「香藤!大丈夫か!? 怪我はどうだ!」

 岩城は文字通り飛び込むように入り込んだ部屋の中に最愛の男の姿を見つける。

「……岩城さん」

 治療を終えて、服を着かけていた香藤が岩城を驚いた目をして見つめた。岩城も香藤を
見つめたまま動かない。じっと香藤を見つめている。

端正な男らしい香藤の顔には、目の回り、頬のあたりに何箇所か明らかに殴られたため
に作られたとわかる痣が浮かんでいる。着替えの途中のためはだけている上半身にも治療
はされているが、たくさんの擦り傷、切り傷。張られた湿布。スラックスで見えないが下
半身にも傷はあるだろう。

 岩城は今にも倒れそうな顔色でつぶやく。その目には涙が溢れる。

「ひどい……。どうして」

 昨日まで、いや今日の朝、分かれるまで愛する香藤の身体に傷などなかった。なのに、
どうして……。

 

 その日、岩城と香藤は偶然同じテレビ局で仕事をしていた。

 同じ番組のためではなく、岩城は特番のナレーション取り、香藤は今クールの錬ドラの
撮影のためだった。時間も岩城は昼過ぎから、香藤は午前中からスタジオ入りだった。

香藤は鼻歌でも歌いそうになるほど上機嫌で撮影中の錬ドラのスタジオに向かっていた。
午前中に予定されていた香藤のシーンは順調に撮終り、香藤の次の出番にはまだ時間が掛かり
そうだったので、香藤は一足先に食事を兼ねた休憩を取ることにした。

マネージャーの金子と一緒に局内の食堂で最近のお気に入りの塩しょうが焼き定食を食べ、
歯を磨き終わってもまだ休憩時間は少し残っていた。愛する岩城からのメールを確認すると、
少し早めにそのままスタジオへ向かうことにした。

ちょうどその時、金子の携帯に社長から連絡が入ったので香藤は先に一人でスタジオへ戻る
ことになったのだ。

スタジオに戻る途中、香藤の頭の中は、先ほどの岩城のメールのせいで幸福の天使で一杯だった。
内容は、たわいもないもので、岩城のナレーション取りは予定通り夕方前には終わりそうなので、
時間が合えば一緒に家に帰ろうというものだった。

このところ、また多忙のためすれ違い生活が続いていたので香藤は「一緒に帰ろうメール」だけで、
舞い上がってしまったのである。正確にはそこから始まった、香藤の楽しい今夜の計画のためだ。

岩城のスケジュールは下手をすれば岩城以上に把握している香藤である。今日の同じ局内で
の岩城の仕事はもちろんチェック済みで、一緒にスタジオ入りするには時間が合わないが、一
緒に帰ることができる可能性はもちろん予想できていた。

だが、この業界の仕事はなかなか予定通りにとはいかない。特にドラマの撮影など、いいもの
が取れなければ上がりが大幅に遅くなるのは当たり前。

だが、今日はもう大丈夫だろう。慎重な岩城が自分の仕事の上がりがはっきりしないうちに、
連絡をよこすことはないので後は香藤の仕事次第だ。香藤の撮りは、今のセットでの分はすべて
終わっているので、後は次のセットでのワンシーンだけである。岩城の上がりには十分間に合う。

久々に二人で外食でもしようかな〜、いやそれとも俺の「特性岩城さんの好物フルコース」に
して、後は、うふふふ……、明日岩城さんはオフだから〜ちょっと無理しても大丈夫だしな〜
(岩城の意見は聞かなくていいのか?)。……香藤の楽しい妄想もとい計画は俄然実現性を帯び
てくる。

 そんなご機嫌一杯の香藤がスタジオに着いたとき、現場は暗い、いや険悪な雰囲気に包まれて
いた。香藤は食事前の緊張はあるが明るい雰囲気はどこにいったのだろうと、スタジオの中を見
回した。しかし、明るい雰囲気は見つけられず、逆にこの険悪陰気嫌気がさすものを作り出した
原因を見つけた。

