箱根プチ旅行







10月下旬のある日の午後、香藤は愛車を駆って東名高速を走っていた。

ナビシートには岩城の姿があった。

今日の半オフと明日のオフを利用して温泉に行く事にしたのだ。

多少仕事が押しても無理なく行ける所ということで行き先は箱根に決めていた。

幸い仕事は予定通りに終わり、2時前には出発する事ができた。

爽やかな秋晴れに恵まれ絶好のドライブ日和だった。

「いい天気で気持ちいいね。」

「そうだな、晴れてよかった。」

「やっぱ俺達の日ごろの行いがいいからだよね。」

「それはどうかな。類は友を呼ぶってやつじゃないのか?」

「何それっ、どういうこと!?」

香藤が抗議の視線をチラッと向けると岩城は愛しい者を見る目でこちらを見ていた。

「おまえ自身が太陽みたいだから本物も惹かれて出てくるんじゃないかってな。」

「それって褒めてるの?」

「ああ、おかげでこんなにいい天気なんだからな。尤もお前と居られるなら俺はどんな天気でも構わないけどな。」

突然投下された爆弾のような殺し文句に香藤は真っ赤になった顔を岩城の方に向ける。

「こら、ちゃんと前見て運転しろ。」

「だって岩城さんが嬉しいこと言ってくれるから。」

「これからも言って欲しかったら安全運転しろ。」

「うん、分かった。」

香藤はステアリングをしっかり握り直す。

他人が聞いていたら胸焼けを起こしそうなイチャイチャの会話を交わす二人を乗せてBMWは箱根へとひた走った。





途中、小田原箱根道路を経て国道1号線へ降りる。

箱根に近づくにつれ山の木々の紅葉が鮮やかさを増していく。

「岩城さん綺麗だね。」

「本当だな。でもお前運転してるからゆっくり見れないだろう?帰りは俺が運転するよ。」

「ありがとう。でも明日ちゃんと運転させてあげられるかな。」

「どういうことだ?」

「あ、いや。へへへ〜なんでもないよ。」

岩城が分かってないのをいいことにそのまま流そうとした香藤だが次の瞬間小突かれていた。

「バカ。温泉ってのは疲れを癒しに行くところだろうが。そこで運転もできないほど疲れてどうする。」

「分かっちゃった?」

「お前のその緩みきった顔を見ればな。」

結局二人はイチャイチャの会話を交わし続け今夜の宿に着いたのだった。





二人が予約したのはホテルの別館だった。

元は明治時代に皇室の御用邸として建てられた由緒ある建物をそのまま利用していた。

数奇屋風書院造の純和風の建物で当時のまま残された美しい庭園に周りを囲まれ落ち着いた雰囲気を醸しだしていた。

客室は二間続きが3部屋のみで今日は二人のほかに客はおらず人目を気にせず寛ぐことができる。

客室係に案内されお風呂を覘いた香藤がはしゃぐ。

「岩城さん、総檜のお風呂だって。湯船も大きいから余裕で一緒に入れるよ。」

岩城は部屋で煎れて貰ったお茶を飲んでいた。

「香藤少し落ち着け。前にも言ったけどイメージってもんを考えろ。それに夕飯までに出かけるんだろ。ちゃんと身体を休めておけ。」

「は〜い。」

パタパタと小走りに戻って来た香藤は岩城の向かいに腰を下ろした。

客室係が辞去するとすぐに岩城の隣に移動してくる。

「岩城さん、お風呂一緒に入ってくれるよね。」

「ゆっくり入らせてくれるならな。」

岩城はお風呂ではHをしないとさりげなくけん制する。

「う〜、分かった。でも布団の中ではいいでしょ?」

香藤の直球なおねだりに岩城は目じりを僅かに染める。

「ああ。ただし明日運転しないといけないからあまり激しいのはお断りだからな。」

「分かった。優しくするからね。」

