Gemini




「もうっ いいよ!!」


突然、岩城の頭上から浴びせられた声に反応して顔を上げてみたが、視界に入ったのは踵を返した香藤の裸足の足と勢いよく閉められたドアだった。

事の起こりは、ちょっとしたタイミングの悪さと、香藤自身のテンション具合。
いつもなら多少の仕事の忙しさや、心ない人の中傷など「岩城さんの顔を見ればなんでもないし」と豪語する香藤なのだが、今回は分が悪かった。
それは香藤も気づかないところから、じわじわ来たからだった。


――朝、いまいち食欲が出ないのと、岩城が早朝に出掛けた。
とコーヒーだけを口に付け何気なくテレビをつけた。
音声だけ聞きながら、
「今日は岩城さんと晩ご飯食べられるから、冷蔵庫の中チェックしとこうかな? お米研いでおいてタイマー掛けようかなぁ・・」
と思考は俳優のそれより、まるっきり主婦であった。
そこに
「今日、残念なのは〜ごめんなさーい!ふたご座!」
という声が飛び込んできた。
ちゃらららら〜♪と下がっていく音楽とともに、アナウンサーが謝りつつも、楽しそうに、今日の占いの結果を伝えていた。
「今日のふたご座は、失敗が続いて落ち込みそう!無理に元気に振る舞うとよけいに落ち込んでしまいます。甘えられる人がいるなら、うんと甘えてキズを癒しましょう。甘えられる人がいなーいと言う人はちょっと奮発して甘い物を食べましょう!」

「うえっ!今日ペケじゃん・・。つか失敗続きって・・・」

『NG出さないように気をつけよっと』と、ぼやっと考えつつ踵を返したとたん、いつもより出っ張っていたダイニングのイスの足に、足の小指をぶつけた。
香藤の足はいつも通り裸足であった。ハンパではない激痛に思わず、手に持っていたコーヒーカップを落として、カップは無惨にも欠けてしまった。
カップは容量と持ち手具合が、ちょうど良くかなりのお気に入りだった。痛さと悲しさと、何より「自分が悪い」と認めざるをえない状況が香藤を落ち込ませた。


――そこからの香藤は占いどおり、失敗続きとゆうか、不幸の連続で、
「踏んだり・蹴ったり」
「傷口に塩」
「泣きっ面に蜂」 な状態だった。

 迎えに来てくれた、金子の車に乗りスタジオに向かえば、途中で事故渋滞。
しかも中央車線を走行していたので、Uターンどころか方向変換出来ず、ひたすら待つしかない状態。
金子を車に残して、自分だけ電車を使って向かうも案の定、遅刻してしまいスタッフには迷惑をかけてしまった。ある意味、仕事に対して完璧主義な香藤にとっては、人に迷惑を掛けた、という事はかなり落ち込むことで、そこへ、自分の母親役のベテラン女優に、ちくちくっと嫌味の一つも言われてしまえばドツボ的である。


「あー、占いどーりになってる・・」
なんとか、午前中に予定していた撮影を撮り終え、楽屋で香藤はぼやいていた。
「占いがどうしたんですか?香藤さん?」
と後から到着した金子が、見るからに落ち込んでる香藤の顔を心配げにのぞき込んだ。
「うーん、朝の占いでさー、俺のふたご座、ペケだったんだよねー。そんでもって今日は失敗続きだから落ち込むんだって〜」
「でも、失敗続きって言っても、あの事故渋滞は本当に偶然ですし・・」
金子が少しでも香藤を励まそうと焦りながらも笑顔で取り繕った。
「でもね、家でも足の小指ぶつけて、チョー痛かったし、お気にのカップは割っちゃうし、さっきだってさ〜」
「さっき?」
金子が不思議そうに首をかしげた。
「うん、トイレでチャックにナニ挟んじゃってさ・・・死ぬかと思った・・」
見るからに『どよ〜ん』とした空気を纏っている香藤に、もはや金子は
「それは・・ご愁傷様でした・・・」
としか、声を掛けられなかった。


それからは、仕事は仕事と切り替えの早い香藤であったので、なんとかNGも出さず、プロデュサーにも「今日もいいね!」とお褒めの言葉も貰った。


が・仕事以外はちょこちょこと落ち込むことが続いた。
だが、香藤には一筋の希望があった。
『落ち込んだら甘えましょう!』という占いの言葉。
『帰ったら岩城さんに、うんっと甘えようv それ以外に、このドツボな気持ちから浮上できはしな〜いっ!』と・・・。