 予想をして覚悟もしていたが、実際目にするとやはり腹が立つ。

――やっぱりあいつか――

 思わずうんざりした表情がでてしまった香藤の視線の先には、このドラマの主役の若手人気女
優・
布田(ふだ)(さき)とその元恋人役の瀬川(せがわ)史人(ふみと)がいた。香藤の休憩前にまだスタジオ入りしてい
なかった瀬川が主役との絡みの撮影に入っているかのように見えただが、周りの様子から小休止に入ってい
ると判った。

「あ、香藤さん」

 助監督が早足で近づき、すいませんと頭を下げた。見ての通り撮影が進まず、香藤の出番が遅
くなるといいながら再度頭を下げる。

「大丈夫ですよ。仕事ですから」

 そう言いつつ、心の中では岩城と手に手をとっての逃避行……ならぬ帰宅を諦めるのは残念と
ぼやく香藤だった。撮影が進まない原因は明白だ。全て瀬川が原因だ。

 

 瀬川(せがわ)史人(ふみと)20才)。人気アイドルグループ出身の今売り出し中の役者。今回大手スポンサーか
らのたっての希望で主人公の元彼役の起用が決まった。

 実はこれは、スポンサーと強いパイプを持つ瀬川の母親の大物女優・広瀬亜沙子からの頼みと
いうのが本当のところだった。つまり瀬川史人は最近はやりの二世タレントと呼ばれる存在だった。

瀬川は百八十を超える長身で、顔立ちも美人女優で謳われた母親に似た大きめの二重瞼の目が
特徴の美形で、外見的にはかなり恵まれているだろう。アイドル時代はグループ内でボーカルを
務め、人気は一時期それなりにあった。だが、性格にかなり問題があり、トラブルメーカーとし
て業界ではすぐに要注意人物として扱われるようになる。初めのうちは母親の力でいくつかの醜
聞はもみ消されたが、とうとう所属する大手事務所も持て余し、形的には役者への転向という形
でグループを抜けて母親の影響力の強い中堅事務所に移ることで落ち着いた。

だが、下積みから真面目にやり直すという考えがまったくない瀬川は、仕事のえり好み、せっ
かく請けた仕事をすっぽかすなどの振る舞いを続け、新しい事務所でもすぐお荷物扱いになって
しまった。そんな息子のために、母親の広瀬は局上層やスポンサーとのコネを使い、このドラマ
の仕事を用意したのだ。

 だが、再起を賭けるはずのこの仕事でも瀬川は放漫に振る舞い続け周りから顰蹙(ひんしゅく)を買っ
ていた。大手スポンサー、つまり母親の広瀬の存在がなければ初日にでも降板させられていたほどの顰蹙ぶり
だった。この不況で契約打ち切りのスポンサーが出ている中、局としてはどうしても貴重な大手スポンサーに
影響力のある広瀬の意向を無視できない。しわ寄せはすべて現場が被ることになっていった。

 そんな中でも、ドラマは高視聴率を上げているのはせめてもの救いであった。

 普通、視聴率が高い番組の現場は緊張感があっても活力がみなぎり、雰囲気はよくなるはずだ
が、ここは例外である。もっとも、瀬川が来ていない場では問題なく雰囲気の良い活力の満ちた
現場になるのだが。 

 香藤を含め皆プロ意識の塊のこの現場をたった一人でここまで意気消沈させるとは、瀬川はあ
る意味大物といえるかもしれない。

 

 香藤が助監督と話すため、並んでいる二人の姿から一瞬目を離した隙に、それは起こった。

 

