【A loincloth】 その日、清水はやたらと脚を組み直す岩城に首を傾げた。 撮影中の出待ちの時には、チェック・モニターの少し後ろのディレクターチェアーで、ゆったりと脚を組み肘掛けに腕を置き、時折、指先を口元に寄せながら台本に目を通し、静かに出番を待つ。それが岩城の常であった。 確かに格好はいつも通りなのだが、脚を何度も組み直すので落ち着きがない。気持ち、眉間にその秀眉が寄っているようにも見える。『どこか、具合でも悪いのか?』清水はお伺いを立てて見ることにした。 「あの…岩城さん?」 「はい?」 「どこかお加減が悪いのですか? お腹の具合でも?」 「?何でもないですよ。どうして?」 「いえ、それならばいいのですが…。何かそわそわしている様に見えたので…」 「―――――――清水さん。・・・何でもないですよ。」 そうにっこりと笑顔を向ける岩城に、清水は 「そうですか、それならばいいのですが…」 そう言って自分も笑顔を返した。しかし、長年岩城に連れ添った(自称、仕事女房)清水である。笑顔を向ける岩城の目が笑っていないことなどすぐにわかった。そして、その岩城の切り返しの仕方でこの『今日はご機嫌ななめの岩城さん』の『ななめの原因』に少なからず、香藤が関わっている事を察した。 清水は、笑顔を張り付かせたまま、決して岩城の前では声に出さないつぶやきを口の中でころがした。 『あの、おばかちん!! また何かやらかしたわね!!』 そう、すっかり清水に『おばかちん』呼ばわりの香藤なのであったが、しっかりと岩城に対して『おばかちん』な行動を取っていた。 ―――――――事の起こりは、昨夜まで遡る。 その夜、岩城と香藤は二人、リビングのテーブルに向かい合わせである事をしていた。 キュッ、キュッと油性ペンをすべらす音。二人仲良く連名でサインを書いていた。 年頭公開された『冬の蝉』の満を持しての『DVD発売』 岩城、香藤の二人もこの『発売記念イベント』に参加する事になっており、その時に抽選会を開き、『匂い袋付きポストカード 直筆サイン付き(限定30枚)』と超目玉『二人の私物(限定2個)』を景品として出したい。と、販売元のイベント担当者からお願いされた。段取りとしてポストカードのサインを各事務所の者が代理で書き、二人の私物はイベント側から揃いのコインケースを用意する、との事だった。 その担当者とのやりとりをたまたま聞いていた岩城が 「サインくらいなら、家で香藤と書いてきますよ?」 にっこりと微笑んで、担当者の持つ景品の入った紙袋に手をさし出したのだった。 「・・藤、洋二、と・・・。 は〜い、岩城さん、俺の分終わりっと」 「ああ、あとこれだけか?」 「うん、あとは〜…『コインケース』にはサインは書かないんだって〜」 香藤が当日のイベント会での予定表をぴらりとまくった。そして、用意されていたコインケースを見て、 「これってさ〜、何か岩城さんのイメージじゃないよね〜」 つまらなそうに指先でケースを軽く突いた。 「そうか?」 岩城はコインケースをちらりと見て、 「無難な線だろ?」 書きかけのサインに目線を戻しながら、気のなさそうな返事をし、 『確かにブランド物だが、黒革で縁の装飾金具が妙に光っていてバランスがいまいちか? 自分は買わないだろうな…』と苦笑した。 その時、思い立った様に、香藤が弄っていたコインケースに、自分のサインを書き、それをテーブルに置くと、 「何か探してくる」 すっと立ち上がり、リビングの扉に歩いていった。 「どうした?」 首を傾げる岩城に 「だって、せっかくイベントに来てくれて、岩城さんと俺の物だって信じて、たぶん会場に来てくれた人達が皆ほしがってるのに、 これじゃあな〜。 何か、申し訳ないってゆうか、ごめんなさいって感じで…。」 少し照れながら二階へと上がっていった。 『相手の気持ちになって考える』という香藤の意識していてそうしている、というより、すでにそれが性格になっていて自然と言葉や行動に出てくる。それが『優しさ』や『思いやり』へと形に変えていく。(香藤に言わせると『俺のは岩城さん限定なの!』らしいが)かってはそれらが人より欠如しがちな岩城だったが、そばに香藤がいるだけで、まるでその想いが水の様に、空気の様に自分の中に染みこんでくる。 