Stay gold もう何年になるだろうか、まもなく入梅、という時期になると二人は青梅を漬ける。 台所に関するあれこれは香藤がねだるように提案するのが常だったが、 食器棚の隅に並ぶ数首の瓶は珍しくも岩城の手で管理されているものだった。 亡くなった母親が、毎年の習慣にして決して家政婦に任せなかったのだと、最初の年にそれだけを聞いている。 隣り合って座り、洗って笊にとった大量の梅の実を布巾の上に転がして水分を取っていく。繊細な指先が、男性らしいたどたどしさで動くのが微笑ましく、それをいつまでも見ていたくて、香藤はいつもわざとゆっくり作業を進めた。 青梅は毒だとよく知っているけど、日焼けしてピンクになっているところが美味しそう、そういうと、お前去年も同じことを言ってた、と柔らかな笑みを向けられた。 今のは岩城さんみたいだね、ってことだよ、と口付けるのも、怒ったふりの恋人が笊を抱えてキッチンに逃げるのも毎年のことだ。 酒を仕込む段になると香藤の仕事はなくなる。 凡そ料理に造詣が深いとは言えない岩城が、この時ばかりは慣れた手つきでレードルを扱い、漬かりの浅い一年物から順に味見して、去年の南高は大きいばかりで味が拙い、とか、やっぱり焼酎より日本酒が、とか熟練の主婦のような愚痴を言う。 そうして毎年計ったように二掬い分を残すばかりになった一等古い瓶の中身をお気に入りのワインデキャンタに移すと、入れ替わりにその年の梅を漬けるのだった。 九州南部が入梅したという日、岩城が今年も大量の青梅を買い込んできた。 リビングのテーブルで布巾を手にしてはじめて、香藤は去年、自分がこの作業に参加しなかったことに気がついた。 事務所とのトラブル、冬の蝉、岩城のホテル住まい、アメリカ留学。 条件が重なって、彼は去年の雨の季節をほとんど恋人と過ごさなかったのだ。 「…去年、これ、一人でやったの」 共演中の子役の愛らしい失敗について報告していた岩城は話すのをやめ、静かなのに揺らぐ、不思議な眼差しで香藤を見返した。 「俺いなかったのに一人でやったんでしょ」 「…毎年のことだから」 そういってまた二つ、梅の実を掴んだ指。 実の表面を覆う毛で擦ったのか、ところどころ赤く染まって見える。 愛おしさが咽喉を熱くして、香藤は言葉に詰まった。 岩城は微かに俯いて布巾を使いながら「でも少し量が少ないから、来年の誕生日は」そう言って、あ、と目元を染める。 「…気づいているかどうか分からないが」「うん」 「毎年お前の誕生日のナイトキャップはあのデキャンタの中身なんだ」 気づいていたし、何故そうするかも分かっているつもりでいる。 岩城が説明もなしにどっさりの梅の実を買ってきた日から今日まで、あの瓶のどれひとつとして完全に空になったことはないのだ。 瓶はいつだって幾年分かの黄金色で満たされている。臆病なほど慎重に。 「ゆっくり飲まないと…、その、少し足りない」 そう云って顔を上げ、にじむような微笑を浮かべる。 彼が差し出す誕生日のための一杯は、二人のための魔法の薬だ。 この日々を、繋いでゆくための。 ――もう、他にどうしようもなくなって手を伸ばした。 「…毒だって分かってるけど、美味しそう」手首を掴む、それだけで力の抜けてゆく身体を、ゆっくりと抱きしめる。 「…去年も、お前…」岩城はやっとそれだけいうと、あとは背筋を駆け上がる何かに息を乱すばかりだ。一度、二度と大きな震えが走り、何とかそれを逃がそうと香藤の肩に額を擦り付ける。 想いをこめた抱擁だけで、ひとつに繋がった時と同じように感じている、愛しいひと。 「――来年も、その次だっていうよ、…今年のお酒もきっと美味しい」 梅の実が床を転がる音が聴こえる。 若い緑の、太陽の色を映した桃色の、そしてやがては黄金に染まる果実。 「ねぇ、今のは幸せだねってことだよ」 口付けても、恋人は逃げなかった。 My best wishes for many happy returns of the day! 2007.6.15 ririko |
※年ごとの瓶にそれぞれの時間でのふたりの想い出を
中に詰めているようで・・・感慨深いですね
これまでも・・・そしてこれからもきっとふたりで紡いでいくのでしょうね
静かな空間に広がる想い・・・感じますv
ririkoさん、素敵な作品ありがとうございます