想愛(そうあい)

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あの日、香藤の病院へ訪れて以来メールのやり取りは続いた。
見舞いに何度か行こうかと思ったのだが、香藤がそれを強く止めた。
組の者の出入りが激しくなったため、岩城さんに余計な負担を掛けたくないと、香藤は頑なに見舞いを拒んだ。
本当は、自分が来て欲しくないのかと何度も思ったのだが、香藤がよこすメールにその事を払拭する様な内容のものばかりだった。
1週間後に香藤は、病院を退院した。
自宅療養と言う名目で、無理やりに退院をしたらしい。
その後、香藤と会う機会はドンドンと減って行った。
退院後、何度か酒を飲み交わしたが、その時はまるで重症を負って入院していたような風貌を見せなかった。
しかし、3ヶ月としない内にプライベートで会う事がなくなった。
2人共、忙しくなりメールのやり取りはあるのだが、会う時間がなくなってしまっていた。
人間とは不思議な生き物で、自分の感情を理解し無理に押し込めようとすると、反発するようにそれ以上の気持ちが吹き出てくる。
恋愛感情を持ってはいけない……。
アイツを愛してはいけない……。
想えば想うほど、あいつへの感情は大きくなっていた。
それは、自分でも抑えきれないほどあふれ出ていた。
その想いを隠すために、その想い抑えるために何人もの違う女を抱いた。
しかし、いくら抱いてもアイツの顔をアイツの言葉を想いだしてしまう。

何度か飲みに行った帰り、アイツが俺に言った言葉…。
『俺、やっぱり岩城さんの事好きだな。もちろん恋愛感情って意味でね』
無言だった俺に、それでもアイツは言葉を続けた。
『迷惑かもしれないけど、だけどこれだけは許してください』
『俺が貴方を愛する事だけは許してください。俺が貴方を愛するこの気持ちだけは許してください』
頭を深く下げたアイツにただ苦笑だけを漏らした事だけを覚えてる。
ストレートにぶつかって来るアイツに、自分の気持ちを引きずり出されそうで言葉に出来なかった。
多分、あの時口を開いていたのなら、自分の気持ちをさらけ出していたのに決まっている。
それを避けるために、口を開かなかった。

タイミングが良いのか悪いのかはわからないが、あの日以来俺もアイツも忙しくなって会う機会がなくなっていた。
会いたいと想う気持ちと、会ってはいけないという気持ちがぶつかり合い、日々イライラとしていた。
そのイライラを隠すために、忘れるために俺は仕事に没頭した。
気が付けば、アイツと会わなくなって既に半年が過ぎていた。
何度か会いたいとのメールがあったが、忙しいからと断り続けた。
会ってしまうと、気持ちを抑えられ自信がなかった。
何度か断りのメールをすると、それからアイツは会いたいと言わなくなった。
いや、言えなくなってしまったのかも知れない。
会いたいが誘うと断られると思い、言えなくなってしまったに違いない。
なぜか、悪い気がして今まで自分が避けていたのにもかかわらず、飲みに誘ってしまった。
返信は直ぐに返って来た。
俺は、時間と日時を指定して携帯を閉じた。
会える喜びに、我知らず顔が綻んでいた。
そして、顔だけではなく心までもが温かみを取り戻していた。



