サプライズ



「ねえ、あれじゃない?」
佐和が期待に弾ませて声を上げる。
「・・・なんだ、違ったわ」
しかし、それは直ぐに詰まらなそうな声に変わった。
「佐和さん、清水さんのメールからそんなに時間経ってないんですから。まだ来ないと思いますよ?」
すでに3度も同じ台詞を繰り返している佐和に、小野塚が呆れて声をかける。
「そう?けっこう時間経ってるような気がするけど」
佐和は暗闇の中で、何とか時間を確認しようと腕時計のフェイスの角度を何度も変え、目を凝らした。しかし、佐和のファッションを重視した時計のフェイスはかすかな光を反射させるだけで、時刻を浮かび上がらせてはくれない。
「そうだよ、あれからまだ10分も経ってないよ」
佐和のそんな様子を見て、雪人が蛍光機能のついた自分の時計を佐和に示した。
佐和はそれを覗き込む。しかし、なんとも得心がいかない様子だ。
「それに」
雪人が続ける。
「そんなに何度も立ったり座ったり覗き込んだりしてたら、肝心の時に足も気も疲れちゃうよ?」
苦笑して言う。
「何よ、雪人。人を年寄り扱いして!」
「そういう意味じゃ・・・」
「まあまあ、とにかく」
金子が二人の間に割って入る。
「スタジオからこの家まで、車で20分はかかりますから。どんなに交通状態が良くてもまだ着きませんよ。気を落ち着けて、もう少し待ちましょう」
車で何度もこの家に通い、この家と主要な仕事場までの各所要時間を熟知している金子の言葉は説得力があった。佐和がようやく納得したように、先ほどまで座っていた位置に戻る。
「なんだか、佐和さんって思ってたのと違うくね?雪人相手に子供みてええ」
二人のやりとりを聞いていた宮坂が小野塚に囁いた。
「ちょっと、宮坂君。雪人の事呼び捨てにしないでちょうだい!」
「おおっと、おっかね;」
「渚ってば、そんなに緊張しなくても」
「え?佐和さんって緊張したら、こうなんの?」
「煩いわねえ。緊張なんてしてないわよ!私のどこが緊張してるように見えるっての?」
「見えませんよ。というより、この状態じゃなんも見えてませんってば」
「確かに、見えませんね」
佐和の宮坂への詰問に、小野塚が変わりに答え、金子が苦笑して同意した。
雪人が、かすかに溜め息をつく。
佐和の気持ちも判る。人を待つというのは、それも隠れて待つという状態は、まだかまだかとソワソワするものだ。
それがどんなにイタズラ心で、ワクワクしていたとしても。


佐和・雪人・小野塚・宮坂の4人は、ここ主のいない岩城・香藤邸にいた。
家中の明りは落としている。故に4人のいるリビングも暗い。真っ暗な部屋の中、それでも目立たないように、床に直接腰を下ろしている。
光と言えば、カーテンの向こうから漏れてくる庭の常夜灯ぐらいで、お互いの表情も見えず、かすかなシルエットの動きぐらいは判るという程度だ。
時折家の前を通りすぎる車のヘッドライトが帯となって浮かび上がり、その光の動きと主のエンジン音が近づくたびに、佐和が腰を上げては座りなおし、冒頭の台詞を繰り返していたのだった。


「とりあえず、“しりとり”でもしませんか?暗闇ってのはただでさえ、時間が長く感るものですから。少し、気を紛らわしましょう」
金子が提案した。

「リンゴ」「ゴリラ」「ラッパ」「パイナップル」

ここに4人がいるのには訳がある。
訳もなく主がいない家に入り込んだら、家屋侵入罪だ。だが、香藤から家の鍵を託された金子がここにいる事で、とりあえずそれは免れている。

「ルビヤンカヒロバ」「バンダナ」

「だから、普通にどっかメシ屋でやれば良かったんじゃないの?後片付けも楽だしな。ナタデココ」

「コマンダー」「ダっ、ダイヤモンドっっ!」

「なんで金子さん、そこでどもんの?ドリフト」
「だって、それじゃあ面白くないじゃないの。トリカブト」
「面白いも面白くないも、そこまで香藤に頼まれてないっしょ?トクメイキボウ」
「・・・・。・・・ウマキ」
「ウマキ?」
「えと、あの、卵焼きの中に鰻が入ってる・・・」
「ああ、鰻巻か。雪人君、鰻巻好きなの?」
「バースデーは人生の節目なの!大事なイベントなのよっっ!イベントには企画と構成が要なの!」
「この間、渚が編集さんにご馳走になった時に俺も一緒に連れて行ってもらって美味しかったんで」
「へええ、いいなああ鰻かああ。さすが佐和さん。流行作家さんですもんね。ええと、じゃああ。きー、キモスイ」
「イカイ。あ、異なる世界の異界ね。だからって、本人ん家でサプライズ企画しなくても・・・」
「香藤君に頼まれたのよ?せっかくの誕生日なのに岩城君一人じゃ寂しいだろうって。そりゃあ、岩城君にとって香藤君に変わるものなんてありはしないけど、それなりに心に残るものにしたいじゃないの」
「いや、頼まれたのは金子さんと清水さんで・・・気を配ってくれって事だけ・・・」
「なによ!?私は祝っちゃだめだって言うの?」
「あの・・・次、佐和さんですよ?」
「え、私・・・?イカイ?またイなの?いー、いー。・・・イワキクン、コナイワネエ」


佐和の溜め息で、しりとりが中断された。
部屋が静寂に包まれる。
―ブルブルブルブルブル。
そこに、タイミングよく金子の携帯が振動した。
皆がそれに注目する。金子が慌てて発信元を確認した。待ちわびたそれは「清水さん」だった。
清水は、岩城と別れる直前に事務所からの連絡メールを確認するふりをして、金子宛にリダイヤルで1コール。岩城の帰宅を逸早く中の人間に知らせる事になっていた。
「帰ってこられましたよっ」
金子が、押し殺した声で皆に知らせた。
今までのダレた空気が一変する。
皆決めたポジションに素早く移動し、その瞬間に備えて体勢を整えた。
岩城と清水の声が聞こえる。
どうやら、清水もこちらに向かっているらしい。今日の事が話題になっているのか、庭からプレゼントがどうの、香藤がどうのと話す声がした。それが段々と、
近づいてくる。
玄関の扉が開けられ、一段と岩城の声がクリアになった。
暗いですから足元気をつけて下さいね―という声と共に、廊下を踏み歩く音。
ドアノブが回った。
構える8本の腕。
暗がりに浮かび上がる長身のシルエット。


―せーのっっ!!





2008.0127 ころころ




しりとりに笑ってしまいますv
なんか出てくる単語が楽しいですわ〜
みんなが岩城さんを祝いたい、驚かせたい・・・
そんな気持ちがいっぱいで、とっても幸せな気持ちになりましたv
ころころさん、素敵な作品ありがとうございますv