 何かがぶつかるような鈍い音と、甲高い悲鳴が聞こえた。香藤があわてて振り向くと、そこに
は飛んでもない光景が広がっていた。

 瀬川が主役の布田咲の胸元を掴み殴りつけていた。スタッフ達が数人、急いでとめに入ったが、
逆に弾き飛ばされる始末だ。瀬川のマネージャーは真っ先に止めに入ったようだが逆に顔面を強
打され、床にひっくり返って動かない。今日、布田のマネージャーは来ていない。小休止を取っ
ていたため男性スタッフの数が少ない。

 瀬川は周りでなにが起ころうと布田の顔や腹を殴り続けている。平手ではない。拳だ。本気で
殴りつけている。このままでは、最悪、命に関わりかねない。

 香藤はやめろと叫びながら二人に向かって走り出した。その間もスタッフが監督すら止めに入
ったが誰も瀬川を抑えられない。怪我人が増える一方だった。

 香藤がその狂乱の現場についた時、何とかスタッフが二人がかりで瀬川の振り上げた腕を押さ
え込もうとしたが失敗した。何しろ瀬川が布田と身体を密着させているので、布田が気掛かりで
あまり無茶ができないのだ。

香藤は息を吸い込みスタッフの何人かに目配せをし、瀬川の肩を掴みながら言う。

「やめろと言っているだろ!」

 もちろんと言うか瀬川はやめない。こちらを振り向きもしない。香藤は瀬川の前に回りこむと、
力をこめてその顔面を殴りつけた。一瞬ひるんだ瀬川の隙をつき、スタッフが布田と瀬川を引き離す。

 瀬川はまた自分を押させこもうとしたスタッフを弾き飛ばして、今度は香藤に掴みかかってく。
ガタイの良い男二人の一騎打ちだ。

 香藤としてはこれ以上瀬川を殴るつもりはなかった。だが、瀬川は全く引くことをしない。香藤
に注意を向けなければ、気を失っている布田やそんな布田を解放しているスタッフたちに矛先を向
ける可能性もある。それに、もう直ぐ騒ぎを聞きつけて助けが来るころだろう。その間だけ、なん
とか上手く立ち回ろうと決めた香藤だった。

 手加減のない瀬川の拳だったが、身を低くし上手くかわした香藤は、瀬川の胸元を引きつかみ身
体を寄せ、その腹に見事な膝蹴りを入れた。見事に入った蹴りは聞いたらしく瀬川は、げぇ、とい
いながら前かがみになった。そのまま香藤は瀬川を床に投げるように倒し、身をよじり仰向けに倒
れた瀬川の腹に跨り満身の力を込めて押さえつけた。瀬川はそれでも暴れ続け、香藤もこれには往
生したが、そのまま、助けが到着するまで抑え続けた。

 ようやく、警備員を含むスタッフ数人が瀬川をスタジオから連れ出したとき、香藤はまさに疲労
困憊だった。

「香藤さん。大丈夫ですか?!」

 誰かが自分の名を呼んでいる。振り向くと顔色を変えた金子がいた。金子と別れてどのくらい経
つのだろう。ひどく長く感じる。

 だが、仕事の打ち合わせの為に金子と離れたのはなんと十五分前でしかない。香藤は身体のあち
こちから生じる痛みで頭がはっきりしてきた。

 この騒ぎは香藤がスタジオに戻ってきた十分にも満たない間に起こったのだ。

 

 その後は、香藤自身より周りの方が大変だっただろう。布田は病院に運ばれ布田の事務所の人間
が何人も来た。警備員も行き来し、他のスタジオからも騒ぎを聞きつけ様子を見に来るものがいる。
監督は鼻血のとまらない顔をタオルで抑えながら助監督に支えられ、青いというより土の毛色した
顔色をした局の人間たちと話しこむ。

とりあえず、現場には緘口令がしかれたが、いつまで隠しとおせるか。布田の怪我は酷いのか。
復帰はいつになるのか。復帰が早くてもドラマは下手をすれば不祥事で打ち切りの可能性もある。

