たまには‥‥‥こんなクリスマス



「やはり‥‥‥そうですか‥‥‥」
机の上に手をついて、ため息交じりで返事をする。
「ええ、この時期は‥‥‥事務所としても‥‥‥」
清水の横に立っている、年配男性社員が言い返した。
テレビ局、ラジオ局等に事務所に所属している売込みの一環として、上層部の招待される季節のパーティなどは大事な営業の一環だった。
特に、テレビ局のパーティには社長が出て行くことも多く、他のプロダクションとの横のつながりを、持つ意味で大事な事だった。
「仕事のほうは?」
清水がスケジュールを見て、大まかなことを言い返す。
「やっぱり‥‥‥出ないといけないですね?ちょっと苦手ですが」
苦笑気味に言い返すが、わがままな事は解っていた。
今回、事務所の社長となったことで俳優としての仕事のほかに雑務が入ってきた。
たまに、接待を受けないといけない事もあり。岩城は多忙を極めていた。
「この辺りは、生番も入っていませんし、できれば、新社長も、と向こう側も言っております‥‥‥」
男性社員もそんな岩城に答える。
「本音としては、忙しい社長にお休みを差し上げたいのですが」
清水も苦笑しつつ答える。
「まあ、仕方ありません。清水さん、出られそうなの分を組み込んでいただけますか?」
岩城も覚悟を決めたように言い返した。
「解りました」
岩城の返事に少し安心した用に清水は言い返したのだった。
男性社員が社長室を出た後で、
「よろしいのですか?社長」
清水が再び聞き返した。
「香藤、今年中は休み取れない用なんですよ。クリスマスも仕事が入っていたようですしね」
岩城が言い返す。
「解りました。じゃあ、そろそろ移動しましょう」
清水が時間を見て、岩城の上着を取った。
ここから、俳優岩城京介としての時間が始まるのだった。


0時を過ぎた頃に岩城は自宅に戻った。
部屋の明かりは付いて無かったので香藤も遅いのだなとさびしく思った。
「では、明日は10時ごろお迎えに上がります」
清水が車の中から、岩城に声をかける。
「遅くまでお疲れ様です。」
岩城は清水に言い返すと、家の門を開けると中に入った。
清水は門の鍵が掛けられるのを見届け、車を発車させたのだった。


リビングのカレンダーに二人の予定が書かれていた。
岩城はそれに目をやり、確認する。
ソファーに荷物を置くと、台所に向かい冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「今年は‥‥‥どうしようかな」
岩城はボトルに口を付けると、ぼんやりとして呟いた。
香藤と暮らし始めてからクリスマスは一緒にいることが多かった。
今年は初めて別々に過ごす事になるなと思うと寂しさも感じた。
鞄から携帯の着信音が聞こえ、あわてて取り出そうとするが、音が消えた。
着信のランプが付いているの確認すると、
『岩城さ〜〜〜ん、御免ね。今夜、帰れそうに無いです;;クリスマスもどうなるか解らない』
香藤からのメールを見て、ふと笑顔がこぼれた岩城だった。



すれ違いのままで、クリスマスが近づいてきた。
社長室から、空いた時間に香藤に電話をしてみるが、留守電に繋がるばかりで、直接話す時間が無かった。
『香藤、クリスマスに事務所社長としてパーティに出ないといけなくなった。すまない』溜息交じりで、香藤の携帯にメールで伝言を送った。
直接話して、駄々をこねる香藤を見てなだめたかったのだが、それもできない。
「う〜〜〜ん、欠乏症かな?」
岩城は香藤に言えないなと、思いつつ呟いたのだった。



「じゃあ、クリスマスはそのパーティに出ないといけない訳ね」
控え室で香藤が溜息交じりで金子に答えた。
「すいません。昼もお忙しいのにこんな事まで‥‥‥」
金子が缶コーヒーを渡しながら、すまなそうに答える。
「仕方ないよ。スポンサーのテレビ局主催のクリスマスパーティだしさ‥‥‥でも、岩城さんと話せないのは、辛い」
香藤は思ったことをつぶやいた。
「岩城さんもお忙しいみたいですね。俳優の他に社長業も入ってきて」
金子は香藤の様子を見て、言い返した。
「そうなんだよ〜〜〜〜;;岩城さんに言わせると、勝手が解っている社員達で助かってるそうなんだけど、何分社長が出ないといけない商談とか、覚えないといけない事が多くって大変だって」
香藤がその言葉に思わず言い返した。
「経営とか、これからの方針など‥‥‥うちの社長を見ていても頭が上がりませんしね」
金子は香藤に同意した。
そんな話をしているときに、香藤の携帯がメール着信を伝えた。
「あっ、岩城さんからだ」
香藤は着信音でいそいそと携帯を取り出し、メールを確認した。
「金子さ〜〜〜〜ん、今年のクリスマスは無いと決まりました;;岩城さんも社長業入ったって」
メールを見て大きな声で言い返し、金子に泣きついてしまった。
「いつまでも、ラブラブなんだな〜〜〜じゃ、俺たちとクリスマスするか?」
そんな声が聞こえて、ドアを見るとそこから小野塚が顔を出していた。
「お〜のぉ〜づぅ〜かぁ〜!!勝手に入ってくるな!!」
その顔を見て香藤が言い返す。
「いや〜〜香藤の名前見つけたんで、遊びに来たんだよ。宮ちゃんと」
小野塚は自分の手の先に引っ張ってきた宮坂と一緒に、控え室に入ってきた。
「岩城さん、仕事か〜〜残念」
宮坂も言い返し、香藤にケーキの箱を渡した。
「なんだ?これ?」
香藤は受け取ると机の上で広げる。
「差し入れのおすそ分け。シュークリーム」
宮坂が答えると、椅子に座る。
「何か、飲み物買ってきます」
金子があわてて言い返した。
「じゃ、俺はお茶を、ミヤは珈琲?」
小野塚がすぐに返事をした。
「ホットでお願いします」
宮坂もそう答えると、頭を下げた。
「解りました」
急ににぎやかになった控え室を金子は後にして、自販機に走ったのだった。
金子の携帯に着信がなったのは、飲み物などを買い揃え香藤の控え室に戻った後だった。



