碧血

 

「新選組副長、土方歳三、参る!」

そう叫んで馬を進めたときだった。

ズガァーン!

やけにはっきりと、聞こえやがった。瞬間、腹に灼熱の塊が突き刺さって、目の前が真紅に染まり、俺ぁ、傾いだ上体を支えきれずに、馬から落ちたんだ。

 

 

『…っちゃん…』

死ぬのか、って思ったら、あんたの名前を呼んでいたよ。

…なのに、目の前に浮かんだのは、あの男の顔だった。どさり、と背に衝撃があって、意識が少し戻った。

生きてる。当たり前か、死ぬ前に浮かんだ顔があの男だなんて、冗談にもなりゃしねえ。迎えに来るんなら、あんたか総司だろう、なぁ、勝っちゃん。

―へへっ、血が、止まりゃしねえ。

俺ぁもう、駄目だ。それでも即死じゃあなかった。まだ、時間は、あるらしい。思い出したついでだ、あんたが来てくれるまで、あの男のこと、報告しようか…いいだろ?

あそこで浮かんだんだ、生きてる、大鳥さんは死んじまったって悔やんでいたが、生きているよ、あいつ、秋月景一郎はよ。

 

―初めて会ったのはいつだったか、そう、宇都宮に行くときだ。大鳥さん配下の彰義隊にいた。

何でも三千石の大身旗本で、家督を継いだばかりだとか言ってたな。その御家を弟だかに譲っちまって、身一つで来たって言うんだ。

信じられるか?そのまま江戸にいりゃあ、公方様と一緒に駿河に下ったはずの身分だぜ?俺からしたら、あんな腑抜け将軍を見限るのは当たり前で、会津の老公様のほうがよっぱどご主君だと思うがな、親父様が江戸町奉行だったっていう、三河以来の直参がそんなこと、ありえねぇだろ。

それでも、後悔しないと言い切って、大鳥さんだけじゃない、榎本さんだってずいぶん気にしてたのに、函館くんだりまで来たんだ。

しかも、わずかな手勢を率いるだけの小隊の長としてだぜ?

信じられねぇよな。自分は幕府できちんとしたお役目に就いていなかったから、実戦の経験がないからって、大身のいう言葉じゃねぇよな。普通はもっと、偉そうにしてるもんだろ。

そりゃあ、実戦の経験を買われて俺が陸軍奉行並み、だったんだから、言われてみりゃあ、そうなんだが。

でも、そう、脱走軍の中でも家柄ではほとんど敵う奴なんていなかった。

俺が多摩の農民上がり、大鳥さんは播州の医者の倅、総裁の榎本さんだって、御家人とはいえたしか株を金で買った町人上がりの倅ときいている。本人の才能と努力の賜物だが、時勢でなけりゃ、三千石だって雲上人だ。

そういや、あいつは、根っからの武士だったよ。俺たちとは、違う。

俺たちが目指した、武士そのもの。いや、違うな、幕府が目指した、人の上に立つ、武士だ。

もう少し早くお役についていりゃ、幕府はこんなことにならなかったかも知れねぇ、よしんばこうやって函館くんだりにきたとしても、そんときゃ総裁はあいつだったろうよ。それっ位の見識と、人望を集められる奴だ。

あんたとは違う意味で、人を引きつけて離さねえ魅力がある奴。

一緒に切り込みをかけたとき、砲撃喰らって左足を失区知っちまった奴を見捨てて戻ってきたと、大鳥さんは泣いていた。

あの状態では生きてはいられまい、薩長の奴らに捕まって、辱められることもあるまい、きっと自害していると、そう言っていた。どんなに抵抗しても、連れて帰るべきだった、そう言っていたが、それは違う。

そんなことをしていたら、二人とも死んでいた。大鳥さんだって、それは判っているはずだ。

行かなければ斬る、そう言ったらしいが、それを言わせたのは大鳥さんだ。それが、町人根性だというんだ。

真の武士なら、そこまで言わせずに去る。大局を見なきゃならねえよ、あんなところで陸軍奉行が討ち死になんて、あっちゃあならねえ。大鳥さんにだって、判からねえはずがないのに。そこで情に、走っちまう。

―なんか、誰かが笑いそうなこと言ってるな。

ああ、そうだよ山南、お前の言うとおりさ、俺ぁ、自分が大鳥さんと同じように農民根性が抜けねえから、あの局中法度を作ったのさ。その俺だから、判るし言うんだ。

本当に必要なときに命を惜しめる奴、他人を切り捨ててでも生きることを選択できる奴じゃなきゃあ、責任ある役目に就いちゃあいけねえよ。

そして、いざとなったとき、そういう立場の人間を、自分を殺してでも生かせる奴、それがあの男だったんだ。

 

『君だって、彼を見捨てた大鳥とやらを、本当は恨んだくせに。』

うるせえよ、山南。どうせ俺ぁ、農民上がりの半端侍だ。

「…放っとけ、って…え?」

なんでこいつが先に来やがるんだ、あぁ?