『――――人に優しくなれた。そして、自分自身にも優しくなれた。―――― かな?』 ふと、そんな想いを巡らせた岩城は『本当に、夫婦って似てくるんだな…』と一人ゴチた。 『似てくると言っても、香藤はいつまでたっても香藤だな』と岩城が、くすくすと一人、笑いを零した時、何やら、二階からドタドタと香藤が降りてきて、 「ねえ、ねえ!岩城さん!これ、な〜〜んだぁ!?」 くるくると丸められた白い布を岩城の前に突き出した。 「さらし?」 「おしい!じゃ〜〜ん、ふんどし!」 ぴら〜んと腕を高く上げ、自分の身長と変わらない細い帯状の布を垂れ幕の様にはためかせた。 「・・・・・・」 「何!その冷めた目は!?」 香藤は、せっかく見つけたアイテムがまったく賞賛されていない!と、ぶーっと頬を膨らませた。 「お前、まさかそれをイベントの景品にするつもりじゃないよな?」 岩城は、さっきまでのぽわぽわ〜んとした気持ちが、今の香藤のふんどしを振り回す姿に一蹴され、いささか腹も立ってきた。そんな岩城に香藤は「ちっ、ちっ、ちっ、」と人差し指を振り、 「なんで、ふんどし、景品にしなくちゃいけないのさ?しかも、岩城さんが直に身に付けたやつだよ?ありえないよ。」 フンっと一息付くと、ポケットに捻りこんでいた小さな皮袋を二つ出し、「イベントの景品はこれね」と何時ぞやか、香藤が衝動買いした岩城とお揃いのチョーカーとブレスレットを出した。 「これなら俺、身に付けてたのブログに載ってるし、岩城さんもこれ付けてインタビュー受けてるでしょ?」 ―――――――恐るべし記憶力である。こと岩城に関しては。 「で、ね、岩城さん、これ付けて」 香藤が、満弁の笑みを浮かべて、岩城の目の前にもう一度、ふんどしをはためかせた。 「・・・・・・・何?」 「だから〜〜、これ、付けて、俺の前で〜〜。」 すっっとーーーーんと、岩城は自分の気持ちが下がるのを感じた。もう、気持ちは急降下である。例えるなら、東京タワーからバンジージャンプであった。 出来るだけ、怒らず、怒鳴らず、冷静にと岩城は香藤に問いただした。 「何で、俺が、これを付けなくちゃいけないんだ?香藤?」 「だって〜、岩城さん約束したじゃん!冬蝉の撮影の時!」 「はあ!?」 香藤の言い分は次の通りである。 冬蝉の衣装あわせの時、衣装の係の者が、岩城達に『ふんどし』を渡してきて、「下着扱いで消耗品になります。着付けを教えますので指定着の時は先に付けておいて下さいね」と説明した。それを岩城達は『服』の上から着付けてもらい説明を受けた。当然、香藤は「岩城さんの着付けは俺がやるの!!」と騒ぎ立てた。当たり前のごとく岩城はそれを拒否し、理屈に「お前は俺より付けないだろうが!!なのに着付けなんて百年早い!」と完膚なく叩き落としたつもりだったのだが、香藤の「じゃ、岩城さん今度着て見せて!もちろん、俺の前で!!」とそばにいた皆が思わず顔を赤くする事を平気でのたまわったので、岩城はその場しのぎに「わかった、わかった」と早急にその場を納めたのであった。 ―――――――まさに恐るべき記憶力である。こと岩城に関しては。 「思い出した? まさか、岩城さんともあろう人が、約束守らないわけないもんね〜?」 今や、香藤の尻あたりからは、先の尖っている三角のしっぽまで見えてきそうである。 その頭上には『岩城さんとふんどしプレイ、 岩城さんとふんどしプレイ』とふきだしまで出現しそうである。 岩城は眉間に手をやり、思いっきりため息をついた。本当なら拳骨の一つや二つかまして、正座をさせ1時間は説教をしたい気分だった。 そんな事では、一時は引き下がる香藤だが、あの手この手を替えてふんどし片手に迫って来るに違いない。その時の理屈のこき方と言ったら、まるで千本ノック。打って、打って、打ちまくってくる。結局、岩城は球を捕りきれず、あえなくゲームセット。「いただきま〜す!」と美味しく食べられてしまう。 岩城は頭を高速回転させ、今回は『シンプル・イズ・ベスト計画』を発動させた。 なんてことはない。理屈では負けるので、『嫌だ』、『それ以上言ったら怒るぞ』と単純に言い聞かせるだけである。 「香藤、俺はそれを付けない。約束は『なし』だ。」 「ええ〜、岩城さん約束守らないの〜?」 