撮影戦線異常アリ★




玉子焼きと、紅鮭と、おしんこと、白いご飯と、味噌汁。
ベタな朝食メニューだけど、日本人にはこれが一番だよね。

畳敷きの大広間には、俺を含めてもたった四人しか居ない。
いつもよりちょっと遅い時間に来て、正解だった。
静かにゆっくり、朝ご飯が食べられるってもん。

本日のエネルギーを補給すべく、俺は箸を片手に両手をあわせた。


「吉澄さん、おはようございます」

その声に、俺は箸を止めて「おはよ〜」って振り返る。
やっぱりというか、確認するまでもないというか。
そこには、笑顔の岩城くんが立ってた。

この映画「冬の蝉」で共演することになって、初顔合わせから三ヶ月?位しか経ってないんだけど、どういうわけか岩城くんは・・・香藤くんもか。主演の二人は、どういうわけか俺を見つけると、それはそれは楽しそうに寄ってくるんだった。



「あれ? 岩城くん、今日は香藤くんと一緒じゃないのー?」

「えぇ。ちょっと馬を走らせてくるって、朝早く馬場に出かけましたよ」

俺の隣りに腰を下ろしながら岩城くんが言う。
座布団の上にキチンと正座して、ピシッと背筋を伸ばしてる岩城くんの姿は、俺に気を遣っているって感じじゃなくてあくまでも自然体。・・・つまりは、岩城くんにとって、畳の上では正座ってのが、ごくごく当たり前のことなんだろう。

俺はお盆の脇に片肘をついて頬杖をしながら、岩城くんを眺めた。
着物姿の仲居さんが朝食をのせたお盆を岩城くんの前に置く。それに軽く会釈して、俺の視線に気づいた岩城くんが「にこり」ってカンジに微笑みをくれる。
・・・なんて言ったらいいんだろ、典雅って表現がピッタリの笑顔。
岩城くんて、ホント、秋月のイメージそのまんまなんだな。

ツヤツヤの黒髪に、端整としか言いようのない目鼻立ち。特に色白ってわけじゃないけど、男にしては肌のカンジが滑らかそうで、それが光を弾いて、肌色をキレイに見せるんだろう。
まぁ、こんな見た目からしてもうすでに秋月っぽいんだけど、これに彼独特のフンイキとか加わっちゃうんだもん。撮影中の岩城くんはもう、ホントに何から何まで「秋月」だ。

「馬ねー。香藤くん熱心だよね。もうかなり乗りこなしてるって聞いたけど、まだ頑張るんだー」

俺が言うと、岩城くんはふわりと微笑んだ。

「・・・えぇ。あいつは運動神経がいいですし、俺から見てもなかなか様になってると思うんですけど。あいつ、妥協とか、大嫌いですから。努力は惜しまないタチなんです。
まぁ、撮影時間までには帰ってきますよ。ああ見えて時間厳守の男ですから」

言いながら、岩城くんの目が遠くを彷徨う。
これは・・・また始まったか。
俺が溜息をついたことにも気づかず、岩城くんもほうっと小さく甘く息を吐いた。

「岩城くん・・・、いや、まぁいいけどさ・・・。
ところで、この旅館の玉子焼き、おいしいよねー。ほのかに甘くてさ、焼き加減も絶妙」

「そうですね。俺、甘い玉子焼きってあまり好きじゃなんですけど、ここのはおいしいって感じます」

「へぇ。俺、甘いものも大好きだしさー。もうお気に入りだよ、この玉子焼き」

「はは。香藤も甘いもの好きなんですよ。でも俺があまり甘いものは好まないって知ってる
から、デザートとか作ってくれる時も、甘さ控えめにしてくれるんです」

柔らかく相好を崩して、岩城くんが言う。

・・・さりげなく「キケンな話題」を回避したはずなのに、いつのまにか、またしても会話の主題が元に戻っている・・・

頭痛を覚えながら、俺はムダな抵抗を諦めた。
岩城くんがあまりにも幸せそうに話すもんだから、止めるのも気がひけるんだよ・・・

「・・・へぇ。料理とか、作っちゃうんだ、香藤くん・・・」

「えぇ。どれも旨いですよ。あいつは何をやらせても上手で・・・本当、器用なもんです。
それで、甘いもの嫌いなはずの俺が、この玉子焼きはおいしいって言ったものだから、すごく意外な顔されましたね」

「あぁ、それでかー」

「? なんです?」

「うん、こないださ、香藤くん厨房に入り込んで玉子焼きのレシピ聞きだしてたからねー。
岩城くんに作ってあげようとか思ったんだろうなーって」

「・・・そう、ですか」

岩城くんが、ふっと俯き加減に微笑む。
俺は・・・なんていうのか、いろんな意味で限界を感じた。

「岩城くん、顔、赤いから。ついでに言うと、さっきから岩城くん、なにげにノロケまくってるから。なんかもう、朝からアクセル全開なカンジ。速度オーバーとか、いらないから。やめてね? 俺、泣くよ?」

