ノーバディーズ フォルト よく晴れ渡ったその日、明日は香藤の誕生日、という日だった。 中流の川にかかる橋を使って、短編ドラマが撮影されていた。 香藤が小野塚と競演、オムニバス形式の30分ほどのドラマだった。 昼過ぎまでに小野塚のシーンは撮り終わり、後は香藤との場面を撮るだけになっていたが、香藤は、 前の仕事が押して、少し入りが遅れていた。 香藤待ちの状態でいったん休憩に入った現場で、小野塚は橋の上にしゃがみ、1人、所在無く休憩を していた。 ふと視線を上げると、橋のたもとで清水と共に立つ岩城を見た。 えっ?と、意外な場所で意外な人間を見た小野塚は、立ち上がり、「岩城さん!」と、声をかけた。 自分を呼ぶ声に振り向いた岩城は、ああ、という表情でこちらに向かってきた。 居場所のない人間が知る顔を見つけ、岩城の表情には安堵の色が浮かんでいた。 「どうしたんです?岩城さん、香藤になんか用事ですか?」 小野塚も、暇な時間に玩具を与えられたかのように、少し楽しげだった。 「うん・・・用といえば・・・まあ・・・そうなんだけど・・・」 どことなく照れて口にする岩城に、小野塚は「香藤、ちょっと遅れてて、まだです」と、簡潔に、し かし岩城が今、一番知りたいだろう事を教えた。 そうか・・・と、言葉を捜す岩城に、「もう少しで来ると思いますよ」と、小野塚は言葉をかけた。 慰めるつもりなど毛頭なかった、が、しかし、目の前の岩城はチラと腕時計を見やりながら、余りに 落胆の風体を背負っているので、助け舟を出した。 「何か・・・俺が出来ることがあれば・・・と言っても、やっぱ、顔見なきゃ、ダメっすね」 岩城は、思い切ったように、実は・・・、と、小野塚を前に事情を話し始めた。 「俺は今から北海道ロケに出ることになっていて、一週間なんだけど・・・・で・・・明日が・・そ の・・・香藤の・・・」 「・・・?ああ・・・誕生日?」 岩城は黙って頷いていた。 「空港へ向かう途中で・・・出来たら渡しておこうかと思って・・・・その・・・」 「プレゼント?」 再び岩城は頷いた。 そのあたりから、小野塚の表情には、知るべき事情を知り得た笑みが浮かび始めていた。 「飛行機、時間、ないんですね?香藤を待ってる・・・」 うん・・・まぁ・・・と口にしながら、岩城はもう1度時計を見た。 「よければ預かりましょうか?俺が渡してもいいんなら・・・ですけど」 数秒ほど思案顔の岩城だったが、「じゃぁ・・悪いけど、お願いできるかな」と、結局、小野塚に預 けることを決めた。 岩城が自分に預ける決意をしたことに、小野塚の心が僅かに高揚し、それを香藤に渡すことにも、少 し楽しさのようなものを感じた。 岩城がジャケットのポケットから取り出したのは、チューンネックレスで、トップは1cm程の平ら な楕円の石、だった。 手を差し出しながら、「え・・?裸っスか?」と、小野塚は何の装飾も施されていない丸出しのネッ クレスを受け取った。 「あ・・・いや・・」と、岩城はもう1度、今度は別ポケットから白い5cm四方ほどの紙袋を出した。 「さっき、知人に頼んでいたこれを受け取ったんで・・・・ちゃんとする時間がなくて・・・」 そう示されたネックレスをもう1度よく観察しながら、「これ・・・手作り・・?ですね・・・」と 小野塚が訊いた。 褐色の中に白い色でラインが斜めに入った石は、丁寧に磨かれて、上部に開けた穴にチェーンが通し てあった。 とても美しい細工だった。 「あるロケのとき・・・この石を見つけて・・・知人に渡して頼んでたんだけど・・・なかなか受け取る時間が なくて今日になってしまったんだ・・・それでこの袋に入れようと、さっきスタジオで用意して・・・」 どういってもテレが隠せない岩城の、もたつく説明を辛抱強く聞きながら、小野塚は岩城が渡す袋を 手にした。 