甘い果実
カーテンの隙間から差し込む光が目に入ったのか、眩しさに目が覚めた。
朝というには遅い時間だろうか、がっちりと抱きこまれているせいで、身動ぎも儘ならず、時計が見えない。…まあ、いいか、どうせ今日は二人ともオフだ。
眩しさを遮るように温かい胸に顔を埋めて、目を閉じる。頬に響く力強い鼓動。
俺より少し高い体温と、仄かに立ち上る体臭。それに混じるのは、GIGOLOのラストノート―もう、こいつの体臭とかわらない匂い。自分に似合うとは思わないが、こうやってこの香りに包まれていると安心する。もちろん、それだけではないが。
あ、いかん、昨夜…いや、朝方までか、思い出してしまった。
久しぶりに揃ってのオフとあって、昨夜は二人とも遅い帰宅だったのだが、そんなことはお構いなしで、顔を見るなりベッドにもつれ込んで、獣のように愛し合った。互いに放すまいと抱きあい、幾度も高みへと駆け上った。極めた回数も判らないほど、いつ意識をなくしたのかも覚えていない。
何とかモノは抜けているようだが、後始末もしていない。まあ、いい、風呂の支度はこいつにさせよう。…それ以上は勘弁願いたい。これ以上犯られたら、明日の仕事に響きそうだ。
『石鹸の香りもいいけど、岩城さんの香りがいいんだよね。』
『本当、岩城さんて花のようにいい匂いがするし、甘いんだよ。』
五つも年上の、いい年をした男を捕まえて、何を言っているのやら。
俺に言わせれば、太陽のようなこいつのほうが暖かい、いい匂いがする。官能的なGIGOLOの香りだが、下品にならないのは、こいつの根っこが健全だからなのだろう。抱かれているときの可愛らしさも、陽だまりで風にそよぐ花のようだし、汗だって涙だって甘く感じる、―もちろん、アレも。末期だな。
でも、そういうなら、こいつだって甘いんじゃないか。でも、どういう甘さだろう?こいつは、俺のことを、どういう甘さだと思っているんだろう。
砂糖や蜜のような直接的な甘さではないと思う。ケーキや洋菓子系でもないと思う。
家がそういう家庭だったからかもしれないが、子供の頃にケーキを食べるということはあまりなかった。せいぜい誕生日とクリスマス。おやつも駄菓子やジャンクフードの類は一切与えられなかった。
その代り、稽古事のせいもあって、和菓子は良く食べたな。剣道弓道、お茶お花、日本舞踊に琴三味線―着物は自分で着られるので、和服の役も違和感はない。流石に時代劇はまた、心構えが違うけれど。
そういえば「冬の蝉」の時、京都ではよく餡蜜や葛きりを食べた。言ったことはなかったから、俺は甘いもの全般が苦手なんだと思っていたらしいこいつは、驚いていたっけ。その後しばらくは、あんこ作りに凝っていて、よくお汁粉やぜんざいを作ってくれた。
でも、そういう甘さでも、ないよな。
後は…じゃあ、果物。…といっても、色々だよな、なんだろう?
苺、ではないか、むしろ日菜だな、愛らしくて。
洋介君は、メロン、夏の日差しと、大切に育てられている感じ、スイカほど野放図ではないあたりが。
こいつは…うーん、イメージとしては、濃厚な味わいと滋養がありそうなところが…バナナ?精がつきそうなところがぴったり…て、これ以上元気にしてどうする!それに、バナナ、といえば…、想像しかけてはっとする。頬が熱い、多分、赤くなっているだろう。
「…くすっ。」
「なっ!起きてたのかっ?」
いきなり耳元で吹きだされて、飛び上がるほど驚いた。
「…だって岩城さん、一人で百面相してるんだもん。何考えてたの?」
「…っ、そ・れは…だな。」
「うん、何?」
どうしよう、聞いてみたい気がする。
「ねえ、何?」
「その…、」
「うん。」
「その…、よく、お前、言う・だろう。俺が…甘いって。」
「だって岩城さん、甘いじゃん。」
「だから!どういう甘さなのかって!」
「それって…岩城さんが俺に甘いってことじゃなくて、俺が岩城さんのことをどんな甘さだと思っているかってこと?」
「そうだ!」
至近距離だというのについ声が大きくなってしまうのは、恥ずかしいからだ。
「うーん。砂糖とかじゃないんだ。ケーキとか、お菓子系でもなくて…果物、かなあ。」
そこまでは、一緒か。
「…果物にも、色々あるだろう。」
「そうだなあ…桃?うん、桃だ!」
「桃?」
「そう!桃。甘くて、瑞々しくて、汁たっぷりで、つるんとしてて、すべすべで…。」
桃か…桃、桃?桃だと!こいつはーっ!
「痛いっ!痛いよ岩城さん!何で打つのさ!痛い、痛いってば!」
「煩い煩い煩ーい!」
ちゃんちゃん
砂沙
2008.3.6脱稿
ごめんなさい、ごめんなさい。
初春抱きがこんなだなんて。
先日の休みにバナナを食べていて思いついたネタです。
ちょっとご立派なバナナでした。
想像力豊かな岩城さんを目指したつもりですが、妄想力がついてしまったようです。
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