「え、そうでしたか? すみません、気づかなくて」

「やー、まぁ慣れてきたけどねー」

切れ長の目をきょとんと丸くして、岩城くんは手で自分の顔をつるりと撫でた。
そうじゃないかと思っていてけど、今日もやっぱり、岩城くんは無自覚に悪癖を振りまいていたんだ。

いつものコトだと天井を仰ぐ俺の耳に、ブーッ、ブーッ、と岩城くんのポケットからケイタイの唸り声が響く。
岩城くんは「ちょっと失礼します」って言ってから、そっと立ち上がった。
ケイタイをさぐりながら部屋を出て行く岩城くんの後姿を見送って、俺は誰憚ることなく盛大に溜息をついた。
岩城くんによる無自覚なスピリチュアル☆アタックは、いつもいつでも、俺の脳下垂体に甚大な負荷をかけるんだよ・・・

―――ほんと、アレさえなかったら完璧って言ってもいいのになぁ・・・

まぁ、彼の経歴からすれば異論もあるだろうけど、俺としては別になんの問題もない。
岩城くんは岩城くんだし。

彼は人気絶頂な売れっ子役者なんだけど、ツンツンしたところが全然ない。
謙虚で温和で人当たりもよくて、仕事に対する姿勢も優等生的で、ホント、彼のこと悪く言う人なんて、この業界にはいないんじゃないかってくらい、評判がいい。

だけど、そんな彼にも悪癖があって。
彼は、まぁなんていうか、・・・天然ノロケ魔、なんだな・・・・・・

どのあたりが天然かって言うと、本人、惚気を言ってる自覚が全然なくって。
それなのに、俺と普通に会話してても、恋人に対する愛情が常にあふれちゃってるせいか、ついつい二人の甘〜い関係が垣間見えるような発言をするんだな。

その甘さたるや、壁に向かって泣きながら拳を叩きつけたくなるくらい。( 実際、俺は何回かやった )

岩城くんのコイビトは、まぁこの日本じゃ知らない人の方が少ないだろうけど、まぁ、なんていうか、香藤くんで。
香藤くんっていうのは、どっからどう見ても男で。岩城くんも、男で。
なのに「芸能界イチのおしどり夫婦」とか言われるくらいラッブラブなんだなー。

まぁね、ラブラブなのは結構だよ。結構だけど、俺に言わせりゃ「君らいつまで新婚さん状態か」って文句の一つも言いたくなるよ。
なのに、そんな天然ノロケ魔の岩城くんは、世間じゃ「仕事とプライベートはきちんと分ける人」って言われてて。

・・・なんか、腑に落ちない。
毎日毎日、岩城くんのノロケ話を聞かされる身としては、・・・なんだかなぁ。



俺が行き場のないカナシミを悶々と抱えていると、「おはよーございまーす♪」って語尾に音符がくっついてるみたいな声が響いた。

件の香藤くんが、軽快な足取りで座布団を乗り越えてやってくる。
食堂代わりの大広間は、彼が入ってきただけで電球のルクスが急に上がったように明るくなった。
寄ってくる仲居さんに「ご飯はまだいいです」って笑顔付きで香藤くんが言うと、たぶん、香藤くんのお母さんと同じくらいの年代だろう仲居さんが、ぽっと頬を赤らめて立ち尽くす。

「吉澄さん、おはよーございまーす」

ニコニコしながら俺に声をかけた香藤くんは、俺を挟んで岩城くんとは逆の位置に腰を下ろした。

「おはよ香藤くん。んんー? さっき岩城くんがここ出て行ったけど、香藤くんからの電話じゃなかったんだねー」

「えっ!? ・・・あっちゃー、入れ違いかー」

呟くなり、香藤くんはがっくりとテーブルに突っ伏した。茶色い髪がふわりと流れて、いかにも柔らかそうだ。

「そういや香藤くん、馬にのってきたんでしょ? 朝メシ、ちゃんと食ったの?」

テーブルに転がっている頭をよしよししながら俺が言うと、香藤くんは顔をちょいと上げた。

「あ、えぇ。車の中でちょっとつまむ程度に。
岩城さんと一緒に食べようと思って早めに切りあげて来たんです。
部屋に帰ったら、岩城さんいなかったから。ここにいるんじゃないかと思って」

「うん、正解。さっきまでここにいたよ」

俺が答えると、香藤くんはニッコリと笑った。
その眩しい笑顔に、俺は自分の浅はかさを思い知る。

「岩城さんてば、最近特に食が細いから。あれはもう、ウェイトコントロール以前の問題だもん。岩城さんのカラダは、俺がキチンと管理しないとねーv」

ハートの飛び交う口調で香藤くんが言う。
俺は、無言を貫いた。何しろこれは、香藤くんの独り言なので。

誰にでもフランクな態度をとりそうなイメージだけど、香藤くんは意外と(失礼)礼儀正しい。
尊敬語も謙譲語もきちんと使えるし、年上の俺に対しては、基本、丁寧語を崩さない。

