今年も‥‥‥



忙しい日が続いた。
刻々と変わる仕事に翻弄されていた。
こんな日は、久しぶりだな‥‥‥と日々万進し続けていたのだが、気が付くと1月の半ばだった。
「‥‥‥どうしよう」
移動中の車の中で、香藤は思わず呟いた。
バックミラーを見ながら、金子が香藤の顔色を読み取る。
「香藤さん、どうされました?」
この感じは多分、プライベートの方だなと金子は感じ取ったが、普通に聞いてみたのだった。
「御免、金子さん。此処の所忙しくって、大事な事忘れていて」
運転席の方に上半身を寄せて、香藤が答える。
「それって、岩城さんのことですか?一応、今の段階で27日はオフを抑えていますけど」
金子は視線を前方に向けて答える。
先の信号機が赤になるのを見て、ブレーキをかける。
「か‥‥‥金子さん、ありがと!!」
車が完全に止まったのを見て、香藤は後部座席から運転中の金子に抱きついたのだった。
「か、香藤さん、危ないんで落ち着いてください」
金子は驚きあわてて言い返すが、顔は笑っていた。
「嬉しいな〜〜〜金子さん、優秀だから助かる」
香藤は嬉しさのあまり、後部座席に座りなおすといつもの妄想タイムに入っていった。
金子はその様子をバックミラーで確認し、クスリと微笑む。
信号機が青になるのを見て、静かに車を発車させた。




香藤はTV局の控え室にファッション誌など多数持ち込んできた。
「本当にお忘れだったんですね」
金子が驚いて言い返した。
「うん、去年の誕生日のお返しもしたいんだけど‥‥‥この時期からオーダーも間に合わないしね。いいの見つけたいのだけど‥‥‥」
香藤はページをめくりながら言い返す。
「時間前にお知らせします」
買って来た缶コーヒーを香藤に渡すと、金子は電話を掛けて来ますと部屋の外に出た。
香藤の返事はちょっと上の空だったが、視線は雑誌から離さなかった。
岩城の事を思い浮かべ、雑誌中のネクタイページに目が留まった。
『ネクタイを送るのは、あなたの色に染めたいとか、束縛したいなどそんなメッセージも含まれているの御存知ですか?』
綴られている言葉を目に留めて、香藤の目が輝いた。
「社長になって、スーツも必要だし‥‥‥ネクタイか‥‥‥」
香藤の頭に何かがひらめいたのだった。
運良く家に戻れる状態だったので、香藤は戻って早々に岩城が戻ってない事を確認した。
「ごめんね。岩城さん」
鍵は掛かってない事は知っていたので、口で誤って岩城の部屋を開けた。
真直ぐクローゼットに行くと、今まで持っているスーツを調べ始めた。
カジュアルな服は大まか解っている。
香藤と二人で暮らし始めて、増えた服も解っているのだが、それ以前のスーツは知らない物もあった。
「出来れば‥‥‥多くのスーツに合うのがいいし、ネクタイどんなの持ってるんだろう?」
香藤は岩城の持っているネクタイを探した。
クローゼットの中に綺麗に整理されているネクタイは派手なものはなく、スーツに似合う無難な単色か二色でも同系色の物が多かった。
「アニマールが多いか‥‥‥昔は、最近は別のも着てるいしな」
ブツブツ言いながら、クローゼットのドアを閉めると一階に下りた。
冷蔵庫を確認して、土鍋を取り出す。
「本日は香藤洋二特製、豆乳鍋〜〜」
そういいながら夕飯を作り始めたのだった。

ある程度の準備を終えると、今度は自分の部屋に戻るとパソコンを立ち上げた。
ネットで『ネクタイ』を検索掛けると、あるネクタイ専門店のHPを見つけた。
それを開けて見てみると、ブランド名や色で分けてありそのページをゆっくり確認して行った。
「無難なのはこの系列だな‥‥‥でも、意外なところで‥‥‥」
一人で画面を除きながら、何本かのネクタイをピックアップしていく。
「香藤‥‥‥」
岩城の声が聞こえた気がして、顔を上げるとドアに寄りかかった岩城が立っていた。
「岩城さん、お帰り。気がつかなくってごめんね」
岩城の顔を見て、香藤は嬉しそうに言い返すと、パソコンの電源を落とした。
「調べ物だったのか?靴があったから来て見たんだけど‥‥‥」
岩城は申し訳なさそうに聞き返した。
「岩城さんが戻ってくるまで、時間が在ったから調べていただけで、急ぎって訳でもないんだから」
香藤はニッコリ笑って言い返す。
「そうか。夕飯どうするんだ?」
岩城も笑顔になり聞き返した。
「お鍋!!もう下準備してあるから、座敷で食べる?」
香藤が楽しそうに答える。
二人はそういって一階に下りて、香藤は台所で鍋を温めなおし岩城は座敷の炬燵に食事の準備を始めた。
ゆっくりとした時間が流れ、二人は会話を楽しみ夕飯を取ったのだった。
その時、香藤が27日の事に触れなかったので、岩城は忙しいのか‥‥‥と少しだけ寂しさを感じたが、忙しいのだから今年は仕方ないと思い直した。



