「若竹」



撮影の為にある場所に来ていた岩城は、ホテルの部屋に移動後、携帯で香藤に電話をしようとしていた。
携帯を手にとって待ち受け画面の日付を見て、小さな声で
「あっ」
と驚きの声を上げた。
「早いな‥‥‥そんな時期か」
携帯の画面には明日で6月を示す5月31日の日付が合った。
去年、香藤は家に居る事が多かったが、今年は‥‥‥
新たな映画の主役抜擢が決まった香藤は、今までの事が嘘のように忙しい日々が続くようになった。
すれ違いの日々にこの事、本人が覚えているかも疑問だった。
「日が‥‥‥無いな」
岩城は呟くと、携帯を閉じるとベッド側のサイドボードの上に置いた。
まだ街に明かりが残っている今に、岩城はホテルの外に出て香藤に何かを見つけてみようとしていた。
古い町並みの残るこの街を岩城は一人ゆっくり歩いた。
夕闇のせいか、すれ違う人の足は速く岩城に気づくものもほとんど居なかった。
ウィンドの中を見ても、これと思うものが無く岩城はため息をつくと、ホテルに戻る事にした。
珍しく清水に何も言わずに出てきた事を思い出し、心配しているだろうと思いあわててホテルに戻った。

ホテルのロビーで携帯を片手に持っていた清水に出会った。
「岩城さん」
岩城の姿を認め、少し怒った口調で清水は近寄った。
「すいません。無断で」
岩城はいたずらの見つかった子供のように、苦笑して清水に謝った。
「香藤さんの電話が先ほどから掛かってきています。ご連絡してくださいね」
清水はそれだけを伝え、夕飯の時間を伝えると岩城と共にエレベータに乗り部屋に戻る事を選んだ。
岩城もそれ以上は何も言わずに、ホテルの部屋に戻る事にした。
置いていかれた携帯電話を手に取ると、香藤の着信を知らせていた。
「香藤か?」
岩城はすぐに電話に出た。
「岩城さん、捕まった‥‥‥清水さんに出ないって、さっきも連絡入れたんだよ」
香藤が心配そうな声で言い返した。
「済まない‥‥‥飲み物買いにちょっと部屋を出た時だな。携帯も部屋に置いたままだったんだ」
岩城は楽しそうに答えると、夕飯の時間まで香藤との電話を楽しんだのだった。


夕食に日程を伝えられた。
この地での撮影は少し日数をかけて取る事になっていたので、今年は家に戻る事は出来ないだろうと岩城は思っていた。
1月27日と6月9日
何も言わなくても、共にすごすように周りも気を使っていたのだと思う。
事務所もこの日はなるべくオフに出来るように調整していたのだろうが、今年は無理のようだなと岩城は思ってしまった。
夜、窓の閉まっている部屋の外で、サワサワと葉のこすれる音がした。
不思議に思いカーテンを開けてみると、部屋の外には竹が風に揺らいでいた。
都会には気が付かないが、自然の中に色々な音を感じ取っていた。
何かと感傷的になっている岩城は、早々にカーテンを閉めなおすと頭まで布団を被って目を閉じた。
次の日から撮影が待っているので、寝不足は出来なかった。


ホテルより少し離れた竹山に岩城と撮影スタッフはマイクロバスで向かった。
竹山に付いた時、見上げた先に笹の無い竹が目立って生えていた。
岩城は竹細工師の役で、自分の作る作品の竹を山まで探しに来たという設定で、山を歩くシーンを取る為だった。
その待ち時間に竹林の中で気になった物を岩城は尋ねた。
その話をしてくれたのは、竹林を持っている地元の人間だった。
竹林は手入れをしてないように見えるが、管理が大変な物だとも教えられた。
春に筍で間引きをして、竹細工とかで親も切って空間の作って新しい竹を生やす。
代替わりをしながらも竹は同じような空間を作ってあげないと、密集しすぎだと枯れてしまう。
枯れて折れた竹は他の竹を巻き込んで、その林を藪とし荒らしてしまう。
「大変なんですね」
岩城は目の前の竹林を見て、言い返した。
「お前さんたちの仕事も同じだろうて‥‥‥目に見えない事でも、後で結果はついてくるんじゃよ。この竹林は手を入れれば答えてくれる」
まるで自分の子供を話す様に、竹を叩きながら目を細めて話をする。
少し霧雨の降る竹林にルートを決めてから、岩城はスタート位置に立った。
手には古風な蛇目傘
この傘をさして竹と竹の間を通るだけのスペースが良い竹林には必要なのだと、スタッフが傘を広げて歩けるかを聞いたときに答えた言葉を思い出た。
筍が伸びきってしまう時に前からはえている竹の笹の葉も落ちる。
『竹の秋』と言われる春の言葉だが、笹をはやす時は新しい竹も古い竹も同じ条件になるのだと岩城は上を見上げた。
そして、力強いものだけが生き延びる‥‥‥
スタートの言葉と共に、岩城は指定されたコースを歩き出した。