その日は、2人とも夕方上がりで、ゆっくりと夜を過ごせる予定だった。
先に帰宅した香藤は気分を浮上させる為に、今日は自分の好物を作った。
岩城の事を考えると、ちょっと重いかな?とは思ったが『今日は甘えていいんだしv』と、ちと占いの内容からはずれた考えになっていた。
そう、『甘えましょう』とは言ってはいるが、それは『甘えさせてくれる人』が無条件で甘えさせてくれればOKなのであって、当然、香藤にとって『甘えさせてくれる人』は岩城であって、香藤に甘々な岩城は当然のごとく、落ち込んでいる香藤を甘やかし、その傷ついた心を癒してくれる。
と,香藤が考えるのは、ごくごく自然なことで、へこんでいる香藤が「甘えましょう」を「甘えてもいい」と掛け違えてしまうのも、まあ、仕方のない事といえば仕方のない事だった。
だが、ここでひとつ重要な事が抜けていた。
岩城は香藤が落ち込んでいる(それもかなり)事は知らない訳で、当たり前だが、金子が「香藤さん、ちょっと落ち込んでいて、やさしい言葉とかかけて上げて下さい。」と連絡してくるはずもなく(理由が理由だし、内容もイスに小指をぶつけた・ナニをチャックで挟んだ程度である)いつもの岩城なのである。
香藤が必要以上に甘えてきても、あまりしつこいと怒るし、いくら甘々でも赤ん坊でもあるまいし、両手を広げて、抱っこして、頬ずりしてなんて事はしてくれない(何も言わずそれをしてもらえるのは洋介・日奈の2人だけである)
いつもの通りの岩城はいつもの通り帰宅した。


「ただいま。」
「おかえりなさ〜い!岩城さ〜ん! ん〜〜〜っ」
と、香藤がまだ靴も脱いでいない岩城に抱きついて、思いっきり唇を押しつけた。
必要以上に口内を舐る香藤を岩城は肘で押し返し、
「こら、靴ぐらい脱がせろ」
と香藤の額を軽く小突いた。
いつもなら「へへっ」と笑い、リビングへと岩城の後をついて行く香藤なのであったが、その顔は少しむくれていた。香藤自身もあまり意識したものではなく、岩城も背を向けていたので何事もなくその場は過ぎた。
リビングに入ってきた岩城は部屋に漂っている匂いに、鼻をクンとさせ
「いい匂いだな。なんに挑戦したんだ?」
と、微笑みながらキッチンに足を運んだ。香藤はナベをのぞき込もうとする岩城を、後ろから抱き込み、肩に頭を乗せて
「今日はね、ビーフストロガノフ!時間ないからソースは缶詰だけどね。美味しいのスタッフの人から教えてもらった。あとはポテトサラダ。お店に行ったら、なんか『インカのめざめ』とかって面白い名前のじゃがいもがあってね、美味しいんだって。隣で買い物していた主婦の人が教えてくれた」
そう説明した香藤は肩に乗せた頭をぐりぐりとさせ、岩城の腹の前で組んでいた腕に力を入れた。
そんな香藤に岩城は苦笑して、腹の前で組まれている腕をポンポンと叩いた。
「そうか、面白い名前だな、それでな香藤、すまないんだが今、あんまり腹が減ってないんだ。昼食が押して3時くらいだったから・・。少し夕食遅くできるか? お前は腹が減ってるなら先に食べてもいいから・・。」
そう言って香藤の腕をさすった。
「岩城さんと一緒に食べたいから、俺も後でいい」
さすられている腕に少しだけ力を入れて
「じゃ、お風呂一緒に入ろ?まだ明るいけどいいよね?」
と、香藤の出した案に、岩城は「うーん」と顎を上に向かせて、少し考えると
「今日新しい台本を貰ったから一度目を通しておきたいな。風呂はその後で一緒に入ろう」と返し、「着替えてくる」と香藤の腕からするりと抜けていき、2階へと上がっていきそのまましばらくリビングには降りてこなかった。
いつも通りのやりとりと、少し時間に余裕のある2人の夜だった。


――香籐の思った以上のテンションの低さと落ち込みと、回復力の低下以外は――


8時を過ぎた頃、香藤が岩城を「食事にする?」と声を掛けてきた。
岩城は「わかった」と返事はしたものの、腰の上がる気配はなかった。
台本に軽く目を通すつもりだったが、読み始めると、ついつい深読みを始めてしまった。
2度目に香藤が来て、「用意始めちゃっていい?」と聞いてきた。
岩城は「俺も手伝うから、ちょっとまっててくれ」と返すもまたまた腰が上がらず、
香藤は香藤でいつもなら「早く食べよーよー」と言いながら、ここいらで本を読む岩城に邪魔をしかけるのだが、その気配がない。そして、いきなり