「金子さん、少し時間空けられるかな?」
迎えに来た車に乗って、香藤は閉口一番に言った言葉だった。
「本日は‥‥‥場所にも寄りますけどね」
少し口ごもった金子の言葉に、
「詳しくは局に行ってから話すよ」
ため息をついて香藤は答えた。
控え室で香藤は金子にパソコンからプリントアウトした商品を取り出した。
「これとこれが第一候補のネクタイで、そしてこのタイタックもセットにしたいんだ。無い場合はこっちの方‥‥‥デパートか何かで買える所と時間が欲しいんだけど」
金子は渡されたプリントを見て、何かを考え込んでいる。
「香藤さんの撮影中に確認してきます。あれば抑えておきますんで」
金子が聞き返す。
「うん、プレゼント用に包んでもらってね。本当は自分で行きたいんだけどさ‥‥‥」
香藤が笑って言い返す。
「解りました。では、スタジオ入られたのを確認してから、外出させて頂きます」
金子はスケジュール表を見て、香藤に答えたのだった。
本日、香藤はこのスタジオに詰めての撮影だった。
下手をすると帰れないのかも知れないのだが、27日の休みを聞いていた香藤は自分に気合を入れなおして、立ち上がったのだった。
金子は受け取っていたプリントを見直した。
あるデパートに全ブランドが入っている事を知っていたので、まずそこに行く事にした。
取り寄せる事は時間的に間に合わないので、店に有る事を願って‥‥‥


「社長、そろそろ時間なので移動をお願いします。」
事務所で書類に印鑑を売っていた岩城に、清水が声をかけた。
「もうそんな時間ですか‥‥‥」
岩城は視線を上げると、こった首筋をほぐすように動かした。
「大丈夫ですか?」
清水が暖かいお茶を岩城の前に置いた。
「ありがとう、清水さん。まあ、少しずつ慣れていくしかないでしょうね」
岩城は答え、出されたお茶を口にした。
社長と俳優の二足わらじをはく事になった、岩城も又多忙を極めていた。
「この先、大河も入ってきますから、ますますですね」
清水が笑いながら、横に掛けてあるスーツの上着を取り出した。
「がんばりますよ」
岩城は答え、上着を受け取ると社長室を出て行った。
「ああ、明日ですけど‥‥‥」
清水が思い出したように聞き返す。
「えっ‥‥‥無理しないでいいですよ」
社長としての仕事もある岩城は言い返す。
副社長が岩城の代理を勤めているのは事実だが、岩城はできる事はなるべく自分でも仕様と思っていた。
「いえ、最近働きすぎです」
清水はきっぱり言い返した。
「何か、取引でもしましたか?」
岩城は清水を横目で見ながら聞き返す。
「誰とですか?」
清水は岩城の1歩後ろに立ちなおし、歩みを進める。
「香藤とです。無茶なお願いしたんじゃないでしょうね。あいつ」
岩城はため息交じりで、真顔で答えるが、
「いえ、それはありません。どちらかといえば、金子さんからです」
清水はきっぱり言い返した。
「?」
岩城は驚いて清水の顔を見た。
「詳しくは車の中でお話します。先を急ぎましょう」
ニッコリ微笑みながら言われ、岩城はあきらめ気味で車に向かったのだった。




清水と金子の二人は、マネージャーとして優秀だった。
特に受け持っている岩城と香藤の二人の為に、スケジュールの調整やなんだかんだで個人的に連絡を取っている節もある。
会社の規約に触れないかと思うのだが‥‥‥この事に関しては、どうやら両会社でも暗黙の了解らしかった。
二人が気持ちよく働いてもらうための配慮=会社の利益に繋がるからだった。
実際、『冬の蝉』以降は二人の出演料が跳ね上がった。
日本アカデミー主演男優W候補でもその名が上がり、さらに岩城が受賞した。
映画も認められ、受賞となれば二人を使いたいと思い他より高く設定するのも、当たり前の現象だった。
「本当に、自分では信じられないんですけどね」
今の立場に答えた、二人に共通の言葉だった。
その為、すれ違っていたのも事実だったので、ここらで鋭気を養ってもらうつもりで、マネージャー同士で勝手にオフを組んだのだった。
車の中でそれを聞いた岩城は、ため息を付いて苦笑した。
「出すぎた事と思いましたが、毎年27日は前後にオフを組んでいましたので」
清水は運転しながら答えた。
「組まれているなら、大人しくお休みもらいます。清水さん」
二人の気持ちも解るので、岩城はその申し出を大人しく受けることにした。
「そうしてください」
岩城の言葉を受けて、清水は笑いながら答え返した。
もうしばらくでTV局につくのを感じて、岩城は俳優の顔に変わっていった。



「じゃあ、香藤さん。明日は岩城さんと楽しんでくださいね。後、社長からですけど『28日も休み上げるからちゃんと英気を養うように』って伝言をいただいています」
家に送り届けた金子が、香藤に向かって笑顔で伝えた。
「28日も?ありがと、金子さん!!」
香藤は嬉しくなり金子に例を言った。
「後、清水さんからの伝言なのですが‥‥‥」
金子が言いよどむと、香藤が後を続け、
「岩城さんを壊さないように‥‥‥とか?」
苦笑気味に言い返すと、
「ええ、まあ‥‥‥あと、『28日岩城も休みにしてありますが、本人には伝えてありませんので、フォローお願いします』との事です」
金子は言い返すと、ではと言い残して車を発車させた。
香藤の手にはようやく買えた、岩城へのプレゼント
食材はケータリングを頼んでいる。
岩城は遅くとも今夜11時には解放させる予定だった。
「へへ、サプライズ〜〜〜〜岩城さん、今年は無いって思ってるしね」
香藤は嬉しそうに家の中に入っていった。

明日の事に、思いをはせながら‥‥‥



                 ―――――了―――――

                              2009/01   sasa