「ああ!卑怯者でも何でも結構だ!」 「ぶ〜〜〜っ!」 香藤が盛大にブーイングをした。岩城はゆっくりと丁寧に言葉を連ねた。 「あのな、香藤…、ここでだ、俺の嫌がる事をしてもお前には何の得にもならないぞ。特に今日の場合、明日の朝はお互いゆっくり出来る。当然これから色々あるかも、だぞ?」 「色々って…、(そっち)方面?」 「もちろん、そっちも含む」 「ここで、岩城さんのご機嫌損ねたら?」 「お前は寝室閉め出し。 当然、おあずけだな」 香藤は岩城と手にあるふんどしを交互に見て、 「・・・・・・じゃ、これは、今日は『なし』で・・」 ふんどしをぽいっとソファーに投げつけた。岩城は「うん、うん、正しい選択だ」と満足して頷いていた。だが、岩城は見逃していた。 まだ、香藤の尻からしっぽがひょこひょこと動いているのを。 ―――――――そして今朝、 香藤の作ったブランチをゆっくりと食べて、久しぶりに朝のニュースを二人で見て、たわいもない会話を楽しんで、昨夜の事など忘れてしまう程岩城は上機嫌だった。 着替えの前にとシャワーを浴びた時までは。 バスルームから出て、岩城が目にしたのは、自分の着替えではなく、昨夜の『ふんどし』。 置いておいたはずの下着もバスローブもなく、ふんどしが一本、ちょーんと置かれていた。 「今から仕事なのに…、何考えてるんだ、あいつは…!」 呆れすぎて、力が抜けた岩城はその場にへなへなとしゃがみこんだ。 香藤はわくわくしながら、リビングの戸口で岩城が声を掛けるのをまっていた。さすがにそれを付けて出てきてはくれないだろうとは思っていたが、出るに出られない岩城は、たぶんバスルームから自分を呼ぶだろうとふんでいた。その時の岩城は裸。そしてそばにあるのはふんどし。まさに『まな板の鯉』。もう一押しすれば『ふんどし岩城さん』を美味しくいただける!と心の中でガッツポーズをしていた。 ―――――――と、その時! バーンと勢いよくバスルームの扉が開き、岩城が腰にバスタオルを巻いたまま、額に怒りの青筋を立てて、スタスタと二階へと脇目もふらず上がっていった。一瞬、あまりの勢いで呆気にとられ出遅れた香藤だったが、急いでバスルームへと向かい、置いてあるふんどしを掴むと二階へと岩城を追いかけた。 二階の岩城のクローゼットルームに入ると、もうすでに岩城は着替えていた。今日は終日、スタジオでドラマの収録なので、トップはハーフジップのTシャツ、ボトムはジーンズ、あとはジャケットを羽織るだけのラフな格好である。速攻で着替えたかったので取りあえず目に付いた服を着たという感もする。 後を追いかけてきた香藤はぷりぷりと眉間に皺を寄せて着替えている岩城を背後から抱き込んで、耳たぶを唇でくすぐるように擦りつけながら、 「何もしないから。 約束するから。 一回着て見せて? だって、冬蝉の撮影の時、ちゃんと見たかったのに見れなかったんだもん。 あれだけ頑張ったんだよ?ご褒美ちょうだい…」 とびきりの甘い声で囁いた。 耳から首筋まで朱に染めながらもずっと黙っていた岩城は、するりと香藤から離れクローゼットルームから出ようとした。そして扉の所で振り返ると、香藤をきつく一睨みし、その手からふんどしをつかみ取った。 「そこに座ってろ、 動くなよ?」 岩城は香藤をソファーに促し、正面に立つとすでに履いていたジーンズと下着を一緒に下ろした。 そして、ふんどしの真ん中あたりを摘んで、そこを股間にあてがうと片方を肩に掛け、もう片方を捻りながら後ろへとまわした。そして後ろへ捻りながら尻たぶに引っかけ、腰に巻き付けながら一周させ、肩に掛けたふんどしを下へ下ろし、股間を通し後ろへと廻した。後ろへ廻しこんだふんどしの端を捻りながら脇腹あたりで巻き込んでしまえば終わりである。 淡々とした着付けは1分とかからなかった。ものの見事に耳まで真っ赤な岩城だったが、ソファーに座る香藤に憮然と「これで満足か!」と言い放った。岩城の着付ける様を舐るように見ていた香藤は、低い声音で 「シャツ上げて…よく見えないよ。それから後ろ向いて」 到底、朝には似つかわしくない瞳で岩城を見つめ、視線をそらせなかった。 その瞳の奥に揺らめく焔は夜の雄の色、岩城は下唇を噛みしめながら言われた通り、くるりと踵を返した。