 香藤は自分が怪我をしていることは気付いていたが、それほど大したことはないと高をくくって
いた。周りの騒ぎに較べれば大事とは思えないのだ。それでも真っ青な顔をした金子に引きずられ
るように局内の医療室に行き、そこにある鏡に映る自分の顔見て、ようやく瀬川の拳が香藤の思っ
ていた以上に当たっていることに気付いた。押さえこんでいた時の瀬川の暴れ具合を思い出すと身
体中に打ち身・あざができているだろう。打ち身はあとから痛みを増す。

 医療室の医者は香藤に服を脱ぐようにいい、香藤はトランクス一枚になり、医者の診察を受けた。
トランクス一枚で診察を受けるのも、そのあと体中の痣に薬を塗られシップを張られた姿も他人には
見せられない。

愛想の良いもういい年令だろう局内で「じいちゃん先生」と呼ばれている白髪黒縁眼鏡の医者は、
骨には異常ないだろうが何日かは無理をしないように、何なら今すぐに救急病院に行くなら手続きを
とるかねと聞いてきた。

骨に異常がないのは自分でもわかったので、その必要はないと断り礼を言い、心配する金子を宥
め家に帰ることにした。スタッフから今日の撮影は一切中止、明日以降の予定も現時点ではまった
く不明と伝えられていた。どの道この痣だらけの顔では暫く仕事ができないだろう。

服を整え医療室を出ようとした矢先、岩城が飛び込んできた。顔色は先ほどの金子と張るほど青い。

「香藤!大丈夫か!? 怪我はどうだ!」

香藤は今日、岩城が同じ局で仕事をしていて、一緒に帰ろうと考えていたことをすっかり忘れてい
る自分に気がついた。普段の自分なら岩城がらみのことを忘れるなどありえない。

やはり、先ほどの事態がどれほど香藤にとって、もちろん他の人間にとっても衝撃だったかわかる。
同じ局にいれば、あの事件がすぐ岩城の耳に届くことに気付くべきだった。この心配性の恋人がどれ
ほど怖い思いをしたのか、香藤はすまなさに心が一杯になった。

「香藤…。酷いのか?」

 黙っている香藤に不安を感じているのだろう。岩城は震える声で尋ねる。瞳が不安に揺れているの
がまた色っぽい。

「大丈夫。俺の方は軽いうち身だけ。まあ、痣は消えるのに時間がかかるけどね」

 岩城の不安を消すようにおどけた口調で続ける。

「いい男が台無しだよね〜。岩城さん見捨てないで」

 岩城の顔から緊張がとける。そして、香藤の後ろに隠れていた医者に頭を下げ、金子に近づき話し
出す。

「金子さん、本当に迷惑をお掛けして申し訳ありません。そして、ありがとうございます」

 真面目で実直な岩城らしく丁重に金子に頭を下げる。かえって、金子は恐縮して、詫びを告げる。

「いえ、お詫びしなければならないのはこちらです。僕が側を離れている間に香藤さんが怪我をする
羽目になるなんて」

 金子の言葉に、そんなことはないと返した岩城だが、今度はおそるおそると言った口調で質問をする。

「それで金子さん。先方の怪我はどの位なのでしょうか?気を使わずにはっきり教えていただけますか?」

 岩城の言葉に、引っかかるものを感じた香藤は自分で布田の容態を答える。

「さっき病院に運ばれたけど、命には別状はないって。詳しい検査はこれからで……って岩城さん大丈夫?!」

 香藤の説明を聞いている岩城の顔色がまた青ざめる。そして、震える声で話し出す。

「そんなに酷いのか? なんとか警察沙汰は避けないと。金子さん、そちらの社長さんは何て言われてい
ますか? 示談金がいくらくらいで? ああ、弁護士が必要ですよね?!」

