絡む髪





ここはクランクインしたばかりの京都の撮影所。

「これからここが二人のスイートホームだね。」
なんてニコニコとバカなことを言う香藤の隣を歩きながら少し先の席にイト役の結城さんを見つけた。
台本を片手になにか時々思い出したように顔をしかめている。
「結城さんだ。撮影はもう少し先なのに熱心だなー。ね。岩城さん。ご挨拶に行こうよ。結城さーん。」
そんな香藤を見ながらつい苦笑が浮かんでしまう。
いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。いつも俺に他の人とそんなに仲良くしないでと言うくせに
自分は誰とでも仲良くなっていく香藤。そしてその輪に引きずり込まれていく俺。煩わしかった事が、
うっとうしいように感じていたことが当たり前の日常になっていく快感。俺も少しずつ友人の輪が広がっていっている気がする。

「こんにちは。結城さん。どうなさったんですか。せっかくの美人がそんな悩んじゃって。でも一番の美人は岩城さんだけどね。」
「こ こら香藤。スイマセン。結城さん。ご無沙汰しています。台本の打ち合わせ以来ですね。
入りはもう少し先だと思っていたのですが。どうかなさったんですか?」
「こんにちは。岩城さんに香藤君。相変わらずかわいい二人で嬉しいわ。」女優として脂の乗った50代としての貫禄。
それなのに屈託無く俺たちにも笑ってくれる。
「えー。かわいいって。もー。嘘がつけないんだから。結城さん。でもね、かわいいのは」
ごん。頭の上に当然のように下ろされた拳骨を嬉しそうに受けながら香藤が横の岩城を上目遣いににらんだ。
「ぷっ。相変わらずねー。ちょうどいいわ。ちょっと前に座ってよ。どうしても台本を読んでいても感情の付いて行かない所があってね。
話しを聞いてもらってもいいかしら。今日井坂先生がここにいらっしゃると聞いたので、聞いてみたいと思って来たのだけれど
まだお見えになってないみたいなのよ。」
俺たちみたいなまだまだ経験が足りない役者が結城さんの役になんて立つのだろうか。
二人は顔を見合わせて席に着いた。

「うーん。確かにそうなんだろうけれど。」香藤が首を捻っている。
話はこうだった。
イトは草加の乳母だ。自分の生んだ子ではなくとも、自分の子とも思って育てたはずだ。
それがいくら草加が大事に思う人だからと言って秋月を受け入られるわけがない。
まして草加は留学までし前途洋洋の身。それを邪魔するかもしれない秋月が嬉しいはずはない。
しかも自害の原因が秋月なのだ。それなのになぜ孫に話を聞かせるまでに心を許したのだろう。
多分身寄りの居ない秋月の死出の身支度をしたのもイト。
なぜ?
「やっぱり、二人を見ていて許そうと思ったとか?」香藤が自信なさそうに答えた。
「いいえ。多分イトも武家の出でしょう。武家の女が、お家の為にならないことを黙認するとも思えないのよね。
よほどの何か心を動かされることがない限り。」
俺たち二人も目を合わせ黙ってしまった。確かにイトは本を読む限り意志の強い女性だ。
「あ、井坂せんせーい。ほら、結城さん井坂先生だよ。監督も一緒だ。」香藤がほっとしたように入り口に向かって手を振った。
俺たち3人は腰を上げ 先生と監督に挨拶をした。
「ご無沙汰しています。井坂先生。実はどうしてもわからないことがありまして、今二人に相談していたところなんです。」
結城さんは挨拶もそこそこに井坂先生に話をしだした。

「実は、本には書きませんでしたが、私も1度 大祖母に聞いたことがあります。なぜか?秋月さんがかわいそうだったのと。」
             ・・・・・・・・・・・・・
十馬様が秋月様を連れていらしたときはっきり言って仕方なくでした。昔から話も聞いていましたからこうなるかもしれないと
は思っていました。もし草加家に害が及ぶなら私が何とかしなければいけないと。
草加家にご恩をお返ししなければと。でも私は見てしまったのです。

秋月様が来られてから離れに伺うのは一日に一度から二度、最低限のお世話しかするつもりはありませんでした。
秋月様自身が私が行くのを嫌がっているのも確かでしたが、何より十馬様の負担に、いえ、草加家の障害になりえるあの方
を死の方向へ向かわせようと、自然と冷たくしていたと思います。
私がお食事を持って伺うと、いつも同じ本を大事そうにしておられました。本を開くではなく ただ本を眺め、
大事そうに表紙を撫でておいででした。私の気配にいつもはっとしてその本をそれとなく隠されるのです。
十馬様にお世話になっている身でありながら、誰か他に想う人がいるのか、もしや 草加家に不都合になる何かを
書き綴っているのかと徐々に疑いを持っていました。そしてあの日、十馬様が秋月様を縁側に連れ出し、
その間に私がお部屋の掃除をしていたときに見てしまったのです。
机の上に隠れるようにおかれたいつもの本を。浅ましいですね。・・・・・・
私はその本を手にしていました。開きなれたところには一枚の懐紙が二つ折りになって挟まっていました。
その間には、髪の毛が挟まっていました。その色は優しい色で  十馬様の髪とわかりました。
その後も髪は増えていたと思っています。・・・・
見てはいませんよ。でも・・・・・・。
そのときから私は心からお世話しようと決めました。時代が変わったのです。私も草加家の為でなく十馬様の為にと。
お亡くなりになった時、本の間の懐紙は無くなっていました。
ただ 自害なさったときに使ったであろう懐紙にやはり髪が挟まっていました。
その髪の毛どうしたの?と 子供は残酷ですよね。祖母の悲しみを考えることなく聞いていました。
どうしたでしょうね。と一言。祖母は悲しそうでした。
でも私はそのとき 祖母の手が襦袢の襟を握り締めるのを見ました。
私は子供心に秋月の死出の装束の襟元に縫いこんだのではないかと思いました。

俺たちはただ黙っていた。
「それでわかりました。何かが。
ね 岩城君。私が入っていくとき本を小道具に使ってくれないかしら。」
「そうですね。草加が訪ねてきた夜、帰った後に1本だけの髪を見つめる。」
「うん。いいね。最後の夜に格子からその髪を風に乗せて外に飛ばす。
いや。雪の上を数本の髪が風に舞う。うん。どうやっても絵になるな。」監督も映像を描いていた。

結城さんと井坂先生と監督が打ち合わせをする為挨拶をして何処かへいった。

夜、香藤を膝枕しながら髪をもてあそぶ。
「うーん。髪か。なんか怖いね。一夜ごとに一本の髪」気持ちよさそうに香藤が向きを変える。
「ああ。だが、それが精一杯の秋月の草加への甘えだったのだろう。」
「うん。そうだよね。・・・・でも俺なら髪の毛じゃなくて岩城さんのここの。・・・いたいよー。岩城さん」
「いい加減にしろ。」
気持ちよさそうにしていると思って許しておいたら、布の上から歯を立てられた。

どうしてこう情緒がわからないんだ。そう考えた時に「いいんだ。幸せなら」そんな声が聞こえた気がした。
2009  k