撮影も順調な日が続き、気が付けば9日になっていた。
「岩城さん、今日の午後と明日はオフとしています。どうされますか?」
清水が朝食の時に聞いてきた。
「清水さん、そう入っても東京に戻る事は無理でしょう‥‥‥何かあったときはこの撮影に迷惑が掛かります」
岩城は清水の心に嬉しく思いつつも、このドラマの撮影も穴を開けられない事も解っていた。
オフと言っても、天気次第では必要なシーンをとる場合もあるので、東京に戻る事は躊躇われた。
「そうですか‥‥‥じゃあ、香藤さんの提案を受けても宜しいでしょうか?」
岩城の顔を見ていた清水は、ニッコリ笑って言い返した。
「香藤が何を?また‥‥‥無茶なお願いしたんじゃないでしょうね」
岩城は不意に香藤の名前を出され、聞き返す。
「いいえ、岩城さんが動けないなら自分が来られると‥‥‥私の方から許可をいただけないか?でしたわ」
清水は答える。
「‥‥‥」
岩城は少し頭を抱え清水の言葉に無言だった。
「じゃあ、香藤さんにはOKと返事をして宜しいですね」
清水はクスクスと笑い答えると、今日の撮影の日程を伝えたのだった。



その日、撮影を終えた岩城はいつもと違う部屋のルームキーをフロントから渡された。
「えっ、あの?」
確認で聞き返すと、
「こちらの部屋で香藤様がお待ちです」
それだけを伝えられた。
呆然としている横で、清水がフロントに鍵を返していた。
「岩城さん、私は一度、東京に戻ってきますので、2日後にお会いしましょう」
清水はニッコリ笑いって言い返すと、フロントに会釈をしてその場から離れようとしたのだった。
「あっ、清水さん」
あまりの事に岩城は思わず清水を呼び止めようとしていた。
「はい、なんでしょうか?」
清水は楽しそうだった。
「楽しんでいるでしょう。顔が笑っていますよ」
岩城はその顔を見て、行っても無駄だと悟った。
「あっ、岩城さんのお荷物は香藤さんが部屋に運んでますので、ご安心を」
清水は思い出したように言い残し、腕時計で時間を確かめると岩城に会釈をしてその場を離れた。
「その‥‥‥香藤が心配なんだけどな‥‥‥」
岩城フリークの香藤のこと‥‥‥
荷物に見慣れないものは無かったか‥‥‥岩城は思い出しつつ言われた部屋に向かったのだった。
その部屋は今までのシングルとは違い、ちょっと贅沢なスィートだった。
受け取った鍵でドアを開けると、其処には香藤が嬉しそうに待ち構えて岩城を部屋に引っ張り込むと共に、キスを仕掛ける。
香藤は軽く唇をついばみ、岩城の表情を盗み見している。
吐息が熱いものに変わろうとしたとき、舌を捕らえた。
深くなるキスに岩城の腕もいつの間にか香藤の背中に回されていた。
「岩城さん‥‥‥」
香藤の息も上がりつつある。
「香藤‥‥‥久しぶりだな」
熱を抑えるように息を吐いた岩城は、香藤の顔を捉え笑顔で答える。
「本当‥‥‥こんなに離れているのって‥‥‥久しぶりだよね」
香藤も岩城の顔を見ると、ニコッと笑って言い返した。
「ああ、でも‥‥‥お前大丈夫なのか?」
岩城は気になることを聞いてみた。
香藤も撮影がある。
此処最近は携帯もすれ違いが多く、メールで来る事も多かったのだから、仕事を精力的にこなしている事は予想がついた。
「うん、この日だけは岩城さんと居たいなって思ったから‥‥‥金子さんに頼んでね。がんばってもぎ取ったんだよ」
香藤はニッコリ笑い、ようやく入り口近い所から窓際の方に移った。
「そうか‥‥‥こっちに来る事を予定してたんだな。だから清水さんもオフの事、今朝まで伝えなかったんだ‥‥‥」
岩城はからくりがわかった様子だった。
「だって、俺がオフになるって解ったらさ、岩城さんも無理してくれるでしょう。本当に取れるか解らなかったからさ‥‥‥清水さんにも黙っていてもらっていたんだ」
香藤はペロッと舌をだして、いたずらっ子のように答える。
「香藤‥‥‥」
岩城はそんな香藤の頭に片手を乗せると、髪の毛を撫ぜたのだった。
そんな岩城の手のひらを、嬉しそうに感じていた香藤は目を閉じる。
「お前が俺を祝ってくれるように、俺もお前を祝って嬉しいんだ」
岩城は香藤の顔を自分の胸に持ってくる。
トクントクン‥‥‥
岩城の心臓が規則正しい鼓動を打っているのを耳で聞いていた香藤は、その内睡魔に囚われていた。




