【Bon!  Bon!  Bon!】







「・・・と、言うわけで本日より3日間は『岩城京介、厳戒態勢』を取らせて頂きます!」



疲れがたまっているせいか、ぼやっと清水さんの言うことを聞いていた俺は、いきなり聞き慣れない言葉に吃驚して顔を上げた。



「ちょ、ちょっとまって下さい、清水さん!何ですか?その『厳戒態勢』って?!」



机越しに、書類を片手に仁王立ちする清水さん。 ちょっと怖い・・・。







今日、朝一から事務所に顔を出して、書類整理や各マネージャーなどの報告を聞いていた俺なのだが、さすがに最後の自分のスケジュールを聞き始めていたときは疲れ切っていた。

気が付けば、清水さんの後ろには、数名の女子社員が立っていた。俺は気持ち椅子を後ろへスライドさせた。

清水さんは、ふう、っと静かなため息をついて、



「では、もう一度説明させて頂きます。本日よりバレンタインデーを挟んだ3日間。岩城さんの身辺安全の強化を図りたいと思います。理由としましては、昨今の岩城さんの人気により、バレンタインデーの贈り物を今までは事務所へ送付、という形で満足していたファンの人達が、それでは飽きたらず、『直接手渡し』に打って出ること、が予想されます。」



「はあ?!」



「何故、このような行動に出るのか?というと、やはり先日上映された映画の影響と、社長交代劇で見せた岩城さんの行動が要因とみられます。新しく岩城さんのファンになった人達は年齢層も幅広く、ある意味勢いがありますので、バレンタインデーの様なイベントには積極的です。もちろん、全てが全てではありませんが、直接的な行動にでる確率は大、です。」



「で、でも!それが何で厳戒態勢なんですか? 今までだって直接手渡してくるファンの人もいましたよ?」



「そうですね、確かにいました。ですが、今年は!そう!今年はかなり厳しい状況です! 新しくファンになった人達が勢いで岩城さんに突撃を実行し、それを良しとしないファン達が『他の人がするなら自分も!』と実行し、ビックウエ〜ブのごとく岩城さんになだれ込んでくるのです!」



清水さんが手にした書類を握りしめて力説している。そんな来るのか、来ないのか、わからないファン達より、今の清水さんの方がやっぱり怖い。絶対言えないけど。



「要点はわかりました。でも、俺の詳細な行動なんて会社の人間でもない限りわからないでしょ?ドラマのロケ地だって変わるし、入る局だって、急にスケジュール変わることもあるし・・・」



清水さんがさっきより大きなため息をついて、思いっきり慈愛を込めた微笑みを向けた。



「・・・岩城さん、今の時代、岩城さんの行動など、だだ漏れです! ・・・・・田中さん!」



清水さんの後ろにいた女子社員の田中さんが、おもむろに手元にあったパソコンを見て読み上げた。



「本日、岩城さんは早朝、香藤さんとジョギング、朝食はサーモンとチーズ、スライスオニオンたっぷりのベーグルサンド。コーヒー、トマトサラダ」



「ええっ!?」



「今日は終日、都内での仕事なので、やはり都内のみで仕事をしている香藤さんと待ち合わせする予定。外食のリクエストは天ぷらか、串焼き。美味しい焼酎が飲みたいそうです」



「えええっ〜〜〜?!」



ずばり当たっている事に驚いて、思わず立ち上がり膝におされた椅子が後ろの壁にいい音を出して当たった。



「な、なんで?!」



「先程、更新されていた香藤さんのブログの内容です。ちなみに香藤さんのブログは1割が仕事の告知。1割が岩城さん以外の友人や共演者のお話。残りの8割は全て岩城さんの日常で綴られています」



