「暖かい灯火は‥‥‥」


『会いたい‥‥‥』
携帯から聞こえる熱を帯びた声。
「香藤‥‥‥」
その声に心を締め付けられ、少し上ずった声で答える。
『もう‥‥‥我慢できない‥‥‥岩城さん』
岩城の声に反応したのか、香藤の声はさらに上ずった。
「もう直ぐ‥‥‥帰国日だ。がんばれ」
やっとの事で、岩城はそれだけを伝えた。
『‥‥‥うん‥‥‥』
しばらくの沈黙の後に、小さな声で香藤の返事が聞こえたのだった。
此処数ヶ月ほど、二人はまともに顔を見て離した事が無い状態だった。
それぞれに忙しいことは良い事なのに、たまに飢餓に陥った様に相手を求めたくなる。
『あのね‥‥‥岩城さん』
沈黙を破って香藤が言葉を紡いだ。
「なんだ?香藤」
答える岩城も、無意識に目を閉じて次の言葉を待った。
『27日、あの家で待っているからね‥‥‥この後、連絡できないと思うから‥‥‥』
香藤の言葉に岩城はゆっくりと息を吐いた。
「ああ、俺も‥‥‥待っている」
なんとなく予感のあった言葉に、岩城もそれだけしかいえなかった。
相手の息使いのみを送る携帯電話
『じゃ‥‥‥ね』
名残惜しそうに香藤が言い返す。
「そうだな‥‥‥じゃあな」
岩城もそれだけを言って通話を切った。
しばらくぼんやりと手に持った携帯を見つめ続けていたのだった。


某テレビ局のロビーで聞き覚えのある声がした。
思わず振り返った岩城の目には、テレビ画面の中で動く香藤の元気な姿を見つけることが出来た。
「あつっ〜〜〜〜」
撮影の合間にテントの影に入る。
「覚悟していたけど‥‥‥日差しきついね」
明るい声が聞こえてくる。
とある特番で流された、番組宣伝用に取られた映像で香藤が元気でいる事が解る。
いる場所が居る場所だけに肌が少し焼けたと、見た瞬間岩城は思った。
「うん、日焼け止めは使っているけど‥‥‥この日差し強いからね。日本に帰ったらこの色は目立つって思うよ」
アナウンサーの質問に香藤は笑顔で答える。
この番組の見所などを聞いて、撮影に呼び戻される香藤の姿を追って、その番組宣伝は終わっていた。
「香藤さん、元気そうですね」
横に居た清水が安堵感を持って言い返した。
「ええ、そうですね」
岩城もまた姿を見て安心したのか、ニッコリ笑い返した。
「27日までもう少しです。がんばりましょうね」
岩城の表情変化が、昔みたいに少なくなった事に清水は心配をしていた。
だが、それが香藤を心配しての事だと解っており、仕事には差し支えの無い範囲だったのであえて見ていた。
香藤の存在が岩城をいい意味でも、悪い意味でも変えたと思っていた。
「岩城さん、次のスタジオに向かいます」
映像が終わった時点で、清水が声をかける。
「解りました」
岩城はその言葉に反応して、清水とその場所を立ち去ったのだった。
車に乗った岩城は深呼吸をするように深く息を吐いた。
『会いたい‥‥‥』
夕べの香藤の声が頭にこだまするように、聞こえてきた。
こんな不安を感じたのは‥‥‥あの時以来だった。
自分が主演だった『インサイド・レポート』
香藤が演じた人物が死んだだけで襲われた、あの言いようの無い恐怖、不安‥‥‥
こんなに一人の人物を思った事も無かった。
気が付くと、仕事以外は総て香藤の無事を考えている自分が其処にいた。
「重症だな‥‥‥」
岩城は苦笑し、視線を窓の外に向けたのだった。




