クリスマスの贈り物 |
「ただいま〜、岩城さん!」 シャンパンのボトルと、クリスマスらしく美しくアレンジされた花をかかえて香藤はリビングに入った。 「おかえり、香藤。寒かっただろう?」 キッチンに立っていた岩城が振り返って微笑む。クリスマスイブの今日、珍しく夕方で仕事をあがることができた岩城は、あれこれ苦労しながらも香藤のために夕食を用意していた。 「ん〜、いいにおい!何作ってくれたの?」 シャンパンと花をテーブルに置くと、岩城を後ろからその腕でつつみこんで、香藤は岩城の手元を覗き込んだ。 「うまくできているかどうかわからないんだが・・・。ビーフシチューに挑戦してみた」 はにかむようにうつむいて頬を染める岩城のあまりの可愛さには、たとえ何年連れ添おうと香藤が馴れることはない。くらくらしながら自分のほうを向かせると、はじめはついばむようにやさしく、やがて深く甘くその唇をむさぼり始めた。岩城は香藤の髪に手を入れながらそれに答えた。岩城とて、料理を作っている間中、ずっと香藤のことを考えていたのだ。(喜んでくれるだろうか? おいしいと言ってくれるだろうか?) こうして二人の幸せなクリスマスイブが始まった。 シャンパンを開けながらお互いにプレゼントを贈りあい、シチューで会話が弾む。 「あ、そういえば、俺今日、他にもクリスマスプレゼントもらっちゃった。ほら、岩城さんも知っているでしょ、スタイリストのTさんから」 Tは30代半ば、サバサバして磊落な感じの女性だった。 「よかったな。何もらったんだ?」 わくわくして秘密を打ち明けるような、そんな表情の香藤をほほえましく思いながら岩城が聞いた。 とたんに、香藤の頬にわずかに赤みがさした。 「ん〜、えっと、それがね・・・。あの・・・。これなんだ」 香藤がリビングにおいていたバッグからすこし恥ずかしそうに出してテーブルに置いたのは、不思議な形の白い石のようなものだった。 「何だ、これ?石・・・か・・・?」 「うん、何かに使うものなのか、ただの置物なのか、よくわからないんだけど・・・」 「そうだな。ペーパーウェイトかな? それにしては妙な形だな」 香藤の話した経緯はこうだった。 スタイリストであるTは、年に何度かヨーロッパに仕事で行く。今回も買い付けのために10日ほどヨーロッパをめぐり、つい昨日帰ってきたのだという。今回は仕事以外にも時間があり、好きな骨董市にも足を運んだのだが、そこでとある売主からひと山いくら、ということで買ったもののなかにこの石があったのだ。その雑多な物たちは、なんでも売主の曾祖母がその母親からもらったもので、その曾祖母の母親も曾祖母も愛する人と結婚し幸せな生涯を送ったから、これらの物を買えばきっとあなたも幸せになる、というのが売り口上だったらしい。それをTが面白いと買い、今日、撮影のスタジオに持ってきて、皆にクリスマスプレゼントとして配ったのだという。 「あはは・・・。Tさんらしいな。」 「でしょ?好きなもの取ってっていい、っていわれてさ。写真立てだの、食器だの、ちょっとしたアクセサリーだのって、あったんだけどね・・・」 香藤はなぜだか、皆が見向きもしなかったその石に強く惹かれたのだった。 「握ってみたら、なんだかわからないんだけど、どうしても欲しくなっちゃって・・・」 石なんかではなく他にもっといいものをもらったらいいのに、とスタッフにからかわれたが、この石をもらってきた。 「なんでかな。これ岩城さんにも見せたいって思ってさ。不思議な形なんだけど」 岩城はそれを手に取ってみた。そのとたん、何ともいえない暖かい感じが手のひらから伝わってきた。 「ん、なんだか触った感じがしっくりくるな。それにこの形、俺もいいと思う」 香藤がぱっと目を輝かせた。 「でしょ〜!よかった、岩城さんもそう思うんだ!」 「ああ、なぜだか分からないが・・・。この石、俺も好きだぞ」 子どものように無邪気に喜ぶ香藤を苦しいほど愛しく思いながら、岩城が答える。 それにしても、と香藤が笑った。 「なんだろね、この石」 むかしむかしのお話です。 とある町の表通りの四つ角にお店がありました。 そこには、鮮やかな薔薇の描かれたお皿だの、色とりどりの糸で刺繍されたテーブルクロスだの、ピカピカ光った真鍮のろうそく立てだの、華やかなドレスの貴婦人の絵だのが売られていました。 そしてそのショーウィンドーの片隅に、小さな陶器の人形がふたつ並んでいました。 