想愛(そうあい)

2


あれから2年の月日が流れた。
あの日以来、俺は極力香藤の事を考える事を辞めた。
いや……。本当は意識してないとあの日の事を思い出してしまうため、俺は今まで以上に仕事に勤しんだ。
忙しくしていれば、香藤の事を考えないで済む。
そうしてないと、全てをかなぐり捨ててでも香藤を探しに行ってしまうと言う自覚があったのだ。
しかし、フッとした瞬間に香藤の事を無意識に考えている自分がいた。
寝る一瞬の瞬間…。休憩を入れた時…。一人になった時…。
2年と言う月日が流れても、俺の中から『香藤洋二』と言う存在が消える事はなかった。
「・・ら。若頭。」
「ああ。済まない。なんだ?」
「お疲れですか?」
「いや。少し考え事をしていた。大丈夫だ。それよりこれからの予定は?」
「はい。午後一番から会議です。本日18時より親睦会になります」
「親睦会か…。今日はどこの組だ?」
「今日は、菊池組と香藤組になります」
「そうか。社に着いたら起こしてくれ。少し眠る」
「わかりました。」
背もたれにゆっくりと、身体を預け目を瞑る。
親睦会と言う名の、腹の探り合い…。
表立っては言わないが、少しでも他の組の状況が知りたいと言うそれぞれの組長の意見を取り入れ総代が決めた『親睦会』…。
神経を張って、少しでも自分達の有利に立とうと相手の言葉を慎重に聞き取る。
内容は普通の会話でも、その端々に見え隠れする心情を引き出さなければならない。
親睦会には組の若頭が行く事になっているため、岩城にとってはとても疲れる仕事であった。


18時より前に、岩城は指定された和食の店に入っていた。
落ち着いた雰囲気の和室に通された。
大きなテープルに向かい合うように、座席が用意されていた。
その内の一つに、座り大きなため息をついた。
これから行われる、親睦会の様子を想像しただけで既にうんざりしていた。
岩城から少し遅れて、菊池組の若頭が入ってきた。
「おお。速いな岩城組の」
「いえ。仕事が速く終わってしまいまして。少し速く着いてしまいました」
「そうか…。香藤組の若頭はまだ来てないんだな」
「はい。俺が一番先に来ていたので」
「そうか。」
そう言うと、岩城と向かいへと腰を下ろした。
当たり障りない会話をして、香藤組を待ったが約束の時間になっても現れず2人して少し怒りを含んだ瞳で口を開いた。
「香藤の新しい若頭は、ずいぶんと時間にルーズらしいな」
「そうですね。それとも私達が舐められているのでしょうかね」
「はははっ。そいつはいけねぇな。少し言ってやらんと…。」
しかし、その会話を切るように女将が慌てて、和室へと現れた。
「申し訳ありません。香藤組の若頭様なのですが、どうも今病院に居るらしくこれから、急いでこちらに向かうとの事ですので、先に初めて居てくださいとの事です」
「今になっての連絡か。約束の時間より30分もオーバーしいるじゃねぇか…。俺達も舐められたもんだな。岩城の」
「そうですね。まぁ苦しい言い訳ですね」
その言葉に、女将が大きく頭をついた。
「申し訳ありません。それが、その連絡が来たのが17時45分頃でして、最近入った内の者がお伝えし忘れていたらしく…」
「そうか。わかった。今回は、女将の顔を立てて何も言わないが、次はないと思え」
「はい。大変申し訳ありませんでした。直ぐに料理をお持ちいたします」
菊池は女将に一瞥し、そのまま下がらせた。
「まぁ、早くに連絡を入れていた事は感心だな」
「そうですね。この時間帯だと渋滞に嵌っている可能性もありますしね」
「ああ。そうだな」
料理と酒が運ばれ、開始から1時間して香藤組の若頭が現れた。
ゆっくりと開かれた襖から、頭を下げた状態の若頭が現れた。
「大変申し訳ありません。大切な親睦会に1時間もの遅刻をしてしまいました」
懐かしく聞きなれた声に、岩城は大きく瞳を開いた。
この2年間決して忘れる事のなかった声…。
「いやいや、気にするな。それより頭を上げてこちらに座って、ゆっくりと話そうじゃないか」
「はい。失礼します」
上げられた顔は、やはりあの『香藤洋二』だった。
菊池によって進められた香藤は、静かに室内に入ると岩城の横の席へと腰を下ろした。
「お初にお目にかかります。若頭の香藤洋二でございます。若輩者ではございますが、ご指導後ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「ああ。そうか。香藤組は最近若頭が代わったんだったな。確か現組長の息子と聞いているが…」
「はい。現組長は父に、前組長は祖父に当たります」
「そうだったな。まずは挨拶に…」
菊池が差し出したビールに、目の前のグラスを差し出した。
そのまま、いっきに飲みそのままグラスを置き今度は菊池に注ぎ、そしてそのまま岩城にも注ごうとビンを傾けた。
岩城は慌ててグラスをさしだし、そのまま飲み干した。
「そう言えば、病院から連絡をよこしたらしいが、どうかしたのか?」
「関西の方の組の鉄砲玉に…」
「ああ。渡組か…。で怪我でもしたのか?」
「部下が庇ってくれたのですが、運悪く流れ弾を食らってしまいまして」
「そうか。で大丈夫なのか?」
「はい。掠り傷ですので」
狙われるまでに、俺が一目置かれ始めたのでしょうかね?笑顔で返す香藤の横顔を、ただ漠然と見続けた。
「どうした?岩城」
「いっ…いえ」
岩城はただ混乱の中に居た。
ずっと会いたかった人物が目の前に居る。
だが、それは違う組の人間として…。
混乱する頭をどうにか機能させ、終わるまでは自分の感情を乱す事無くやり過ごした。