「いけなかったかい?」

「…いんや、」嬉しいぜ、あんたが来てくれるとは、思ってもいなかったからな。

「そうかい?私は、君に早く会いたかったけれどね。」それで、その、秋月何某とか言う人のことを、もっと聞かせて欲しいな。

「…ああ。」

まずは…そうだな顔がいい。役者みてえな色男。生っ白い顔付きだったが、剣の腕は確かだった。

衆道のなんのにゃ興味はねえが、その俺でさえ、判った。念友だかなんだか知らねえが、こいつにはそういう仲の男がいるってな。だから、皆狙ってたぜ。女っけなしのやさぐれた男供の中で、花みてえな、しかも経験のある奴なんだからな。

幸いなことに本人、色事には鈍いらしくて、かわすってえよか判ってないみてえだったが。多分、本人にとっちゃ、衆道というつもりはなくて、惚れた相手が男だった、ってことなんだろう。

―長州藩士とか言っていたぜ、どうやって知り合いになったものやら。英吉利に留学中だとも。

海外で知識を蓄え、国の為に働くべく戻ってくる男を、ただ待つだけではいけないと、思ったんだろう。そんな自分では、相応しくないと、考えたんだな。

なんでそんなこと知ってるかって?本人に聞いたからよ。身分や出自に拘る奴じゃあなかった。

心形刀流の道場に通っていたことがあったらしい、そう、伊庭のところさ。別に門弟とかじゃなく、ってことらしいが。奴が箱館に着てから三人で、まあ、よく飲んだかな。

笑うな!どうせ俺ぁ、そんなに酒が強くねえよ。秋月だって、そうだ。伊庭?元は強かったがな、もうがたがたの体になっちまってたし、それでも、ほとんど一人で飲んでいやがった。

ああ、あいつが酒を飲むのは小人数で、俺たちや大鳥さんたちとだけだった。

てえか、他の奴らとは、飲ませられなかった。危ねえんだよ!本人は、自分みてえな男を襲う奴の気が知れねえとか言ってるが、あの顔で、酔ってほんのり目元を染めてみろ。寄って集って嬲り者にされっちまわあ。

…変な、奴さ。

『へえ、変な奴、なんですか。』

「何だ、文句あっかよ?総司。」

「いぃえぇ、ただ、土方さんにしちゃ、珍しいと思って。」

「あん?」ああ、そうか。

「何言ってやがる、男で面の綺麗な奴ぁ、性根はぐちゃっとひん曲がってるもんだ。信用ならねえに決まってるだろ。」

「ええ?だって、土方さんの言い様だと、なんだか可愛い人みたいじゃありませんか。」

「真っ直ぐ過ぎるってえのも問題だろうが。第一、男が可愛くって、どうするよ。」

「そりゃそうですけどね。」

久しぶりに聞いたなあ、土方さんのその言葉。だけど、それ、ほかの人に言っても判ってもらえませんよ。鮒寿司がクサヤの干物に、お前はくさいといってるようなものなんですから。

「いいんだよ。当の俺自身、顔がいいのは自覚してらぁ。まさか俺の、根性が真っ直だとは、お前ぇも思っちゃいないだろうがよ。」

「いいじゃありませんか。顔も性格も良い人がいたって、」ひねくれてるんだから。

「放っとけ。」

それに、真っ直ぐ、てぇのも、あの中じゃひねくれてんのと変わんねえよ。面だけぁ、いいのが揃ってたからな。

「へえ、流石、ひねくれものの集まりですね。」

「おうよ。」

美麗といやあ、陸軍隊の春日左衛門。こいつが仙台でお召抱え、ってえ話があったのは、時勢や能力だけじゃなく、顔が良かったからって話だ。殿さんってのは、近くに顔のいいのが欲しいものなのかね。会津も顔のいいのが揃っていたろう。まあ、老公様御自身が、雛人形みてえに優しい、いいお顔だったけどな。

小柄で色白、一見するとまるで女子のようだったのは、額兵隊の星恂太郎。額兵隊は別名からす組ともいって、制服は黒と赤の裏表。確かに赤が似合っちゃいたけどよ、いつ着るんだあんな赤。

榎本さんや大鳥さんだって、いい顔だった。役者のような、とはいかねえが、女が好きそうな男らしい顔だ。

特筆すべきは異人、か。毛唐の顔の良し悪しなんざ判からねえが、でこぼこした顔ででっけえびいどろのような目をしていたよ。ジュール・ブリュネ、フランス人で砲兵隊の頭取だ。

それに伊庭。錦絵になったほどのいい男、奴がまともに見えるくれえ、こいつらは変だった。

「そういえば、土方さんのほとがら、」遊郭にばら撒いた人がいるって…。

「なんで知ってやがる?そのころはお前、死んでいたろうが。」それとも、今まで話したことも、皆知ってやがったか?