ひとつは、茶色のカールした髪に茶色の目をした、愛らしく快活そうな男の子の人形でした。 もうひとつの人形は、黒い髪に深い漆黒の瞳をした、恥らうようにやさしいほほえみを浮かべた男の子でした。 2つの人形はこれまでずっと一緒でした。遠く離れた小さな町の若く貧しい職人夫婦によって、同じ日に作られたのです。夫が形を作り焼き上げたものを妻が美しく彩色して、二人は力をあわせてこの人形たちを作りました。夫婦は互いにとても愛し合っていました。そして二人とも、自分たちが作った人形を心から愛していました。その愛が、人形たちに命を吹き込んだのです。 ショーウィンドーに飾られた2つの人形は、いつも二人で空を見上げて話しをしたり、近くの木の枝にとまる鳩に挨拶したり、行き交う人々を眺めたりしていました。たいていは茶色の髪の男の子が元気に話すことに、黒い瞳の男の子が楽しげに耳を傾けるのです。そして2つの陶器の人形は、これから自分たちがどのような人に買われていくのだろうと話していました。 それは降り積もった雪の上に粉雪がちらつく、寒いクリスマスイブのことです。 毛皮のついた暖かそうなマントを着た女の子が、立派なひげをはやした父親に手をひかれて、四つ角の店の前を通りました。女の子はショーウィンドーで足をとめて、その陶器の人形たちをじっと見つめ、父親に何か言いました。そして父親とともに店に入ってきました。父親はショーウィンドーに飾られた人形を指さして、店主に言いました。 「あの、茶色い髪の陶器の人形が欲しいのだが」 店主は困りました。人形は対であり、ひとつずつでは売らないものだったからです。それを聞いた女の子が言いました。 「茶色の髪の子がいいわ。おうちにいる、バレリーナのお人形のお婿さんにするのだもの。黒い目の男の子はいらないのよ」 「値札の値段を出そう。それで茶色の髪の人形だけでいい」 と父親は店主に言いました。 とうとう店主は根負けし、茶色の髪の人形だけを売ることとしました。値札のままの値段を払うというのですから、損はないのです。黒い瞳の人形は少し値を下げてまた誰かに売ればいいのだと考えました。 店主はショーウィンドーから茶色の髪の人形を取り出そうと手をのばしました。 「お別れだね・・・」 胸のつぶれるような思いでやり取りを聞いていた茶色の髪の男の子の人形は、やっとそれだけ、隣に並んだ黒い瞳の男の子に言いました。そして茶色の髪の人形は箱に入れられ、きれいな赤いリボンをかけられて、女の子にかかえられて店を出て行きました。 残された人形の黒い瞳から、涙がこぼれ落ちました。 茶色の髪の男の子の人形が連れてこられたのは壮大なお屋敷でした。暖かな広い部屋に飾られた大きなクリスマスツリーにはたくさんのろうそくの火が灯り、まわりじゅうがきらきらと輝いていました。テーブルの上には、おいしそうなごちそうが湯気をたてていました。 女の子はリボンをほどくと、男の子の人形を暖炉の横の棚に飾っていたバレリーナの人形の横に置きました。そしてちょっと首をかしげて眺め、満足げにうなずいて言いました。 「かわいい私のバレリーナ。約束していたお婿さんよ」 貧しい職人の家と四つ角の店のショーウィンドーの中しか知らなかった茶色の髪の男の子の人形は、あたりがあまりにも眩しくて目があけられませんでした。でも何よりも、黒い瞳の男の子の人形と離れ離れになったことが悲しくて、涙で何も見えなかったのです。 「お嬢様がお婿さんを買ってくださるっていうから、どんな素敵な殿方か楽しみにしていたら」 バレリーナの人形が、つんとして言いました。 「まだ子供じゃないの。おまけにクリスマスイブだというのに涙なんてためて。私はごめんだわ」 そして向かいの壁にかけられた絵の中の紳士に笑いかけ、楽しげにおしゃべりを始めてしまいました。 やがて夜がふけ、部屋の明かりが消えました。 男の子はわずかに開いているカーテンの隙間から外を眺めて、どうしたらあの四つ角の店にいる黒い瞳の男の子にまた会えるか考えました。でも人形である茶色の髪の男の子は、自分で動くことはできません。ここから出てあの黒い瞳の男の子の元に戻ることなど、とうてい無理でした。 「神様、どうかお願いです。ひと目だけでもいいのです」 男の子の人形は目に涙を浮かべて、そうつぶやきました。 そのときです。少し開いていた奥の部屋のドアから、美しい銀色の毛の犬が入ってきました。この屋敷で飼われている、年をとった犬でした。 