【男心と秋の空】 「・・・・多いね」 返事がない。 「・・・えーっと・・・CD変える?」 「・・・・・」 「飲み物なら後ろに・・・」 「別に・・・・飲みたくない」 「あ・・・そうですか」 沈黙。 香藤は泣きそうな顔をしてハンドルを握り直した。 しかし車は動かない。 それもそうだ、見事な大渋滞・・・もう1時間近くもほとんど変わらない場所にいた。 隣からまたため息が聞こえる・・・。 ”ああ、岩城さんが怒ってる” 怖くて横を向けない・・・・何とも言えない沈黙が続く。 香藤は小さく息を吐くと動かない景色の中で、微かに風に揺れる秋桜を見ながら昨夜のことを思い出した。 「紅葉狩り?」 本を読んでいる岩城の隣に香藤が腰を下ろした。 「うん、ほらここ! そんなに遠くないし・・・明日オフ重なっているし」 岩城は開かれた雑誌を手にとって記事を読み始める。 「・・・・でも明日土曜日だろう、人出が結構あるんじゃないのか」 「朝早く出れば大丈夫じゃない? 綺麗だって・・・行ってみたいし」 「だがな・・・」 「ね、行こう! 俺、岩城さんとまだ紅葉狩りなんてしたことないし」 岩城は香藤の顔を見つめる。 「なんでそんなに行きたがるんだ?」 「え? だって・・・」 「だって?」 「悔しいじゃん!」 「何が?」 「この前、番組で岩城さん紅葉狩りしてたし・・・」 そう拗ねたように言うと香藤はむうっと口を尖らせる。 そんな顔を見ながら、記憶を辿る・・・紅葉狩り・・・・ああ・・・っと岩城は思い出した。 今人気の女性タレントと「秋をめぐる旅」と称して流れた番組のことらしい。 確か昨日か一昨日放送されたはずだ。 それのことを言っているのだろう。 「・・・・なんだあれのことか」 「俺も行きたい! 岩城さんと紅葉見たいし!」 ・・・紅葉の中の岩城さんを生で見たいし!・・・と心の中で言葉を繋げる。 「でもな 明日は・・・」 最近休みが少なかったせいで少々疲れが溜まっている。 岩城としてはのんびり過ごしたかったのだが・・・。 「だって、明日はずすとまたいつ行けるか分かんないよ?」 テレビ画面の中で赤や黄色をバックにして笑う岩城さんはとっても綺麗だった・・・ あれを自分も見てみたい!と香藤は思った。 自分だけが見ていればいいのに・・・ 自分が見る前にあの女性タレントが、スタッフが・・・そして番組を見た多くの人々が見てしまった、それが悔しい。 岩城さんの全てはいつも自分だけが見ていたい・・・それは香藤がいつも願う事だった。 口をぎゅっと結んで見つめてくる。 その様は遊んで貰えなくて拗ねた犬ように岩城には見えた。 縋るような目で見つめられている内に、つい岩城はほだされてしまう。 「わかった、わかった・・・行けば良いんだろう?」 「わあ、本当に!? 嬉しいよお〜」 「こ、こら!」 途端にぱあっと、笑って抱きついてくる香藤を受け止める。 ・・・まったく大きな犬だな・・・・ 苦笑してしまう。 しかもこんな所が最近可愛くてたまらない。 よしよしと頭を撫でていると・・・・ 「ん?」 背中に回された手が妙な動きをし出す。 「お、おい、こら!」 「岩城さん・・・」 ぎゅっと抱きついたまま耳元に息を吹きかけてくる。 「ばっ 何をやってるんだ何を! ほら、離れないか! まだ風呂も・・・」 「えー今更?」 そう言いながらも首筋に唇を押しつけてくる。 「香藤! 明日早いならこんなことは!」 「大丈夫、最後までしないから・・・ね?ね?」 いつの間にか入り込んできた手が胸をさすった。 「か、香藤・・・やめっ」 「無理しないから・・・少しだけ・・・ね、岩城さん・・・」 ずるい・・・・ 熱っぽい目で見つめられたら、もう逃れられない・・・ 岩城は諦めたように溜息をついて・・・・目を閉じた・・・・。 