想愛(そうあい) 3 昨日来たばかりの病院の玄関で岩城は佇んでいた。 勢いでマンションを出たのはいいのだが、いざ病院へ着くと会って良いものかと考え込んでしまった。 しばらく病院の前でウロウロしていると後ろから聞き覚えのある声が掛かった。 「あの、岩城さんですよね?」 振り返ると昨日、香藤の車を運転していた佐伯が立っていた。 「ああ。すまない香藤の容態が気になってな…」 「そうでしたか。今日の朝方個室の方に移りました。絶対安静ですが回復に向かっているそうです」 「そうか。良かった…」 「あの、良ければ会っていかれませんか?」 「えっ?だが…」 「と言うか、若頭から岩城さんを見かけたら連れて来てくれって言われてまして…」 ここで、断ったらこいつが香藤に何か言われるかもな…。 「そうだな。俺が会っていいのなら…」 「はい。では案内しますので」 佐伯の後ろを着いて病院内に入るとそのままエレベーターに乗り込み。7階の個室へと案内された。 「こちらになります。自分はこれで失礼します」 「あの…」 「すいません。自分これから少し用事がありまして…」 「ああ」 直角に頭をさげ、小走りにエレベーターへ向かう後ろ姿を見送り、再び扉に目を向ける。 案内されてしまったが、この扉を開けるのは少し躊躇ってしまう…。 一体どんな顔でアイツと会えばいいのか…。 何を言えば良いのか…。 考えはグルグルと頭の中を駆け巡った…。 しかし、その考えを止めたのはいきなり開かれた扉によってだった。 「あっ、やっぱり岩城さんだ」 絶対安静のはずの香藤はなぜか、自分の目の前の扉を開いたのか…。 その行動にびっくりして固まってしまった。 「どうかした?って言うかそんな所に立ってないで、中に入ってよ」 「しかし…」 「って言うか、中に入ってくれないと困るんだよね。立ってるのもちょっと辛いし…」 その言葉に慌てて中に入り、立っていた香藤に手を貸した。 「ありがとう」 ゆっくりと、香藤をベットまで連れて行きそのまま寝かしつけた。 「お前絶対安静なのに、歩いても大丈夫なのか?」 「大丈夫…ではないけど、岩城さんの気配がずっと扉の外にあるのに何でか入って来ないからさ…。心配になっちゃって」 「気配って…。俺を心配するより、お前自信の怪我を心配するべきじゃないのか?」 「あははっ。そうなんだけどね…。でも、岩城さんに会いたかったのは事実だし」 少し歩いただけでも辛そうな顔の香藤に、自分がさっさと中に入らなかった事を後悔していた。 香藤はベットの横にあった椅子を勧めるた。 小さく頷き、その椅子に座った。 「それより、昨日は驚いたな。いきなりお前が現れたんだから」 「あははっ。本当はもっとカッコ良く登場する予定だったんだけどね」 「登場ってお前な…。それより、お前がまさか香藤組の若頭だったとはな…」 「うん…。ごめんなさい」 「なぜ謝るんだ?」 「2年前…。俺は何も言わずに岩城さんの前から姿を消しちゃったから…」 「まぁ、仕方ないんじゃないか?香藤組の若頭なんだし…」 その言葉に香藤は少し悲しそうに笑った。 「そう…だよね…。今更何言っても言い訳にしか聞こえないよね…」 強く握られた拳が少し痛々しかった。 「………」 「………」 沈黙が痛く感じられて、何か話題をと思うものの何か言えば香藤を傷つけてしまいそうで、押し黙ってしまった。 「そう言えば岩城さん。メールありがとうね。俺嬉しかったよ」 「ああ。そう言えばヤケに返信が速かったな」 「うん。ちょうど、岩城さんにメールしようと思ってた所でさ」 「そうだったのか。