香藤が掠めるように唇を奪うと岩城の顔は真っ赤になった。





暫く休んで二人は再び車中の人となった。

20分ほど車を走らせ目的地の仙石原に着いた。

陽の傾きかかる時間帯ではあったがまだ多くの観光客の姿があった。

皆夕陽に染まるススキ野原を見ようと言うのであろう。

香藤たちも車を降り他の観光客たちから少し離れた所で美しい景色を眺める。

人もよりも背の高いススキが一面を覆い、陽の光を受けて金色に輝いていた。

それは一面に金色の絨毯を敷き詰めたように見えた。

秋の陽はつるべ落としで傾きかけた陽はオレンジから赤に色を変えながら見る間に稜線に近づいていく。

それに合わせて自然の金の絨毯も色を変えていった。

皆言葉もなく自然の織り成す光のショーに見入っていた。

二人は人目につかないよう陽が落ちきる前に車に戻る。

フロントシートではなくリアシートに並んで座り身体を寄せる。

もう暫くここに留まって今度は月明かりに照らされるススキ野原を見るつもりなのだ。

「岩城さん今夜は満月なんだよね。こんな絶好の日がオフと重なるなんて俺達やっぱり日ごろの行いがいいんだよ。」

「そうかもしれないな。しかし日が暮れるのが本当に早くなったな。まだ5時過ぎなのに。」

「そうだね。夜もかなり冷え込むようになったし。ここは山の中だからいっそう冷えるね。」

香藤は岩城の腰を抱き寄せいっそう身体を密着させる。

「ね、岩城さん身体があったまることしよっか?」

「いやだ。」

「優しくするから、それでもダメ?」

「いくら暗いからって周りにまだ人がいるし、それに汗を掻いたら余計に身体が冷えるからダメだ。」

香藤が周りを見回すとまだ数台の車が止まっていて人の姿も見える。

車が揺れれば覗きに来る人がいるかもしれないと香藤も諦めた。





陽が落ちてまもなく顔を出した月は昇るにつれ黄色から青白い色へとその光を変えていく。

二人は厚手の上着を着て外へ出た。

満月の光は辺りを明るく照らし出していた。

ススキもその光を受けて銀色がかった色に輝いていた。

遮る物のない草原に風が吹き始める。

「綺麗だね、岩城さん。ススキが揺れてまるで銀色の波みたいだ。」

「ああ、本当に綺麗だな。」

その幻想的な景色に暫し見惚れる。

「岩城さん、もっとそばまで行く?」

「いや、いい。今は俳優の顔は忘れていたいから。」

「そうだね。そのために宿も別館にしたんだもんね。」

香藤は月明かりに照らされたススキ野原を散策している人と顔を合わせたくないと言う岩城の気持ちを汲み取った。

宿を客室数の少ない別館にしたのも他の客と極力顔を合わせたくない岩城の希望だった。

当然の事だが岩城とイチャイチャしたい香藤に異論のあるはずはなかった。

風が少し強くなり上着を着ていても肌寒さを感じ始める。

「冷えてきたな。そろそろ戻るか?」

「そうだね。」





宿に戻り風呂で身体を温めてから夕食を運んでもらう。

テーブルいっぱいに豪華な会席料理が並べられた。

熱燗も頼みさしつさされつしながら食事をする。

美味しい料理にお酒もすすむ。

岩城も結構杯を重ね食事が終わるころには顔がほんのり赤くなっていた。

顔の熱りを冷まそうと少し窓を開けた縁側で椅子に座る岩城はなんとも色っぽい。

香藤は奥の部屋にちらりと目をやった。

そこにはすでに二組の布団が敷いてあった。

客室係が食事を下げに来た時に敷いていったのだ。

(今からじゃちょっと早いかなあ。それに岩城さんの酔いをもう少し醒ましてからでないと1回で意識飛ばされるかもしれないし。)