無理はさせないつもりだった・・・・これは本当。 ・・・・・・でも結果フルコース・・・・・ 喘ぐ岩城を前に香藤が止められるわけもなく・・・ そして岩城もまた・・・・ということで、早く休むつもりが思いっきり・・・ 案の定、朝は出遅れてしまい・・・この有様。 ”とほほ・・・だよ、まったく・・・・” 少しだけ動いて出来た隙間を詰めながら香藤は、ちらっと横を見る。 たぶん怒っているのだろう・・・・・岩城は目を閉じていた。 眠気もあるのだろう。 その姿を見て・・・・香藤は申し訳なく視線を前に戻した。 仕事で疲れているのも分かっていたのに つまらない嫉妬で今日の予定を入れ そして 自分を甘やかしてくれた嬉しさに昨晩は自制出来なかった。 反省しなきゃ・・・今日ばかりは素直に反省中の香藤だった。 「香藤」 急に呼ばれて慌てて顔を上げた。 「なに?」 「そこに少し余裕がある。Uターン出来るか」 岩城が見る方向に首を伸ばしてみると、少しだけ路肩が広がっている所があった。 幸い反対車線は滅多に車が来ない。 岩城は戻れと言っているのだ。 少し迷ったが、この状況じゃ仕方がない。 「そうだね、このままじゃ・・・・・・・・分かった方向転換しよう」 紅葉狩り・・・未練がないわけではないが、貴重なオフをこんな所で潰すわけにもいかない。 これも自業自得だ。 素直に帰ろう・・・・・。 香藤はそう決心すると車の方向を少し変えて発進させた。 「・・・・ごめんね」 渋滞をはずれてからは快適なドライブだった、行く先は自宅だが・・・。 「・・・もういい俺も寝過ごしたんだから」 「だってそれも俺が・・・」 「昨晩のことは・・・・・・・・共犯だ」 「ん・・・・」 そうなのだ、そうなのだけど、こうはっきり言われると罪悪感が増す。 岩城が流されてしまった自分も悪いと言っているのだろうが、そういうふうにしたのは自分だ。 「本当にごめんね。疲れてるのに・・・」 「・・・・・・・・色んな意味でな」 「うっ・・・」 やっぱりまだ怒っているような・・・ 「でも・・・まあ・・・・・こんな無駄な時間もたまにはいいかもな」 「・・・・え?」 ふっと岩城の顔が緩む。 「また時間を見つけて・・・シーズンが終わらない内に何処かに出かけよう」 「岩城さん・・・」 「・・・・俺もおまえと紅葉を見たいからな」 その言葉で、ぱああっと、香藤の顔がほころぶ。 「うん! 行こう、絶対!」 「何か買って帰ろう。昼は家でゆっくり食べたいし」 「・・・・ん、そうだね。お風呂にもゆっくり入りたいし」 「ああ、ゆっくりひとりで・・・・な」 意識して低い声で言うと香藤がぴくっとしたのが分かった。 「・・・岩城さん、まだ怒ってるよね? 絶対怒ってるよね?」 「別に?」 少し語尾を上げ、意地悪そうに言葉を返す。 「岩城さんったら〜〜〜」 情けない声を出して慌てる香藤をそのままに岩城は窓の外に目を向ける。 笑みのこぼれる口元を少し隠しながら ・・・・俺も本当に甘いな・・・・と呆れた。 遠くの山の緑の中に赤く紅葉した木が見える。 流れる景色の中、それを目で追いながら岩城は秋の風を感じていた。 隣からはいつの間にか香藤の鼻歌が聞こえてくる。 こんな時間もいいかも知れない・・・・ そんな秋の風景・・・・。 |
2004・10 日生 舞
”紅葉狩りぐらい素直に行かせてやればいいのに・・・”
と自分に突っ込みを入れながら書いたものです
渋滞でたどり着けなかったことがあるのでつい(苦笑)・・・
まあ、きっとこんな時間もふたりでいればたのしいのではないかと・・・
(えっと・・・苦しいでしょうか? 汗;;)