ニュースから流れてくる、中東の不安な状況
今日も、ホテルが爆破されたとか、何処何処に向かう軍が襲撃されたとか、気にしなくとも岩城の耳に入ってきた。
それにあわせ、本当に香藤からの連絡も途絶えた。
ただ、不謹慎と言われるかもしれないが、日本人がその中に入ってないことだけが、岩城にとって安心の場所だった。
「なんか‥‥‥嫌な世の中ですね‥‥‥」
撮影の休憩中に女優が話しだした。
「なんか‥‥‥あの頃にヒシヒシと近づいてきている感じを受ける」
戦争体験のある年配の男優が、その言葉にそう反応した。
「なんか、嫌ですよね」
若手の女優が思ったことを口にした。
「このまま‥‥‥って思いたくないがね。ああ、岩城君も心配だろう」
不意に岩城に声が掛けられた。
「えっ‥‥‥ええ、まあ」
岩城は少し言葉に詰まった。
「家の奥さんに聞いたけど、香藤君は中東ロケ中だろう?」
そういわれると、この男優の奥さんが香藤の撮影中のドラマに共演しているのだった。
「ああ、それで‥‥‥周りも心配すると思って言ってなかったから、驚きましたよ」
岩城は答え、不安げに微笑む。
「ええ、なら香藤君、大変な所に居るの?」
その言葉に側に居た、女優が声を上げる。
「無事だと思っています。何も無ければ、27日戻る予定ですから」
岩城は答える。
「27日って‥‥‥残念だな。香藤君も居ないなら、岩城さんの誕生日につけ込んで宴会しようと思っていたのにな」
若手の男優が、不意に言い返した。
「へぇ〜〜岩城君、誕生日なんだ。じゃあ、早く終わった日に皆で飲みに行こうか」
宴会という言葉に反応したのか、その言葉が飛び出た。
「ええ、その時はお願いします。ただし、27日以外で」
岩城は少し耳を赤くしたまま答える。
「じゃあ、今日でもOKだな。がんばるぞ〜〜〜」
若手の男優が気合を込めて楽しそうに答えるのを、岩城は黙ってみていた。
ここでの会話が無ければ、27日の自分の誕生日は忘れていた。
香藤が戻ってくる日‥‥‥
それだけだった。
「改めて‥‥‥気づかされるな‥‥‥あいつの大きさに」
岩城の中には香藤と共にが、さらに大きくなっていた。
それだけ、岩城の香藤を愛する心は大きくなっていた。
そしてそれに答える香藤も同じだろう。
岩城はクスッと微笑むと、仕事に意識を戻した。





鳥の声が聞こえる‥‥‥
朝日か?‥‥‥
まぶしい‥‥‥
カーテン??
閉めていたはずだが‥‥‥
そして‥‥‥
この暖かさ‥‥‥
側に感じる‥‥‥


そう思った瞬間に意識が覚醒を始めた。
「‥‥‥か‥とう?」
目を開けると、その暖かさの持ち主の名前が口から出てきた。
「おはよ‥‥‥岩城さん」
その声に気が付いて、岩城をキュッと抱きしめなおし、耳元で挨拶をする声は香藤本人だった。
「か‥‥‥とう?香藤だな」
岩城もその声に安堵のため息をついて、香藤の背中に手を回した。
「岩城さん‥‥‥」
香藤は岩城を安心させるように、さらに腕に力を込める。
体全身で感じる、お互いの鼓動、体温、呼吸‥‥‥
無事に戻ってきた事が、岩城にとって一番のプレゼントでもあった。
「無事だな‥‥‥」
香藤の胸の中で岩城は呟いた。
「うん、無事だよ。岩城さん、ただいま」
香藤は明るく答えると、岩城の顔を見ようした。
「お帰り‥‥‥香藤」
それを解ったのか、岩城は香藤の胸より顔を上げると、目を細めた。
朝日の中で久しぶりの香藤が、眩しく見えたからだ。
「後、お誕生日おめでとう」
岩城の顔を見つめ、お祝いの言葉と共にキスを落とした。
岩城はそのキスを受け止めた。
「お前の無事が‥‥‥何よりのプレゼントだな」
唇が離れ、お互いの顔を再び見つめあった時、岩城の口からサラリと言葉がこぼれた。
「い‥‥‥岩城さん」
香藤はその言葉に歯止めが聞かなくなった。
そのまま、岩城をベッドに押し倒し、先ほどより深いキスを落とした。
日本に戻った香藤は2日のオフをもらっていた。
岩城は岩城で、香藤の戻る日に合わせ、オフをとっていた。
久しぶりの時間を満喫するかのように、岩城の誕生日は始まったばかりであった。


          ―――――了―――――
         
                          2008・1     sasa




香藤くんが無事に戻ってくること・・・これが何よりのプレゼントv
不安に駆られる事もある中
目が覚めた時に愛する人が側にいてくれるなんて・・・すごくいいですよね・・・
ぽわわんと幸せな気持ちになりましたv
sasaさん、素敵な作品ありがとうございますv