金魚のように口をパクパクさせて、ただ突っ立っている事しか出来ない俺の横を清水さんが通り過ぎ、窓のブラインドを開けた。



「見てください、下を。事務所で待ち伏せなんて、いつもならないのに・・・」



清水さんに施され、ビルの下をのぞき込む。本当に何人かのグループの固まりが幾つかあった。清水さんの言うことが冗談ではない、と実感して、



「今日の香藤との予定も止めたほうがいいですね・・・、結構楽しみにしてたんだけど・・」



肩を落とす俺に、清水さんは首を振り、



「大丈夫です。岩城さんのファンは香藤さんといる間は寄っては来ません。何故なら『愛しの岩城さんが一番大切にしている時間』を岩城さんのファンが邪魔することはあってはならないのですから、岩城さんのファン、と語る以上、絶対的な暗黙のルールです!」



「はは・・・」もう笑うしかなくなってきた。自分の事だが、たぶん一番、自分の事をわかっていないような気がしてきた。







清水さんの言ったとおり、チョコを片手に寄ってくるファンが増えた。 

昨日は説明を聞いて動揺している間に、てきぱきと清水さんが人事配置を決めて、俺は清水さんを脇に四方を女子社員に固められ、総勢5名の女性に守られて事務所を出た。何故、女性ばかり?と聞いた俺に、『へたに男性がいると、後々セクハラをされた、と言いがかりを付けられるんです』と思いっきり納得のいく答えが返ってきた。



事務所を出るとき、スタジオに入るとき、出るとき、本当にもみくちゃにされた。

途中、おしくらまんじゅうな状態で移動していると、後ろから『痛〜〜〜いぃ』と声が聞こえて、止まって振り向いたら、女の子が地面にペタンと座り込んでいた。慌てて駆け寄ろうとしたら、清水さんに腕を掴まれ、『ダメです!あれはトラップです!!』と、止められた。



えっ?えっ?と訳がわからず玄関に横付けされた車まで引きずられて行く途中、目にしたのは、座り込んだ女の子が、ひょいっと立ち上がり悔しそうにしている姿だった。





事の顛末を、その夜、串焼きを食べながら香藤に話をした。一応、何でもかんでも自分のことをブログに書くな、とお小言つきで。

香藤はブログのことは、しらばっくれるつもりらしい。曖昧に返事をしていた。

それよりも!と、手に持ったシシトウの串先を俺に向けて、



「岩城さん!ファンの子達に変な所、触られなかった?」



と、真剣に聞いてきた。



一瞬、俺は答えに詰まった。・・・実は、結構きわどい所を何回か触られている。



「・・・そんなわけないじゃないか、清水さん達がいてくれるのに」



出来るだけ余裕の笑みを顔に貼り付けたつもりだ。なんと言っても俺は俳優だ。

今、バカ正直に「触られたぞ」と言ってみたところで、目の前のシシトウを持って何故か決めポーズしている焼き餅焼きの恋人に、帰ってからなにをされるかわかったもんじゃない。



「ふ、う〜〜〜ん」



・・・・・俺の渾身の演技はあえなく暴かれ、その夜、事細かに白状させられた。







そして本日はバレンタインデー。



「きょっおは、お台場〜、岩城さんもお台場〜、ふったり〜で仲良くお台場でえと〜〜〜」



朝っぱらから香藤が変な歌を歌っている。

今日は俺も香藤も仕事場がお台場だ。香藤はドラマの録りでテレビ局のスタジオへ。

俺は、局主催のバレンタインデーのかなり大がかりなイベントで、何人かの事務所のタレントの子達が出演するので、俺もぜひ、トークショーに出てほしいのとの要望があり、社長としては断れず、苦手なトークショーに出演だ。



「ねえ!岩城さん!二人とも夕方には上がれるんだから、観覧車の前で待ち合わせとか、どう?」

「無理」



なんで、即答するかな〜、と、ぶうぶう言う香藤だったが、しょうがないじゃないか!今の俺の状況で、ふらふらあんなに人がいるところを歩けるのか!?

