此の月は



きれいな月だ。
朧でも、冬の冴え過ぎたたものでもなくて。

いつか見たような。
子供のころの?
いや、もっと遠い昔。
記憶の奥深くに眠っていたような―――

心の奥が温かくなるような。
どこか懐かしいような。
そして泣きたくなるような気がした。


 *


すっかり話し込んでしまった。
何時もの処で。
不意に、秋月が空を見上げた。
「草加。ほら、月が綺麗だ」

季節が盛夏に近付いているとはいえ、日没から大分時が経ち、西の空でさえ暗かった。
開いたままになっていた書物の文字も見えない。
だが、互いの顔だけははっきりと見えている。
明るい月が、間近の人の輪郭を優しく描き出していたからだった。

「満月だったんですね。道理で明るいと思いました」
「勉強するには、少し暗かったようだがな」

苦笑して緩んだ秋月の頬を、そっと草加が撫でた。
「そんなことないですよ。綺麗な発音をする秋月さんの唇、よく見えました」
草加のその掌に自分のそれを重ねたあと、ふっと秋月が笑った。
「そうだな。そうやって笑う草加の白い歯も良く見える」
「ええー、そんなに大口開けて笑っていますか?俺」

「ははっ!」
手を離し、袴に付いた草を払い落としながら、すばやく秋月が身を翻した。
月の光を受けた黒髪が、草加の指先を掠める。
「どうした、草加?」
てっきり捕まえられると思っていた秋月が、不思議そうな顔をして振り向いた。

「・・・あ、いいえ」
「どこか変か?」
暗いのに、どこか眩しそうにしている草加の目元が、何故か秋月にははっきり見て取れた。

「いえ。いいな、と思って」
「何がだ?」
「綺麗な月を、秋月さんと見られるのが」
「何を言っているんだ」
不意に秋月が草加に背を向けた。
「・・・そういう言葉はいい女(ひと)に言ってやるものだろ?」
そう言って、まるで背を反らせるように空を見上げた。

「・・・・・・時間を少しずらして、ここから離れよう。どこに誰の目があるか分からないからな」
先に行けと言う秋月の背中が、何故か草加には急にいつもより小さく見えた。
けれど、その背に触れることも、言葉を掛けることもやはり何故か躊躇われた。
「・・・・・・では、明日も此処で・・・」
「・・・ああ・・・」
草加の踏む草の音が徐々に小さくなり、やがて耳に届かなくなると秋月が天を仰ぎそのまま呟くように言った。
「次の満月もふたりで ───」


そして独りで満月を見る度、秋月はそっと目蓋を抑えた。


 *


「どしたの?」

香藤に言われて気が付いた。
目が潤んでいたことに。

急に月が霞んだのは、雲の所為ではなったようだ。
「何でもない。目にごみが入ったみたいだ」

自分でも理由が分からない涙で、香藤に余計な心配など掛けたくない。
けれど目元を押さえようとした指先を、香藤の掌で包まれた。
そして引き寄せられて、目蓋を舐められた。

「ん、もう。俺にナイショごとはナシ、でしょ」
そう言ってはいるが、深く追求してこないのは、涙の理由が形を成さないものだと分かっているからかもしれない。

「そうだ・・・な」
香藤の肩に頭を載せ、答えた。
「今日は、此処で寝ないか?」
突飛な提案に香藤が答える。
「そだね。和室から見る満月、いいね。じゃぁさ、まだ早いかもしれないけど、浴衣着て・・・なんてどう?」
背中に回された掌が、優しく背中を撫でた。


いつまでも
いつまでもこうしてふたりで月を見上げることが出来たなら、どんなに幸せだろうかと思った。
すると、月の向こうから幽かに同意する声が聞こえた気がした。



'07.06.20.
みわ
あ〜も〜なんだかなぁ;;;な出来で・・・(逃)





月はきっとずっとふたりを見守ってきているのでしょう
そして今の幸せも・・・これからもきっと
和室に浴衣で満月・・・幸せな夜ですね・・・v

みわさん、素敵な作品ありがとうございます