「ちょ、ちょっと岩城さん?!」

 真っ青になりながら金子に話しかける岩城にあわてて香藤は声をかけるが、岩城はそれに答えず話を続ける。

「まず、先方にお詫びの意を伝えないと。ご本人は病院ですよね。なら事務所へ先に……」

「あのね、岩城さん……」

「事務所の連絡先はどちらでし……」

「岩城さんたら、落ち着いて!」

 香藤は岩城の両肩に手を置き、自分の方へ身体を向けさせ大声ではっきり言う。岩城の目が驚いたよう
に見開かれる。

「そうだな、落ち着かないと。焦っても良い解決法がうかばないな」

「ねえ、岩城さん。今回のこと、何て聞いているの?」

 香藤は、努めて穏やかな声で尋ねる。それに対して、岩城はおずおずと答える。

「……お前が共演者に喧嘩を売られ、逆に相手を叩きのめし大怪我させたって……。ちがうのか?」

 金子が目を丸くしている。香藤は天井をあおいだ。局内の混乱も予想以上に大変そうだ。岩城に連絡を
くれた職員も詳しいことはわからず、また聞きのまた聞きの情報を伝えたらしい。

 そして、岩城を落ち着かせるためと自分が感じている脱力感から回復するために香藤は岩城を抱き寄せ
ながら言う。

「……何というか大筋では間違っていないかも。とりあえず、弁護士は必要ないと思うから。仕事はもう
終わったの? なら家に帰ろう、岩城さん。ね? 金子さん、いいでしょ?」

 所在なげに立ちすくむ金子に声をかけ、了承を得ると医者にも会釈し香藤は岩城を抱えるようにして出
口にむかう。怪我人は香藤のはずだが、いま介護が必要なのは岩城のようだ。

「忘れもんじゃよ」

 笑いを含んだ枯れた声が香藤と岩城を呼び止める。振り向くと、じいちゃん先生がニヤニヤしながら湿
布薬の入った紙袋を持ちこちらを見ている。

 腕の中の岩城の顔が一瞬で耳まで赤くなる。しかし、香藤はさらにやさしく、だが力を込め身をよじっ
て離れようとする岩城をより深く抱え込む。かわりに金子が袋を取りにいってくれた。

 そうして、再度今度は岩城と一緒に医師に礼を述べ医務室を出て行った一同だった。

 

「いやいや」と医務室に残された医師あだ名じいちゃん先生が一人呟く。

「この年になっていいもん見せてもらったわ。ありゃ、ほんとにらぶラブじゃな」

 さすが年の功、他のものなら見ている方が恥ずかしさに身悶えしたくなる熱愛バカップルぶりを楽しく
見学できる余裕がある。彼の長い人生の中でも出会ったなかでも異性同性問わず一、二を争うほどのおし
どり夫婦だと認定する。

「しかし、あの嫁さんの可愛さぶりじゃ無理もないの」

 岩城京介三十五才――じいちゃん先生の中で嫁と認識されてしまった。しかし、くどい様だが年の功、
長年優れた医者としての観察力はピか一、じいちゃん先生しっかり見抜く。

「ま、旦那のときもあるんじゃろがな」

 これだから、テレビ局の医者は面白い。もちろん守秘義務第一は心得ているじいちゃん先生、他に漏ら
すことなどありえないが、一般の病院とはまた違った世界が覗けるこの仕事をたいそう楽しんでいる。
定年退職後勧められた名誉職に近い大病院の理事長職を蹴ったことには全く後悔はない。ふと、時計を見
るとそろそろ交代の医者の来る時間だ。カルテや薬をしまい、机の上も片付ける。

 あんないいもの見ると寿命が延びるの〜とつぶやきながら服を着替える。

 恐るべし!岩城と香藤の春抱きカップルらぶらぶパワー。シルバー世代の活力剤として証明されるのも近い?