「今日は楽しかった。またな」
「はい。お疲れ様でした」
菊池を見送り、冷静になりたくてさっさと自分も帰ろうと振り向いた。
「じゃぁ、俺も先に失礼する」
「はい。今日はありがとうございました」
迎の車に乗り込み、頭を下げる香藤をなるべく見ないようにと俯き大きなため息をついた。
「どうかしましたか?若頭」
「いや。なんでもない」
まさか香藤に会うなんて……。
「そう言えば、組長が終わったら電話をよこしてくれとの事です」
「わかった」
懐に手を入れた瞬間、自分が携帯を忘れてきてしまった事に気がつき店まで車を引きかえらせた。
女将に事情を話し、先ほどまで居た和室に入るとテーブルの上にあった携帯を掴みあげた。
さっさと帰りたい。
その一身で足早に廊下を歩き、そのままの勢いで店を出た。
しかし自分の車に乗る前に、壁に身体を凭れ掛けた顔色の悪い香藤を発見してしまった。
慌てて駆け寄ると、その音に反応したように香藤は壁から離れ背筋をピンッと伸ばした。
「大丈夫か?なにか顔色が悪いように見えるのだが…」
「いえ。少し飲みすぎてしまったようで…大丈夫です。もう直ぐ迎の車が来るので」
「飲みすぎた?お前がか?」
どこか皮肉めいた岩城の言葉に、香藤は苦笑いを浮かべた。
「本当に大丈夫か?」
岩城が肩に触れると、香藤は眉を潜め奥歯を噛み締めたのがわかった。
「おい。お前…」
「弾が掠ったのが…ちょうど肩でしたので、それで…」
言葉も少しかすれ、小さく浅く呼吸を繰り返した香藤の額には薄っすらと汗が浮かんでいた。
口を開こうとした瞬間、少し先に車が止まり慌てたように運転席から一人の男が走りよってきた。
「大丈夫ですか!若頭!!」
「ああ」
岩城に頭を下げて、ゆっくりと車へと向かう香藤の後姿。
少し足を引きずるように歩きだした香藤が、車まで後数歩と言う所でいきなり膝を地面に着いた。
慌てて駆け寄り、肩を支えると香藤の身体が以上に熱いと言う事がわかった。
「お前熱が…」
「大丈夫です」
蒼白な顔をした香藤が、無理やりに笑顔を作っているのが傍から見てもわかるほどに香藤の顔色は悪かった。
「どこが大丈夫なんだ!!そんな顔色で!」
ついつい怒鳴ってしまった自分に、小さくため息をつきそのまま香藤の車まで身体を支えた。
「迷惑かけて、本当に申し訳ありません」
「本当に大丈夫か?病院に行った方がいいぞ?」
「はい。一応組みに戻って、報告が済んだら病院に行きます」
「何言ってるんですか!!そんなの後にして、今すぐにでも病院に行きましょうよ!若頭!そんな身体で…」
「佐伯!!」
いきなりの怒鳴り声に、そばに居た岩城までも驚いた。
