短夜

            -スキンシップ




「もっと欲しい?」
香藤が耳元で囁いた。
安心の腕に組み敷かれた岩城の体が、ゆっくりとその中で向きを変え、熱っぽい視線で自分を見下ろす顔に視線を開いた。
「欲しい・・・・もっと・・・・時間が・・・」
まったりとした口調で小さく呟かれ、香藤は、やや怪訝な表情を浮かべた。
「・・・時間・・・?」
不思議そうに、岩城の、汗で頬に張り付いた黒髪を退けなぞった。
言葉と共に吐き出される息が、まだ気だるく熱を帯び、その口は先まで自分の名を繰り返し呼んでいた。
「もう・・・夜が明けるだろう・・・?」
ああ・・・と、香藤は閉じたカーテンを振り返り見た。
その色は僅かに明るくなりかけていた。
永い時間を越えてやっと手に入れた2人の夜に、互いの明日の仕事も考えられず、深夜もかなり遅くなってから始めた紡ぎ合い。
貪るようにベッドへと転がり込み、互いを求め合っていた。
香藤は腕の中で岩城の体を返すと、しっかりと互いの隙間を重ね、濡れた唇を塞いだ。
熱い息が岩城の鼻から漏れると、すぐに両手が背中へと回され、愛しいたったひとつの存在が、再び浮かされたように絡まってきた。
チラと時間を見ながら香藤は言った。
「ごめん・・・岩城さん・・・今日、早かったね・・・」
それには答えず、岩城は両手を香藤の髪へと差し入れた。
「・・・止める・・・?」
一応訊くだけ、の口調は、すぐに見破られ、岩城の眼が軽く笑った。
「そういえば・・・・以前・・・お前に言ったことがあった・・・・」
「・・何を・・・?」
「もう1度・・・・と・・・お前にせがまれ・・・」
岩城の昔を眺める視線を追いながら、香藤が笑顔で頷いた。
「寝ろって言われた・・・・・仕事・・・あの時も仕事だった・・・・」
脇腹を伝い下りる手に、僅かに表情をくすぐったそうに崩しながら、岩城は香藤の上唇を人差し指でなぞった。
その指を口中に導きながら、香藤が小さく
「・・寝たくなかった・・時間がもったいなくて・・・」
と言った。
ふっと息を吐いた岩城が、一言、そうだな・・・と、答えた。
「・・・別に・・・何もしなくても・・・・こうやって傍にいて話をしているだけでも・・・それだけの時間でも欲しかった・・・・」
胸中を回顧しながら香藤は言葉を口にし、ゆっくりと意味ありげに、岩城の双丘の狭間に、脇から降りた指を滑り込ませた。
僅かに揺らいだ目の前の白い肩に唇を押し当て、指の腹で息づく中心を摩ると、香藤は言った。
「・・・ここ・・・・ここの色や形・・・・匂いや感触・・・仕事の合間にふと・・思い出すことがある・・・愛しくて可愛い・・・・入り口・・・・・・・俺だけの・・」
岩城が小さく、ばか・・・と、顔を背けた。
形を確認するように行き来する香藤の中指が、先まで自分が入っていたんだと、教えていた。
「・・・・熱くなる・・・思い出すと、たまらなく熱くなる・・・・」
クッと僅かに指先が押し入ると、微かに岩城の顎が上向いた。
「・・・今日はどうだっただろう?・・・今日の仕事は?・・・今夜は岩城さん・・・帰るのどうだったって・・・・・」
そんなこと・・・・俺だって同じだ・・・と、岩城の手がするりと香藤の股間に滑り込んだ。
「俺だって・・・・思い出す・・・・思い出して・・・・たまらなくお前に会いたくなる・・・」
滑り込んだ手で握りこんだものが、ドクンと脈打った。
香藤は、柔らかな腿に手を沿え抱えあげながら、体制を動かした。
「・・・・岩城さんに・・・欲しいものをちゃんとあげれるように・・・・ずっと俺、元気でいるからね・・・」
少しおどけて口にする香藤に、岩城もクスッと笑みをこぼした。
・・・お前の顔を見ること・・・声を聞くこと・・・肌の温もりを感じること・・・寝てしまえば適わない・・・・短い眠りでは、お前も出てきてはくれないだろうな・・・
岩城は自らその手で握る欲望を自分へと導いた。
その様を見下ろしながら、香藤は誘われ、自分の量感で岩城の限られた壁を押し広げていった。
何度も繰り返した行為にも伴う礼儀・・・入るたびに、愛している、と、口にはしなくても教えたかった。
ジワリと股間から這い登る快感に、香藤が瞼を震わせフッと息を吐くと、岩城の手が伸び、その頬をそっと覆った。
「・・・・・いいか・・・?中は・・・俺の・・・・中は・・・・お前に・・・・十分な幸せを与えてるか・・・?」
香藤の熱っぽい眼が笑みにゆがんだ。
「死ぬくらい・・・・」
再びひとつになった体は、この世で与えられたただ一個の呼応する魂、だった。




「あと1時間くらいは寝れるから・・・ご飯出来たら、起こしたげるからね・・・」
そう言い残して体を離す香藤に、岩城の手が追いかけ絡み付いてきた。
「・・・いい・・・」
「でも・・・・」
「いいんだ・・・・一緒に寝よう・・・」
そんなことを言う岩城を見つめ少し考えると、香藤はアラームをセットし、引かれるままに、再び岩城の傍にもぐりこんだ。
そして、自分を待つ体を腕に取り込んだ。
額に軽くキスをしたときには、既に岩城の瞼は落ちていた。
それを見て、香藤も目を閉じ、2人は瞬時に短い眠りへと落ちていった。



慌しい朝は、思いのほか爽快だった。
忙しく着替える岩城の後を追いかける香藤が、口に運び差し入れるものを、ただ受け入れ喉へと通しながら、ばたばたと15分ほどで支度を済ませた。
玄関へ向かった岩城を、「忘れてるよっ!!携帯っ!!」と、香藤が小走りにやってきて、忘れ物を手渡しながら、クスッと笑って、岩城の唇の端から、パン屑を指で軽く掃い、小さくキスをした。
「じゃ、行ってくる」
笑顔の岩城に「行ってらっしゃい」と、同じく笑顔で香藤は送り出した。
香藤は仕事までに、少し横になる時間くらいはあった、が、そうしなかった。
眠くもなく、疲れも感じなかった。
それは岩城も同じだった。
十分足りているはずもない睡眠だった、が、不思議と軽い頭・・・・それは、たとえ1人で十分な休息をとれたとしても訪れない、甘い充足感・・・かもしれなかった。





比類 真
2007.06





※その描写にドキドキ・・・・でございますv
本当に愛し合うふたりには夜、どれだけの時間があっても
短く感じられるものかも知れません
心が充実していればそれは身体の充実にも繋がる・・・
静かな甘く優しい時間をかいま見たような気持ちですv
比類さん、素敵な作品をありがとうございます