香藤が考えを巡らせていると岩城が声をかけてきた。

「香藤、お前そんなことしか考えられないのか?」

まるで心の中を見透かしたかのような問いかけに一瞬声に出していたのかと香藤は思った。

「なんで分かったのかって顔してるな。来る途中にも言ったろ、お前がその手のことを考えてる時は思い切り顔に出てるんだ。」

「え、そんなに緩んじゃってた?」

香藤は思わず自分の頬をぱちぱち叩く。

「ああ、とてもじゃないが他人には見せられない顔してた。そんなことより、香藤こっちに来てみろ。ここからも月が綺麗に見えるぞ。」

香藤も縁側に行って空を見上げるとなるほどぽっかりと浮かぶ月が綺麗に見えた。

しかし香藤が月を見ていたのはほんの短い時間だった。

香藤の視線はすぐ目の前の岩城に向く。

「月も綺麗だけどさ、俺には岩城さんの方が綺麗に見えるよ。仙石原でもそう思ってた。」

「またお前はそんなことを…」

岩城は少し呆れたように軽くため息をつくと立ち上がって窓とカーテンを閉めた。

「岩城さん?」

「別に何時にならなきゃいけないなんてことはないだろう。」

岩城はそう言うとすたすたと奥の部屋に向かった。

その目許が僅かに朱に染まっていたのを見た香藤は喜色を浮かべてその後を追った。





せっかくの旅行で岩城の機嫌を損ねたくない香藤は理性をかき集めて何とか3回で夫婦の営みを終えた。

今二人は身体を綺麗に洗い終わって大きな湯船にゆっくり浸かっていた。

さすがに泳げはしないが5,6人でもゆったり入れそうだった。

「このお湯100パーセント温泉なんだってね。」

「ホテルの地下に源泉があるらしい。かけ流しだそうだから湧出量も豊富なんだろうな。」

浴室の大きな窓からも綺麗な月が見える。

「明日もきっといい天気だよね。帰る前にちょっとだけ芦ノ湖に行ってみようよ。」

「そうだな。せっかくここまで来たんだし早めに宿を出ればそんなに人も多くないだろう。」

「うん。そしたら余裕で昼前に家に帰れるよね。それとも他にもどこか寄る?」

「いや、いい。こういう宿もいいけどやっぱり家が一番落ち着いて寛げるからな。」

「そうだよね〜。それにいつでもHできるし。」

ザバッ。

岩城は立ち上がりざま香藤の後頭部に手を当てその顔を湯の中に押し込んだ。

「ゲホッ、ゴホッゴホッ、い…岩城さん…ゴホッ酷いよ…」

香藤の抗議に耳も貸さず岩城は風呂場を出て行ってしまう。

「ゴホッ…岩城さん…ちょっと待ってよ〜。」

香藤は咽て涙目になりながら岩城の後を追った。

「ちょっとふざけただけなのに酷いよ岩城さん。」

「日ごろの行いが悪いんだ。お前がその手のことを言うと冗談に聞こえない。」

香藤に反論の余地はなかった。

「あの…岩城さん一緒の布団で寝てもいい?ほら片方ベタベタだから…さ。」

「大人しく寝ろよ?」

「うん。」

なんだかんだと言ってもラブラブな二人はひとつの布団でしっかり抱き合って眠った。





翌日も好天に恵まれ空は青く澄み渡っていた。

二人は8時過ぎには宿を出て芦ノ湖に向かった。

元箱根付近は芦ノ湖畔でも最も賑やかなところなので9時前でも結構観光客がいた。

それでも皆富士山を望む絶景に目がいくのか声をかけられる事はなかった。

雪の冠を被った富士山は太陽の光を受けて美しく輝いていた。

声をかけられない事に安心して湖畔を少し散歩する。

実は声をかけられない理由は景色だけではなかった。

二人からはラブラブなオーラが発されていて誰も邪魔できなかったのだ。

ゆっくり箱根神社まで歩きお参りをした。

少しの時間ではあったが観光客が徐々に増え始めてきた。

そのうちに声をかけてくる者が現れるかもしれないと二人は足を速めて車に戻った。

昨日の予定通り岩城の運転で東京へ向かう。

小田原箱根道路から東名高速に乗れば厚木まではノンストップで走れる。

香藤はナビシートからステアリングを握る岩城を嬉しそうに見ていた。

「香藤あんまりジロジロ見るな。」

「だって岩城さんかっこいいんだも〜ん。」

「安全運転して欲しかったらバカなことは言うなよ。」

「は〜い。」

行きと同じくイチャイチャな会話を交わす二人を乗せてBMWは秋晴れの空の下を東京へとひた走った。





終わり





※おことわり※

箱根近辺に関する表記は実際とはかなり異なっていると思います。

話の都合と私の不勉強故とどうぞお許しくださいませ。m(_ _)m



04.9.27  グレペン




ふたりと一緒に旅行に行っている気分です
で、しっかり岩城さんを味わっているだろう香藤くんがナイスv
しかしなんてラブラブなカップルなんでしょうか・・・
もう見かけたら後を尾行してしまいそうですv

グレペンさん、ありがとうございますv