『Search Light』


幼い頃から、周りには光がたくさん溢れていた。
多分、自分のこれまでの人生は他の人のそれと比べて十分すぎるほど明るく照らされていたように思う。
苦労が無かったわけではないが、それでもやはり、自分は恵まれていたのだと思う。

そんな自分が、まだ見た事の無い光。
それをもたらしてくれる愛すべき存在に気づく度に、心は震えて涙するのだ。


東京は、寒さこそ増しているものの、ほとんど雪の降らない12月だった。
仕事を干されていた日々の波がようやく凪り、今年のクリスマスは香藤には仕事が入っていた。

せっかく岩城さんと一緒にオフを取ろうと思ってたのに。
岩城さんだけオフが取れるなんて、ある意味奇跡的というか、何というか。

「金子さーん、車急いで出してねー?だいぶ仕事押しちゃったけど、何とか夕食には間に合いたいからさ」
「分かってますよ、香藤さん。すいません、こんな日に仕事入れちゃって。でもせっかくいいお話だったから」
バックミラー越しに香藤を一瞥する金子に悪気は無かった。
だからこそ金子を責めるのは筋違いだと分かっていたが、迫り来るイヴの夜に、逸る心は抑えられない。
「今年は岩城さんがいろいろ準備してくれるーって言っててさ、正直ちょっと不安なんだけど。ほぼ毎年俺が準備してたし、岩城さん、子供の頃とかあんまりクリスマスもやった事無いって言ってたし・・・」
「あー、なんか、そんな感じしますねぇ。旧家の純和風なご家庭だったでしょうし、クリスマスやハロウィンよりは、お正月に七五三って感じなんですかね」
そうそう、と笑って相づちを打ちながら、香藤はぼんやりと窓の向こうに流れる景色に目をやった。

岩城さんが完全プロデュースしてくれる、初めてと言ってもいいイベント事。
不安もあるけど、楽しみじゃないわけがない!
好きな人が自分の為に何かをしてくれるって、これって、こんなに嬉しい事だったんだ。
別に見返りを求めてたわけじゃないけど、俺が何かする度に、岩城さんもこんな風に感じてくれてたんだったら嬉しい。
この胸の、温かさが・・・。


少し曇って露の付いた窓ガラスからは、屈折したイルミネーションの光がやんわりと差し込んで、それはまるで、涙で滲んだ時の景色のように揺らめいて、消えていった。


 岩城は少し、焦っていた。
料理もツリーの飾りつけも終えたというのに、どうにも気分が落ち着かない。
シャンパンはよく冷えている。
香藤からは、さっき『もうすぐ帰るよ』というメールが来ていた。

チキンは冷めてしまったけど、今から温め直したらパサつくからやめよう。
香藤が家に着いたらオーブンで加熱し直して、スープも温め直して・・・。
ああ、でも、出迎えるのは玄関でしたいから、香藤が部屋に入って着替えてる間にすればいいのかな・・・。
あ、でも、そしたら庭のアレが・・・。

慣れというのは恐ろしいが、慣れてない事をするのもかなり恐ろしい。
いつもは香藤がやってくれていたクリスマスの諸事を、今年初めて岩城がする事になった。
しかも、一人で、だ。
イヴに仕事が入った香藤の事を、誰よりも喜んだのは岩城だった。
人が休んでいる時に仕事が出来る。
それは、この業界にいるものにとっては何よりの事だ。
香藤は「せっかくのイヴだったのに!」と嘆いてみせたが、岩城は今のそんな香藤の姿を誇らしく思った。

香藤が仕事に専念できるように・・・香藤の為に・・・出切る事は何でもしてやりたいと思っていたけれど。
手始めにクリスマスの準備だなんて、短絡的過ぎたかな。
でも、好きな人の為にあれこれ思索して行動するのは楽しい。
こんなに楽しい事だなんて、今の今まで分からなかったよ、香藤。
「自慢できた話じゃないけどな・・・」
やたらとキラキラめいた室内で一人、苦笑いをかみ殺しながら、岩城は呟いた。

窓の外には、ちらりとも雪が降っていない。
どうせならホワイトクリスマスを、とも思っていたが、今年ばかりは、岩城はよく晴れたイヴの夜に感謝した。


 「それじゃ香藤さん、今日は本当にすいませんでした。せめて今日これから明日まで、いいオフを過ごして下さいね!」
「うん、金子さんも、お疲れさまー!金子さんこそいいクリスマスをね」
正面玄関前で降ろしてもらった香藤は、そのまま車で立ち去る金子をしばし眺めていた。

午後7時。
辺りはすっかり暗くなって、むき出しのコンクリートからは底冷えするような寒さが這い上がってきている。
「さむっ・・・。早く入って岩城さんに暖めてもらおっと」
ブルッ、と身体を震わせて、香藤は門を開けた。

