嵐 |
「香藤!大丈夫か!? 怪我はどうだ!」 岩城は文字通り飛び込むように入り込んだ部屋の中に最愛の男の姿を見つける。 「……岩城さん」 治療を終えて、服を着かけていた香藤が岩城を驚いた目をして見つめた。岩城も香藤を 端正な男らしい香藤の顔には、目の回り、頬のあたりに何箇所か明らかに殴られたため 岩城は今にも倒れそうな顔色でつぶやく。その目には涙が溢れる。 「ひどい……。どうして」 昨日まで、いや今日の朝、分かれるまで愛する香藤の身体に傷などなかった。なのに、 その日、岩城と香藤は偶然同じテレビ局で仕事をしていた。 同じ番組のためではなく、岩城は特番のナレーション取り、香藤は今クールの錬ドラの 香藤は鼻歌でも歌いそうになるほど上機嫌で撮影中の錬ドラのスタジオに向かっていた。 マネージャーの金子と一緒に局内の食堂で最近のお気に入りの塩しょうが焼き定食を食べ、 ちょうどその時、金子の携帯に社長から連絡が入ったので香藤は先に一人でスタジオへ戻る スタジオに戻る途中、香藤の頭の中は、先ほどの岩城のメールのせいで幸福の天使で一杯だった。 このところ、また多忙のためすれ違い生活が続いていたので香藤は「一緒に帰ろうメール」だけで、 岩城のスケジュールは下手をすれば岩城以上に把握している香藤である。今日の同じ局内で だが、この業界の仕事はなかなか予定通りにとはいかない。特にドラマの撮影など、いいもの だが、今日はもう大丈夫だろう。慎重な岩城が自分の仕事の上がりがはっきりしないうちに、 久々に二人で外食でもしようかな〜、いやそれとも俺の「特性岩城さんの好物フルコース」に そんなご機嫌一杯の香藤がスタジオに着いたとき、現場は暗い、いや険悪な雰囲気に包まれて 予想をして覚悟もしていたが、実際目にするとやはり腹が立つ。 ――やっぱりあいつか―― 思わずうんざりした表情がでてしまった香藤の視線の先には、このドラマの主役の若手人気女 「あ、香藤さん」 助監督が早足で近づき、すいませんと頭を下げた。見ての通り撮影が進まず、香藤の出番が遅 「大丈夫ですよ。仕事ですから」 そう言いつつ、心の中では岩城と手に手をとっての逃避行……ならぬ帰宅を諦めるのは残念と 瀬川史人(20才)。人気アイドルグループ出身の今売り出し中の役者。今回大手スポンサーか 実はこれは、スポンサーと強いパイプを持つ瀬川の母親の大物女優・広瀬亜沙子からの頼みと 瀬川は百八十を超える長身で、顔立ちも美人女優で謳われた母親に似た大きめの二重瞼の目が だが、下積みから真面目にやり直すという考えがまったくない瀬川は、仕事のえり好み、せっ だが、再起を賭けるはずのこの仕事でも瀬川は放漫に振る舞い続け周りから顰蹙を買っ そんな中でも、ドラマは高視聴率を上げているのはせめてもの救いであった。 普通、視聴率が高い番組の現場は緊張感があっても活力がみなぎり、雰囲気はよくなるはずだ 香藤を含め皆プロ意識の塊のこの現場をたった一人でここまで意気消沈させるとは、瀬川はあ 香藤が助監督と話すため、並んでいる二人の姿から一瞬目を離した隙に、それは起こった。 何かがぶつかるような鈍い音と、甲高い悲鳴が聞こえた。香藤があわてて振り向くと、そこに 瀬川が主役の布田咲の胸元を掴み殴りつけていた。スタッフ達が数人、急いでとめに入ったが、 瀬川は周りでなにが起ころうと布田の顔や腹を殴り続けている。平手ではない。拳だ。本気で 香藤はやめろと叫びながら二人に向かって走り出した。その間もスタッフが監督すら止めに入 香藤がその狂乱の現場についた時、何とかスタッフが二人がかりで瀬川の振り上げた腕を押さ 香藤は息を吸い込みスタッフの何人かに目配せをし、瀬川の肩を掴みながら言う。 「やめろと言っているだろ!」 もちろんと言うか瀬川はやめない。こちらを振り向きもしない。香藤は瀬川の前に回りこむと、 瀬川はまた自分を押させこもうとしたスタッフを弾き飛ばして、今度は香藤に掴みかかってく。 香藤としてはこれ以上瀬川を殴るつもりはなかった。だが、瀬川は全く引くことをしない。香藤 手加減のない瀬川の拳だったが、身を低くし上手くかわした香藤は、瀬川の胸元を引きつかみ身 ようやく、警備員を含むスタッフ数人が瀬川をスタジオから連れ出したとき、香藤はまさに疲労 「香藤さん。大丈夫ですか?!」 誰かが自分の名を呼んでいる。振り向くと顔色を変えた金子がいた。金子と別れてどのくらい経 だが、仕事の打ち合わせの為に金子と離れたのはなんと十五分前でしかない。香藤は身体のあち この騒ぎは香藤がスタジオに戻ってきた十分にも満たない間に起こったのだ。 