忙しい合間を縫って、二人は家に戻っていた。
すれ違っても、此処に帰っているとわかる微かな気配に、二人は安堵感を覚えていた。
部屋の中にわずかな変化に、岩城は自然と微笑をこぼすのだった。
リビングのソファーに座り、目を閉じる。
最後に香藤の顔を見たのを思い出そうとして、寂しさを思い出した。
「この家は‥‥‥こんな時困るな」
体が微かに熱を持っているのが解り、岩城は苦笑した。
ソファーで体を投げ出していたが、岩城は立ち上がると疲れを取るためにお風呂へ向かうのだった。


「お疲れ様〜〜〜」
仕事を終えて家に戻ってきた香藤は、車を運転している金子に言葉を掛けた。
「明日‥‥‥いえ、今日は昼前にお迎えに上がりますので」
金子は時計を確認して言い返す。
「うん、解った」
香藤は家を見て、笑顔で答えた。
岩城が今日は家に戻っている事が解ったからだ。
先に戻った方が外灯を付ける約束が二人にはあった。
灯りを見つめ、足早に家へ消えていく香藤を、金子は少し羨ましそうに見つめていた。
家の玄関を開けると、リビングは明かりが消えていた。
「寝室かな?」
香藤は呟くと、足音を立てずに二階に上がる。
ドアを開け岩城のベッドを見るが、寝ている気配が無く、残念そうに溜息をついた。
そのまま、自分のベッドを見て、顔が自然とほころんだ。
岩城が香藤のベッドの上で寝ていたからだった。
「もう〜〜〜なんで、こんなに可愛いかな〜〜〜」
ズルズルと座り込んで、香藤は幸せなため息をついたのだった。
香藤はいそいそとシャワーを浴びると、岩城を起こさないように横に滑り込んだのだった。





25日のパーティ会場には、各事務所の社長やそこに属する俳優やアイドル達が出ていた。
岩城もそんな中、清水と営業部長と共に挨拶に追われていた。
そんな中、香藤の所属する事務所の社長と顔を合わせる事とった。
「お久しぶりね」
笑顔で声をかけてくるのを見て、
「うちの浅野が共演でお世話になっています」
岩城が答える。
「社長業が板についてきたね。どうだい?忙しい‥‥‥だよね。洋二が泣いていたよ」
楽しそうに笑いながら、岩城に言い返した。
「‥‥‥あいつ‥‥‥」
岩城は苦笑して呟いた。
「いい男になったと思うよ。いろんな意味でね」
飲み物を持っているボーイを呼びながら、言い返す。
「ありがとうございます」
嬉しい言葉に岩城は思わず頭を下げた。
そこから先は他愛無い話をしていたのだが、
「ところで、うちの子のパートナー頼んでいいかしらね?岩城君」
急に言われ、岩城はまじまじと顔を見た。
「ここのテレビ局で主役する子なんだけどね。仕事の方面での営業が終わったら帰りたがってね‥‥‥もう少し、居てほしいから岩城君、相手してもらえないかしらねって思うんだけどね」
楽しそうに言い返すのを、岩城はどうやって断ろうと思案していた。
「社長、こんな所に居た〜〜〜もう、帰って‥‥‥って、岩城さんだ〜〜〜;;」
不意に声が聞こえ、それがよく知っている声で岩城は驚いた。
「香藤?なんでここに?」
思わず聞き帰すと、
「来クルーここで、連ドラやることになってさ」
香藤が答える。
「って、事でお願いしたわよ。岩城君。洋二、この先は解放してあげるけど、帰る前に金子に声をかけてね」
そういい残すと、その場をさっさと離れていくのだった。
「まさか、岩城さんの来るところが、ここだって思わなかった」
香藤が岩城の横に並び言い返した。
「俺もだ‥‥‥でも、清水さんは知っていたんだろうな。このパーティ終わったらクリスマスプレゼントありますからって言っていたしな」
岩城もその時、確認を取らなかった清水の言葉を思い出して答えた。
「でも、本当に社長やってるんだね」
香藤が改めて言い返した。
「駆け出しだけどな」
岩城はクスッと笑いながら言い返した。
壁の近くに立っている二人が、そのままパーティに花を添えていた。


「金子さん、今回は御協力ありがとうございました」
離れた場所で香藤を見ていた金子に清水が声をかけた。
「いえ、このこと知らせてもらえて助かりました」
金子も清水にお礼を述べた。
「今まで、お忙しかったですしね」
清水の言葉どおり二人の活躍は、テレビ欄を見れば載ってないほうが珍しい状態だった。
「ええ、この後も忙しくなりますし」
香藤が言ったように、来年のドラマの撮影も始まっているので金子は答えた。
「今夜ぐらいは、ゆっくりとね‥‥‥これ、部屋の鍵です」
清水が金子にルームキーのカードを渡した。
「ありがとうございます。部屋にはシャンパンをお願いしてありますし、そろそろ案内しますね」
金子は清水に答え、深呼吸をして二人に近づいた。
この後、明日の夕刻までのオフを伝えるために‥‥‥


                ―――――了―――――
       
                            2008・12   sasa