「そんな身体?言ったいどういう事だ香藤」
「いえ。本当に…」
あくまでも頑なに、何かを隠そうとしている香藤に少し腹を立て、岩城は無言で携帯を取り出した。
「ああ。俺だ。香藤の若頭とこれから飲みに行く事になってな。今日はもう上が
って言いぞ。組長には明日連絡すると言っておいてくれ」
会話にギョッと岩城を見上げた香藤を無視して、そのまま自分も香藤の横へと乗り込み、車を出させた。
「大丈夫なんだろう。だったら飲みに行こうじゃないか。久々の再開だしな…」
岩城の言葉に諦めた様に、ため息とつくと佐伯と呼ばれた舎弟にそのまま病院へ向かえと命じた。
岩城が乗っているのに良いのでしょうかと言う伺いの目線にただ黙って、頷くき深々と車のシートに身体を預けた。
「岩城さん。この事は内緒にして下さい」
「わかってる。今この瞬間から、俺は京介だ。昔の友が心配で着いてきた一人の男だ」
小さな声で『ありがとう』と微笑んだ香藤はその言葉の後気を失うように眠りに着いた。
30分もしない内に、大きな病院の裏口へと横付けされた車に医師や看護婦が慌てて近づいてきた。
その慌しさに、香藤は薄く目を開け「すまない」と一言言い残し、気を失った。
ストレッチャーに乗せられた香藤は慌しく病院内へと運ばれた。
自分も後を追うと、車を降りようとした瞬間今まで香藤が座っていたシートが血だらけなのに気がついた。
「あの、車を止めに行きたいのです…あっ」
いつまでも降りようとしない、岩城に業を煮やして振り返った佐伯がシートが血だらけになっている事に小さな声を出した。
その声に、我に返った岩城は慌てて病院内へと走った。
先ほどの看護婦の1人を見つけ、香藤の居場所を聞き出しそのまま全力で香藤の後を追った。
教えられた先に、ICUと言う文字が書かれていた。
その前に置かれた長いすに、舎弟に混じって香藤に良く似た女の子が涙を流し続けていた。
「あ…あの。香藤は一体…」
後からやってきた、佐伯に事情の説明を求めた。
「若頭…。本当は絶対安静なんです。今日の夕方に鉄砲玉に撃たれて…」
「でも、さっきは掠っただけだって…」
「本当は撃たれてたんです。肩と腹と足を…」
「3箇所も撃たれたのか?なぜ、そんな状況で親睦会なんて来たんだ!」
「自分が行かなかったら、組に迷惑が掛かるって…。自分が撃たれたって事実が知れればその隙に狙ってくる組があるかもしれないからって…」
「そんな…」
それ以上言葉が出なかった。
いや、言葉を発した瞬間に自分が泣いてしまいそうな気がしたから岩城は口を開かなかった。
ただ、ずっとベットに横たわる香藤を見つめ続けた。

