【芝桜】
「出掛けよっか?」 久しぶりにオフが重なった暖かい春の日。 早々に家事を片づけて、読書にしかかった俺の顔をのぞき込んで香藤が言ってきた。
「どこへ?」 「んっふっふ〜、な・い・しょっ!」 俺の返事を聞かないまま、香藤は、早く、早く、と腕を引っ張ってきた。 こんなに嬉しそうな顔をしてるのに、行かない。とは言えないな。 読みかかった本を、ソファーの上に投げ出した。
「あっ!本は持ってきていいよ、読めるから」 一体、どこへ連れて行くんだ? まあ、どこでもいい。 きっと香藤が考えていることは俺が楽しめることなんだから。 いつも、いつも俺の事を考えていてくれる。 だから、安心して香藤について行ける。ひっぱられる腕が嬉しい。 玄関を出て、車に乗る頃には、俺も楽しくなってきた。
車で走ること小一時間。都心から離れて緑が多くなってきた。 BGMは最近の香藤のお気に入りのグループ。 メンバーが多すぎて俺には覚えられないが、ダンスパフォーマンスがすごい。 たまに香藤がテレビを見て一緒に踊っている。いい運動になるらしい。 教えるから付き合って!と、しょうがなく教えて貰っていたら、 『岩城さんの腰つきが犯罪―!』と、訳のわからん事を言われて、そのままソファーに押し倒された。 ・・・もう、覚えてやらない。ふん。
香藤は楽しそうに音楽に合わせて鼻歌を歌っている。信号で止まるたびに、こっちを見て笑う。 こんな時間を過ごせるのが、なんだかとてもくすぐったい。
大きなカーブを何回か曲がり、山が見えてきた。 道沿いに大きなゲートがあり、車がウインカーを出しながらゲートを越えてそのまま坂道を上り始めた。
「どこなんだ?ここ」 「都営の運動公園」 「かなり、大きいな」 「でしょ?たぶん都営では大きい方に入るんじゃない?」
山の中腹に駐車場があり、目の前に大きな体育館かな? 色々なスポーツが出来るようで、テニスボールのポーン、ポーンという音や、 野球のカァンっと金属バットが鳴るいい音を出していた。 ぐるり、と辺りを見回すと、駐車場から運動場まで、数え切れないくらいの桜が咲いていた。
「見事だな」 そう呟くと、香藤が嬉しそうに 「うん、花見の穴場なんだって 都営の施設だから夜になると終まっちゃうし、夜店とか出ないから、 本当に桜を見て楽しむってだけなんだけど」
香藤が後部座席に積んでいた荷物を引っ張り出して、 「で、こんないい天気なんだから、岩城さんと外でお弁当食べようと思って!」 「お弁当、作ってきたのか?」 「うん!」
香藤の持つバスケットの取手の片端を持ったら、少しびっくりして、それから本当に嬉しそうに微笑んだ。 楽しみだな、と、呟くとまた、うん!と頷いた。
桜並木を歩いて、暫くすると大きく開けた広場があった。 少しゆるやかな斜面に広がる桜より濃いピンク。 芝桜だ。 漸く芽を出し始めた芝の緑と、それより濃い緑のクローバー。 そして、鮮やかな色の芝桜。道沿いにあったよりも二回りも大きい桜。 まるで、絵本の一場面のような風景に俺は息を飲んだ。
「すごいな・・・」 「へへっ、洋子がね、ついこの間、ここに来たんだって!で、あんまり良かったから、 “お兄ちゃんも岩城さんとどう?”って写メ付きでメール送ってきたんだ! それで、二人揃ってオフだし、天気も良いし、即実行!ってわけ」 大成功!とガッツポーズをしながら、歩き出した。
ちょうど良い平らな所にキルトを敷いて、二人で足を伸ばして座った。 香藤が、気持ちいいね、と、にこにこしながら俺を見ている。
――――たぶん、香藤は……。
少し、間を置いて、俺は口を開いた。 「悪かった、心配かけたな…」 「ん?」 「知ってたのか?」 「…うん、まあね、同じ業界だし、事務所経由とか、色々言ってくる人もいるし…」 「そうか…」 「でもね、心配はしてなかったよ。岩城さん、ちゃんと俺を頼ってくれるもん」 「はは、そうだな、俺のストレスは全部、お前が吸い取ってくれるからな」 「もちろん!……でもね、俺に頼ってくれる岩城さんを、ちゃんと俺はいい方向に向けることが出来るのか?って…、 そっちの方が心配。だって、俺、絶対岩城さんより経験値少ないし、すぐ突っ走るし、ガキだからさ…」 「そんなことないよ。先の事なんて誰にもわからないからな。色々考えて、その時一番ベストだと思う答えに進めばいい。 それで失敗したら、また考えて」 「…そうだね」 「二人で考えて進んで行ければいい。そしたら、すごく楽しいと思わないか?」 「・・・・・・・」
いきなり、香藤が苦虫を潰したような顔をして、じたばたし始めた。
「どうした?」 「くっは〜〜〜っ!やっぱり岩城さんって俺殺しの天才! 何?!すんごいセリフをさらっとさ〜っ!とびっきりの笑顔で言うんだもん〜〜〜っ」 「なに言ってんだか」
ぱらり、と本のページをめくる音と、少し離れた所の家族連れが遊ぶ声と、野球の声援の声。 後は、たまに吹く風にざわめく桜の枝の音。 俺が本を読み始めて、すぐに香藤は寝てしまった。
ふと、本を読むのを止めて香藤の寝顔をのぞき込む。 人差し指の甲で、頬にかかった少し長めの前髪をはらった。 まったく、反応がない。本当に熟睡してる。 きっと俺が隣にいるから安心してるんだろう。それが本当に幸せと感じる。
―――――キス、したいな。
俺は手元にあったブランケットを掴んで、自分と香藤だけの世界を作った。
おしまい。
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なはは〜、SSっていう物より“お休みの二人を行動をまんま、書いただけ”?的な・・・。 イラストのなが〜い説明文のような…?(笑) 自分的には“今回は笑いに走らないぞ!”って思いで書きました。(笑) 春の日のひととき、皆さんのお暇つぶしになれば幸いですv hoshi |