艶のあるやや厚めの小袋に、赤いペンでリボンが描かれ、下に、誕生日おめでとう、岩城、と記され ていた。 その描かれたリボンは、明らかに手書き、だった。 「・・・岩城さん・・・絵・・・下手っすね」 ニタついた小野塚に言われ、岩城は黙って照れていた。 ・・・・はいはい・・・こういうのに、香藤はやられちゃうわけだ 心中で呟きながら、「はい、了解です。ちゃんと香藤に渡しときますね」と、小野塚は袋にネックレ スを入れようとした。 悪いね・・・と、岩城が口にしたとき、一陣の風が吹きぬけ、小野塚の手にあった袋が舞い飛び、あ っと、2人が小さく声を上げた瞬間、袋を追う小野塚の手から、ネックレスもチャラっという音と共 に、指の隙間をすり抜けていった。 袋は風に舞いながらゆっくりと、ネックレスはスッと引き込まれるように、橋の下へ落ちていった。 一瞬の出来事に、言葉をなくしている岩城に向かい、「ワッ!!すみません!!ちょっと待っててく ださい、俺、下に行って」と、慌てる小野塚が、言いながらすでに体を返していた。 そこへ、橋のふもとからスタッフの、「小野塚さんっ!そろそろ次のシーン、準備、お願いします」 と言う声がかかった。 「ちょっと待って・・・・」と、言いかけた小野塚に、岩城が手を伸ばして制しながら、「いいっ!!いいから、 小野塚くん、俺が行って・・・」と、声をかけた。 2人とも、やや気が動転していた。 でも、岩城さん、飛行機・・・、と言う小野塚の声に被って、清水が小走りに寄ってくると、タイムリミットを 告げた。 「すみません、岩城さん、そろそろお時間が・・・」 そのときは既に、岩城は表情を切り替えていた。 「小野塚くん、本当に、気にしないで・・・別に見つからなくても構わないんだから・・・」 構わないわけ、は、なかった。 「・・・とにかく・・・岩城さんは行ってください、時間、ないから・・・」 「ああ・・じゃぁ・・・・・・悪かったね」 それだけ言うと、岩城は清水についてその場を去った。 いらぬことを頼んでしまったために、小野塚の心に負担をかけてしまったと、彼の内面を知っている 今となっては、そのことが岩城の後悔となった。 その後姿を目で追いながら、小野塚もゆっくりと現場へと向かった。 ・・・・・・・ちっけーよなぁ・・・・どっちも・・・・ その15分後に、香藤が現場に走りこんできた。 岩城とはタッチの差ですれ違った。 夕方4時ごろに、無事、全ての撮りが終了した。 「はーい!!OKです!!お疲れ様でした」 号令と共に、香藤がもぞっと寄ってくると、小野塚に「どう?今夜さ・・・メシ食わね?」と言ってきた。 ・・・・ああ・・・そうね・・・岩城さん、居ないよね・・・お前も判りやすいヤツ・・・ 「うーん、ちょい時間、後でいい?」と、小野塚は曖昧に答えた。 へっ?という怪訝な表情で香藤は、「後って・・?何それ?お前、夜に決まってんじゃん」と言い、 続けて、「何時?俺はもう終わりだから、お前に合わせてやるよ」と口にした。 ・・・・合わせてやるって・・・オメーが誘ってんだろ・・・バーカ 「うーん・・・日が暮れた頃」 「・・・・何それ・・・」 「・・・7時頃・・・?・・・だから・・・俺、電話入れるって・・・」 「・・・・あっ・・そう・・・そんじゃな」 ・・・・そうそう・・そうやってお前は行くよなぁ・・・・ 岩城と香藤、今日は2人の背中を心せず見送ってしまった、と、胸で毒づきながら、香藤が完全にそ の場を離れた頃、小野塚はゆっくりと体を河川敷に向けた。 10センチ前後の雑草が一面に広がる緑の地の上で、大体このあたりと、見当をつけて、小野塚は探 り始めた。 ・・・・だいたい、見つからなくても構わないっていう・・・・ありえねぇ情けをかけるよなぁ・・ しゃがんで草を探る小野塚は、周りに誰もいない場所で、1人、誰に向かうでもない愚痴を連呼していた。 ・・・・なんであんとき、しっかり持っとかない?俺・・・・詰めが甘いって・・ そんな緑の面しか目に入っていない小野塚の目線の先に、見覚えのある靴が立っていた。 「・・・お前・・何してんの?」 顔を上げると、そこにはポケットに手を突っ込んだままの香藤が立って見下ろしていた。 ・・・・なんで戻ってくる・・・香藤・・・今、いらねぇって・・お前・・ 「・・うん?ちょい探し物」 「ふーん・・・何?」 「何って・・・・いいじゃん何でも・・・」 しゃがんだまま、地面を見ながら、探す手を休めない小野塚の前に、香藤もしゃがんできた。 さりげない風に目の前の香藤を見ると、「で・・お前、何で戻ってきたの?」と、小野塚は訊いた。 「岩城さん、来たんだってな?」 香藤の眼が、何で言わねぇんだ、と、無言で攻めていた。 「あっ・・・そうそう、何かちょっと寄ったみたいよ?お前の顔、見に寄ったんじゃねぇの?永いお別れの前にさ」 全く納得はしていない表情の香藤、だったが、探す手を休めない小野塚を前に、とりあえずそっちから探ること にした。 「まっいいけど・・・で・・・?何、落としたわけ?俺も探してやるよ」 「いや、いいって・・・」 「日、暮れちまったら探せねぇだろ・・・どんなの?」 「だからですねぇ・・・いいです・・・俺が1人で探します・・・」 ・・・・あぁもう・・・信じられねぇ・・・・疑ってるよなぁ・・友情じゃねぇよなぁ・・これ・・ 香藤の顔が突然目の前にヌッと迫ってきて、思わず小野塚は引いた。 「岩城さんいねぇからって、俺に迫って・・・」 「岩城さんが今日、ここへ来たことと、お前が今、こんな場所で人目もはばからず、草むらに張り付いてるってさ ・・・どんな関係?」 「・・・・・・」 そのまま互いに数秒、固まって相手を見据えていたが、ついに小野塚がハァっと息を吐いた。 「お前って・・・岩城さんのことになると、その臭覚、動物並み?」 「神業」 「あっ・・そ・・」 「早く言え!」 小野塚は手に触れていた草をブチブチっとむしると、パッと頭上に撒き、ストンと尻を落とした。 はや諦めの境地だった。 「5センチ四方くらいの白い袋と黒のチェーン付き石」 「小出しにしてると、ぶちギレル・・・」 「小出しになんかしてねぇって・・・マジ、そのまんま」 「続き」 「だぁかぁらぁ・・・岩城さんがお前の誕生日にって用意したプレゼント、と、それを入れる袋!! 今日、北海道行く前にお前に渡すために持ってきたの!!」 「なんでお前がそれ預かったわけ?」 「お前が遅れてたんだろーよ!!」 「誰が落とした」 「・・・俺」 「だよな・・お前が落としたから!!お前が探してんだよな・・・・まっいい、俺も探す」 なぜ、どうしては、もういいと、香藤の中では結論が出たようだった。 こうやって1人草むらに、似合わぬ姿で居る小野塚には、それなりに怒りを溶かすものもあった。 悪意でしたことではない事も判っていた。 そっか・・・と、香藤が本気で探し始める様を上目で見ると、小野塚は自分も腰を上げた。 尻に付いた草を払いながら、「もうその辺、探したし・・・・」と、言いかけて、突然、小野塚が、 「ああっ!!」と、声を上げた。 えっ??と、香藤が振り向くと、捜し求めていた白い袋が小野塚の手につままれていた。 「とりあえず一個・・・・」 差し出された手にあるものをじっと見ていた香藤が、怪訝な顔で受け取りながら「お前・・・これ、何処に あった・・・?」