約束の日、いつものバーで待ち合わせをした。
待ち合わせ時間の1時間以上も前についてしまった、自分に苦笑しながらもゆっくりと店の扉を開いた。
マスターに軽く頭を下げ、いつもの席に脚を向けた。
しかし、既にそこには香藤の姿があった。
居る事に驚きの表情を見せると、香藤はゆっくりと立ち上がり、自分に席を勧めた。
「どうしたんだ?時間よりかなり速いだろう?」
「うん。なんか居ても経ってもいられなくてさ。それだったら、ここでゆっくりと岩城さんを待とうと思ってね」
「そうか。俺も、仕事が速く終わってな」
「そうなんだ。良かった。じゃぁ、お疲れ様の乾杯でもしようよ」
「ああ。そうだな」
用意されたグラスに、なれた手つきでワインを入れ俺の前に置き。
自分のグラスを目線の高さまで上げた。
「お疲れ様。岩城さん。乾杯」
「ああ。乾杯」
チンッ
二つのグラスが小さな音を奏でた。
芳醇な味わいのワイン。俺好みの味だ。
話す事と言えば、最近の出来事ばかり。
それは組の事や、仕事の話ではなくプライベートな事ばかりを話あった。
どうでもいい事や、些細な事ばかりを話続けた。
これは、退院後二人で飲んだ時の約束だった。
組に関係する話は、やはり自分達を縛りつけてしまうからっと…。
時々は出てしまうが、それは舎弟の誰かの失敗や笑い話ばかりだった。
気が付けば二人とも相当の量のお酒を飲んでいた。
時間的に、店もそろそろ閉店の時間だった。
「ね。岩城さん」
「なんだ?」
「もし岩城さんが嫌じゃなかったら、これから俺の家で飲み直さない?」
「えっ?」
「岩城さんが嫌じゃなかったらでいいよ。それに俺、岩城さんが良いって言わない限り手は出さないしね」
「……」
「って、い…やだよね。ごめんね」
香藤はグラスに残っていたワインを一気に飲み干すと、その勢いで立ち上がりマスターに声を掛けた。
慌てて自分のグラスに残っていたワインを飲み干し、香藤の後を追うように立ち上がった。
クロークに預けていたコートを受け取り、会計を済ませた香藤の後を追った。
外は少し肌寒かったが、お酒の入った頬には心地よかった。
少し汚れた都会の空気を肺一杯吸い込み、道路の手前に香藤の姿を見つけ、小走りに駆け寄った。
「いくらだったんだ?今回は俺が払うって言っただろう?」
「良いの。今日は気分がいいんだ。久々に岩城さんに会えたしね。それに前回も岩城さん払ったから。今回は俺が払うって言ったでしょ?」
「だが…。」
「いいの。奢られて下さい」
ふざけた口調で、頭を下げた香藤の頭を軽く小突き、小さな笑い声を上げた。
「岩城さん。今日はタクシーで帰るの?それとも、迎えの車でも呼ぶ?」
「いや。今日はタクシーで帰ろうと思ってたんだが」
「そっか。じゃぁ、もう少し大きな通りに出よう。ここじゃぁ、タクシー捕まえ難いしね」
「そうだな。お前はどうするんだ?」
「俺?ん〜…。少し歩いて行こうかと思ってね」
「そうか」
たった、数百メールの距離をいつも以上にゆっくりとした歩調で歩み出した。
「岩城さん。明日も仕事なの?」
「いや。明日は、休みなんだ。今日幾ら飲んでもいいようにな」
「そうなんだ」
「ああ。前の時に次の日仕事でえらい目にあったからな」
クスクスと笑いながら、『あの時ね』と笑う香藤。
あの時から変わらないその笑顔に、無性に心が熱くなった。
まだ、離れたくないと言う衝動に駆られてしまった。
「なぁ香藤。さっきの話なんだが…」
「ん?」
「飲みな直そうって話なんだが、お前の家ココから遠いのか?」
「えっ?」
「もし、良かったら飲み直さないか?久しぶりだし。まだ飲みたい気分なんだ」
「本当?じゃぁ、俺の家行こう!」
少し興奮気味に俺の手を握り、コッチと俺を引っ張って歩きだした。
途中のコンビニで、ビールなどを買い込み両手に荷物をぶら下げマンションへと向かった。




    
kreuz




kreuzさんの連載作品、4回目となります。
2人の距離が少しずつ少しずつ近づいているような・・・
そして香藤のマンションへ・・・・ドキドキです!
果たして・・・・?
kreuzさん、素敵な作品ありがとうございますv