「桜の中で」




早くに家に帰れた香藤は、食材を抱え台所に置いた。
岩城が戻る前に、夕飯の準備をしようと買って帰ってきたのだった。
リモコンでテレビをつけると、とりあえず冷蔵庫に直し始めた。
『今年の開花は早いようです』
不意にニュースに流れるこの言葉を聴いて、温暖なんだなと思った。
悪く言えば温暖化‥‥‥
「じゃあ、4月には終っているところもあるんだ」
ふと甥っ子の顔が浮かんだ。
「あれ‥‥‥洋介って1年だ‥‥‥」
不意に気づいた事実に、思わず動きを止めた香藤だった。


その晩、仕事を終えて戻ってきた岩城に香藤はその旨を告げると、岩城も忘れていたらしかった。
「もう、そんな年なんだな‥‥‥」
二人が世間を騒がせた頃、香藤の妹は結婚した。
今の家に住むようになって、洋介が生まれた。
思い起こせば、この間のようなのに年齢を思い出すとそんな年月がたったのかと改めて思い知らされる。
その間、自分達の回りもいろいろあった。
「岩城さん、独立のつもりが社長だしね」
夕飯を出しながら、香藤が答える。
「お前も、一時干されていたけど、復活はたしな。あのドラマ視聴率よかったと聞いた」
岩城は席に着きながら、笑って答えた。
「ありがとうございます」
香藤の言葉は嬉しそうだった。
一昔に起こった事を二人は笑い話の様に言い、食事を始めたのだった。
「岩城さん、近いうちにオフある?」
香藤が思い出したように聞き返す。
「えっと‥‥‥3日後かな?確か」
岩城は自分の日程を思い出した。
「よかった‥‥‥俺もその日は、オフなんだよね」
香藤はニコッと笑って言い返した。
「ああ、そうだな」
岩城はその先の言葉を解ったように頷いた。



3日後‥‥‥
天気も晴れだった。
車に乗り込んで、二人は千葉に向かった。
洋介にお祝いをする為に‥‥‥

「ランドセルは親父達が買ってやったらしいよ。喜んでいるって」
洋子に行く事を連絡した時に聞いた事を香藤は答える。
「洋介君は‥‥‥どうなんだろうな」
岩城は思い出したように言い返した。
「何が?」
運転している香藤は、チラッと岩城を覗き見して聞き返す。
「1年生の子は、ランドセルを背負っている子と、ランドセルに背負わされている子がいるだろう」
岩城はクスッと笑いながら答えた。
「そうだね‥‥‥岩城さんの写真は背負わされている方に見えたな‥‥‥」
香藤は岩城のアルバムを思い出して言い返した。
「早生まれだからな‥‥‥6歳入学だから4月生まれと比べると小さい方だったからな」
岩城は懐かしそうに答える。
「俺も微妙だな‥‥‥ランドセル引きずっていたって、親は言っていたからな‥‥‥」
香藤の答えも、懐かしさを含んでいた。
「この間、洋介君は大きいと思ったけどな」
香藤別荘で洋介と会った事を思い出し、岩城は優しい顔になっていた。
二人の会話は香藤の実家に着くまで、途絶える事はなかった。



香藤の実家に着くと、玄関先には洋子と洋介の靴が並んでおかれていた。
「ただいま、来たぞ」
香藤が大きな声で玄関から上がる。
「お邪魔します」
岩城がその後ろに続く。
「いらっしゃい。洋介見てくれる?」
洋子が奥から顔を出して香藤と岩城の二人を迎え入れた。
入学式には立ち会えない、祖父母に洋介は入学式の服装を見せたいと言っていた。
香藤と岩城がお祝いに行きたいと連絡を入れた時、今日、香藤家に集合となっていた。
「洋介、どんな様子だ」
香藤が楽しそうに聞き返す。
「あっ、いわきしゃ、ようちゃだ」
入学式に着る予定のスーツを着て、背中にマリンブルーのランドセルを背負っていた。
「へぇ〜〜洋介。ランドセルの色綺麗だな」
香藤が驚いて言い返す。
「そうでしょ。私達の時は赤と黒だったから、お店に行って私も欲しいと思ったわ」
洋子が楽しそうに言い返す。
「今はいろんな色があるらしいですね。見ていても楽しそうですね」
岩城はいろんなランドセルが道を歩く様子を思い浮かべたのだろう、洋介を優しい目で見ていた。
「洋介が着替え終ったら、近所の公園で写真を取ろうと思ってね。桜が綺麗なんだよ。岩城さん、洋二も一緒にとるだろう?」
洋一がデジタルカメラを片手に、二人に聞き返してくる。
「もっちろん!!洋介、ランドセル重くないか?」
香藤が洋介の頭を軽くポンポンしながら、聞き返すと洋介は笑顔で
「重くないよ〜〜〜」
香藤の手を自分の小さな手で反撃しながら言い返す。
「じゃあ、行きましょう」
美江子が嬉しそうに、その場にいた全員を立ち上がらせたのだった。
外に出ると、風によって桜の花びらが舞ってきた。
洋介はその中を、嬉しそうに掛けていく。
「洋介、コケないように気をつけてね」
洋子があわててその後ろを追っていく。
洋一と美江子は洋子の2人目の孫を抱き、目を細め見つめ二人で仲良くその後ろを歩いて行く。
「ねぇ、岩城さん」
香藤はそんな様子を見て、横に並ぶ岩城に声をかける。
「なんだ?香藤」
岩城は洋介達から視線を外さず、香藤に聞き返す。
「来年、新潟にお祝いに行こうよ。オフとってさ」
香藤は岩城にそう言い返した。
「あっ、そうか‥‥‥来年は日奈の」
岩城は改めて香藤の優しさを感じ取る。
「日奈ちゃん、桜色のランドセル背負ったらかわいいとおもわない?」
香藤は周りの桜色を見てか、言い返した。
「そうだな‥‥‥」
岩城も答え楽しそうな洋介を見つめた。
「いわきしゃ〜〜〜ようちゃ〜〜〜はやく!!」
この間まで、頼りなさそうな洋介がお兄ちゃんになってしっかり見えるのも、ランドセルのおかげなのだろうか?
岩城と香藤の二人は、洋介の呼びかけに足早に歩いたのだった。


ふと風が吹き、桜が舞い散る
この先を祝福するように‥‥‥



                      ―――――了―――――


                        2009/04     sasa