「当たり前だよ。」君の口から聞きたかっただけじゃないか。

で、誰がやったんだっけ?

「…っ、の、やろ、」松前に店出してた、廻船問屋の娘だ!

「婿養子に入っていれば、楽だったのに、」

「できるわけねえだろ。」

今っさら、後に引けるかい。

「意地っ張りなんだから。」

ったりめえだ、でも、そんな俺がまともに見えるんだ、本当に真っ当な秋月が変なのは、当たり前だろ?

「変な理屈。でも、土方さんが言うと納得してしまうんだから、おかしなものですね。」それとも私も毒されているのかな。

「黙れ総司。」秋月の話だろ。

「話を逸らしたのは土方さんでしょ。」わーるかったな!

…そう、第一印象は良くはなかった。

「そんなのいつものことでしょう。」

「うるせえ。」

顔も育ちも良く、与えられたものをあっさりと投げ出して、負けが込んで自棄になってる奴らと行動を共にしたいなんていう、お気楽なぼんぼん、ぱっと見、そうだよな。

でも、奴は違った。

宇都宮に向う時だ。兵糧を調達するのに交渉に出かけた。

大鳥さんとあいつと俺。交渉は口のうまい大鳥さん。俺は後ろで黙って睨みつけていた。こんなとき『新選組副長』ってなあ、金看板だ。だが、敵もさるもの、いっくら恐れ入っても、出すもんを出しゃあしねえ。しょうがねえ、と思ったときさ。

「ふざけんのもいい加減にしろい!」

いや、驚いたのなんの。それから、出るわ出るわ、小気味いいくれえの啖呵をきりやがった。あのお綺麗な顔で絶妙な啖呵、俺たちも驚いたが、間抜けっ面晒した向こうさんも見ものだったぜ。おかげで兵糧は手に入ったし、めでてえってわけさ。

それと、宇都宮行きでは、もうひとつ。

ありゃあ、布施に陣を張ったときだ。利根川を越えなきゃならねえのに、雨で増水してやがったんだ。

それで、俺も焦っちまったんだろうな。夜中に眠れなくて、柄にもねえ、夜回りなんぞしていたら、やって来たのさ。

「流れに喧嘩でも売る気ですか。」

「ああ、明日っこそ、静かにならねえとぶった切ってやるってな。」

「ははは、内藤先生らしい。」

こっちが気ばかり焦ってイラついているってのに、花が綻ぶように笑いやがって!腹が立ったもんだから、一物取り出してやりだしたら、

「では、加勢いたしましょう。」って、二人で坂東太郎に向かって連れションだぜ。

「あっははは、いいですね!」

笑いごっちゃねえぞ、こっちはよ。でもまあ、そのおかげで変な感情は吹っ飛んじまった。それからは…まあ、打ち解けるってほどでもなかったけどな。

「土方さん、人見知りするから。」

うっせえ。

「それで?」

宇都宮から仙台、会津。蝦夷へは、二人とも開陽で渡ったんでしょう。

「ああ、そうだ。」

そして…。奴が来たんだ、箱根で左の腕を切り落としたってのに、冬の海を越えて…。

「…ああ」

ああ、そうさ、奴の顔を見て知ったのさ。まあ、お互い、共通の知り合いがいるたあ、思っていなかったからよ。驚いたもんだ。

「―で、一緒に酒を飲む様にまでなったと。」

「悪いか。」

『いいや、いいことだと思っているさ。』

やっと、来たか。

「歳にとっちゃあ、出来のいい、可愛い弟みたいなものだったんだろう?」

「ええ?弟分は私じゃなかったんですか!」

「お前みてえな出来の悪い弟なんざ、誰がいるもんかよ!」

「酷いなあ、京都では、ちゃんと役に立ってたじゃないですか。」

「はん。労咳なんぞになりやがって、何処がかわいいもんか!」

「ははは、土方君に可愛いと言われたら、それは嫌いといわれているようなものだよ。」

「それもそうですね。」

「山南っ!」

でも、まあ、放っとけない奴だったからな。

大体、あんまり飲まねえし、話さねえんだ。にこにこ笑って人の話を聞いてやがる。まあ、伊庭がいるからか、それなり話もしたし、京でのことは聞きたがったよ。

あれは…いつのことだったか。

「池田屋のことをな…」

そのときに、奴の想い人が長州だと、知ったんだ。

「そういえば…」土方さん、蝦夷では女の人を寄せ付けなかったって、本当ですか?