とにかく、今日はさっさと仕事を済ませて、家で落ち着こう、となだめて先に香藤を仕事に出した。



午前・午後を挟んで、イベントに出演する子達への激励と主催者側への挨拶。トークショーで一緒に出演する女子アナウンサーとの打ち合わせ。移動が通用口ばかりではなく、ホールなど解放されている場所を殆ど徒歩で動かなくてはいけないので、ゆっくり歩いていると、たちまち囲まれてしまう。ずーっと駆け足状態だ。俺はともかく一緒に動いてくれる女性達は疲労困憊だった。清水さんだけがいつもと変わならいけど。



いよいよ、2時から40分のトークショーの始まり。三方がオープンスペースの特設会場に司会の紹介とともに俺は舞台に上がった。

話が上手くない俺に合わせて、トークの内容は質問形式で進行した。

『初めてチョコを貰ったのは何歳ですか?』

『今まで貰ったチョコの中で一番印象に残るのは?』と、答えるのに困らない程度のものから始まり、

『どんな、シュチュエーションでチョコを貰ったら嬉しいのか?』

『もう香藤さんから、チョコ貰いましたか?』と、少し突っ込みが入ったりと、トークショーは思いの外盛り上がりつつ順調に進行していった。

時間も終わりに近づき、司会進行の女子アナが、実は…と、チョコを俺に差し出した。



「トークショーのゲストが岩城さんと知って、本気で作りました!貰ってください!」



一気に会場が盛り上がった。

ありがとうございます。とお礼をして、チョコを受け取り、握手を求められて手を差し出した。

会場からは、ずるい〜!私も〜!という声が、あちこちから聞こえた。少し経てば騒ぎも収まるかと、しばらく会場に笑いかけながら待っていたのだが、何だか一向にざわめきが収まらない。

しばらくして、そのまま時間が来てしまい、半ば強制終了的な形でトークショーは終了した。



トークショーが終わり、一旦は舞台の袖に引っ込んだが、会場から離れるのは、解放されているホールを横切らなくては行けない。本当なら4時から始まるライブで人が流れるはずなのだが、俺が引っ込んだ袖の方の出口からビルの通用口までの50メートルほど、まだ人でぎっしりだった。



「非情にまずいですね、急いで仕切を付けても持ちこたえるかどうか・・・」



清水さんが出口をのぞき込んで、苦々しく呟いた。

仕切と言っても、ポールからロープが出る物で人が押したら簡単に倒れてしまう。後は人の良心に任せるしかない、という何とも頼りない物だった。だが、何時までもここには居られない。



「覚悟を決めて行きましょう!何とかなりますよ」



渋る清水さんをなだめて、酷使するだろう脚をポンポンと叩き、俺は出口を出た。

途端に黄色い歓声が沸き上がり、一気に駆け抜けようとした俺の前にはチョコらしき物を振りかざした腕で視界が塞がれた。

服を引っ張られて、強制的にチョコを持たせられた。あっという間に俺の両手はチョコで埋まりつくした。それでもぐいぐいとあちこちからチョコが突き出されてくる。







ガッシャーンッ!!



