Like a dog





新年を迎えて一週間が経った日の朝。

香藤はベッドの中で酷く落ち込んでいた。



岩城と香藤は大晦日まで仕事に追われていた。

きっちり詰まったスケジュールのせいでクリスマス以降は二人でゆっくり過ごす時間は全く持てなかった。

その代わり年始は二人とも10日まで完全オフになっていた。

三が日を岩城の実家で過ごし、4日に香藤の実家に行き一泊した。

それぞれの実家で過ごした夜は岩城が頑として譲らなかったので夫婦生活はお預けだった。

自宅で過ごした3日の夜も新潟からの移動疲れと翌日の香藤家行きのためお預けだった。

そして香藤家から帰ってきた5日の夜、クリスマス以降ずっとご無沙汰だった事もあって香藤は自宅に帰るなり岩城の手を引いて寝室に直行しベッドに押し倒した。

「やっと岩城さんに触れられる。久しぶりだし、優しくするから。姫始めいいでしょ?」

岩城をベッドに組み敷きながらもやはり機嫌を損ねるのは嫌なのでお伺いを立てる。

香藤のその様子が飼い主の「よし。」の合図を待つ犬の様で岩城は苦笑する。

「何笑ってんの?」

頭に「?」を浮かべながらも香藤は我慢の限界らしくうずうずしている。

岩城も香藤に触れたいのをずっと我慢していたのでこれ以上お預けにさせる気は無くそっと香藤の頬に手を添えると自分から唇を重ねた。

それを合図に二人はお互いの身体に溺れるようにのめり込んでいった。

翌朝寝室にやわらかい光が差し込む中、一晩中愛し合い求め合った二人はベッドに横たわりまどろんでいた。

このまま一日中愛し合おうかとも思ったが、まだ時間(オフ)は十分あるのだからと空腹を満たすためにも起きだす事にした。

香藤が朝食を用意する間に岩城は風呂に入る。

汗ばむ身体を綺麗に洗い、ゆっくりと湯につかる。

身体にけだるさは感じる物の岩城の心は幸せに満ち足りていた。

岩城がパジャマの上にガウンを羽織りダイニングへ行くとテーブルの上には手間こそ掛かっていないものの美味しそうな料理が並んでいた。

「あっ、岩城さん何パジャマなんか着てんの?どうせすぐ脱ぐんだよ。」

そう言う香藤は素肌の上にバスローブだけを纏っていた。

香藤のあからさまな言葉に岩城は顔を赤くしながらも言い募る。

「食事は服を着てしたいからな。これでもお前に譲ってパジャマにしたんだぞ。本当は普通の服を着たかったのに。お前こそエアコンが入っているからってそんな格好でいると風邪ひくぞ。」

「だーいじょうぶだよ。俺ってば頑丈に出来てるから。それより早く食べよ。」

この時岩城の忠告に従わなかった事を香藤が深く後悔するのはそう先の事ではなかった。

食事を済ませ今度は岩城が片付けをする間に香藤が風呂に入る。

風呂から上がっても香藤はバスローブだけを着ていた。

香藤としてはすぐにでもベッドに戻りたかったのだが、岩城の体の負担を考え時間的に余裕があることも手伝って結局昼食を済ませるまでリビングでゆったりとした時間を過ごした。