と訊いた。 「えっ??これ・・・?えっと・・・そこ・・」 そう言って自分の足元を指し示す小野塚だった。 香藤は手にした白い袋が皺になっているのを丁寧に伸ばしながら、僅かに付着した土と緑の草を払い落とし、 再び口にした。 「まさか、これを、テメエのケツの下に轢いてたんじゃ、ねぇよな」 ・・・・凄むの止めろって・・・ 「・・あの方の手書きの素敵な!イラストが入った袋を、俺の尻に轢いて・・たって・・・しょーがねーじゃん!! 俺だって知ってりゃ・・」 「手書きっ!!」 そう叫んで、香藤は手にした袋を見た。 じっとそこに書かれたリボンの絵を眺め、「ほんと・・・手書きだ・・・可愛い・・」と呟いた香藤の表情は、もう睨みは 利かない目になっていた。 ・・・・可愛い・・?・・?嘘だろ・・・どう見たって酷いぜ・・ そんな小野塚の前で、香藤はもう1度綺麗に整えた袋を、自分の胸ポケットに仕舞った。 「・・・でっ?後は?どんくらいの大きさ?」 なんとなく嬉しがっているようにも見える香藤の豹変に、胸内で大きなため息をつく小野塚だった。 「・・・どんくらいって・・・1cm?楕円の平べったい黒の石に・・・」 説明の途中で、香藤が突然しゃがみこんだ。 香藤の頭は、じっと俯いたまま、その手には、見つけた宝が控えめな光を放っていた。 頭上からその様を見下ろしながら、小野塚はとりあえず、胸をなでおろした。 スクッと黙って立ち上がった香藤が、手にしたネックレスを自分の胸にかけようと、手を持ち上げ回すのを見て、 小野塚が、「お付けしましょうか?」と軽く口にすると、酷い目線で睨まれた。 「さてと・・・腹減った・・・食いに行くぞ」 何事もなかったかのように、体を返す香藤に並びながら、小野塚は言った。 「・・・一応、言っとくけどさ、その石、岩城さん、自分で見つけて、知り合いに加工してもらったって・・・おっしゃって おられました」 「・・・・見りゃ判る」 「・・・あっ・・そ・・」 2人で夕暮れを進みながら、香藤が静かに口にした。 「俺は何も見てないし、お前から袋に入ったプレゼントをもらった、んだからな」 「・・・・ああ・・・でも・・・どうだろ・・・」 「どうだろって?何が?」 「う〜ん・・・お前の意に反してそうはならないと思うぜ・・・」 「・・・どゆこと?」 「だからさぁ・・・落ちたとこ、岩城さんも見てんだからさ・・・」 フッと足を止めて、香藤は小野塚を振り向いた。 「ああ・・そっか・・・そうだよなぁ・・・言うよな・・・岩城さん、俺に・・・絶対・・・素直で純粋だもんなぁ・・・」 ・・・てめぇにとってその形容詞はオールマイティかっ・・・・ 香藤の手に無事渡ったということは、小野塚が探してくれた、ということ。 そのことを黙っている岩城ではないと、2人が気がついていた。 「何か・・・お前が先に気がついたってぇーのが腹たつ」 「・・・はいはい・・・・」 「・・・・まぁどっちにしても、俺が一緒に探したってのは、ナシ、な」 ・・・・・・それは俺が言うけどな・・・・ そのまま黙って日が傾いた河川敷を2人で歩きながら、小野塚がふと訊いた。 「お前さ、その袋、どーすんの?」 「んっ?殿堂コレクション行き」 そう言って、香藤はニッと笑った。 2007.06 比類 真 |
※小野塚くんと香藤くんの友人関係がとっても心地よくて
岩城さんのことに関しては野生の感がすごく働く香藤くんが良いですv
とってもちゃんとふたりのことを見ているのだなあ・・・小野塚くん・・・という・・・
良い味出しています(^o^)
その袋、殿堂行きかあ・・・今までどれだけの物が収められているのでしょうか?(笑)
比類さん、素敵な作品ありがとうございます