背中に当たる視線がちりちりと産毛を擦り、一番視線が集中しているだろう双丘は本当に舌で舐られているかのようで、気を抜くとその場にへたり込んでしまいそうだった。 岩城は羞恥と緊張で口の中が乾いていくのを感じながら、張り付きそうな舌をかろうじて動かして、 「もう…いいだろ…」 熱くなる息とともに言葉に出した。 その時、岩城の腰に巻き付いているふんどしがぐいっと引っ張られ、叫ぶ間もなく岩城は香藤の腕の中に収まっていた。じたばたともがく岩城を香藤はひょいとソファーに寝転がせ、左足をソファーに押しつけその上に自分の膝を乗せて固定し、右足首を左手で掴み、背もたれへ押しつけた。そして開脚された岩城の股間をしげしげと眺め、そのまま岩城に被さり耳元で囁いた。 「すっごく、卑猥(ひわい)……」 もう、岩城の頭は沸騰寸前だった。 このまま香藤の手管に嵌ってしまう憤り。あまりの羞恥にそれが快感にさえ感じ、このまま欲望のままに流されてしまいたいという気持ち。 どちらにも進むことが出来ない感情が一気にあふれ出したいのに行き場を探せない苦痛。 乾いた咥内で喉までひりついた。 そんな、岩城を香藤は弄ぶように、上体を起こし、空いている右手の指で布と肌のぎりぎりの線をなぞった。そして双珠の膨らみを人差し指で突き、 「うまく収まるものだね」 「だってこんなに脚、広げてるのに横に出ないじゃん」 本当に楽しそうに、くすくすと笑った。 「なっ、何もしないと言っただろ!」 手を股間に延ばし、香藤の動きを止めようとするが、 「俺が触ってるのはふんどしだよ?」 くりっと双珠のしこりを親指と人差し指で擦り合わせて、岩城の手がびくりと止まるのを見ながら、香藤は揶揄った。 そのまま指を後ろへと滑らせ、そして、布の上からでもわかる、少しふっくらとした凹凸のある後穴のところを撫でるように擦り、 「昨日、一杯しちゃったからかな?まだ少し腫れてるね…」 指の腹でゆっくりと圧し、余計に岩城の羞恥心を煽った。 岩城の呼吸がはっ、はっ、と浅くなりはじめ、その瞳が潤んできた。 香藤が心の中で『いっただきま〜す』と合掌をした所に ―――――――ピンポーン。 突如、チャイムが鳴った。時間通りに迎えに来た ―――――清水である。 「はっっ!!」と岩城は我に返り、香藤を勢いよく引っぺがし、テーブルにあったバックと床に転がるジーンズを掴んで、ドタドタと階段を駆け下りた。 エントランス・ホールで身なりを整えて、熱くなっている頬を手でぱたぱたと仰いで、大きく息を吐いた。 そして玄関ドアを開け、 「おはようございます。清水さん」 朝にふさわしい爽やかないつも(・・・)の(・)笑顔(・・・)を清水に向けた。 とり残された香藤はというと、ソファーで仰向けになり、猛烈にため息をついていた。そしてすっかり反応している、マイジュニアを見て、またため息をついた。 『シャワー浴びて、俺も支度しよ〜』と、もそもそと身体を起こして、部屋の出口に落ちている物に目を見張った。 「やば…岩城さん、パンツ忘れてる。…て、ゆーか……まさか…?」 「はは…」 香藤の乾いた笑いがむなしく岩城の部屋で響いた。 かくして、本日、まったくの不本意で一日、ふんどしを履いていなくてはならなくなった、しかも、擦れてむず痛い。超絶不機嫌な岩城と、 『どう謝ったら最低限の怒りで許してもらえるのか?』 と、一日、頭を捻る香藤がいた。 ―――――――まったくもって、犬も食わない夫婦喧嘩。 (と、ゆーより、拗ねまくり岩城と、謝りまくりの香藤) ―――――――今夜勃発である。 【おわり】 【補足】 作中で岩城さんが付けているふんどしは 「六尺ふんどし」です。ちゃんと時代考証に基づいたものなら、たぶん「越中ふんどし」だろうと思われます。「六尺ふんどし」にしたのは、 完璧、私の個人的趣味です。ご了承下さい。 2008/06 hoshi |
清水さんが香藤くんのことを”おばかちん”と思うのが受けましたv
素敵なマネージャーさんです(^o^)
いやん、でも岩城さんのふんどし姿・・・・萌えますね〜
そういう格好を粘ってさせた香藤くんはGJです(笑)
しかしそのプレイが途中で終わったのは惜しい!(おいおい)
hoshiさん、素敵な作品ありがとうございますv