「なんでそんなことを聞く?」

「だって、知りたいじゃありませんか。」遊郭に行ったのは、知ってるんですよ。

「じゃあ、判ってんだろうが。」

あのときの敵娼の歳は十五、年季奉公で入って三日の初見世だった。色々あって、まあ、やっちまったわけだが。

「…で、秋月さんは?」

「そん時ゃ確か、奴もいただろう。」知ってるくせに。

「だって聞きたいんですよ。」

「やってねえよ。」

江戸に婚約者を置いてきたと言っていた。生まれたときから決まっていた人で、江戸を発つ前に一度会ったきりだというその人が、ただ一人の女だと。操立て、と言っちゃあ聞こえはいいが、立ててる相手はその女じゃなく、男だろうな。敵娼も、事情を判ってくれる年増女郎だったらしい。

「ほら、やっぱり気にしてる。」いいなあ。

「どこらへんが。」

「そういうところがだよ。」沖田君としては、自分たちがいないところで君がそんな風に気にかける人を見つけたのが、気に入らないんだ。

「はん、いなくなった自分が悪いんだろう。」だから俺が苦労するんだ。

「だって、そのためにいたんだろう、歳。」俺に向かって『大将は座っていろ。』と言って、いつも全部、一人でやっていたじゃないか。

「結構世話好きだからね。」

「貧乏性なんですよ。」

うるっせえ!ホント、可愛くないぞ。

「ええ、そうでしょうとも。」ほんのり頬染めて、花が綻ぶように笑う、綺麗で可愛い、秋月さんがいいんですものね。

「そういえば古には、笑う、という言葉には、咲う、と言う字を当てたそうだよ。」さぞや綺麗な笑顔だったんだろうね。

「宗旨変えか?歳。」

「違うっ!」

頭が切れて、性格も良くて、よく言えばスレていない。悪くいやあ、うすらぼんやりしてるってことだ。天然で、放っとけない。

「…やっぱり手の掛かる弟みてえなもんか。」だから死なせたくないと思ったんだ。

「生きたいと思っているのに死にたがりやがって…」

公方様といっしょに駿河へ下っておかしくない身分だ。家督を譲られたばかりだと言うなら、先代の親父様はきっと、公方様のために恥を忍べと説得したろう。それを振り切って来たのは、死ぬためだとしか思えねえ。生きることが恥だとは思ってなくても、生き延びて、惚れた男が戻ってきたときもことを、思って。

「でも、生きていればこそじゃありませんか。」

ただの男ならな。

「長州が外国へやるんだ、よっぽどの人物に違いねえよ。」

その男が、新しい日本国を作るために、帰ってくる。高位高官を約束され、国を背負って立つ男が、徳川の、しかも三河以来の直参と通じているなんざ、

「醜聞には違いねえよ。」

「確かにな。」

「降参はしない、最後まで武士らしく戦う、と言っちゃあいたが、」

「…生きていたなら、どんな罪を被せられようと、相手の男は秋月さんを助けようとするでしょうしね。」

「駿府にいたって、それは変わらないだろう。」

国を背負う男が惚れるんだ、それだけの器量も能力も、相手だって、認めているってことだろう?

「だからこそ、生きてまみえてはいけないと思った…か。」相手も辛いだろうね。

「それ、山南さんが言っちゃあいけませんよ。」皆、土方さんだって、死んで欲しくなかったんですからね。

「それでも、生き延びる気はなかったんだろうよ。」

官軍が、蝦夷の独立を認めないのは判っていた。戦いが終われば過酷な残党狩りが行われることも。

「賊として死ぬこともまた、国の礎になると信じていたんだよ。」

「ふん、あんたじゃあるまいし。」

生き延びて、愛する男と再びまみえたい。それが、相手の足を引っ張ることになったとしても。そして、だからこそ、許されないと思った。

「それでも、生きていて欲しい、共に生きて欲しいと、思うものじゃありませんか?」

「出来るもんならな。」それをやろうと、無理をすると判っているから、

「生きてまみえることはならねえと、思うんじゃねえか。」

「でも、一緒に酒を飲んでるときにそんなこと考えられてたら…」

「うっとおしいだろ?」

「えー?」綺麗で可愛い天然の秋月さんが、ですよ?そんなこと考えて、相手のことを思い出して、ほんのり酔っているんですよ?