 ……逆に刺激が強すぎ悶絶のあまりのポックリ死の原因になるかもしれない……。

 そのころ香藤は、そういえば岩城さんと一緒に帰れることになったってことは、まさに怪我の功名?と
心の中で自分につっこみ笑いがこみ上げてくるのを我慢していた。どんな時でも前向きなのは香藤の取り柄だ。

 

 清水の運転する車で香藤も一緒に送ってもらった。金子が送るといったのだが、社長からの指示で現場に
残り、局や矢嶋の事務所の人間との交渉をすることになったのだ。

 岩城と一緒に香藤のことを聞き、清水も心配そうに岩城を待っていた。もっとも、清水の方がよほど冷静で、
岩城が知らせに来た職員を突き飛ばすようにして香藤を探しに飛び出したあと関係者にあたり、香藤が被害者
で非は一方的に瀬川にあると調べていた。

 車に乗り込むと香藤は甘えるように岩城に身を寄せた。岩城も普段は当然、人前ではスキンシップなど許さ
ないが、今日は香藤が怪我人ということでかなり寛大である。香藤が楽な姿勢でいられるよう香藤の頭を自分
の肩に乗せ、上半身を支えるように腕を腰に回していた。

 清水の安全運転で何の問題もなく無事に家に着く。清水に礼を言い岩城とともに家に入ると、それまでまだ
ショックが抜けない様子だった岩城が動き出し香藤をソファーに座らせ、風呂や夕食の支度をはじめ香藤の介
護に努め出した。

湯船に浸かれなくともさっぱりしたいと香藤がシャワーを浴びるために風呂場に向かうと岩城も黙ってつい
て行き、香藤の髪や身体を洗ったり拭いたりと世話を焼いてくれた。

夕食も簡単なものだが香藤の好きなものを作ってくれ、少し腕の動きがぎこちないことに気がついた岩城が
さすがに「お口をあーん」とまでは行かなかったが肉を代わりに切るなど香藤が無理をせず食事をできるよう
に手伝ってくれた。

そんな岩城の優しさに愛を感じて感動しつつ、もっと肌を寄せ合うことで愛を感じようと岩城にせまるが怪
我人の身で何をいうかと一喝され、早々にベッドに放り込まれる香藤だった。

 

一人寝は寂しい。せっかく岩城と早く家に帰れて、明日もそろってオフを取れるのにもう少しラブラブいち
ゃいちゃしてくれてもいいじゃないかと毛布を頭まですっぽりかぶり丸くなって拗ねる香藤。元「抱かれたい
NO1」の威厳はまったくない。でかいいい年の男が布団を被って拗ねても可愛くもなんともないはずだが、
岩城は可愛く思ってしまうのだ。

車の中でも岩城さんは優しかったけど一応清水さんの目があったのであまりいちゃいちゃ出来なかったよな〜
とつぶやく。もっとも、三十台のでかい男二人が車中で身を寄せ合い、一人は相手に寄りかかったまま目をつぶ
り、もう一人は片手を相手の腰に回しもう片方の手で相手の髪を撫でていたのは客観的に見ると十分いちゃつい
ていたと思えるが。

そんな二人の姿をミラー越しに見せつけられながら運転手を務めなければならなかった清水の意見も聞いてみ
たいものである。

寝室のドアがそっと開き、岩城が静かに入ってくる。何となく香藤は寝たふりをする。

「香藤、香藤。もう寝たか」

 優しく自分を呼ぶ岩城の声。そっと自分の方に近づいてくるのがわかる。きっと毛布をかけ直してくれようと
しているのだ。香藤の髪に岩城の手がやさしく触れ、岩城の甘い香りがふわりと香藤の鼻腔に届いた。香藤の我
慢もここまでだ。

