「岩城さん、ハッピーバースディ」
「おめでとうございます。岩城さん」
「おめでとう!!岩城君」
ドラマの撮影中の出来事だった。
『えっ』、と思うと時間は0時をすぎていた‥‥‥
「ああ、そうか‥‥‥」
岩城の誕生日前日の仕事だったが、撮影が押して0時をすぎてしまった。
前の休憩に遅くなると覚悟をして、清水を先に帰し、香藤に帰れない旨を慣れないメールしていたが、返事がないところを見ると寝てしまっているのだろう。
ここ数年、最初に香藤から『おめでとう』の言葉をもらっていた岩城は、それが物足りなく感じていた。
今年は、香藤には時間がありすぎたが岩城には時間がなかった。
香藤の分まで自分がと、どこかで思っていたのかもしれなかった。
だから、あえて休みの事も清水に言わなかったが、オバーワークとの一言で休みが組まれていたのだった。
香藤もその事は知らなかったらしく、話をしたら準備してないと大騒ぎだった。
そんな事を思いつつ、スタッフに御礼を言い返して、出されたケーキの蝋燭を吹き消した。
「よく考えると、現場でこんな事されたの初めてですよ」
岩城は答える。
「そうですよね。この時期、岩城さんオフになる事、多いですよ」
共演者の一人が思いついて言い返すと、
「そうしなきゃ、誰かさんが怖いぞ」
やはり出演者の小野塚が答える。
「あっ、やっぱり、そうなんだ〜〜〜」
やはり共演者の女優の言葉に、大きな笑いが起こったのだった。
「香藤君、マメだからね。これは早く帰さないといけないな」
監督までがそんな冗談を飛ばす。
休憩をかねた岩城の誕生祝は、撮影中の現場では珍しくない事だったが、当の本人は何故か居心地の悪さを感じていた。
こんな風に他人に祝ってもらったのはいつごろまでだったろうか?
家が旧家だったせいか、友達を呼んでなんて無かったと思う。
家族だけで、こぢんまりとした誕生日だった。
中学、高校も怖がられていたせいか呼ばれた事の記憶も無い。
家を出てからなんて、勿論だった。
香藤と暮らすようになって、香藤からお祝いをされてから、誕生日もいいものだと感じるようになっていった。
此処に居場所がないと思うのは、側に香藤が居ないからだと気が付き、不意に顔が赤くなる感覚を覚えて急ぎ首を横に振った。
ここは仕事場だったことを思い出し、仮面を被りつつも気持ちは家で拗ねて待っているであろう香藤に向いていたのだった。
しばらく雑談を楽しんで、監督の休憩終了の言葉後に仕事に戻った。
その後は、何事も無く予定より30分早い時間に撮影は解散となったのだった。


スタジオの外に出ると、寒さが身にしみるが家に戻れる事で心は温かかった。
ロビーで自販機から温かい缶コーヒーを買い、飲む為に口を付けると、思い出したように携帯を取り出す。
携帯の画面には、メールの着信を知らせるマークが付いていた。
「年甲斐も無いな‥‥‥」
ウキウキとする心を抑えつつ、メール画面を開けると零時丁度に香藤からのお祝いのメールが届いていた。
「あいつ‥‥‥」
それだけでも心の中がさらに温まる。
いつまでも慣れない手つきで、岩城は香藤にメールを打ち始めた。
『香藤へ
いつも、いつも、暖かくなる言葉をありがとう。
言葉では言えないし文章でも恥ずかしいが、だけど、本当の気持ちだ。
愛している           岩城』
フウッと息を吐き出して、メールを送信する。
本心で思う心を乗せて‥‥‥
送信完了の音が小さく響き、画面が待ち受け画面へと変わる。
それを確認して、携帯をバックの中に入れると、外に続くドアを開けた。
吐く息が白い‥‥‥そして、空から舞い散る物が目に止まった。
「雪‥‥‥初雪」
手を広げ無意識に胸の前に差し出し、その落ちたものを手に受け止める。
古い古い外国の言い伝え‥‥‥
その年初めての雪を手に取り、願い事を唱えると叶う‥‥‥不意にそれを思い出した。
「今年1年も、いい年で在りますように‥‥‥香藤と共に‥‥‥」
そう願いつつも心の中では、
『香藤に会いたい‥‥‥すぐに』
と、本人も無意識に思っていた。
少し強い風が吹いた‥‥‥それに煽られて舞う雪に視線を向けた先に香藤が立っていた。
「岩城さん、お疲れ」
岩城の姿を認めて、手を差し出すと自分の乗ってきた車に先を進める。
「驚いた‥‥‥香藤」
助手席に座って、岩城は答える。
「岩城さんからのメールの後に清水さんからもメールもらってね。『遅くなるので先に帰るように言われたから、お迎えお願いできますか?』ってね。嬉しくって来ちゃった」
運転席に座った香藤は答えると、エンジンを掛ける。
「ありがとう。助かるけど」
タクシーで帰ろうとしていたのだから、本音である。
「けど?何?」
言葉を止めた岩城に、その先を促す香藤。
「‥‥‥お前、携帯は?」
岩城が不思議そうに聞き返す。
「迎えに出る事にあわてて‥‥‥岩城さんにメール送った後、そのまま飛び出してきたから‥‥‥うわぁ〜〜〜玄関に置いてきたみたいだ」
香藤がポケットを探って、持ってないのを確かめて答える。
「そうか‥‥‥」
岩城はちょっとホッとした。
あのメールを見られていたら、此処での迎えはこんなもので済まないと思っていた。
家に居るからと出したメールだし、自分が家に着く頃は、少し興奮も収まるだからこそ、あの言葉を添えたのだ。
「今年は1番に言えなかったね。でも、岩城さんお誕生日おめでとう」
香藤はシートベルトを締めつつ、嬉しそうに岩城に言葉を伝える。
その言葉で心がホッと息を付く感じを受けるから、不思議だ。
「何回目になるかな‥‥‥お前に祝ってもらうのは」
そう答え、上着を脱ぎ後ろの席に投げ入れると、温まる車の中で、岩城は体が寒さで凍えていた事に気が付いた。
「眠っていいよ。目的に付いたら起こすから」
ひざ掛け様の毛布を岩城の足元に掛けて、香藤は言い返すと、笑顔で車を発進させた。
「どこかに行くのか?」
家と違う方向に向かうのを見て、岩城が聞くと
「うん、誕生日でオフでしょう。ちょっとね」
香藤は何か計画がある様子だった。
「じゃあ、任せる。少し‥‥‥仮眠もらうな」
岩城は香藤の言葉に甘えるように、助手席のシートを倒すと目を閉じた。



