可愛い人 あるテレビ局のスタジオでドラマのクランクアップパーティーが行われていた。 放送終了後に打ち上げパーティーが開かれることになっているが、予想以上に視聴率が好調なため出演者・スタッフの労をねぎらおうと前日になって急きょ決められたものだった。 アットホームだった現場の雰囲気そのままに、簡素なパーティーながら盛り上がっていた。 メインキャラの一人として出演していた香藤も参加し、楽しんでいた。 「香藤くんお疲れ〜」 後ろからかけららた声に振り向くとプロデューサーの青山だった。 「あ、青山さんどうもお疲れ様です。ありがとうございました」 「こちらこそありがとう。それはそうと悪かったね」 「え?」 「今日誕生日だろ。早く帰って岩城君と過ごしたかったんじゃないの」 「そんなこと、誕生日くらいで気を使ってもらう必要ありませんよ。それに…岩城さん今京都にいるんで帰っても一人だからかえってよかったです」 「そうか、じゃあれ無駄にしなくてすんだな。香藤くんこっちに来て」 そう言うとプロデューサーは香藤の腕を引き、スタジオ正面に連れ出した。 次の瞬間、照明が落とされ真っ暗になったスタジオにロウソクの灯されたケーキが運び込まれてきた。 そのケーキが香藤の前まで運ばれると、「Happy Birthday」合唱が始まった。 歌の終わりに合わせ香藤がロウソクを吹き消すと、照明が戻され拍手と「誕生日おめでとう」の声が広がった。 周りに集まった共演者たちの祝いの言葉に香藤は笑顔で応えていた。 「そんな顔して笑ってっけど、ホントは早く帰りたくてしょうがないんだろ。俺たちより岩城さんに祝ってもらいたいに決まってんだから」 香藤のライバル役を演じた赤坂が悪戯っぽい顔で突っ込んできた。 香藤は「ふっ」と鼻で笑うと、その寄せられた顔の額にデコピンを喰らわせた。 「ッタ、何すんだよ」 「バーカ。そんなの俺に限ったこっちゃねーだろ。誰だって恋人や家族に祝ってもらうのが一番嬉しいに決まってる」 「それはそうよね」 主演女優島田の言葉に周りに皆もうんうんと頷く。 「わかったよ。でも帰りたいのはホントだろーが」 「ン、岩城さんがいればな。でも残念ながら今京都なんだよ」 「なーんだ。それでそんなに落ち着いてんだ」 「へへっ」と照れたように頭かく香藤に皆が苦笑する。 「それにしても香藤くんたちって本当にいつまでも熱いわよね。どうしたらいつまでもそんな気持ちでいられるの?」 「どうしたらって言われても…俺たち今でも愛してるって気持ちがどんどん強くなってるから」 「え〜〜っ!」 皆が信じられないといった目を香藤に向ける。 「ホントだって。夕べだって電話で岩城さんがあんまり可愛いこと言うからたまんなくて…」 「おーい、飛ぶのやめてくれます」 岩城に心を飛ばしかけた香藤の目の前で赤坂がひらひらと手を振る。 「にしても岩城さんが可愛いってのがわかんないよな」 「そうよね、カッコいいとか、綺麗ならわかるんだけど」 赤坂と島田の言葉にみんなも共感したように頷く。 「岩城さんの可愛さは俺だけがわかってればいいことだから信じてくれなくていいよ」 そう言ってまた岩城に心を飛ばし始めた香藤に皆は苦笑するしかなかった。 そんな時、金子が香藤のそばに寄ってきてそっと耳打ちをした。 「ホント!?」 「ええ」 香藤の顔がぱあっと輝く。 「ごめん、俺帰る。お疲れ」 そう言うと主要なスタッフたちにも慌ただしく挨拶をして帰って行った。 「岩城さんがらみなだよな絶対」 「ええ」 「ホント岩城さんのことに関しては分かりやすいよな」 「岩城さんが可愛いって、香藤くんの方がよっぽど可愛いんじゃないの」 「そうだよな」 残された共演者たちはその言葉に大きく頷いた。 そのころ香藤は東京駅に向かっていた。 「岩城さん最終の新幹線で帰ってこられるそうです」というのがあの時の金子の言葉だった。 「ねえ金子さん、俺嬉しくて何も考えなかったけど、岩城さん帰ってくるって明日休みになったの?」 「いえ、入りが10時で朝一の新幹線で帰れば間に合うからと。顔を見てお祝いの言葉を言いたい、たとえ数分でも一緒に誕生日を過ごしたいと言われたそうです」 東京駅も深夜となるとさすがに人はまばらだった。 特に最終列車の到着を残すのみとなっていた新幹線の改札は数えるほどしか人がいなかった。 香藤は何度も時計に目をやりながら落ち着かない様子で待っていた。 到着予定時刻を少し過ぎた時、バタバタと足音が聞こえてきて、岩城が小走りで姿を現した。 もどかしそうに切符を改札機に通した岩城は香藤の前に立つと、整いきらない息で声を絞り出した。 「香藤……誕生日…おめでとう」 「ありがと、岩城さん」 二人は人目も気にせずしっかりと抱きしめあった。 明日また朝早くの列車で戻らないといけないのに、わずかな時間でも誕生日を一緒に過ごしたいと帰ってきてくれた。 こんなに可愛い人が他にいるだろうかと香藤はまた岩城への愛しさが増した。 終わり '09.6 グレペン |