「うわっ!香藤よせ!あぶない!」

 髪に触れた手を掴み、岩城をベッドに引っ張り込む香藤。打ち身の痛みは感じるが、岩城への欲望のほうがは
るかに強い。

「だって我慢できないよ。ずっとすれ違いだよ?岩城さんは俺を欲しがってはくれないの?」

 必殺たれ目おねだり。何の間の言っても岩城への甘え上手は洋介や日奈をぶっちぎって香藤がNo1だ。

「う……。そうじゃなくて、お前は今日怪我をしているだろ?無理をして酷くなったらどうするんだ!?」

 もー心配性なんだからと言いながら香藤はすばやく身体を入れ替え、岩城を組み敷く。岩城も香藤の怪我を気
遣う分、なかなか力を入れて抵抗できない。もちろん香藤はそれを計算して行動している。岩城に関することに
は驚くほど知恵が回る。特に愛の営みについては。

「あのね、岩城さん」

 岩城のパジャマのボタンを外しながら香藤はにっこり笑う。自分のパジャマはすでに脱いでいる。

「……何だ、香藤?」

 いやな予感に怯えつつ岩城が答える。こんな顔の香藤は怖い。たいがいこのまま香藤の望むがままにことが運ぶ。

「打ち身って言うのは次の日が辛いんだよね」

「だから、無理をするなと……」

「ちがうよ。今日はこの程度で済むけど明日明後日はもっと痛みが増すでしょ。だから今日のうちにしないと、
明日はもっと我慢ができなくなるからね!」

 合っているのだが間違っているのだがわからない理屈を香藤はこねる。理屈だけでなく、岩城の身体もやさ
しくこねる。

「そんな、馬鹿な……。あ、あ」

 なんのかんの言っても、惚れた弱みで岩城は香藤に甘い。こうなってしまっては逆らえない。今の香藤は怪
我人、少しでも負担を軽くせねばと、岩城の香藤への気配りが普段以上に岩城のテクニックを冴えさせる。
香藤はいつもにもまして岩城を堪能できる夜を過ごすこととなった。

 

 打ち身は次の日辛い。確かに香藤のこの言葉は正しかった。

 昨夜から明け方近くまで香藤は岩城を楽しんだ。もちろん香藤の一方的なものではなく、岩城も香藤を堪能
したが……。報いは来る。きっと来る。確実に来た!

 香藤は昨日の行いの罰を受けるかのようにベッドに横たわり苦しんでいる。打ち身は、時間がたってから痛
みが増してくる。この痛みに関しては打つ手がなく、せいぜい湿布をはり痛み止めを飲みおとなしくしているしかない。

 香藤の場合は昨日の岩城との情交が、確実に痛みを増す原因になっている。これはもう、誰のせいでもない
自分のせい。岩城も寝返りを打つたびに悲鳴をあげ、トイレに行こうと歩く時にも呻き声をあげる香藤を冷や
やかな目で見つめ自業自得だと言い放つ。

 だが、岩城も複雑なのだ。かなり強引とはいえ、香藤の誘いを最後まで拒めず結局香藤を受け入れてしまい、
今の状態を引き起こすことに協力してしまったことになるからだ。

 香藤の自業自得はまちがいないにしても、岩城の心にも共犯意識が存在しているのは否定できない。

 結局、岩城は後ろめたさを感じつつそれを隠して昨日よりいっそう甲斐甲斐しく香藤に尽くすことになったのだ。

そんな岩城にまた香藤は愛を感じると感動をし、よりいっそう愛を感じようとベッドに引っ張りこもうとし
たが、今度こそ何を考えているいい加減にしろ!と岩城の本気の怒りを買い、打ち身の痣の部分を思いっきり
抓られベッドの中でいっそう悲惨な呻き声をあげて過ごすこととなったのだ。

 

 香藤洋二 三十才。自業自得の大見本である。

 

 

 

2008.12 タビネコ

 

 

 はじめまして。そしてすいません。はじめての投稿にこのような……。

「戦う男!香藤洋二」を書くはずが(泣)。

お目汚しお許しください。







初めての投降作品、お疲れ様でしたv
とっても楽しかったです!
途中緊迫した場面になりどうなることかとドキドキしましたが
香藤くんの明るさと岩城さんの仕草がなんとも心を甘くしてくれました

タビネコさん、素敵なお話ありがとうございましたv