「願いを込めて‥‥‥」




 桜の季節が足早に駆け抜けて行き、気が付くと梅雨入りのニュースが流れ始めていた。
「もうそんな季節か‥‥‥」
カレンダーを見て、6月9日が近づく事にウキウキしている自分が此処に居た。
今年の1月は香藤の仕事が忙しく、無いものと思っていた自分の誕生日に香藤は、いつの間にか準備をして岩城を驚かせた。
「どうするかな‥‥‥」
社長としても忙しく、仕事も『大河』を受けてしまい、撮影に時間を取られなかなか動きが取れない日々が、今度は岩城に続いていた。
事実、今日も大河のインタビューで撮影後の時間を取られていた。
「清水さん、この後は?」
岩城が着替えながら清水に声をかける。
「事務所に戻っていただきます。今後のドラマに出演させる女優達の確認、脇役だけど重要な役のオーディションへの選出など、社長に一応写真で見ていただきたいと」
清水がスケジュール長を見て、答えるが、その言葉を聴いて、岩城は溜息を付いた。
自分だけを見るつもりで居たのだが、大所帯名事務所の社長となってしまった。
後悔は無いといえるのだが、こうも雑務が多いと前の社長には感謝しても足りない。
「本当に、大変だ‥‥‥」
岩城は誰に聞かせ無い言葉を呟いたのだった。




岩城が清水に時間を作って例の宝石店に連れて行って欲しいと言い出したのは、約2ヶ月前の事‥‥‥時期が時期なので、清水は『解りました』と答え、忙しい岩城に時間を作り出した。
やはりリフォームフェアをしていたその店には、顔見知りになったデザイナーが来ていたのだった。
顔見知りになっていた気安さからか、今年も岩城は何かを頼み始めた。
今回、岩城はバックの中からケースを取り出した。
「母の物だったのですけど‥‥‥」
デザイナーは断りを入れて、そのケースを開けると鮮やかな緑色がその中から現れた。
「ネックとイヤリング‥‥‥ご希望はございますか?」
石を見詰め、デザイナーは聞き返すと、
「カフスとタイタックにと思っています」
岩城は答えた。
「いい翡翠ですね‥‥‥」
デザイナーは溜息交じりで石に見ほれていた。
「出来れば6月8日までに‥‥‥お願いできますか?」
岩城は日を伝えると、
「ええ、じゃあデザインを決めましょう。この緑に合わせてホワイトゴールドの方が映えると思います。香藤さんがされる事を考慮して」
デザインを始めようとしたが、岩城の時間が足らなくなった。
「明日は?」
デザイナーが聞き返すと、
「時間作れると思います」
清水が横から答えた。
「では、案を考えさせていただくでよろしいでしょうか?明日、来られる時間を解ったら御連絡ください」
デザイナーの言葉に清水が頷いて返した。
そして次の日、時間を作り店に行った岩城と清水は、デザイナーによって見せられたデザイン画から、岩城はあるデザインと選んで注文したのだった。




そして、期日まで数日を残す事となった。
「ところで、清水さん‥‥‥この間のお店から連絡は?」
岩城が思い出したように聞き返した。
「本日はまだ何も‥‥‥」
清水が少し口ごもって答える。
「そうですか‥‥‥」
岩城はため息交じりの息を吐いて、後部座席に深く腰掛けなおした。
自分の時間が取れない‥‥‥それが岩城の最大のネックであった。
「でも、今回は驚きましたわ」
雰囲気を変えるためか清水が声をかけてきた。
「ああ、あれを選んでいた事ですか?」
岩城は清水に急に振られた話の後を続けた。
「でも、あの石に似合いそうでしょう」
岩城は反対に清水に聞き返した。
「そうですね。でも、何処から翡翠を選ばれたのですか?後学の為に教えていただけませんか?」
清水は今回の石を選んだ事を、不思議に思っていたのだった。
「そう、たいした理由じゃないんですよ。この間書店で本を探していたんですけど」
清水の言葉に岩城は話を始めた。
読みたいと思っていた小説を探しに、待ち時間で局内の本屋に出向いた事だった。
何故か本屋の中で『パワーストーン』の特集を組んでいた場所があり、そこにあった一冊の本を見て、ふとその本を買ってきたのだった。
控え室で中を読んでみたら、誕生日の『パワーストーン』を割り出した本だった。
香藤の生まれた1975年6月9日を、本に載っている表で調べたら「グリーン・ジェイド」だった。
母の形見分けで父からもらったものも「グリーン・ジェイド」
岩城はこの偶然の一致に何かを感じ、これで香藤に何かを作ってあげようと考えたのだった。
「今まで、興味なかったんですけど、ここ2年ほどあいつに対して意味のある石を送ったでしょう。その本で今年も思ってしまってね」
岩城は照れくさそうに言い返した。
「あらら‥‥‥ご馳走様です」
清水はその顔で岩城の思いを感じ取ったのだった。
そういえば社長室に見慣れない『 パワーストーン 誕生日別 』というタイトルの本を見たなと思い出した。
「本当に‥‥‥愛されていますね」
清水は思わずそう言ってしまった・
「し‥‥‥清水さん、勘弁してください」
その言葉に岩城が、ますます顔を赤くしたのは言うまでも無かった。




8日‥‥‥その日は昼から休みが取れた。
岩城があわてて家に帰ると、リビングのソファー上に香藤が眠っていた。
岩城は起こさないように香藤の側によった。
「ただいま。そしてお誕生日おめでとう」
岩城は寝ている香藤にキスを送る。
そのまま、香藤の腕に止められて、岩城は驚いた。
「岩城さん、お帰りなさい」
そして香藤からのキスを返される。
「狸寝入りか‥‥‥」
岩城があきれてききかえすが、声は笑っていた。
「違うよ。岩城さんのキスで目が覚めたんだよ」
香藤が答えるが、嬉しそうだった。
「夕飯、食べに行くか。何にする」
香藤の言葉に頬を朱に染め、岩城は気行き返す。
「その前に‥‥‥岩城さん‥‥‥食べたい」
抱きしめたままで、香藤が言い返すが
「バカか?!」
盛大な拳骨が香藤の頭に落ちたのだった。
甘い、二人だけの誕生日はこの後の事だった。


                ―――――了―――――

                    2009・6         sasa