その名は・・・





「今日も来ないか・・・・」


草加がここに来なくなってもう何日経ったのだろう。
最後に会った時は夏だった。
今はもう吹く風に秋の気配を感じる。
あの日、茶店の前で会った男は英国公使館焼き討ちの時に草加と一緒にいた男だった。
幕臣の俺と会っていることが知られて藩邸内でまずい立場に立たされているのだろうか。
何か処罰を受けるようなことになっていなければいいのだが。



会えなくなって草加が俺の中でいかに大きな存在になっているかに気づいた。
いつの間にか俺の心の中にどっかりと居座っていた。
数年前までは常に傍に付いている者がいて自由に外出することもできなかった。
そんな生活では友と呼べる者がそう多くできようはずもない。
その数少ない友の殆どが家同士の付き合いもあり、それぞれの間に微妙な駆け引きがあるため心を割って話すことはできなかった。
草加は初めてできた心を許し何でも語り合える友だった。



『友?』・・・・・本当にそうだろうか。
草加といると楽しくて時が経つのを早く感じた。
会える日は朝から心が弾んだ。
草加のことを考えると暖かな気持ちになった。
会えない日が続く今は心の中に隙間風が吹いているようで、会いたいという思いは日々募っていく。
誰しも友に対してこんな気持ちになるものだろうか。
俺には草加ほどに親しい者が他にいないから特別に感じているだけだろうか。
それならこの会いたいという思いは、もっと時が経てば少しずつ薄れていくのだろうか。
草加と過ごした時間も懐かしく思い出すだけになるのだろうか。
このまま、二度と会えなければいつか・・・・



『二度と会えない?』
あの日の光のような笑顔をもう見ることができない?
そう考えた途端に胸が締め付けられるように痛んだ。
幕府と長州藩の関係は悪化の一途を辿り、戦の火種が燻り始めている。
いずれ敵同士として戦場で対峙することになるかもしれない不安を感じていたが二度と会えなくなるということは考えてもいなかった。



こんな胸の痛みは今まで経験したことがない。
まるで心の一部を抉り取られたかのような痛み。
やはり俺は草加に友情以上の感情を持っているのか。
だとしたらその感情の名はいったいなんなのだ。
この国の未来への志を同じくする者の同志愛?家族愛のような物?それとも・・・・・・・
もう一度草加に会えれば分かるのだろうか。
会ってこの感情の名が今心に浮かんだと通りだと確信してもそれを草加に告げるつもりはない。
草加に会えればそれで十分だ。



また秋の気配を滲ませた風が川面を渡り町の方へと吹いていく。
草加に届けて欲しくて声を風に乗せた。


「草加・・・・・・・逢いたい」







'07.6.20  グレペン



まだ自分たちの中に生まれた感情に名前を付けられない秋月さん・・・
そして時代の流れに巻きこまれる少し前の時間・・・
秋月さんの言葉がとても切ないです

グレペンさん、素敵な作品ありがとうございます