。」
自分はまだまだ仕事なのにとその嬉しそうな顔が少々癪に触った小野塚の心にふとイタズラ心が頭を擡げる。
「そう言えば昼過ぎに移動の途中で岩城さん見かけたぞ。」
小野塚の口から出た岩城の名前に幾許かの警戒心を抱きながらも香藤は平静を装う。
「ふ〜ん。岩城さん今日オフだから買い物でもしてたんだろ。」
香藤の心のうちを察知した小野塚はこちらも内心でニヤリと笑いながら言葉を続けた。
「それがな……。やっぱり止めた。俺の勘違いかもしれないし」。
小野塚は香藤を食いつかせるためにわざと言い淀んで見せる。
香藤は小野塚の策だとは思ったが岩城の名が絡んではそのままで済ます事はできなかった。
「なんだよ、岩城さんどうかしたのかよ?言いかけて止められたら気になるだろうが?」
思惑通りの香藤の反応に内心の笑みを深めながらも小野塚は殊勝そうな芝居を続ける。
「うん、でもやっぱり岩城さんに迷惑かけると悪いし。」
「いいから言えって!」
そして焦れて叫ぶ香藤に散々迷った風を装って答える。
「あのな、岩城さん一人じゃなかったんだ。女の人と子供が一緒だったんだ。」
その言葉を疑っているのかショックを受けているのか香藤は黙ったままだった。
小野塚はそんな香藤の様子を慎重に伺いながら更に言葉を続ける。
「それで、その子供があまりにそっくりなんで俺驚いて…。」
小野塚がそこまで話したところで香藤がふっと鼻で笑った。
「お前な、いくら俺が岩城さんの事になると見境なくなるって言ってもそこまで言われたら嘘だって分かるぞ。」
先程までとは打って変わって余裕の表情になった香藤に小野塚は真剣な態度でせまる。
「嘘じゃないって。見たの俺だけじゃないんだから。同じロケバスに乗ってた殆どの奴が見たんだぜ。」
丁度そこに小野塚と共演中の末広涼子が入ってきた。
「あっ、涼子ちゃん。涼子ちゃんも見たよね岩城さんと一緒にいた子供。そっくりだったよね。」
「小野塚さん。あ、香藤さんおはようございます。ええ、私も見ましたよ。ホントそっくりでびっくりしちゃった。」
屈託ない笑顔でそう言われ香藤は言葉を失う。
小野塚だけなら胡散臭い事この上ない話なのだが涼子にまで言われると一気に信憑性を帯びてくる。
そこへ何が起こっているのか知る由もない金子がやって来た。
「香藤さんお待たせしました。あ、小野塚さん、末広さんおはようございます。」

香藤は無言のままで金子の腕を掴んで歩き出す。
「え?あの、香藤さんどうかなさったんですか?」
「いいから早く帰ろう。」
香藤は金子の質問に答える事無くずんずん歩く。
金子は訳の分からないまま小野塚と涼子に会釈を繰り返しながら引き摺られて行った。
それをヒラヒラと手を振って見送り姿が見えなくなると小野塚はニヤリと笑う。
「相変わらず面白いように期待通りの反応してくれるよな。でも俺嘘はついてないからな香藤。」
確かに小野塚はひとつ言葉を省いただけで嘘はついていなかった。
しかしこの時小野塚は大きな誤算をしていたのだった。


帰りの車中で香藤は悶々と考えを巡らせていた。

  岩城さんに子供?岩城さん浮気してたの?いや、そんなことあるはずない!
  じゃあAV男優時代の子供?女の人が内緒で産んでたのかな?
  それで何か困ったことが起きて岩城さんに助けを求めてきたんじゃ。
  そうだとしたら岩城さん優しいし放っておけないだろうな。
  もしかしたらその人と子供の所に行っちゃう!?そんなの嫌だ!
  でも子供には父親が必要だし、岩城さんがそうしたいって言ったら俺止められない。
  でも俺岩城さんがいなくなったら生きていけない。どうしたらいいんだろう。