「もうっ いいよ!!」


と、頭上から香藤の怒鳴り声が聞こえてきた。
そして「えっ?」と顔を上げたものの見えたのは、香藤の裸足の足と勢いよく閉まったドアだった。
そして聞こえたのが隣の香藤の部屋のドアが閉まる「バンッ!」という音だった。
一瞬なにが起こったのかわからなかった岩城だが、静かに本を閉じ、状況を把握しようとした。
今日の香籐は何か変だったか?自分は香藤に対して何かしただろうか?・・・と。
とりあえず、香藤は自分の部屋にいる。
と、ゆーことは岩城に対して怒っているんじゃない(岩城に対して怒る場合は、もっと遠くに駆け出していくはずだ 『実証済』)
自分が香藤にしでかしたのは『夕飯を遅くしてくれ』『風呂は後で』『二度ほど呼びにこさせた』である。
いつもなら香藤のキャパなら何でもない事だ。岩城は左手を口元に当てて唇を揉み込むようにしばらく考え、ふふっと楽しそうに笑いをこぼした。
そして、やれやれというように自分の両膝をポンっと叩くと立ち上がり香藤の部屋へと向かった。


ドアを静かに開けると、香藤がドアに背を向け床に横になって寝そべり、少し丸くなって両膝を折り、膝の間に両手をつっこんでいた。
岩城は香藤の前に回り込み、同じように床に寝そべり、片手でやさしく香藤の髪を梳いた。
そして香藤の瞳の中に自分が写りこんでいるのを見ながら、「ん?」と小首を傾げた。
口を尖らせ、頬を少し赤くして、でも目は少し泣きそうで、そんな香藤がぼそっと呟きだした。
「今日、占いペケだった」
「そうか」
「失敗ばっかするって言ってて、本当に今日はツイてなかった」
「そうか」
「足痛かったし、カップ割れるし、仕事遅刻しちゃうし・・・」
「そうか」
「甘えて心を癒しましょうって言ってたから、岩城さんに甘えようと思って・・・」
「思って?」
「なのに、岩城さん一緒にお風呂入ってくんなかった」
「後でって言っただろ?」
「スタスタ、二階に行っちゃうし」
「リビングで読めばよかったな」
「呼んでも来てくんないし」
「それは、悪かったな」
「切り替え効かないし、落ち込むの止まんないし」

「う〜〜〜っ」と香藤がよけいに口を尖らせた。
岩城はそんな香藤が可愛くてしかたなかった。
いい大人の男が占いぐらいでヘコんで、床で寝そべって拗ねている。
他人が絶対見る事の出来ない痴態。
香藤という男が己のプライドにかけて絶対に見せない姿。
それを惜しみなく見せつけられて、尚かつ「どうにかしろ」と甘えられる。
岩城は自分の頬が緩むのを隠せそうになかった。
「香藤」と声を掛けて、ぐっと片手を香藤の首の下に差し込んで、上になっていた香藤の腕を引っ張って、床に自身のスライドさせて、香藤の身体を自身の上に乗せた。
胸の上に乗っかった香藤の頭を両腕で包み込んで、立てた自分の両膝で、香藤の腰をしっかりと挟み込んだ。
そして香藤の耳に自分の心拍音が聞こえるようにと、ぎゅっと抱きしめた。
そして、やさしく、やさしく囁いた。


「痛いの、痛いの、飛んでけ・・・」


                      





                       お目汚しですが、いい年してチャレンジしてみました・・・。
                                 2008・3 hoshi





hoshiさんの初投稿作品ですv
そして皆さんお気づきでしょうか? なんと最後の岩城さんのお言葉・・・・
連載の部分にも出てきていますv
これをhoshiさんからいただいたのが3月だったので、その後の連載を見て
2人で驚いたものですv 素敵な偶然ですよね(*^_^*)。
香藤くん、占いがあまり良くなくてプラス、本当についてなくて・・・
でもそれを分かってくれた岩城さんの言動に励まされ、癒されたのでしょうね。
香藤くん・・・可愛いv らぶ・・・v

hoshiさん、素敵なお話ありがとうございます。
PCトラブルのために掲載が遅れてしまい申し訳ございません;;