もう何年も前から、「今更誕生日を喜ぶ歳でもないけれど」とことわりを入れた上でこの日の話をするようになっている自覚はある。

 実際のところ、十代の後半辺りの、周囲の同級生たちはまだ賑やかに誕生日を祝って貰っていた頃にも、今更誕生日なんて、という思いを抱いてはいたが、その頃のそれは、その年代特有の『背伸び』であったように思える。
 そして、その頃は、自分がこの世に生を受けたことに対する感謝の念など持とう筈もなく、誕生日に託けて周囲が自分に構おうとしてくれることを素直に喜べずにいた。それどころか、反発さえしていた。
 今にして思えば、そんな俺の態度はただの若さであり、青さであったのだ。自分がそんな態度をとることで周囲にどれだけ寂しい思いをさせるのかなど考えもしなかった。

 そして、そんなふうに頑なに自分の殻に閉じこもって過ごしている時間の長かった俺が、今こうして、「今更誕生日を…」と口では言いつつも至極穏やかで満たされた思いを胸に抱きつつ、この日、1月27日のことを話すようになっている。


 俺にとって、誕生日は二つある、と思っている。
 一つは、世の中で一般的に言われている「誕生日」。つまり、この俺の肉体がこの世に生み出された日だ。
 その日から、戸籍に記載された「岩城京介」という名を持つ存在として俺はこの世にいる。そして、その名を持つ肉体は今も在り続けていて、こうして健康を保ちながら仕事をし、生活をしている。

 そして、もう一つの“誕生日”。
 それは、俺が俺として、まぎれもない俺自身の意思を持って生きるようになった日だ。つまり、「岩城京介」という名を持つ単なる肉体としてではなく、その肉体に本当の意味での「岩城京介」の意思が宿った日。
 勿論、それまでも、意思決定を自分でしていなかった訳ではない。俳優になることも自分で選択した。そして、その仕事がAVであることも、自分で選択した結果ではある。しかし、それは何かに対する意地が根底にあったり、妥協の産物であったりしていた…ように思う。
 だが、この、もう一つの“誕生日”にした選択は違う。自分の中から自然に湧き上がって来た感情だ。
 …あの日、香藤が好きだ、と自覚した。
 そして、その日以来、その思いを、香藤への思いをずっとずっと大切にしてきている。
 その存在を失ってしまったら自分自身の存在意義さえ喪失してしまうと思えるほどかけがえのない唯一無二の存在を得て、その幸せを噛み締めながら、それを決して失うまいと思い続けている。
 この香藤への思いは、まぎれもない俺自身の意思だ。愛したい、愛されたい、という俺の意思だ。
 そして、その思いを抱き続けて、俺は生きている。「岩城京介」という名の肉体に「岩城京介」の意思を宿して、本物の「岩城京介」として、愛し愛される、この上ない幸せに満ちたこの人生を生きている。

 こんなふうに自分にとっての二つの誕生日のことをいつも考えてしまうようになったことが原因なのだろう、世の中でいう誕生日のことを話題にされる度に表情が穏やかになると言われることが多くなった。
 そして、そんな俺を見て、香藤はどこかくすぐったそうな表情を交えながら、穏やかな微笑を返してくれる。


「どうしたの、岩城さん。おなかすいちゃった?ごめんね、もうすぐ準備終わるから。」
 今もそうだ。テーブルの自分の席に座って香藤の姿を目で追っている俺に向かって、俺の誕生祝いだと言って準備してくれている晩餐の準備の手を一瞬止めて、微笑みかけてくれた。
「いや、お前のその姿を見ているのが楽しいんだ。別に慌てなくていいぞ。」
 きっと、応える俺の声も普段より柔らかくなっているだろう。香藤の微笑がそうさせてくれている筈だ。
 その証拠に、香藤が更に蕩けるような表情になって応えてくれた。
「そんな可愛いこと言わないでよ。今すぐ食べたくなっちゃうよ、岩城さんのこと。」 
「それは、食事の後のお楽しみだろ。」
 俺のその言葉に、肩をびくりと揺らして作業の手を凍りつかせた香藤が全身で振り返ってきた。見開いた目と共に。
「えっ?!岩城さん、どしたの?」
 そんな香藤の反応も、きょうだけはこの言葉を使って上手くかわすことができる気がする。
「1年に一度の誕生日だ、そんなこともあるさ。」
「何か、岩城さんの誕生日なのに俺がプレゼントを貰っちゃった気分だ。」
「俺にとっては、お前のその嬉しそうな、こっちまで幸せな気分になる笑顔が何よりのプレゼントなんだぞ。ありがとう、香藤。」
「うん。」
 そう短く返事をしながらの香藤の満面の笑みを見て、俺は改めて幸せを噛み締める。
 幸せだと思わせてくれている香藤と、そう思えるこの身体を世の中に生み出してくれた両親に感謝しながら。

 −−おれの誕生日を祝ってくれる全ての人へ。
   心から、ありがとう。


2007.01.23

翔子



こちらこそ生まれてきてありがとうございます・・・・とお伝えしたいですv
岩城さんへの香藤くんへの気持ち・・・が胸にじ〜んとvvvv
とっても男前な岩城さんで素敵です!
翔子さん、素敵な作品ありがとうございますv