考えが鬱々とした方向へ進むうちに自宅に着き、上の空で金子に挨拶をして車を降りる。
そして夢遊病者のようにふらふらと歩いてリビングに辿り着き岩城の姿を見た途端抱きついて泣き出してしまった。
「岩城さんお願いどこにも行かないで。女の人と子供もここで暮らしてもらってもいいから俺を捨てないで!」
「香藤どうしたんだ?何を言ってるんだ?俺がお前を捨てるはずないだろう。」
突然の岩城にとっては脈絡もないような言葉に戸惑いながらも香藤を優しく抱きしめる。
ボロボロと涙を零し岩城の問いに答えることもできずにいる香藤の髪や背中を撫でて慰める。
暫くしてようやく落ち着いた香藤から涙の理由を聞いた岩城は頭痛を感じた。
「香藤、小野塚君と涼子ちゃんは『俺に』そっくりな子供って言ったのか?」
「へ?」
思わぬ質問をされ香藤は泣き腫らした目で岩城を見つめる。
香藤の顔は涙でぐしゃぐしゃでとても人気俳優とは思えない状態になっていた。
岩城にはそんな香藤でさえ可愛くて仕方なかった。
「あのな、俺が今日会ってたのは『お前』にそっくりな子供、つまり洋介だよ。」
「へ?洋介?」
「そうだ。今日偶然洋子ちゃんたちと会ってな。せっかくだから一緒に買い物したんだ。」
優しく微笑んだ岩城はまだ事態を把握できていないのかきょとんとした顔の香藤の髪をくしゃくしゃと混ぜる。
「小野塚君はわざと『お前に』と言う言葉を言わなかったんだろうな。」
「じゃ、涼子ちゃんもぐるだったの?」
香藤は予想外の事実に安堵するよりも呆然としてしまう。
「いや涼子ちゃんは何も知らなかっただろう。小野塚君が涼子ちゃんに声をかけたのは一種の賭けみたいなものじゃなかったのかな。」
「賭け?」
「ああ、涼子ちゃんが香藤の名前を口にしなければラッキー、たとえ出されても一瞬でもお前を動揺させられただけでいいと思ったんじゃないかな。」
それを聞いて香藤は脱力する。
「そんな。それじゃ涼子ちゃんも俺も小野塚の思惑に上手く乗ったってことなの?」
「そうだな。でも小野塚君もまさかお前がこんな風に泣くなんて思っても見なかっただろうな。」
急に泣いたことが恥ずかしくなった香藤は真っ赤になって俯く。
岩城はそんな香藤の顔に両手を添えると腫れぼったい瞼や涙の跡が残る頬にキスを繰り返す。
最後に唇に優しいキスをするとこつんと額を寄せた。
「俺にはお前以上に愛しい存在なんてないから安心しろ。」
「…岩城さん。」
岩城の思わぬ告白に香藤の目が再び潤む。
また泣かれては大変と岩城が茶化す。
「香藤、鏡見てみろお前凄い顔になってるぞ。いい男が台無しだ。」
「あ…。」
香藤は照れ隠しのよう頬を擦りながらばたばたと走ってリビングを出て行く。
それを見送った岩城は軽くため息をつく。
  
  あいつ本当に俺の事となると冷静さを欠くな。
  AV男優時代に子供ができる訳無いってちょっと考えれば分かるだろうに。
  あんな仕事してたらプライベートでまで女抱く気にならないぞ。
  あいつは若いからそれなりにやってたのか。そう思ったらなんかむかつくな。
  しかし小野塚君にも困ったもんだな。
  その気はなかったとは言え香藤をあんなに泣かせるなんて。

小野塚の誤算、それは香藤の涙だけではなく小野塚が思う以上に岩城が香藤にベタボレだった事。
香藤が泣いた事で岩城の心の中に小野塚に対する復讐心が芽生え始めていた。


END
                               04.4.24  
グレペン



★”俺にはお前以上に愛しい存在なんてないから安心しろ”
くはあ〜vvvvv
言われてみたい、岩城さんに!!!!(・・・・無理だから;)
誤解をしちゃってぐるぐるの香藤くんが可愛すぎ!!!
いいなああ・・・・あ、浸ってしまう・・・(^o^)

素敵なお話ありがとうございます、グレペンさんv
香籐くんにちょっぴり意地悪する小野塚くんがツボです!