その間にも岩城に服を着るように言われたにも拘らず香藤はバスローブのままでいた。

そしてベッドに戻りまた何度か身体を重ね幸せなだるさに身を委ねていると香藤がくしゃみを連発し始めた。

「ハクション、ハクション。」

「香藤大丈夫か?やっぱりお前風邪ひいたんじゃないのか?」

「う〜。なんかちょっと寒気がするかも。」

岩城が香藤の額に手を当てると熱くなっているのが分かった。

「熱があるじゃないか。俺が忠告してやったのにあんな格好でいるからだ。」

岩城は香藤を追い立ててもう一度風呂に入らせる。

自分も二階のバスルームでシャワーを浴びるときっちりと服を着る。

風呂から戻った香藤をベッドに押し込むと額に冷却剤を貼った。

「薬は晩飯を食べてからにしよう。俺は洗濯とかしてくるからおとなしく寝てろよ。」

「分かった。」

岩城の忠告を無視した負い目のある香藤はおとなしく従う事にした。

それでもまだこの時は軽く考えていた。

薬を飲んで一晩おとなしく寝ていれば朝には直っているだろうと。



そして明けて翌七日の朝、香藤の思惑ははずれ熱は一向に下がっていなかった。

当然岩城に今日も一日おとなしく寝ているように命じられ香藤は落ち込んでいるのである。

今岩城はキッチンで朝食を作っている。

香藤は寝室の天井を恨めしそうに眺めながら昨日の自分を呪っていた。

あの時ちゃんと岩城の忠告に従っていれば今日も岩城をこの腕に抱いていたはずなのに。

後悔先に立たずとはまさにこの事だと深く落ち込んでいると岩城がお盆を持って入ってきた。

それをサイドテーブルに置くと一旦寝室を出て今度は土鍋を持って入ってきた。

サイドテーブルに置いて蓋を開けるとふわっと湯気が立ち上る。

香藤が身体を起こして中を覗き込むとそれはお粥だった。

熱を出していても食欲は人一倍の香藤は折角作ってくれた岩城に悪いと思いながらも文句を言う。

「岩城さん、病人にはお粥って思ってくれたのかもしれないけど、俺これだけじゃ元気でないよ。」

岩城は香藤の食欲が落ちていない事を嬉しく思いながらも少し呆れて言った。

「お前がこの程度じゃ足りないのは分かってるよ。これは病気だからって言うんじゃなくて今日が七日だから七草粥を作ったんだ。七草粥は一年の無病息災を祈り万病を払うって言うからちょうどいいだろう?今はとりあえずこれを食え。昼はボリュームのある物作ってやるから。」

「そっか、七草粥か。岩城さん文句言ったりしてごめんね。ありがとう。」

岩城の説明を聞き素直に茶碗によそわれたお粥を口にする。

岩城も自分の茶碗にお粥をよそって食べている。

食事を終え片付けに階下に降りようとする岩城を香藤が呼び止める。

「岩城さん迷惑掛けてごめんね。俺が昨日ちゃんと岩城さんの言う事聞いてればこんな事にならなかったのに。本当にごめんね。」

岩城はすっかり落ち込んでしまった香藤のベッドの脇に膝をつく。

「これくらいの事迷惑でもなんでもないさ。そんなに気にするな。年末まで忙しかったし。正月になってからも新潟に行ったり千葉に行ったりで思った以上に疲れてたんだよ。」

優しく微笑んで髪を撫でてくれる岩城の手が暖かくて香藤は目を細める。

「うん。きっとそうだね。でも岩城さんのこともっと愛してあげたかったのに…。」

「…ばか。」

香藤の言葉に岩城は頬を染める。

でもそう言った香藤の目は真剣で岩城も切なくなる。

「俺の言う事ちゃんと聞いて早く直せばいいじゃないか。まだオフは残ってるだろう?」

恥ずかしそうに視線をそらしながら紡がれた言葉に香藤は嬉しくなりたちまち気分を浮上させる。

「うん。俺明日には元気になるからね。そしたらまたたっぷり愛してあげるからね。」

あまりに現金な香藤に岩城は苦笑いする。

「ああ、待ってるよ。」

思いがけない岩城の返事に香藤の顔がぱっと輝く。

「ただし昨日みたいに激しすぎるのはごめんだぞ。」

自分の言葉に恥ずかしくなったのか岩城は耳まで真っ赤に染めると逃げるように寝室を後にした。

「岩城さんってば全然分かってないんだから。あんな可愛い顔されたら歯止めが利かなくなるに決まってるじゃん。」

岩城を見送った香藤は思わずそう呟く。

でもこんな風に世話を焼かれるのも嬉しくて今日のところはおとなしく岩城の言う事に従っていようと思う香藤だった。



一方キッチンの岩城は一人になった事で平静さを取り戻していた。

そして先ほどの香藤の様子を思い返す。

見ている方まで切なくなるほど落ち込んでいたかと思うと岩城の一言で一気に気分を浮上させる。

その姿にまた飼い主の言動に一喜一憂する犬を思い浮かべ岩城は苦笑する。

それでも岩城にとってはそんな香藤も可愛くて仕方が無い。

岩城は電話の受話器を取ると風邪にも負けない香藤の食欲を満たすメニューを教えて貰うべく、香藤の実家のナンバーをプッシュした。





END



                                   04.1.1 グレペン               




何て素敵な犬でしょうv
私はこんな犬なら欲しいです! ください!!(笑)
正月早々素敵なお話本当にありがとうございましたvvv
らぶらぶだわ〜vvv