犬は男の子の人形を少しの間眺めると、棚の横に置いていた椅子にひらりと乗りました。そして体を伸ばして男の子の人形をくわえると、椅子から降りて、そのまま部屋を出ました。廊下の隅の、階段の下まで男の子を連れて行くと、床に置きました。 「今夜はクリスマスイブだ。この屋敷の誰もが幸せな夜だった。お前さんを除いてな」 犬はやさしい目で静かに男の子に言いました。 「泣いている人形は見たくないんでね」 「犬のおじいさん、部屋から連れ出してくれてありがとう。でもどうやってお屋敷の外に出ればいいの?ドアは閉まっているのに・・・」 男の子は心配そうに言いました。犬はそれに何も答えず、ただ低く喉をならしました。すると、階段の下の小さな穴から、ねずみが顔を出しました。そして犬に向かってうなずくと、男の子の足をその小さな歯でくわえて、穴に引っ張り入れました。真っ暗な穴の中で男の子は何も見えず、ただねずみに引っ張られて進んでいきました。しばらくすると、急に冷たい風を感じました。屋敷の外の庭まで出たのです。 「ねずみさん、お屋敷の外に出してくれてありがとう。」 男の子は言いました。 「礼はいいさ。あの犬のじいさんには、食べ物がなくて困っていたときに、えさを分けてもらったんだ。じいさんの頼みとあれば聞いてやりたいのさ。でもおいらがしてやれるのはここまでだ。この雪の中、寒くて動けないんでね」 男の子は不安でいっぱいになりました。ここからどうやって、あの四つ角の店まで行けばいいのか、まったく分からなかったのです。 するとねずみが一声鳴きました。そのとたん、羽音をたててどこからかカラスが飛んできて、庭の木にとまりました。カラスは男の子の人形に向かって降りてくると、男の子をくちばしではさんで再び飛び立ちました。そうして町の家々の屋根をこえて、まっすぐ飛んでいきました。寒く暗い夜でしたが、カラスは間違うことなく、男の子の人形を四つ角に向かって運びました。そうして四つ角についたのは、夜中をまわったころでした。クリスマスの日です。雪が降り、あたりは真っ暗で静まり返っていました。からすは男の子の人形をショーウィンドーのすぐ前の、積もった雪の上に置きました。 「カラスさん、四つ角まで連れてきてくれてありがとう」 男の子は言いました。 「お礼はいいわ。あのねずみは、私の子が人間の落とした糸に足をとられて動けなくなっていたときに、糸を噛み切って助けてくれたのよ。その恩があるからね。でも私ができるのはここまで。店の中には入れないから」 そう言うと、カラスは飛び立っていきました。 茶色の髪の男の子の人形はひとり、ショーウィンドーの前の雪の上に取り残されました。ショーウィンドーにはいつもの夜のとおりカーテンが引かれていて、黒い瞳の男の子の姿は見えませんでした。 ガラスの向こうにはあれほど会いたいと願った黒い瞳の男の子がいるのに、自分で動くことができない茶色の髪の男の子の人形はどうすることもできません。このままだと降り続く雪に埋もれてしまうかもしれません。悲しくて涙がひとしずく男の子の目から零れ落ちました。するとその涙は雪の上に落ちて凍りつき、剣のようにきらっと鋭く光りました。その光が夜の空を貫いて、ちょうどそこを箒にまたがって通りかかった白いひげの魔法使いの目をくらませました。魔法使いは茶色の髪の男の子の横に落ちてきました。 「なんとまあ、このわしを空から落としたのが、こんな小さな人形だとはな。情けないわい」 白いひげの魔法使いが腰をさすりながら言いました。 「魔法使いさん、ごめんなさい。でもどうか助けてください」 茶色の髪の男の子はこれまでの話を魔法使いにしました。魔法使いは言いました。 「すると、おまえは犬やねずみやカラスに助けられてここまできたのじゃな」 男の子の人形はうなずきました。 「今日はクリスマスじゃ。おまえの願いをかなえてやろう。ただし、おまえも誰かを助けなければいけないよ。悲しい思いをしている誰かを助けるというのなら、その黒い瞳の人形に会わせよう」 魔法使いの言葉に、男の子は自分が何をできるのか一生懸命考えました。でも人形である男の子には、自分にできることが思いつきませんでした。男の子は悲しそうに魔法使いの顔を見上げました。 魔法使いは、男の子の前に手をかざしました。するとそこに、病気の子のベッドの前で泣いている、若い母親の姿が浮かび上がりました。 「この子の命は今、消えようとしておるんじゃ」 魔法使いは男の子に言いました。 