「あれ‥‥‥」
香藤はふと目を開けた。
「起きたか?香藤」
近い所からの声に驚き、視線を動かす。
香藤の横に岩城の顔があった。
「岩城さん‥‥‥俺、寝ちゃっていたの?俺」
香藤は驚いて言い返し、ガバッと起き上がる。
「ああ、疲れていたのだろう?」
岩城はクスクス笑って答えると、同じベッドの上に横になっていた。
「あっ‥‥‥ごめん」
香藤は申し訳なさそうに答えるが、
「かまわない‥‥‥香藤。俺の側でゆっくり寝てくれるお前を見て、俺も嬉しかったからな」
岩城は本当に楽しそうに答える。
「岩城さん?」
香藤が不思議そうに聞き返す。
「お前が心を許してくれている証拠だろう?それは俺にも言えることだけどな」
岩城は照れくさそうに言い返すと、視線を床に落とした。
「へへへ‥‥‥」
香藤はその言葉に嬉しそうに岩城を抱きしめた。
岩城も素直にその胸にもたれかかった。
「なんか‥‥‥誕生日前に嬉しいものもらった」
香藤はその岩城の耳元に囁いた。
「そうか?」
岩城もまた小さな声で答えた。
しばらくそのままの二人だったが、無言のままで二人の視線が絡み合わせたと思うと、自然とキスをしていた。
お互いに、いとおしそうに‥‥‥
ピンポーン
その先に進もうとしていた香藤だったが、ドアベルの音に動きが止まった。
「えっ?何だ?」
岩城も驚いている。
時間を確認して、香藤は大きなため息をついた。
「岩城さん、この部屋で夕食をお願いしていたんだ。残念だけど、ここでは時間切れって事で後でね」
香藤はそういうと、残念そうに岩城を放して、ベッドから立ち上がると岩城も促して立ち上がらせた。
「ああ‥‥‥そうだな」
岩城も香藤の言葉を受け止め、簡単に身支度をした。
その姿を見て、香藤は返事をしつつドアに行き、ドアの外に待機しているホテルマンを中に招き入れた。
窓辺の席に料理を並べ終えると、食後は呼んでもらうか、このワゴンに食器を乗せドアの外に出すように伝えると会釈をして部屋を出て行った。
「シャンペンあけるよ」
香藤はテーブルの上に並べられた食事に嬉しそうにし、岩城のグラスにシャンペンを注ぎ込んだ。
「香藤、誕生日おめでとう」
席に着いた香藤にグラスを向けると、今、一番言いたい言葉を告げる。
お互いの状況を伝え合い、人の目を気にせずゆっくりした食事の時間。


「ねえ、岩城さん‥‥‥あれって、竹だよね」
香藤が窓の外を示し、岩城に聞いていた。
「ああ、竹林だ。すごいだろう」
岩城も香藤に釣られ、窓の外に目をやった。
「うん、でもさ。あの柱見たいのも竹なのかな?」
香藤は竹林の中に所々から顔を覗かせている、枝の無い物を不思議そうに見ていた。
「あれか‥‥‥撮影の時に竹林を管理している人に聞いたんだけどな」
岩城は思い出したように、香藤に言葉を続けた。
『筍が空を目指してグングン伸びる。
春から夏にかけての間に、光を求め他の竹と同じ高さまで伸びようとしている。
大空に届いたら、身を守る硬い茶色の皮を脱ぎ捨てて、笹の葉を広げようと枝を伸ばす。
風に葉を揺らめかせる為に‥‥‥
早く其処にたどり着きたい
早く同じ場所に‥‥‥いや、それ以上に伸ばしたいと‥‥‥』
「まるで、今のお前だな」
岩城は最後にそう話を閉めた。
「ありがとう。最高の賛辞だよ、岩城さん」
香藤は頬を朱に染めて、岩城にお礼を伝えると、テレを隠したように食事を口に運んだ。
静かな時間が流れる、こんな誕生日もいいものと香藤は思っていた。
「香藤‥‥‥あのな。こんな事で今年は何も用意してなかったんだ」
岩城が思い切って、香藤に言うと、
「解っているよ。でも、こんな時間をもてるだけでも、本当に嬉しいんだから」
香藤は岩城の言わんとしている事も解り、ニッコリ笑う。
「だから、この後の時間を頂戴ね」
香藤の続けた言葉に、岩城は顔を朱に染め頷き返した。
誕生日の夜はこれからだった‥‥‥



            ―――――了―――――


              2009・6            sasa





※忙しいおふたりには”共に過ごせる”時間が何よりの贈り物だと思います
岩城さんの傍で眠ルコとが出来た香藤くんは幸せ・・・v
竹のように伸びつつもその根っこはしっかり岩城さんに繋がっているんですね
sasaさん、素敵な作品ありがとうございます