その後は、香藤自身より周りの方が大変だっただろう。布田は病院に運ばれ布田の事務所の人間 とりあえず、現場には緘口令がしかれたが、いつまで隠しとおせるか。布田の怪我は酷いのか。 香藤は自分が怪我をしていることは気付いていたが、それほど大したことはないと高をくくって 医療室の医者は香藤に服を脱ぐようにいい、香藤はトランクス一枚になり、医者の診察を受けた。 愛想の良いもういい年令だろう局内で「じいちゃん先生」と呼ばれている白髪黒縁眼鏡の医者は、 骨に異常がないのは自分でもわかったので、その必要はないと断り礼を言い、心配する金子を宥 服を整え医療室を出ようとした矢先、岩城が飛び込んできた。顔色は先ほどの金子と張るほど青い。 「香藤!大丈夫か!? 怪我はどうだ!」 香藤は今日、岩城が同じ局で仕事をしていて、一緒に帰ろうと考えていたことをすっかり忘れてい やはり、先ほどの事態がどれほど香藤にとって、もちろん他の人間にとっても衝撃だったかわかる。 「香藤…。酷いのか?」 黙っている香藤に不安を感じているのだろう。岩城は震える声で尋ねる。瞳が不安に揺れているの 「大丈夫。俺の方は軽いうち身だけ。まあ、痣は消えるのに時間がかかるけどね」 岩城の不安を消すようにおどけた口調で続ける。 「いい男が台無しだよね〜。岩城さん見捨てないで」 岩城の顔から緊張がとける。そして、香藤の後ろに隠れていた医者に頭を下げ、金子に近づき話し 「金子さん、本当に迷惑をお掛けして申し訳ありません。そして、ありがとうございます」 真面目で実直な岩城らしく丁重に金子に頭を下げる。かえって、金子は恐縮して、詫びを告げる。 「いえ、お詫びしなければならないのはこちらです。僕が側を離れている間に香藤さんが怪我をする 金子の言葉に、そんなことはないと返した岩城だが、今度はおそるおそると言った口調で質問をする。 「それで金子さん。先方の怪我はどの位なのでしょうか?気を使わずにはっきり教えていただけますか?」 岩城の言葉に、引っかかるものを感じた香藤は自分で布田の容態を答える。 「さっき病院に運ばれたけど、命には別状はないって。詳しい検査はこれからで……って岩城さん大丈夫?!」 香藤の説明を聞いている岩城の顔色がまた青ざめる。そして、震える声で話し出す。 「そんなに酷いのか? なんとか警察沙汰は避けないと。金子さん、そちらの社長さんは何て言われてい 「ちょ、ちょっと岩城さん?!」 真っ青になりながら金子に話しかける岩城にあわてて香藤は声をかけるが、岩城はそれに答えず話を続ける。 「まず、先方にお詫びの意を伝えないと。ご本人は病院ですよね。なら事務所へ先に……」 「あのね、岩城さん……」 「事務所の連絡先はどちらでし……」 「岩城さんたら、落ち着いて!」 香藤は岩城の両肩に手を置き、自分の方へ身体を向けさせ大声ではっきり言う。岩城の目が驚いたよう 「そうだな、落ち着かないと。焦っても良い解決法がうかばないな」 「ねえ、岩城さん。今回のこと、何て聞いているの?」 香藤は、努めて穏やかな声で尋ねる。それに対して、岩城はおずおずと答える。 「……お前が共演者に喧嘩を売られ、逆に相手を叩きのめし大怪我させたって……。ちがうのか?」 金子が目を丸くしている。香藤は天井をあおいだ。局内の混乱も予想以上に大変そうだ。岩城に連絡を そして、岩城を落ち着かせるためと自分が感じている脱力感から回復するために香藤は岩城を抱き寄せ 「……何というか大筋では間違っていないかも。とりあえず、弁護士は必要ないと思うから。仕事はもう 所在なげに立ちすくむ金子に声をかけ、了承を得ると医者にも会釈し香藤は岩城を抱えるようにして出 「忘れもんじゃよ」 笑いを含んだ枯れた声が香藤と岩城を呼び止める。振り向くと、じいちゃん先生がニヤニヤしながら湿 腕の中の岩城の顔が一瞬で耳まで赤くなる。しかし、香藤はさらにやさしく、だが力を込め身をよじっ そうして、再度今度は岩城と一緒に医師に礼を述べ医務室を出て行った一同だった。 「いやいや」と医務室に残された医師あだ名じいちゃん先生が一人呟く。 「この年になっていいもん見せてもらったわ。ありゃ、ほんとにらぶラブじゃな」 さすが年の功、他のものなら見ている方が恥ずかしさに身悶えしたくなる熱愛バカップルぶりを楽しく 「しかし、あの嫁さんの可愛さぶりじゃ無理もないの」 岩城京介三十五才――じいちゃん先生の中で嫁と認識されてしまった。しかし、くどい様だが年の功、 「ま、旦那のときもあるんじゃろがな」 これだから、テレビ局の医者は面白い。