『Moonlight Cinderella』



月下美人---新月の夜にしか咲かない幻の花
花言葉は「ただ一度だけの恋」
その鉢植えを岩城が譲りうけたのはひと月前のことだった。


そして蕾をつけた月下美人が迎える新月の夜、岩城が心待ちにしていた
その日がいよいよやってきた。


「じゃぁな、香藤。俺は出かけるけどくれぐれもあいつのこと頼むぞ。」
出掛けに玄関で見送られながら岩城は香藤に告げる。
「うん、わかった。俺今日オフだからちゃんと見てるよ。」
香藤の言葉に安心したようにふっと息を吐いて頷き、岩城は仕事に向かった。


月下美人は19:00くらいから蕾が少しづつ首を持ち上げだし
真夜中ちかくに開花してすぐに花を閉じ始める。
昼に花を開くことなどありはしないのはわかっていながらも気が気ではない
岩城はらしくもなく休憩時間に香藤に確認の電話をいれた。


その電話を受けた後、香藤はひとりリビングでほくそえむ。
(まったく岩城さんってば心配性だよね。
今日は新月だからお月見には向かないよな。
でも月下美人を眺めながらっていうのもちょっとおつじゃない?)
そんな自分の考えに我ながらいいアイデアなどと納得した香藤は
お月見にはやっぱお団子だよね、と呟きながら買い物に出かけた。


お団子と岩城の好きな日本酒を買った香藤が家に戻ると時刻はちょうど
19:00をまわろうとしていた。
(そろそろかな?)
香藤が月下美人のもとに向かうとわずかに蕾が首を持ち上げ始めていた。
すかさず香藤は岩城へメールを送る。
”岩城さん!蕾が持ち上がりだしたよ!!”
すぐに岩城から返信が届いた。
”俺もあと少しで帰れるからそれまで見ててやってくれ。”
少し慌てたような岩城の返信に思わず香藤は笑いながら目の前の蕾に
話しかけた。
「岩城さん、もうすぐ帰って来るからそれまでもう少し留守番な。」


結局岩城が帰って来たのは22:00過ぎだった。
「ただいま、香藤。どうだ花は?」
開口一番にそう告げる岩城が少しおかしくて笑うのを堪えながら香藤は答える。
「おかえり、岩城さん。大分蕾が持ち上がって来たよ。あと少しで開きそう。」
その言葉にそうか、と頷いた岩城は真剣な面持ちをして月下美人の
元へ向かった。


「これはどうしたんだ?」
月下美人と一緒に団子と日本酒が用意されているのを見つけた岩城が
不思議そうに問いかける。
「今日は月は満月じゃないけど、代わりに月下美人を見ながらお月見って
いうのもいいかと思って。」
香藤は微笑みながら答えた。
用意されている日本酒が自分の好きな銘柄だということを確認した岩城は
うれしそうにああ、いいなと呟いた。


真夜中近く、大輪の月下美人が花を咲かせた。
「わぁ、綺麗だねぇ。」
香藤が感嘆の声を上げる。
「ああ、見事だな。」
そして岩城も眩しそうに花を見つめた。


月下美人の花言葉は「ただ一度だけの恋」
前に香藤が岩城の初恋は自分だと言ったことがあった。
岩城は月下美人を眺めながらそんなことを思い出す。
最初であって最後の恋でいい、そんな相手と一緒に今この花を眺めている。
それが奇跡のように幸福に感じられたそんな夜だった。



2004.9.14 ゆうか



月下美人・・・・その高貴な美しさはまさしく岩城さんのよう・・・
ふたりで見たその花はさぞかし美しかったことでしょう
花言葉通りの互いの存在・・・
読んでいて心が優しくなりました

ゆうかさん、ありがとうございますv