「おまえには、作ってくれた職人に吹き込まれた命がある。どうじゃな。その命を病気の子どもにやるというのは。そうすればおまえは、子どもも、悲しみでいっぱいのあの若い母親も救ってやれよう」 しかし、魔法使いは続けて言いました。 「だが、もしおまえが自分の命を病気の子どもにやってしまうと、もうおまえは陶器の人形ではいられまい。硬い石になってしまうんじゃ。それでもよいかのう?」 男の子は魔法使いの顔をじっと見つめました。それから、カーテンに閉じられているショーウィンドーを見ました。ひと目だけ、もうひと目だけでもあの黒い瞳を見たい、あの黒い髪の男の子に会いたかったのです。このまま会えないより、硬い石になるほうがずっとよかったのです。 茶色の髪の男の子は言いました。 「魔法使いさん、この命は病気の子どもにあげます。だから石になる前にほんのひと目だけでいいのです、ショーウィンドーの中にいる、黒い瞳の男の子に会わせてください」 魔法使いはうなずいて立ち上がると、ショーウィンドーに手をかざしました。するとたちまちそこがまばゆく薔薇色に輝き始め、光の輪ができました。そしてその輪の中に、あの黒い瞳の男の子の人形が現れたのです。魔法使いは、茶色の髪の男の子の人形を手に取ってその光の中に入れました。 その瞬間、奇跡が起こりました。これまで動くことができなかった2つの人形はお互いの手をのばし、しっかりと抱き合ったのです。黒い瞳から涙があふれました。茶色の目からも涙がこぼれ落ちました。そうして2つの人形はただ黙ってお互いを力の限り抱きしめていたのです。 それをじっと見ていた魔法使いが、やがて静かに手を上げました。すると、光はさらにまぶしく輝き、2つの人形もショーウィンドーも店も包み込みました。そうしてしばらく輝いていましたが、だんだん光が小さくなっていって、やがて消え、あたりはまたもとの暗闇にもどりました。ショーウィンドーも店も四つ角も、何事もなかったようにもとのとおりにありました。 魔法使いはゆっくり箒にまたがると、夜の空に飛び去っていきました。 クリスマスの日の朝、雪はやみ、明るい陽が家々や道を照らしてまぶしい光を振りまいていました。 「クリスマスおめでとう」 「クリスマスおめでとう!」 人々は口々にそう言い交わし、楽しそうな顔が町中にあふれていました。 人々の行き交う足元、道の片隅に、小さな石の塊がころがっていました。 誰も気づかないその石の塊は、よく見ると人の形のようでした。それがふたつ、しっかりとくっついているような、そんな不思議な形をしていました。 やがて貧しい身なりの母親と一緒に、寒さで頬を赤くした女の子が通りかかりました。女の子は道の隅にころがっていた小さな石の塊に気づいて拾い上げました。しばらく手の上でそれを眺め、にっこりと笑って大事そうにかかえました。 「何を拾ったの?」 母親が尋ねました。 女の子が輝くような笑顔で答えました。 「かあさん、神様からクリスマスの贈り物をもらったのよ」 貧しいためにクリスマスの朝にりんご1つすら子どもの古びた靴下に入れてやれず、それをつらく思っていた母親は、女の子の髪をやさしくなでると微笑んで言いました。 「ではかあさんと、神様にお礼のお祈りをしましょうね」 「何の石でもいいさ。俺も気に入ったよ。リビングにでも置くか」 そうだね!とうれしそうに香藤が立ち上がって、リビングのラックにその石を置いた。 「なんだかうまく言えないんだけど・・・」 「ん?」 「この石見ると、俺、幸せな感じがするんだよね、変かな?」 照れながらそう言う香藤へ、岩城が笑いながら答えた。 「変じゃないさ。俺もどうしてかそう感じるよ。ステキなクリスマスの贈り物だ」 「あ、岩城さん、12時回ったよ。メリークリスマス!愛してる!」 香藤が岩城の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。 香藤の肩に顔をうずめ、その暖かさと漂ってくる香りに切ないほどの幸せをかみしめながら岩城は言った。 「メリークリスマス。香藤、俺も大好きだ・・・」 人々は知りませんでした。 あのクリスマスの日、光の中でしっかりと抱き合った人形たちがどれほど幸福であったかを。 そして石となってからは、それを持つ者が心から愛する人とずっと幸せに暮らすのを、やさしく見守るようになったことを。 誰も知りませんでした。 2008.12.14 シャバシャバカレー |