と言うか病院では携帯は使っちゃいけないだろう」 「ここの個室は使っていいんだって」 「本当か?」 「あああぁ。岩城さん信じてないでしょ?本当だよ?」 「しかし病院だしな…」 「この階は、個室しかないから個室の中なら携帯使っていいんだってさ。本当だよ?」 「そうなのか」 「うん。でも、本当に嬉しかった…」 「メールがそんなに嬉しかったのか?」 「メールも、もちろん嬉しかったけど…。岩城さんが会いに来てくれた事がすっ ごく嬉しい」 「香藤…」 「俺ね岩城さん。この2年間ずっと岩城さんの事忘れた事ないんだよ」 「………」 「本当は直ぐにでも岩城さんに会いに行きたかった…。だけど、行けなかった…」 「どうしてだ?」 「だって、会いに行って二度と会いたくないって言われたら、きっと俺…」 「香藤…」 「だからさ、怖くて会いに行けなかった。会いたい気持ちを無理やり押し込めて、自分が傷付く事を避けてたんだと思う」 そんな言葉、聞けるとは思っていなかった。 あの頃のこいつは、どこか人懐っこいけれど決して心を全部は見せなかった。 無理に大人ぶろうとしてるが、言ってる事ややってる事が子供っぽい奴だった。 それなのに、たった2年…。 こいつを、ここまで成長させて大人にさせた2年。 この2年と言う月日が、とてつもなく悔しかった。 俺がこいつの成長を見守る事が出来なった2年の空白。 この目で見てみたかった。 こいつが、『男』に成長する過程を。 その瞬間、自分の気持ちに気が付いた。 しかし、その気持ちは受け入れてはいけない。 いや、絶対に受け入れてはいけない。 俺は岩城組の若頭で、こいつは香藤組の若頭。 同じ世界で同じ場所にはいるが、決して交わる事のない場所。 それが、岩城の気持ちに大きなブレーキを掛けて押しこめていた。 「・・さん。岩城さん?」 「ん・・。あぁ。すまない」 「どうかしたの?」 「いや。最近少し忙しくてな、少し疲れてるみたいだ」 「そうなんだ。あんまり無理しないでね」 「ああ。今日はそろそろ失礼する」 「うん。わかった。またメールするね」 「ああ」 じゃぁ。と病室を出て行った。 そんな、後ろ姿に手を振り笑顔で見送った香藤。 岩城の気配がなくなるまで、手を振り続けた。 小さなため息と共に、手を下ろし貼り付けた笑顔も一瞬にして脱ぎ去った。 後に残る、大きな苦痛の色と噴出す汗にそのまま倒れる様にベットに横になった。 個室に移ったからと言って、怪我が良くなったわけではない。 峠は越したものの、動ける状態ではなく起きているのでさえやっとの状態だった。 その上、岩城を迎える為に扉まで歩いたのだから予想以上に、身体が悲鳴を上げていた。 岩城の手前自分は大丈夫だと言う事を見せ付けたかったのである。 この行動は、岩城に対してのかっこつけ以外の何者でもない。弱った姿を見せたくない。 岩城さんには少しでも、自分が成長した姿を見せたい。 そんな無理をしたために、香藤の身体は必要以上の悲鳴を上げていた。 枕元にあった、ナースコールを押すと直ぐに駆けつけた看護士に鎮痛剤を頼み、そのまま苦痛の中で瞳を閉じた。 2年前と変わらない、岩城の美貌…。 いや、2年前以上に綺麗になった岩城の美貌に自制心を総動員して、どうにか堪えた欲望。 そして、2年前以上に岩城が好きと言う気持ちを抑える事が出来るか香藤は不安の中、闇へと意識を沈めた。 kreuz |
kreuzさんの連載作品、3回目となります。
こちらも掲載が遅れて申し訳ないです;;
香藤くんの頑張りが痛々しくて・・・切ないです
どうか2人に穏やかなときが訪れますように・・・・
kreuzさん、素敵な作品、ありがとうございますv