「‥き‥‥‥さん、い‥き‥‥‥ん」
遠くで香藤の声がする‥‥‥なんていっているのだろうと岩城が耳を澄ます。
「岩城さん、起きて」
香藤が自分を呼ぶ声‥‥‥そう確認すると意識が浮上し始めた。
ああ、自分は寝ていたんだと確信できた。
「かとぅ‥‥‥」
車の薄暗いランプの下で、香藤の顔を確認した。
「ごめんね‥‥‥でも、ついたから」
香藤が答え、目を覚まし助手席のシートを起こした岩城にコップを差し出した。
「いや、ありがとう‥‥‥」
岩城は目をこすり、差し出されたコップを受け取ると、それは暖かいスープだった。
「外出るかも知れないから、それ飲んでね。時間来るし」
香藤がソワソワしつつ言い返す。
訳がわからないが、岩城は香藤に言われたようにスープを飲み、体を温める。
腕時計を見ている香藤は車の外を見て、ニッコリ笑った。
「岩城さん、見て」
香藤がフロントガラスを指差すので何気なくその方向に目をやると、山の稜線から日が出ようとして夜の暗い空が朝焼けの赤に染まる所だった。
「凄い‥‥‥」
手に持っていたスープを飲む事も忘れ、岩城はその景色に目を見張った。
改めて見た景色に車はどうやら、山の展望台みたいな所に来て止まっていたと解る。
朝焼けは薄い朱から徐々に赤く染まる。
そうこうする内に太陽が金色に見えるように山陰から頭を出すと、一瞬のうちに黄色に輝く。
闇に染まった景色にも色が付き、動き出す瞬間だった。
岩城は無言でその風景に見入っていた。
横に居る香藤も、無言でそんな岩城を見詰めていた。
景色に見入っている岩城に
「外に出てみる?」
遠慮がちに香藤は声を掛けてみた。
「そうだな‥‥‥」
岩城は答えるが、明るくなる景色から目を離さない。
ゆっくりと時間をかけて太陽が昇る、その朝日に照らされた岩城を香藤もまた目を離さずに居た。
『この人が、今日生まれたんだ‥‥‥』
香藤は口に出さずともその事に感動を覚えていた。
「香藤、ありがとう」
太陽が総ての姿を現してから、岩城は改めて香藤を見て感謝の言葉を伝える。
「岩城さん、気に入ってくれて良かった。今年の初日の出見られなかったからね」
香藤は嬉しそうに答えると、岩城の頭に手を差し伸べる。
「かと‥‥‥ぅ」
岩城はされるがまま、顔を香藤に近づけると、優しくキスをされたのだった。
「へへ、これは俺が最初だよね」
唇を離して、香藤は聞き返す。
「ああ、夜の撮影もそんなシーンはなかったから‥‥‥」
少し上気する頬、上がりそうな吐息を抑え、岩城が答える。
「これだけは、ダメだよ。誕生日後の最初のキスは俺のものだからね」
香藤が上目遣いで岩城に言い返す。
「そうだな‥‥‥清水さんに、言わないといけないな」
香藤が拗ねている感じに言う言葉は、年下を思わせて岩城の心をくすぐる。
「岩城さん」
岩城の言葉の先を感じ、香藤も嬉しそうに名を呼ぶ。
顔をお互いに見合わせ、ニッコリ笑い会うと香藤は車のギアをバックに入れなおした。
「そろそろ、戻ろうか」
その言葉に岩城は頷き返した。
岩城の誕生日に二人で帰る家に対して、改めて感謝を覚える。
「そうだな。帰って、ゆっくりしたいな」
岩城の言葉を最後に、車は向きを変えて走り去った。
岩城は家に着いて、携帯を見る香藤を想像して、興奮して暴走するかなと困惑しつつも暖かいものを心に秘めたのだった。

 
               ―――――了―――――

                   2007・12・    sasa



岩城さんからのメールを見ての暴走ぶりが目に浮かぶような(笑)
きっと愛されまくりですね、岩城さんvv
誕生日後の初めてのキス・・・・とってもロマンチックです 岩城さんきれいでしょうねv
sasaさん、素敵な作品ありがとうございますv