「だから護衛のために一緒に飲んでいたんでしょう?」襲いたくなりませんでした?

「嫌な奴だな、お前…」そういえば…。伊庭も嫌なことを聞いてやがった。

「なんです?」

「奴が五稜郭に来たときだ。」雪が降っていたんだ。

雪と泥にまみれて来やがった。冬の蝦夷でそんな格好でいたら、死んじまわあ。手ぬぐいと着替えを出して、市村に手伝わせていたら、奴が来たんだ。

そこで秋月が伊庭の道場に通っていたことが判って、そのまま酒盛りよ。体を温めるには中からが一番だからな。そのときに…、

 

「死ぬ気か?」

左腕失くしちまって、どうやって戦うってんだ。

「―まだ一本、腕はある。」剣も振れるし、馬にも乗れる…。

「それでも!」

「じゃあ、あんたは?あんたはどうだ、え、秋月さんよ。」

「!私、は…。」

「あんただけじゃないさ、歳さんよ。お前さんだって、そうだ。」皆そう思って、内心冷や冷やしてるんじゃねえかい?

「―人が、どう言おうと勝手だ。」

「ええ、そうですね。」

「―そうかい、そうだな…。死ぬこたぁ怖かねえのだが、死ぬ心算はさらさらないね。」

そう、笑いあった。

逃げるわけにはいかねえよ。いつか最期の時がきて、懐かしい奴らの元へ逝く。笑って迎えてくれる奴らに、笑って応えてやるために。

それでも、死ななきゃならねえって、顔してやがったけどな。

 

「…そういやあ、」伊庭の奴はどうした?

「まだ、生きてますよ。」

「…そうか。」甘ったれだから、待つのは嫌いだと言っていた。

「しょうがねえ、待っててやるか。」でも、そんなには、待てねえぞ…。

目が、霞んできやがった…。一筋の光が、眩いばかりに差し込んでくる。

 

ああ、雪、だ…。真っ白い雪が、世界を覆って降りしきっている。

大きく枝を広げた樹に護られるように重なり合っているのは…秋月?じゃあ、頬を寄せて重なっているのは、奴の想い人なのか―。

「そう、か…。」

 

 

「歳―」

差し出された手をとると、やけに体が軽くなったような気がする。

「あ・れ…」それに、この、格好は。

羽二重の黒紋付に仙台平の袴、それに―。髷までありやがる。洋装で戦ってたんだぜ、おい。

「―こりゃあ…」

「どうした?歳。」

「いや…」

「ああ、あの二人のことを気にしているんですね。」

「な・ちがっ…」この格好のことを言ってるんだ。

「素直じゃないなあ、教えてあげませんよ?」

「判るのか?」

「ええ。」

 

さっき見えた雪の向こうに二人の男が立っていた。不機嫌そうな秋月なんて、初めて見る。

不機嫌そうに裸で絡み合っているのや、口論しているようなの。

頬を寄せて笑っている―なんだ、じゃあさっきのは、思いが通じる前だったんだな。

…ありゃあ、正装じゃねえのか?二人並んで、花を投げられているぞ。

「異国の祝言ですよ。」

はあ?夫婦になるってのか?変な格好の坊さんの前で接吻してやがる。固めの杯みたいなもんか?

男同士でねえ。まあ、幸せそうだし、良しとするか。

 

この向こうに、行きゃあいいんだな。

いつの間にか、近藤さんも総司も山南もいなくなっていた。

「さてっと―」

ぼちぼちやってくるだろう伊庭が追いつけるように、袴の裾を裁いて土方はゆっくりと歩き出した。

 

                                      了

 

7月7日

 

砂沙

 

 

冬の蝉2作目、と言うより、新選組かも。

大鳥さんのキャラクターが立てられないのと、やっぱり、新選組が好きなので。

土方歳三には色々な解釈がありますけど、今回は身内意識の強い人にしました。一回認めてしまうととことん、大切にする人。そんな彼が秋月さんを、どう見ていたか。

それだけでは、ないんですけど。

時代考証は適当なので、原作との照合なども、しても気になさらないでいただけると有難いです。

そして、冬の蝉ではなくなってゆく…。すみません。




読んでいると砂沙さんの新撰組へと冬の蝉への愛をすごく感じます・・・・
その結果、とても素敵で、ちょっと可愛い(こういう表現してすみません)
そして切ないお話が出来たんですねv
新撰組側の会話がとっても微笑ましいです
”花が綻ぶように笑う秋月さん”・・・・好きですv

砂沙さん、素敵なお話をありがとうございます