「・・・え・・・」

門を開けてすぐに、香藤は言葉を失った。

門から玄関ポーチまで、幻想的に光るイルミネーションライトが飾られていたのだ。
それはまるでここではない別の世界へ通ずる光の小道のように、香藤を家へと導いた。
門から玄関まで、ほんの数メートル。
でもその道を歩く間が、香藤には数時間にも数日にも思われた。

岩城さんが、俺の為にしてくれたんだ・・・。
仕事から帰ってくる俺を、少しでもクリスマスらしく出迎える為に。

足元に散らばる小さな光の粒たちを目を細めて見つめながら、香藤の表情は自然と綻んでいった。

寒さも忘れてゆっくりと歩き、やっと玄関まで辿り着くと、香藤はもう一度振り返って光の小道を見つめた。

「・・・綺麗だ・・・。」

昼間のうちにこの小道をセッティングしたであろう岩城の姿を思い浮かべるだけで、香藤の心は満ち足りた。
きっと、この夜の事はずっと忘れないと思う。
一つ一つは小さな光でも、愛する人が自分に為にしてくれた事だから・・・。

ひとしきり外の景色を見つめると、香藤は満足したように踵を返して玄関のドアを開けた。
するとそこには、香藤の帰りを今かと待っていた岩城が立っていた。

「あ、岩城さん・・・」
「おかえり、香藤。せっかくイヴだってのに、お疲れ様だったな」

シューズボックスに背をもたれかけさせて腕組みをしながら、岩城は立っていた。
満足気な香藤の表情から全てを読み取ったのか、岩城の顔もまた、実に満足気だった。

「岩城さん、外の、アレ・・・」
「ああ、うん。実はな、すごく迷ったんだ、アレ。」
「迷った?」
「うん。俺たち、毎年クリスマスはちゃんと準備して祝ってたけど・・・やっぱり男同士だし、酒飲んで料理も食べて、っていったら、豪勢なケーキとかスイーツとかそういうの、あんまり惹かれなくなるだろ?」
「え、あー・・・、うん、そうだね。確かに・・・」
香藤は、毎年豪華なものを準備しては結局余らせてしまうケーキの事を思い出していた。
「だから、今年はケーキ、小さいやつしか買ってないんだ。その代わり、もっと別の方法でクリスマスらしさを出そうと思って・・・」

なるほど、それで、あの光の小道なんだ。
帰ってきて、必ず目にする所。
俺たちの家の入り口をデコレーションして、もっともっと気分を盛り上げるために。

岩城の思惑は、はからずもピタリと当たってしまった。
香藤の事を考えて、二人の事を考えて、香藤の喜ぶ顔が見たくて。
まるでクリスマスケーキのように彩られた二人の城が、心の中にも暖かな光を灯して。

まいったな・・・。
何だかものすごく岩城さんらしいのに、でも何となく岩城さんらしくないような気もして・・・予想外過ぎて、気恥ずかしいよ。

「岩城さん」
「ん?」

バタン、とドアを閉めて、香藤は玄関ホールに立つ岩城の前まで歩み寄った。

「メリークリスマス・・・」

そっと顔を近づけ名から、その言葉を言い終わるか終わらないかの境目で、香藤は岩城にキスをした。
柔らかな互いの唇の感触が、深く心に染み込んでくる。

寒さで冷えた香藤の唇に気づくと、岩城は組んでいた腕を解き、香藤の顔を抱え込んで自身の熱を移した。


目を閉じた香藤の脳裏に、笑顔の、岩城が浮かんでは消えた。
そうして次々と現われる岩城の姿は、香藤の中で暖かな光となって溶けていく。


岩城さん・・・。
俺が、ずっと探していた、光。
見た事の無かった、暖かな・・・。


そしてそれは、岩城とても同じ事。
香藤という名の光は、もう長い事自身の中に住み着いていて、世界を照らして止まない。


出会ってからもう何年も経つのに、まだ、これほどまでに心が震える。

「ね、岩城さん。俺、ケーキは小さくてもいいけど、その後にはもっと美味しいものが食べたいなぁ」
「ふっ・・・相変わらずバカだな・・・と言いたい所だが、今夜ばかりは俺も同じ気分だな。いいぞ、後で飽きる程食わせてやる」

にやりと笑みを浮かべながら、岩城は一足先にリビングへと入っていった。

「え・・・えぇー!?ちょっと何、岩城さん!最近照れが無くってずるいよーー!?」

岩城の言葉に乗せられた香藤は、もどかしく靴を脱ぎ捨てながら岩城の後を追ってリビングへと入っていった。


ずっと、探していた光。
このかけがえの無い互いの存在に改めて気づけた事こそが、今年二人に贈られた、最大のプレゼントなのかもしれない。





ルカ


照れが無くなった岩城さんは最強のような気がします(笑)
それはどんなご馳走よりも美味でありましょう・・・・
香藤くん いいなあ〜vvvv
素敵な素敵なふたりの夜に乾杯!

ルカさん、素敵なお話ありがとうございます