甲高い大きな音が後ろで鳴り響き、



「清水さん!! 決壊しましたぁ!!」



怒号が飛び交う。

後ろを振り向くと、ポールが倒れて人の波が押し寄せてくる。

スローモーションのようにその風景を見ながら、本気でやばい!と思った瞬間、ぬっと現れた茶色い頭。



えっ?!あれっ?!と思う間もなく、その突進してくる頭に俺はタックルをくらった。そのまま、腰を掴まれて、身体が宙に浮いた。

視界がものすごく高くなったと思ったら、ものすごい早さで、その場から自分が遠ざかっていく。



何が何だかわからない。

でも、確実に一つだけ解ったのは、俺を持ち上げてるのは香藤だということだけだった。







「えっへっへ〜、岩城さん、無事救出〜〜」



すとん、と降ろされ、ただただ呆然とする俺を、香藤は思いっきりの笑顔で見つめていた。



「岩城さん?大丈夫?」



口を開こうとしない俺を心配して、もしかして、痛いとこあるの?と香藤が顔を近づけてきた。



「・・・・・なんで、お前がここにいるんだ?」

「やだなぁ〜、今日は二人ともここ(お台場)じゃん」

「でも、お前は上(の階)にいるんじゃ・・・」

「ん、早く終わったから、まだ、間に合うかな〜?って降りてきた」



「そしたら、岩城さん埋まりそうになってるんだもん」



当然、助けるでしょ!と、至極真面目な顔で言い、にかっと笑ってウインクした。





「・・・・そうか」



吃驚することの連続で、ぐるぐるしていた頭が何とか収まってきて、今起こった事への恥ずかしさと同時に嬉しさがこみ上げてきた。

端から見れば、大の男がその恋人(夫)に担ぎ上げられるのを公衆の面前でしてしまって失笑を受けかねない場面だが、俺は香藤が助けに来てくれたのが、嬉しくて、嬉しくてたまらない。

何も考えないでいいなら、このまま香藤に抱きついて、押し倒してしまいたい。

だんだんと顔が熱くなるのがわかる。







――――どうしよう、また俺は香藤に恋をしてしまった。







「岩城さん?」



また、俯いて黙ってしまった俺の肩を引き寄せて



「後で、ご褒美ちょうだいね」



そう言って香藤は、耳元にちゅっと音を立ててキスを落とした。







すぐに清水さん達が後から追いかけてきた。



「岩城さん!大丈夫ですか?!」



おろおろと聞く清水さんに、大丈夫ですよ、香藤が助けてくれたので、と、ちょっと自慢げに返した。

が、俺の安否を確認した清水さんは、顔を大魔神のごとく変え、香藤に振り向くと、



「香藤さん!!あんな危ないことしないで下さい!! もしも、岩城さんを落としてしまったらどうするんですか?!」



仁王立ちで、香藤を怒鳴りつけた。

え〜〜っ!でもぉ〜、とごにょごにょと言う香藤にさらに



「いいですか! たとえ岩城さんの大部分が香藤さんのものであっても、私達のものでもあるんですよ!? 壊しちゃったらどうするんですか!?」



「・・・ごめんなさい」



香藤が身体をちっちゃくして、謝っている。

でも、なんなんだ、“もの”って! 突っ込みを入れたいが、今の清水さんには逆らわないようにしよう。



「でも、あれはあれで、最善の策だったのでしょう。」



清水さんがコホンと咳払いをして、それなので、と、



「今日はもう、岩城さんを解放してあげましょう」



驚いて振り向く俺たちに、清水さんがにっこりと微笑んだ。

躊躇する俺に、今日この後はライブを見に行くだけなので、大丈夫ですよ。と返してくれた。

やったぁ!と喜ぶ香藤が、岩城さん、観覧車行こう!と叫んでいるが、それは無視して。









・・・でも、今夜はうんと甘やかしてやろう。チョコにも負けないくらいに。















――――二人が去って、

「・・・清水さん、本当にあの二人って、でろっでろに熱いですね」

「そうね、田中さん、“岩城京介、厳戒態勢”がまだ一日残っているのを忘れているわね」



「まだまだ“岩城京介、厳戒態勢”は続くわよ! 皆さん、気を引き締めて頑張りましょう!!」

「「「「お〜〜〜〜〜っ!!」」」」

                                               

                                                【おしまい】





え〜…、“これは春抱き?”的な物を書いてしまいました。う…ゴメンなさい。

確実に香藤君より、清水さんの方が出張ってますが…、私が清水さん贔屓という事でどうか一つ許してやってください。汗。

どっきゅ〜んvとする岩城さんが書きたかったのと、岩城さんを担いで、すたこらさっさ〜〜ってする香藤君が書きたかっただけれす。あっタイトルはチョコボンボンをもじってつけました(笑)

お暇つぶしになれば幸いですv

            





うわあああい、楽しいv
春抱きです、春抱き、大丈夫です、甘いなあ〜ラブラブです!!
岩城さんを救出にくる香藤くんがツボです〜可愛くてかっこいいです
清水さんに怒られるのもいいなあv

hoshiさん、素敵なお話をありがとうございます