深夜2時頃、やっと香藤は目を覚ました。
そのまま、看護士に俺を呼んでくるようにと言い俺は、誰よりも先に香藤に会えた。
「ごめんなさい。岩城さん」
「いや。それよりなぜ、こんな状況で親睦会なんかに来たんだ?」
「組の事とか色々考えたって言うのもあるんだけど、一番の理由は岩城さんだよ」
「俺?」
「そう…。俺岩城さんに会いたかったんだ…」
「お…れに?」
「うん」
「どう…してだ?」
「俺、まだ岩城さんの事が好きだから…」
「そっ…「あのそろそろ、お時間ですので…」
俺の言葉を遮るように看護士が声を掛けてきた。
「また来る」
それだけを言うと、香藤に自分の名刺を渡しそのまま、逃げる様に病院を出た。
その後を、佐伯が追ってきて自分に香藤の名刺を渡された。
そこには、香藤の携帯番号とメールアドレスが書かれていた。
それを受け取り、そのままの勢いでタクシーを拾い乗り込んだ。
それからどれだけの時間が絶ったのかは判らないが、気がつけば岩城は自分のマンショへと帰りついていた。
そのまま、全ての考えから逃げる様にして眠りに着いた。

携帯の呼び出し音に起こされた岩城は、昨日の報告のために組長に会いに行き報告をした。
もちろん、香藤が病院に居る事は決して言わなかった。
それから、体調が悪いからと良いそのまま、3日の休みを貰うとまたマンションへと帰りついた。
起きてから香藤の事が頭から離れないでいる。
暑いシャワーを浴びゆっくりと湯船に浸かる…。
いつもなら、なにも考えなくても済むのにやはり香藤の事を考えている自分がいた。
『岩城さんに会いたかったんだ』
その言葉が起爆剤の様に、自分の中に何かが反応していた…。
2年前より、少し伸びた髪…。
2年前より、増した男臭さ…。
2年前と変わらない、あの笑顔…。
全てが岩城を混乱させた…。
会いたいと思っていた人物と思いもよらない所で出会ってしまった…。
嬉しいと思う反面、同業者としての隔たりが邪魔をしていた。
勢い良く浴槽から立ち上がり脱衣所で、バスローブを羽織る。
髪から滴る雫を、乱暴に払い携帯に手を伸ばす。
渡された名刺を取り出すと、メールを打ち込んだ。
病院なのだから、返事はいつ返って来るのかは判らない。
しかし、ジッとただ待つ事は自分には出来なかった。
『今日、報告に行ったが一切お前の事は言ってない。
 絶対安静なんだから、あまり無理をするなよ。
 動き回って他の奴に心配をさせるな。
 キチンと傷治せよ。 また連絡する』
たったそれだけの文章。
これを打つのに、1時間以上も掛けてしまった…。
メールが苦手とか言うわけでもないのだが、言いたい事が多すぎて上手くまとまらず打っては消してを繰り返し、気づけば1時間もの時間を要してしまったのである。
予想を反して、メールは直ぐに返信されてきた。
『心配掛けてごめんなさい。
 俺は大丈夫です。動き回ってもいないよ。
 今日個室に移ったんだけど、暇すぎて死にそうだよ。
 岩城さんも、あんまり無理して体調崩さないでね。
 暇になったらで良いから、また会いたいな…。
 ゆっくりと話しがしたい…。2人だけで…。』
岩城はソファーから立ち上がると、ラフな格好に着替えマンションを後にした。
『会いたいな…。』その文面が岩城を行動へと導いた。
俺も、お前に会いたい…。会って……。
岩城の愛車は香藤の病院へと向かっていた。


 kreuz
    




kreuzさんの連載作品、2回目です。
少し更新に間が開いたので、1回目を読まれてから・・・の方がいいかもしれません。
2年後のお話しですね。
物語は大きく動いていきそうです。

kreuzさん、掲載が遅れたこと、申し訳ございません。