下世話な週刊誌とかじゃ、香藤くんのことを「ワガママ」だの「独りよがり」だのと評しているのが目に付くけど。でもそうじゃない。香藤くんの仕事に対する情熱は本物だし、出演者はもちろんスタッフにも気配りのできる好青年だ。
ただ、彼はあまりにも真っ直ぐなんで、その行動が目立ちやすいんだと思う。

欲しいものを欲しいという勇気。
手に入れたものを確実に育て上げる力量。
届かないものをどこまでも追いかけていく胆力。
香藤くんと知り会ってまだ数ヶ月だけど、少なくとも彼は、自分を過大評価も過小評価もしていない。彼には、自分のしたいことと、できることの接点を探る冷静さがある。
彼の情熱は、いつだって理性と理想の上に成り立っている。・・・と、思う。
だけどそれが他人には思うように伝わらないんで、香藤くんとしては歯軋りするほどもどかしいんだろうな。
ま、私見だけどね。

香藤くんのそんな姿勢は、草加十馬ってキャラクターにすごくよく似てる気がしてさ。
相沢役の俺としては、すごく納得で、・・・ちょっとフクザツだ。
香藤くんの、体の内側から溢れ出てくるような輝きは、そんじょそこらの・・・そう、役者の端くれである俺にだってないもので。
その存在の眩しさは、憧れの象徴であり、嫉妬の対象ともなるわけで。

そんな人間が、盲目的にたった一人の恋人を愛しまくって、他人の好奇の視線など物ともせず、時には危ない橋も平気で爆走してみせるあたりは、・・・まぁ、ご愛嬌というか、差し引きゼロというか・・・だから、

「岩城さん、腕回りもだいぶ落ちたもんなぁ・・・。秋月やるにはいいだろうけど、心配だよー、心配なんだよー。・・・でもなぁ・・・、普通、あんなに体重落としたら、肌とかガッサガサになるはずだけどなー。岩城さんてば、相変わらずしっとりスベスベなんだもんなー・・・」

このように、俺の目の前でブツブツ何か言っていたとしても、これは間違いなく香藤くんの独り言なのである(断言)。

独り言に返事をするのは、はっきり言って間が抜けている。だから俺は、遠慮なく朝食をとる態勢に入ったんだけど・・・こんな食事中に香藤くんの精神世界を披瀝されても、俺としては箸のすすむはずもなく。

仕方なく、俺はここ数ヶ月で身につけたワザを駆使することに決めた。
ワザっていうか、防衛手段というか、対抗措置というか・・・

はぁっ、と肺の奥から二酸化炭素を吐き出して、俺はあらぬ世界へトリップ中の香藤くんの二の腕を突っついた。
俺の存在をやっと思い出してくれたらしい香藤くんは、どこか夢見心地な・・・ていうか呆けたカオを俺に向ける。

「え、あぁ、吉澄さん?」

「あのさ、香藤くん。さっき岩城くんがね、香藤くんの乗馬スタイルはすごくサマになってるって褒めてたよー?」

俺の言葉に、香藤くんはパチクリと音が出るようなまばたきをした。

「そ・・・そうなんですか・・・」

「うん。それからねー、香藤くんは料理上手で、何をやらせてもよくできるんだって言ってたよ。相変わらずラブラブなんだねー、キミら」

半分イキドオリを込めて言ってやると、香藤くんは「あ、りがとう、ございまス」って片言の日本語で、半分コワレタ笑顔を作った。そわそわと落ち着きなく辺りに視線をめぐらせて、チラチラと腕時計を確認してる。

「あの・・・吉澄さん。その・・・、岩城さんって、いつここを出てったんですか?」

「香藤くんが来る三分くらい前かな? ここ出て、右方面に行ったけど」

「右方面―――」

言うが早いか、香藤くんは座布団を蹴って大広間を飛び出して行った。
・・・そう、岩城くんを捕獲に行ったんだ。
捕獲された岩城くんがどんな目に合うのか。そんなことは、俺の知ったことじゃない。ていうか、できれば一生知りたくない。

やっと、テーブルに静寂が訪れた。
俺はなんだか脱力して、ハーッ、と肩を落とす。

岩城くんと香藤くんは、いい役者だと思う。そこはホントにそう思う。
彼らと出会えたことは・・・共演できることは、俺にとってすばらしい経験になるだろう。
けど、岩城くんと香藤くんから、毎日毎日スピーカー式で惚気られるこの立場は、なんとも、なんていうか、ハッキリ言って、ビミョウ。

( この映画が撮り終わる頃には、俺、間違いなくあの二人の私生活の全容を知ることになるだろうな・・・)


確信に近い未来予想図を描きながら、俺は冷め切った味噌汁を啜った。





                                      ・オワリ・



                                       2007/06 牛馬 



吉澄さん、大好きですわ〜vvvv
本当に両方からの惚気・・・
特に岩城さんの天然の惚気攻撃にはご愁傷様です(笑)
また彼にも会いたいですね!

牛馬さん、素敵な作品ありがとうございます