もちろん守秘義務第一は心得ているじいちゃん先生、他に漏ら あんないいもの見ると寿命が延びるの〜とつぶやきながら服を着替える。 恐るべし!岩城と香藤の春抱きカップルらぶらぶパワー。シルバー世代の活力剤として証明されるのも近い? ……逆に刺激が強すぎ悶絶のあまりのポックリ死の原因になるかもしれない……。 そのころ香藤は、そういえば岩城さんと一緒に帰れることになったってことは、まさに怪我の功名?と 清水の運転する車で香藤も一緒に送ってもらった。金子が送るといったのだが、社長からの指示で現場に 岩城と一緒に香藤のことを聞き、清水も心配そうに岩城を待っていた。もっとも、清水の方がよほど冷静で、 車に乗り込むと香藤は甘えるように岩城に身を寄せた。岩城も普段は当然、人前ではスキンシップなど許さ 清水の安全運転で何の問題もなく無事に家に着く。清水に礼を言い岩城とともに家に入ると、それまでまだ 湯船に浸かれなくともさっぱりしたいと香藤がシャワーを浴びるために風呂場に向かうと岩城も黙ってつい 夕食も簡単なものだが香藤の好きなものを作ってくれ、少し腕の動きがぎこちないことに気がついた岩城が そんな岩城の優しさに愛を感じて感動しつつ、もっと肌を寄せ合うことで愛を感じようと岩城にせまるが怪 一人寝は寂しい。せっかく岩城と早く家に帰れて、明日もそろってオフを取れるのにもう少しラブラブいち 車の中でも岩城さんは優しかったけど一応清水さんの目があったのであまりいちゃいちゃ出来なかったよな〜 そんな二人の姿をミラー越しに見せつけられながら運転手を務めなければならなかった清水の意見も聞いてみ 寝室のドアがそっと開き、岩城が静かに入ってくる。何となく香藤は寝たふりをする。 「香藤、香藤。もう寝たか」 優しく自分を呼ぶ岩城の声。そっと自分の方に近づいてくるのがわかる。きっと毛布をかけ直してくれようと 「うわっ!香藤よせ!あぶない!」 髪に触れた手を掴み、岩城をベッドに引っ張り込む香藤。打ち身の痛みは感じるが、岩城への欲望のほうがは 「だって我慢できないよ。ずっとすれ違いだよ?岩城さんは俺を欲しがってはくれないの?」 必殺たれ目おねだり。何の間の言っても岩城への甘え上手は洋介や日奈をぶっちぎって香藤がNo1だ。 「う……。そうじゃなくて、お前は今日怪我をしているだろ?無理をして酷くなったらどうするんだ!?」 もー心配性なんだからと言いながら香藤はすばやく身体を入れ替え、岩城を組み敷く。岩城も香藤の怪我を気 「あのね、岩城さん」 岩城のパジャマのボタンを外しながら香藤はにっこり笑う。自分のパジャマはすでに脱いでいる。 「……何だ、香藤?」 いやな予感に怯えつつ岩城が答える。こんな顔の香藤は怖い。たいがいこのまま香藤の望むがままにことが運ぶ。 「打ち身って言うのは次の日が辛いんだよね」 「だから、無理をするなと……」 「ちがうよ。今日はこの程度で済むけど明日明後日はもっと痛みが増すでしょ。だから今日のうちにしないと、 合っているのだが間違っているのだがわからない理屈を香藤はこねる。理屈だけでなく、岩城の身体もやさ 「そんな、馬鹿な……。あ、あ」 なんのかんの言っても、惚れた弱みで岩城は香藤に甘い。こうなってしまっては逆らえない。今の香藤は怪 打ち身は次の日辛い。確かに香藤のこの言葉は正しかった。 昨夜から明け方近くまで香藤は岩城を楽しんだ。もちろん香藤の一方的なものではなく、岩城も香藤を堪能 香藤は昨日の行いの罰を受けるかのようにベッドに横たわり苦しんでいる。打ち身は、時間がたってから痛 香藤の場合は昨日の岩城との情交が、確実に痛みを増す原因になっている。これはもう、誰のせいでもない だが、岩城も複雑なのだ。かなり強引とはいえ、香藤の誘いを最後まで拒めず結局香藤を受け入れてしまい、 香藤の自業自得はまちがいないにしても、岩城の心にも共犯意識が存在しているのは否定できない。 結局、岩城は後ろめたさを感じつつそれを隠して昨日よりいっそう甲斐甲斐しく香藤に尽くすことになったのだ。 そんな岩城にまた香藤は愛を感じると感動をし、よりいっそう愛を感じようとベッドに引っ張りこもうとし 香藤洋二 三十才。自業自得の大見本である。
2008.12 タビネコ はじめまして。そしてすいません。はじめての投稿にこのような……。 「戦う男!香藤洋二」を書くはずが(泣)。 お目汚しお許しください。 |
初めての投降作品、お疲れ様でしたv
とっても楽しかったです!
途中緊迫した場面になりどうなることかとドキドキしましたが
香藤くんの明るさと岩城さんの仕草がなんとも心を甘くしてくれました
タビネコさん、素敵なお話ありがとうございましたv